悪役令嬢がフラグ回収に勤しむなら、自分も参加していいよね? 作:ジーザス
「
そう可愛らしい声で後ろから追い掛けてくるのは、
ここは王宮のとある廊下。王家と住む宮殿とはいえ、直接繋がってはおらず所謂離れというところだろうか。床は派手すぎず質素すぎない絨毯が敷かれ、使用人たちによって隅々まで磨かれた壁や窓が眩しい。
元々そういったことに縁のなかった自分には、太陽を直接見ているのと同じぐらい辛い。といっても8年間貴族として過ごしたおかげで、少なからず忌避感は薄れている。前世が20年間生きてただけあって、12年間の差は未だ埋まっていないが。
「落ち着きがないなカタリナ」
「むふぅ」
振り向いた俺の腕に飛び込んできた。至福の笑みを浮かべて胸に頬をすり寄せる様子は、あらゆる疲れを癒やしてくれるようだ。
「今日はどうされる予定なのですか?」
「特に予定はないよ。今日に予定があるのはカタリナの方だろ?」
「はえ?」
記憶にありませんとでもいうような気の抜けた顔で首を傾げるカタリナ。いや、もちろんその表情も可愛いのだけどね。とても大切な予定を忘れてはいけないな。
「午後からは王子と面会するのだから。失礼にならないよう礼儀を以てお会いするんだよ?」
「もちろんですお兄様!」
笑顔で言われてもなぁ。そこは気持ちを切り替えてそれに合った表情を浮かべて言ってほしいんだけど。まあ8歳の子供に期待するのも可愛そうかな。といっても俺も8歳だからまったく変わらないのだけど。
しばらくの間、俺たちは他愛ない話をして有意義な時間を過ごしたのだった。
対面する時間の少し前。兄として同席するためにカタリナを迎えに来たのだが、何故か使用人たちが頭を抱えている。どうやらカタリナがまたいつもの我が儘を爆発させているようだ。扉の前でまったくという表情を浮かべている使用人に声をかける。
「どうされました?」
「これはカルナ様。実はカタリナ様がリボンの色がお気に召さないと仰っていまして。替えをお持ちしておりませんので交換できませんとお伝えしたのですが、替えなさいと言い続けているのです」
「申し訳ありません。いつも妹が我が儘を言って」
「カルナ様がお謝りになることはありません。これもカタリナ様を満足にさせられない私たちの不備でございます」
うげ。そこまで落ち込まなくてもよくね?てか気分で色が嫌になるなら、自分で持って来いよというのが俺の本心なのだが。8歳に自分の性格を自覚しろというのも酷な話である。
といってもまったく説得力はない。俺も前世で自分の性格を真っ正面から理解したのは高校生だったし。こういうときは優しい兄として叱るのではなく、諭してあげるのが一番だろう。
コンコン
「失礼します」
「あ、お兄様!」
う、眩しいぞ妹よ。いずれは美女になるのだから今も美少女なのは当然だけども。何回見ても飽きないその満面の笑みは天使ぞ。
「使用人たちから聞いたよ。リボンの色が気に入らないと」
「そうなのです!今の気分はピンクなのです!青ではないのです!」
「でもそれの色を選んだのはカタリナ自分自身だ。今の気分がピンクでもそれを付ける義務がある。自分の言葉には責任を持たないと」
「責任ですか?」
う~ん、8歳には「自分の発言に責任を持て」と言ってもわからないかなぁ。耳年増と思われるかもしれないが兄としての責務を果たすのだ。
「例えばカタリナが知り合いと遊ぶ約束をしたとしよう。しかし相手が誘ったというのに、いつまで経っても現れない。カタリナはどう思う?」
「許せません!」
「そうだろう?今の状態もまさに同じだ。ここへ来る前にカタリナは青が良いと言って付けてきたのに、今はピンクが良いと言う。相手からすれば嘘を言われたのだと思ってしまうよ。俺からすれば青はカタリナにとても似合っていると思う。ピンクも似合わないわけじゃないけど今のカタリナには青が一番だ」
