平凡な学校の、穏やかな昼休み。
校舎裏からは、何かを何度も殴打し罵詈雑言を投げかける、平穏ではない音が聞こえてくる。
病的な迄に肌の白い彼女、うたという少女は、聞こえてくる暴力の音を一身に受けていた。
所謂、いじめというやつだ。
うたは、様々な意味で目立つ少女だ。
雪のように白い肌、美しい碧色の双眸、スレンダーな体型は、まるでモデルの様だ。
それら全てを台無しにするかのような、残念に着崩された服装が特徴的だ。
一応、彼女の通う高等学校の制服は着ているものの、リボンは解かれ胸元は開かれ、ソックスはダルダルになっていて、まるでルーズソックスのようになっている。
まるで何事にも興味が無いかのように、ボサボサの髪の毛も雑に結われ女の子らしい可愛らしさというよりは、何処か、凛々しさを感じる…
◇
詰まらない。
面白くない。
あたしの学校生活の感想は、これに尽きる。
先生の話は左の耳から耳の右へと通り抜け、あたしの思考はいつも、雲みたいにふわふわと何処か遠くへ流れていく。
無感動だ。
何をしても、何をされても、学校の中に居るだけで空虚に感じるんだ。
殴られても、蹴られても、閉じ込められても。
どうしてか、悲しくも寂しくも、怖くもならない。
ただただ、虚ろな時間が過ぎて行く。
きっとあたしと彼等は分かり合えない。
こんなにも無駄に時間を使える彼等は、きっと自分の魂を燃やすことを知らないんだ。
何処までも続くような虚無感を振り払ってくれるのは、チャイムの音だ。
ある者は部活動に勤しみ、ある者はファストフード店なんかで友達と一緒に駄弁っている。
学生としての自覚を放棄して、ただ自分の為に使う時間。
あたしは、チャイムの音と共に屋上に向かう。
どうしようもない、灰色の時間を無かった事にする為に。
魂と命を燃やすと、歌声が聴こえてくるんだ。
あたしは揺らめく炎になったような感覚に包まれる。
あたしがワンフレーズうたう度に、あたしの中で火柱が高く上がる。
その火柱は、雨をもかき消してくれて、空は晴れやかだ。
今日は、少しだけお腹が痛いな。
◇
うた、という名前の1年生が居る。
神様に愛されたような容姿に、何にも屈せず曲がらない芯を持っている。
私が逆立ちしようが、決して適うことは無いと思う。
だからこそ、私は彼女をイジメるんだ。
嫉妬?
そうかもしれない。
しかし、私は彼女に近寄りたかっただけなのかもしれない。
ただ、どうしても「普通」には接する事が出来なかった。
イジメの標的にされたくないから、私が怖いから付き合っているクズみたいな奴らと一緒に、生気のない、蒼白い頬を本気でひっぱたく。
少し筋肉がついているだけの、薄く、柔らかい腹を殴り、つま先がめり込むほど強く蹴り込む。
何度も、何度も。
胃の中の物を全て吐き出させ、制服はその汚物に塗れている。
うたを傷つけさせるような事は色々とやった。
鞄もボロボロに切り裂いたし、靴も燃やした、机を窓からほおり投げたりもした。
しかし、うたは、ただ、深海を映したような瞳で、どこか遠くを見つめ、興味無さそうにしているだけだった。
痛くないのか?辛くないのか?
どうして、呻き声すら上げないのか。
痛い筈なのに、辛いはずなのに、怖いはずなのに、何もしてこないし興味もない。
感情が動きもしない。
そんなうたの様子を見て、私は怖くなった。
人間味が無さすぎて、感情を出さなすぎて、怖くなった。
本当に生きているのかすら、私には分からなくなった。
幽霊なのではないかと、本気で思ったりもした。
うたは、放課後になると独りで何処かに行く。
下駄箱でもないし、部室でもない。
うたが生きている、という証拠が欲しかった私は、それにこっそりと付いて行って見た。
歌っていた。
歌を、歌っていた。
私がイジメていた、あのうたとは、到底思えない程精気に満ち溢れ、汗だくになるほど激しく、歌っていた。
その歌を聴いた私は、その場で泣き崩れた。
取り返しのつかない事をしてしまった、という気持ちでいっぱいになった。
だって、こんなにもすごい人物に暴力を振るっていたのだから。
うたの歌声は感動的で、どんな平凡な歌でも涙を流させ、熱狂させる一流の歌に変えてしまうだろう。
私は、泣き叫ぶように許しを乞う。
土下座のような姿勢で、地面に頭を擦りつけながら、何度も謝罪した。
ごめんなさい、許して、と。
許されない事をしていた自覚はある。
しかし、せめて間近でこの歌を聴く事をさせてほしい、と。
うたは、こう答えた。
「……別に、聴きたかったら聴いてていいよ。…それで、貴女は誰?」
されたことも、顔も、名前も、全てうたったら忘れてしまう。