綾小路の妹が転校してくるよくある話。   作:靄詩真輝

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少し飛びます。

2年生編1巻、例のシーンからです。

理由は色々と書きやすかったからです。では。


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『千咲、お前はこの試験が終わるまで、極力目立つな』

 

『綾小路さん、あなたはこの試験が終わるまで、目立った行動はしないで欲しいわ』

 

 一年と二年の合同特別試験が発表された日、オレと堀北が千咲に念押ししていた布石がようやく活きたな。

 

 オレは左手に刺さって貫通しているペティナイフを見ながらそう思考を巡らせていた。

 

 七瀬はオレに憎悪の表情を見せてから帰っていったが、あの表情と、言葉の意味、真意は一体どうなのだろうか?

 

 まあそれについて、今は深く考える必要は無い。今はこの状況をどうにかしなければならないな。茶柱には連絡した。後は--

 

「千咲、いるだろ。出てきてくれ」

 

 七瀬と宝泉が去っていった方向とは逆の暗闇に向けてそう声をかけると、ゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくる人影が現れた。スマホの画面を操作しながらこちらに声をかけてくる。

 

「バッチリ撮れてますよお兄さん」

 

「綾小路さん!?」

 

「お前……どうしてここにいるんだ?!」

 

 軽い調子で登場してきた千咲に、堀北と須藤が驚きの声を上げる。

 

「オレがここに来る前に連絡を取っておいた。ここで行われていた出来事を、スマホのカメラで記録してもらうためにな」

 

「なので、私がいるという訳です」

 

 千咲からスマホを受け取り、映像を確認する。確かに堀北が宝泉に殴られた所から、オレが左手を刺される所までバッチリと撮影されている。暗視モードで少々見づらいというのが心配だが、まあこれで大丈夫だろう。

 後はこれを宝泉に送り付けておけば更に抑止力となる。先程のやり取りでも十分だとは思うが、念には念を……だ。

 

「あなた、一体何手先まで考えておけば気が済むのかしら」

 

「これくらいなら普通だろう。あいつには枷を何重にも巻いておかないとな」

 

 堀北から呆れた表情を向けられてしまったが、しかし声色は賞賛してくれているような雰囲気を感じる。

 視線を横に向けると、須藤がオレに向けて頭を下げていた。

 

「綾小路……すまん!」

 

「安心しろ。この程度、何の事は無い」

 

 オレが気にしないように言うと、須藤は納得のいっていないような表情をした。

 まあ無理もないだろうな……。

 

 今まで何とも思っていなかった人物の、違った一面を目の当たりにした訳だからな。

 しかも左手にナイフが刺さっても何事も無いような表情をしている奴を見たら、混乱してしまうのは仕方がない。

 

 

「あ、茶柱先生〜。こっちで〜す」

 

 千咲が突然声をあげる。

 少し居心地の悪い雰囲気となってしまったが、バスタオルを手にした茶柱がこちらに駆けてくるのが見えたため、一度この一連の騒動を各々胸に仕舞う事となった。

 

 5月1日、特別試験の結果開示が行われた。

 クラスメイトはオレの数学100点という高得点にも驚いていたが、それに加え、妹である千咲が試験とは無関係で受けていたペーパーテストの結果も開示されたため、皆更に驚いていた。

 

 これは学校側が千咲のOAA作成のために彼女に課したペーパーテストで、問題内容はオレ達が受けていた試験と同じだったようだ。

 そして、その結果--

 

 国語 95 数学 95 英語 95 理科 95 

 社会 95

 

 揃えるならもっと微妙な点数で揃えればよいと忠告はしてたのだが、案の定言う通りにはしてくれなかったようだ。

 

「お兄さん凄いですね! 数学100点なんですか!?」

 

 教室の雰囲気とは場違いな明るい声色と、明るい笑顔(多分)でオレの後ろから声をかけてくる千咲。

 

「ああ、とりあえず静かにしろ千咲」

 

 振り返らずにそう言ってから茶柱に次の発言を促すように目を向ける。

 

「そ、それとだが……明日のOAA更新でお前達の今回の成績が反映された評価となる。各自確認しておくように。綾小路妹の分も、明日追加される予定だ。彼女については、体育の授業で評価が不十分なため、身体能力はCとさせてもらう」

 

 なるほど……な。頭の中で算盤を弾く。今日千咲が面倒事を起こさない限り、千咲のOAA総合力はBくらいといったところだろう。

 

 先日の七瀬から聞いた情報が真実かどうかは別として、ある程度現状把握は出来た。

 問題はここからだ。

 幸か不幸か、こちらの手駒が去年と比べて増えた事は間違いない。しかし相手が見えなければ戦略の練りようが無いが、予防線は張っておける。

 この日まで目立たないで過ごすようにと指示していた千咲の存在が明るみになった事で、察しの良い奴は気づくだろう。

 慎重に駒を進めていかなければいけない。

 

 

✤✤✤

 

 

「有栖ちゃんはホントにカワイイね〜!」

 

「千咲さん、やめてください即刻に」

 

 月城理事代行との対話を経て、今後の方針の確認をしようと、部屋に千咲を呼んだはずだったのだが、何故か坂柳がついてきた。

 しかも千咲は、人形のお手入れをするかの如く、坂柳に抱きついて撫で回している。

 