「はい!青にしますお兄様!」
うん、ちょろい。素直な年頃なのもあるがこれは俗に言うチョロインである。もちろん嫌いになったり調〇するつもりなんてない。
まあ、どうせ
「準備はできたかな?」
「お父様、ただいま終わりました」
「おや、カルナもいたのかい?」
「緊張していたカタリナを落ち着かせていたところです」
穏やかな声が聞こえて振り返ると、俺とカタリナの父であるルイジ・クラエスが立っていた。声だけでなく微笑ましそうに浮かべる表情からわかるとおり、とても優しく愛情を惜しみなく注いでくれる人だ。
俗に言う親バカなのだが。
「ちょうどよかったようだね。では2人ともご挨拶を」
少し遅れて現れた絶世の美少年が微笑みを浮かべている。まったく合計年齢28歳まで魅了するとは危険なお子様だ。男性魅了などという乙女が使うような技なんぞには屈しない。
一応、俺だってそれなりに美形なんだからな(自称)。
燃えるように紅い髪と右眼が碧、左目が金色のオッドアイまたの名をヘテロクロミア。それに加えて同い年の貴族の男と比べても、頭1個分上という高身長、魔法だって異常に強いし、剣の腕前だって指南してくれている師にも褒められるほどだ。
といっても自画自賛して優越感に浸るつもりもない。
だって自分の評価と他人の評価って違うし。カルナ・クラエスという人間を良い人間か悪い人間かを判断するのは、断じて自分ではなく自分を見て知っている周囲の人間なのだから。
ではではご挨拶を始めましょうかね。
「お初にお目にかかります。クラエス家 双子の兄カルナ・クラエスと申します。以後お見知りおきを」
「初めまして妹のカタリナ・クラエスでございます」
「ご丁寧にありがとうございますカルナ様、カタリナ様。ジオルド・スティアートです」
うわぁ、良い微笑み。負けた気しかしないのだけど。いや、まあ第三王子だしもともと身分が違うし。
でもここで可笑しな事がある。第三王子なのだから大公になるはず。我が家は公爵なのだから爵位が下の相手に「様付け」は可笑しいのではないのだろうか。敬意を表してそう呼んでいるのかもしれないが、それはある意味侮辱に近いものだと思ってしまう。
爵位が上の者が下の者に丁寧な挨拶するのは、厳正な礼儀を教育されたのだとは理解できる。だが名前を呼ぶときは決して下の身分を呼ばない。なのにこの王子は「様」を付けている。深く考える必要はないだろうが、少しばかり不本意な気分になってしまう。
「王宮にお越し頂きありがとうございます。そのお礼として花畑をご案内したいと思うのですがどうでしょう」
「本日お呼び頂いたのは妹のカタリナでございますので、私はまた後日にお願い致します。自分はカタリナの付き添いと護衛をかねて来ていますので」
「そうですか。ではカタリナ様、参りましょう」
「ええと…」
どうやら少しばかり不安なようだ。子供とはいえ、常識として王族やこの世界のことをある程度は教育されている。それでも初対面の王子と2人きりという空気に、未知の不安があるのだろう。
「心配することはないよカタリナ。ジオルド様とご一緒しなさい」
「はい。ジオルド様、よろしくお願いします」
「よろこんで」
うお、眩しい。カタリナと違う美少年の微笑みはある意味毒になりそうだ。
少しばかり不安の抜けたカタリナが王子と部屋を出て行き、少しばかりほっとする。王族と相対するのは今日が初めてだから、どういう風に振る舞えば良いのかわからなかった。
貴族としての基本礼儀はできたと思うが、王宮に来てから今の今まで気を張っていたから疲弊してしまう。先程までカタリナが座っていた椅子に背を預けて大きく息を吐く。
