「……まさか、間桐があれほどの才女を隠していたとは…雁夜の帰国はフェイクだったのか」
遠坂時臣は、長らく国を離れ魔術世界と縁を切ったと思われた間桐雁夜が、聖杯戦争目前になって帰国したという情報を得ていた。恐らくは使い捨て、もしくは数合わせとして間桐は彼をマスターの席に座らせるのだろうと推測していたが、その予想は裏切られた。
「師よ、アサシンを向かわせますか?」
「いや、間桐には聖杯戦争以前に浅からぬ恩があるんだ。繋がりは強いとはいえないが、恐らく桜の義母に当たるだろう当主を殺してしまうのは不味い。」
倉庫街での一戦を思い出して彼は頬をつり上げる。
あれは実に素晴らしい物だった。
過去、現在、未来。人類史にその名を轟かせる英雄達を前に一歩も引かず、最優のセイバーを道化のように手玉に取る……など、強力だが扱いの難しいバーサーカーを意のままに操ってみせた彼女は俗に云う一流の魔術師であることは明らか。「……桜は幸運だ。あれほどの存在に教えを乞う事が出来るなんて。」
時臣は娘がそのような存在の後継者に選ばれた幸運に感謝し、この戦いが落ち着いた後、ぜひ彼女と魔術談義に花を咲かせてみたいと夢を膨らませていた。
唯一解せないのは、二十歳は迎えているであろう彼女を間桐が秘匿し続けていたことだが、それだけ今回の聖杯戦争に掛ける思いが強いのだろうと彼は皮肉げに笑う。
あのバーサーカーは他者の宝具を強奪する能力を持っている。
彼の王のように無限に等しい財を持たない英霊達からすれば脅威だが、逆に彼の王だからこそそれは脅威にはなりえない。
いくら間桐のマスターが策略や謀略に長けようと、此度のアーチャーとバーサーカーでは相性は最悪に近い。
一つ、二つ奪われた程度で此方は億という手札を残している。さらには
「……今は好きに動くといい間桐の当主。この戦い、我々の勝利は揺るぎない」
「(……間桐揺月。お前は何者だ?)」
勝利を確信する時臣の後ろ姿を眺める言峰綺礼は、あまりにも情報が少ない……時臣が語るバーサーカーの宝具すらもあくまで限りなく信憑性の高い
もしかしたら彼女は自身が長年求めてきた“答え”を知っているかもしれない。
人類最高峰の叡智を持つと豪語しながらも、夜な夜な酒に興じ妙な鏡を眺めてばかりのアーチャーや、初戦でサーヴァントの宝具を奪われ、さらには伴侶の危機によってマスターが擬似餌であることを露見させてしまった衛宮切嗣には期待を裏切られたと感じていた。綺礼は突如現れた間桐のマスターに淡い希望を寄せていた。
「……ここが入り口か」
1990年代、未だポケベルの全盛期の現代において、スマホなど存在しなければ、当然マップ機能の搭載された手持ち用電子機器が市場に並ぶのも当分先の話である。
間桐揺月は冬木の地図を頼りにキャスター陣営が工房を築く地下水道の捜索を開始したが、ひとえに天才といっても、産まれてこの方一度も日の目を拝んだ事のない彼女に土地勘があるわけもなく、また狂気に侵されたとはいえ元は軍師として活躍したキャスターが一般の地図に記されるような場所を拠点に選ぶ訳がなかった。
「おや、お嬢さん。こんな夜道にお一人でどちらへ?」
事態は思いの外難航し、夜道を歩く揺月に一つ声が掛かる。観測世界の記憶でも現実でも聞いた事のない年若い女の声。
つまり――
勿論、変装した魔術師の可能性もある。
まぁ冬木の街でサーヴァントも連れずに夜道を歩く事がどれだけ危険な事か、まともな精神と少しばかりの生への執着さえあれば家で大人しくする者が多数であろうが。
(……いや、この声は)
と、思い出す。
あまりに重要度の低い人物だったせいで一瞬忘れていた。どうも自分は信憑性に欠ける記憶だと忘れやすくなる質らしい。
「――少なくとも君よりは年上に見えないかね?」
「うわっ!スッゴい美人!女優さんですか!?」
振り返ればポニーテールが特徴的な茶毛の少女から気持ちの良いぐらいの褒め言葉を贈られる。
この女は今の時期だと高校生だったな――特典映像なるものに登場したきりで流石に頭から抜けていたよ。
今は部活帰りなのか、ジャージ姿の『藤村大河』に揺月は出会った。
「そうなんすか!道に迷ってたんすね!」
「ふむ、そうなるが別に案内を必要とするほどでは」
「生まれも育ちも冬木の虎の子!この大河に案内は任せて下さい!」
「……成る程、まるで話を聞かないタイプか」
これで、地下水道の場所を知っているのであれば万々歳だが、試しに地図を渡してみると眉を八の字にして悲しそうに唸るのですぐに取り上げた。
普通この流れなら「力になれず申し訳ない」等の短い言葉を交わして別れるものだろうに、「ならば用心棒を!」と食い下がり、彼女は懲りずについてくる。
他の陣営に見つかりでもすれば被害に遭わないという保証はないだろうに、此方側の事情を知るよしもない傍迷惑なお節介だ。
「(…暗示をかけて家に帰らすか)」
揺月は古典的な魔術の一つとして相手と自分の額を合わせ超近距離で瞳を覗きこみながら囁くように暗示をかける。
――互いの息遣いが聞こえるほど抱擁するかのように密着し、乾いた汗の酸っぱい匂いが鼻孔を擽った。
大人しく家に帰れ
「……ふぁぁ、了解したであります」
これは目線さえ合わせればいいので顔を近づける意味はないが、
この形が一番分かりやすい。演技でもされたり中途半端に掛かった状態だと後々、不安要素を残すことになる。
虚ろな目をした大河は踵を返して歩き出した。
「まさかこの出会いが―――なんて三流小説のようにはなりたくないのでね。私と出会ったという記憶は消去させてもらったよ」
声が届く筈もなかったが揺月は何気なくそう口にする。
少々頬を赤くしていたのは気になるが、部活帰りなのが影響しているのだろう。術中に嵌まったのは間違いない。
「全く、世話の焼けるこむ――」
「ほお、これまた珍妙な事よ。魔術師が只の人間に慈悲をかけるか」
あくまで現時点での揺月の魔術師としての腕は時臣以下です。