「ねえ清隆、これどういう状況なの?」

 

「オレに聞くな」

 

 隣で恵が困惑した表情で尋ねてきたが、そんな事をオレに聞かれても困る。オレだって混乱してるんだ。

 そもそも、千咲が坂柳と面識があるということに驚いたのだ。……いや、ホワイトルームにいたオレの事を知っていた坂柳なら妹である千咲を知っていてもおかしくは無いのだが、こんなにも親しげに交流する程とは思わなかった。

 

「今夜集められたのは、今後の方針確認のため……でしたよね」

 

 いつものクールで不気味な事を考えそうな表情で話し始めた坂柳だったが、くっついている千咲のせいで台無しとなっている。

 

「そもそもお前は呼んでいないぞ坂柳。お前は自由に動いてもらっても構わないと思っている。というより、自由に勝手にやっといて欲しいと思っている」

 

「おやおや、嫌われたものですね」

 

 坂柳には、俺の指示で動かすより、彼女の判断で勝手に動いてもらった方がいい。そもそも、オレの指示通り動いてくれる確証はどこにもない。

 

「千咲、とりあえずちゃんと座れ。あと坂柳はもう帰ってくれ」

 

「はい」

 

 オレが少し語気を強めて言うと、千咲はすぐに座り直した。

 

「私は勝手に話を聞かせてもらいます。状況把握をしておきたいので」

 

 坂柳はオレのベッドに腰掛け、こちらの話を聞いてから動くという意思表示をする。

 まあこれから話す事が彼女に聞かれて困る事は無いため、気にせずに話を始める。

 

「一年生の、極一部の生徒に、特別試験のようなものが課されているようだ。その内容は、『綾小路清隆を退学させろ』だ」

 

「は!?」

 

 オレの言葉に、恵が大声をあげて驚く。

 

「なるほど。それはあの理事長代行の入れ知恵ですか?」

 

「おそらくそうだ。そして今現在オレが確認出来ているその試験を受けている者は、D組の宝泉和臣と、七瀬翼。A組の天沢一夏だ」

 

「あっ、天沢……って、この前の?」

 

「そうだ」

 

 恵は先日、天沢とオレの部屋で会ったため覚えていたようだ。

 

「千咲、お前には恵と共に、一年の情報なるべく多く、集めてもらいたい」

 

「分かりました」

 

「わ、分かった」

 

 正直、ここはミスだ。この指示がミスという訳ではなく、指示するタイミングが、ということだ。

 試験前、千咲が目立っていない時に行うべきだったのだが、彼女をまだ信用出来ていなかったというのも事実。この点については致し方ない。

 

「そう言うと思って個人的に私が一年生の情報を集めておきました……まだ半分しか集められていませんが」

 

「……!」

 

「マジ?」

 

 千咲の衝撃の言葉に続いて、オレのスマホが振動する。

 見ればメールが届いており、千咲から一年生の情報が細かく書かれた文面が添付されていた。

 

「お前を侮っていたようだな」

 

「状況は把握していたので、今後お兄さんがそう指示してくるだろうとは予測出来たので……まあ、遅く動き出してしまったのは否めませんが」

 

「いいや、充分だ」

 

 この情報の真偽は、実際に本人と話してみないと分からない事があるが、千咲の今までの行動を見る限り、嘘は少ないだろう。

 

「私、すること無くない?」

 

 横からオレのスマホを覗き込んでいた恵が、そう呟く。

 

「いいや、お前にはこの情報の真偽を確認してもらいたい」

 

「え? でも、これって……」

 

「別にオレは、こいつに全幅の信頼を寄せている訳じゃない。妹だからこそ疑っている」

 

 こいつが妹じゃ無かったなら、少しは信頼する事が出来ただろう。

 千咲の能力を疑っているということでは無い。あくまで今渡された情報を疑っているという訳だ。

 この前のオレの味方宣言も、百パーセント信じた訳では無い。

 

「いいんですよ軽井沢さん。仕方が無いことなので」

 

「そ、そうなの?」

 

 恵は首を捻ってむむむっと何かを考えているが、オレは構わず話を先へと進める。

 

「千咲には引き続き、情報収集をお願いしたい。それを恵が事実か否か確認した後、作戦を立てる」

 

「やっぱりそれ二度手間じゃない?」

 

「これが確実だ」

 

 正直、情報収集から恵に任せておきたいという気持ちもあるが、千咲に何か仕事を与えて監視下に置いておかなければ、何をするか分からない。二度手間だとは自覚しているが、これが確実。

 

「そう、か。清隆が言うなら私はそれでいいけど、千咲さんはいいの?」

 

「それは愚問ですよ軽井沢さん」

 

 ここで、今まで静観を決め込んでいた坂柳が、口を開く。

 

「彼女はこうするしか無いんです。いくら彼に信頼されていなかろうと、必死に、がむしゃらに彼に従うのみ。選択肢は無いのですよ」

 

 千咲はそれを聞いて少し俯く。

 理解しろ。お前は信用出来ないんだよ千咲。少なくとも後一ヶ月、お前への警戒心を解くことは無い。

 

 まあ、坂柳はもっと信用出来ないんだがな。

 

「じゃあそういう方針で、よろしく頼む」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

 

 一年からの見えない攻撃に備え、オレたちは動き出した。




言葉を脳内から捻出出来たら書きます。

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