「緊張したかい?」
どうやら父には俺の内心を見透かされているようだ。息を吐いただけで完全に見抜かれている。息を吐くというのは意味合いとして3つあると思われる。
①呼吸で肺にたまった二酸化炭素を体外に排出する反応。
②安心した時に吐き出すもの。
③物事に嘆いた際に出すため息。
消去法でいけば1つ目は消える。まあ、普段生活しているだけでしているのだから除外するのは誰にでもできる。残った2つで言えば、微妙なところだろう。いきなり「庭を見に行きましょう」という誘いに、え?と思ったのは俺だけじゃないだろうから。
初対面の相手と交流を深めるために、まずはお茶しましょうとなるのが当然だろう。みんなそうするだろうし俺だってそうする。だがまあ、親バカで掴み所のわからない父のことだ。なんとなくで②を選んで聞いたのだろう。
「王家の方々とお会いするのは今日が初めてですから。しっかりと礼儀を弁えていられたのか不安で」
「初めてというのはそういうものだよ。ジオルド様は少しの無礼など気にしない御方だとお聞きしている。カルナが無愛想な態度を取らなければ大丈夫だ。もっともお前がそのような態度を取るとは思わないけどね」
「そんな失礼な態度はしませんよ。自分がされて嫌なことを相手に向けるつもりまどありませんから」
俺の言葉を聞いて苦笑する辺り、本当に俺がやばいことをするとは思っていないだろう。こうして会話するだけでも父の人柄の良さが伝わってくる。だから俺の行動もある程度見透かされているのかもしれない。
そんな油断をしていたなのかもしれない。突然現れた人物に寛いでいる瞬間を目撃されてしまった。
「王宮で王家でもない人物が寛いでいるとは」
「申し訳ありません!」
即座に姿勢を正して謝罪する。確かに第三王子がいなくなり気を抜いたとはいえ、ここは王宮の離れだ。自分の家でもない場所で気を抜くのは許される行為ではない。自分と同じ爵位で友人か自分より爵位がしたの者の家ならばともかく、ここは王族の訪れる場所。謝罪で許されるならば良いが…。
「謝罪するなら俺に付き合え」
「仰せのままに」
それだけを伝えて廊下を進んでいくアッシュ色の髪の少年を慌てて追い掛ける。隣に立つなど爵位の差があるのでなれなれしくはできない。それに先程のだらしない場面を目撃されている。余計な行動は起こせない。
だらしないといっても、別にふんぞり返っていたり手足を投げ出していたわけではない。背もたれに背中を預けて眼を閉じていただけだ。
王族に寛いでいたと言われればそこで終わりなのだが。
「で、お前は誰だ?」
「申し遅れました。自分はカタリナ・クラエスの双子の兄カルナ・クラエスと申します」
「クラエス?ああ、父上が言っていた今日の客人か。聞いていたのはご息女だけだったが」
「付き添いと護衛をかねて参った次第です。…お邪魔でしたでしょうか」
「別に構わない。どうせご息女と会うのは兄貴だけだ。俺は付属品みたいなもんだからな」
うげぇ、そういや第四王子はかくかくしかじかで性格が少しばかりひん曲がっていたな。その原因としてジオルドの万能の才能のせいだったはず。
「私でよければ話し相手になりましょうか?第四王子とご一緒できる機会はございませんので」
「お前が俺の話し相手だと?笑わせてくれる。…でもまあ1人でつまらない時間を過ごすよりはマシか。俺の名前はアラン・スティアート、俺を暇にさせるなよカルナ」
「何なりとお申し付けください」
命令口調なのも性格故のことだろう。年下(合計年齢)に言われるのは不本意だが気分を害するほどでもない。それにこれくらいのなれ合いは前世で経験したものと比べたら、赤子の手を捻るようなもんだ。
…おい、そこのお前。幼児虐待みたいなこと言うなよ?比喩表現だ。断じてそのようなことはしないからな。
