学校のある町の隣町、良い言い方をすれば雰囲気のある、悪い言い方をするならば寂れた、兎に角小汚いレコードショップ。
ここが、あたしの家だ。
学校の屋上で存分にうたって、疲れきった後に隣町まで行くのは骨が折れるけれど、やっぱり此処は落ち着く。
この家には、沢山のうたがあるから。
レコードショップなのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれど、古いレコードから最新のCDまで揃っているこのお店は、あたしにとって、安心するお家以上の領域だ。
「……お、うた、帰ったか。」
あたしが店の重いガラス戸を押し開けると、奥の方から私の名前を呼ぶ、男のしゃがれた声が聞こえてくる。
声のする方を向くと、髭と髪の毛を極限まで伸ばし、店の中だと言うのにサングラスを掛け、小汚いニット帽を被っている、何処かミュージシャン気取りの男性が、レジカウンターに置かれた赤い革のソファに腰掛け、小さく手招きしている。
手招きに従って其方へ向かいつつ、何か新しいレコードやCDが入っていないかどうか、商品棚を確認していく。
古今東西、様々なジャンルの曲を、父である店主が何処からか仕入れ、適当に戸棚に並べている。
そう、今あたしを手招きしている男が、あたしの父親にして、この店の店主だ。
他人になんと言われても自分のスタイルを変えようとしないこの父を、母は見放して、小さいあたしを残してどこかへ行ってしまったらしい。
あたしがこの男の元を離れたがらなかったそうだが、きっと今同じような状況になったとしても、同じようの父を選ぶだろう。
理由なんて単純で、この男が音楽に狂っているように、あたしもうたをうたうことが大好きだからだ。
今、父があたしの事を手招きして呼んでいる理由も、大体は分かる。
「…今夜、ライブハウス行ってくるから。これで適当に晩メシ済ませといてくれ。」
そら来た、予想通りだ。
何時もは音楽に掛けるお金以外にはがめつく、あたしの着る制服も近所のお姉さんのお下がりを貰い、靴下が伸びてルーズソックスみたいになっても新しいものを買わせようともしないこの男が、自分が夜中、店を開けてライブに行く時だけは、何故かあたしに5000円円札を渡す。
どう考えてもこんなに要らないのだが、お釣りの返却を求められた事は今まで1度たりとも無い。
月に2度程度こういうことになるので、丁度いいお小遣いだと思っていて、適当にコンビニでお弁当を買って、余ったお金は貯めて、高いヘッドホンや音楽プレイヤーを買うお金に充てている。
前にその貯金を使ったのは1年ほど前、ワイヤレスイヤホンを買った時なので、そろそろあたしの貯金箱も重くなってきたころだ。
今度は何を買おうかな、と期待に胸を膨らませながら、スクーターに乗って夜の街へと駆り出していく父を見送る。
繁華街に近いこの家から見える景色は、ネオンの輝きが眩しい。
学校の屋上からの景色程ではないけれど、それなりに気に入っている景色だ。
古いロックンロールでもうたいたくなるような、そんな感じにテンションが少し上がる。
そんなこんなで、気分は上々。
シャワーも浴びず、制服から着替える事も忘れて、音楽プレイヤーからランダムに流れて来る曲を、赴くままにうたう。
汗を飛び散らし、時折乱暴にペットボトルの水を飲んで休憩しつつ、叫ぶようにうたう。
屋上だろうが、家だろうが、やる事は一緒。
少し違うことと言えば、あたしの家には防音室がある事位だろうか。
ある時、あたしが家でうたっていたら、近隣住民からクレームが来たようで、警察から注意が入ったらしい。
仕方がないので、防音室ついでにレコーディングもできる設備を造ったらしい。
何処からそのお金が出てきたのか、とかはあまり気にしてはいけないようで、理由を尋ねても父からは冗談しか返って来なかった。
まあ、一々気にしていても仕方がないので、ある物は使わせて貰うだけだ。
どれだけうたっても誰からも怒られないし、迷惑も掛からない。
あの屋上と一緒だ。
あたしはうた。
ただうたえれば、それで良い。
それ以外は要らない。
うたうたいて。