ロドス生活区画
Café:Valentineの扉に掛けられた札が‘OPEN’に返された
PM8:23
シャリンとドアベルが鳴り、本日の一人目の客が入ってきた。
木材を使った店内に紛れるようなブラウンの髪。その上にウルサス人特有の丸く可愛らしい耳が乗った少女。
彼女は奥のカウンター席に座ると携帯端末を取り出し、無言でそれを眺め始めた。 切れ長の瞳を俯けて、つまらなそうに画面をスクロールし続ける指。
暫くするとイヤホンを取り出し、耳に付けるとそのまま壁に寄り添って目を閉じてしまった。
…寝るつもりだろうか?
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PM8:30
年季の入った木扉が開き長身の女性が入ってくる。
長い白髪を紐で束ねた女性は扉から一番近い席に座る。
「この間と同じものを」
「…苦さは?」
「同じだ。何もつけなくていい」
「分かった」と、棚から豆を取り出しミルで砕いていく。
…豆はトランスポーターやクロージャに無理を言って各地から取り寄せている。
…帰れるか分からない彼らの故郷の風味をできるだけ再現したいからだ。
「今日もまだ仕事が? ロドスは割とホワイトだと聞いていたよ」
サリアはふふと笑うと眺めていた携帯端末から目を離す
「今日は人と待ち合わせだ。私も一日中研究をしている訳では無い」
「へぇ…失礼だけど、男だったり?」
「“彼女”だ。私のような堅物に男が付くと思うか?」
「……少なくとも俺は居てもおかしくないと思う」
サリアは少し驚いたように目を開き、やがてまた携帯に目を落とし始めた。
「…からかうな」
「別にからかってなんていないさ… はい、どうぞ」
抽出し終えたエスプレッソをカップに注ぎ彼女の前に出す。
会釈をしてそれを受け取り口を付けるサリア。
「ああ…旨い…」
「それは何より」
彼女がカップを傾けていると、カウンターに置いていた携帯端末が鳴動する。
彼女は手早くメッセージを確認すると言う
「ああ、彼女がもうすぐ着くそうだ」
…
シャリンと鐘が鳴り、緑のセーターにデニム地パンツの女性が顔を見せる。サリアより頭1つ分ほど背が低く、線の細いスレンダーな印象を受ける人だ。
彼女は眼鏡越しにこちらを見ると歩み寄り、サリアの隣に座る。
肩口で切りそろえた茶髪を持つリーベリ人のようだった。
「サイレンス」
「ここが新しくできたカフェ? 貴女にしては随分クラシックな場所を選んだね」
「…私は別に新しい物だけが好きなわけでは無い。 風情あるものを美しいと思う感性もちゃんとある」
「ふふ、それは意外だね」
サリアとサイレンスと呼ばれた女性は楽しそうに談笑を続ける。
どういう関係なのだろうか、カップを拭いつつ耳を傍建てていると
「おい」
カウンター席の奥の方から突然声がかけられた。
最初に入ってきたウルサス人の少女だ。
「…なんでもいい。蜂蜜の入った温かいモンをくれ」
それだけ言うと再びイヤホンを付けて携帯を眺めてしまった。
……ふむ
蜂蜜…温かい…
確かウルサスでは紅茶がよく飲まれていると聞く。
となるとメインは紅茶で…
蜂蜜と言えばこの間、はちみつミルクティーをケオベという少女に出したばかりだ。
それにしようかと思ったが、そういえば今日は“アレ”があった
注ぎ終えた湯気の立つ紅茶に蜂蜜を溶かし、レモン果汁を数的。
最後に薄く輪切りにしたレモンを浮かべて彼女の前に出す。
「どうぞ、ホットレモネードだ」
「ん」
ウルサス人の少女は、差し出された琥珀色の液体を一瞥すると少しモヤっとした表情を見せた。…がやがて手に取り一口飲む。少女の眉がピクリと上がると、二口三口と飲み続け、また端末を弄り始めた。
……よく分からないが、どうやら好評…かもしれない。
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PM9:02
「……帰る」
暫くしてカウンター奥の少女は席にチップを置き、ゆらりと立ち上がった。
そのままふらりふらりと扉の方へ向かう。
「また来る」
そう言い残して出て行った。
ほっと胸を撫で下ろす。
「……あの子には気を付けた方がいいよ。ああ見えてとても繊細なんだ」
サリアと同じエスプレッソを頼んで飲み、すぐにミルクと砂糖を加えたサイレンスが言う。
曇るのが嫌なのかの眼鏡をカウンターに置き、スプーンでカップの中身をくるくると回している。
「思春期の子供には慣れていないんだ。実はまだ独身でね」
「…そんな子供じみたことじゃないよ。あの子の…あの子達の抱えてる問題はね。あんな小さな身体で支えるにはあまりにも重いから」
「………」
淡々と述べるサイレンスの横で、サリアは目を閉じカップに口を付けている。
「その問題と言うのは?」
「それは彼女達から聞くといい。彼らが秘密を放すとき、君は間違いなく彼女らにとって頼りなる存在と認識されているだろう」
空になったカップを意味もなく指先で回しながらサリアが言う。
「行儀が悪い」とサイレンスがカップを奪いソーサーに戻し話す。
「ここにはそういう人たちが沢山いるんだ。貴方もできれば彼らの助けになってほしい」
「…元よりそのつもりだよ。人の心をに寄り添うことも、バリスタとしての宿命さ」
「宿命…ね」
…
そんな話をして「ごちそうさま」と二人はカフェを出て行った。
感染者のためを掲げる製薬会社“ロドス”
ここの抱える闇は思っていたより深いのかもしれない。