閑話休題
「じゃあ庭にでも行くか。ついてこいカルナ」
「ご命令のままに」
今度は第四王子の護衛兼話し相手ということで、俺はアラン・スティアートの背中を追い掛けた。
数日後。
「大変なことになったな」
ここはクラエス邸のカタリナの自室。あの日ジオルドと庭を歩いていたカタリナは、地面の僅かな段差に足を引っかけて顔面を強打し、2日間寝込んでしまった。その結果、アラン王子の愚痴暴露大会は途中で中断してしまったわけだが。
数十分しか話していないというのに、何故か俺はアランに気に入られてしまった。波長が合ったつもりなどなかったのだが、どうやらアラン王子にとって、俺は安心して話ができる存在となってしまったらしい。
あれ以来、何故か向こうから押しかけてきて、「今すぐ話し相手になれ。でなければ極刑だ」という始末。
肝心のカタリナの看病さえする余裕もなく今に至る。ベッドに横たわって、勘弁してくれとばかりに悩む表情のカタリナに声をかけた。
「8歳の子供相手に恋愛感情なんて抱けない~」
「今はそうだとしてもいつかは好きになるかもしれないぞ」
「であればいいのだけど」
今までの兄妹の会話ではない。これまでのカタリナだったらこのように崩れた会話ではなく、どうにかして助けを請うていたものだ。だが今は友人と話しているような緩い言葉遣い。
そう、俺たちは互いの正体を伝え合ったのだ。頭を強打したカタリナが眼を覚ましてから、様子が可笑しいと使用人たちに言われ聞いてみたのだ。
『君はカタリナ・クラエスではないよね?誰だ?』
誤魔化そうとするカタリナを恐怖の笑みで脅すと、素直に正体をばらしてくれた。もちろんそんなことは知ってたのだが。
まるで自白を強要した検察官みたいだったが、あまり気にしないでおこう。
『…て、転生者です』
『俺も転生者だ。隠す必要はない』
『・・・えぇぇぇ!?』
たっぷり3秒間思考停止に陥ったカタリナは、俺の鼓膜が破れそうな声量で叫んだものだ。その声を聞きつけて両親や使用人たちが駆けつけてきたが、どうにか言い訳をして正体を隠したのだが。
あの時は嘘をとっさに思いつかなかったのはイタかった。カタリナの頭の回転の速さでどうにかなったけど。両親や使用人たちの前では、今まで同様に仲の良い双子を装っている。互いに年齢が年齢であるからして、かなりがちがちになってしまったが。
その後、それなりに自分たちの身の上の話をしたところで、これからのことを話し合うことにした。
「ハッピーエンドで国外追放、バッドエンドだと死亡か。どちらにせよバッドエンドだな」
「他人事みたいに言ってぇ!どうにかして助けなさいよ!」
「聞いたところ、その悪役令嬢カタリナ・クラエスには義理の弟しかいないのだろう?双子の兄という設定はないのだから、俺がかかわれば物語に大きな支障が出かねない。というか既にでてしまっている」
「どういうことよ」
「第三王子ジオルドの弟アレン王子は主人公が現れるまではずっと苦しむようだ。だが初対面の日に俺は何故か気に入られている。もしここで性格改変があれば物語は大きく動いてしまう。俺はあまり動かない方が良いだろうという判断をした」
いや、本当に俺はまったくどうなるか予想がつかない。アニメを見ていたとはいえ、にわかすぎて知っているとも言えないからな。余計なことして2人ともバッドエンドなんてことになったら、転生した意味が全くない。
「こうなったら何が何でもバッドエンド回避のために剣と魔法の才能を磨くわよ!」
「じゃあ俺もそれなりに手伝うよ。兄としても同じ転生者としても」
「ありがとう
…違和感半端ねぇ。可愛いけども悪いが俺はもう心に決めた人がいるのだ。
そう!ソフィア・アスカルトである!