ひょんなことから女になってしまった幼馴染と恋人になるまでの数日間の話。
ほんのりヤンデレ風味。
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生まれたときからあいつとはいつも一緒にいた。四六時中、くっついて過ごしていたとかそんな大げさなことではなく、生まれた病院が一緒だった、家が近くにあった、通う学校がずっと同じだったとか、そんな所謂、「幼馴染」というやつだ。同じ男同士と言うこともあってかよく気が合い、幼い頃はいつも二人で遊んでいた。しかし、あいつと俺は全く正反対の性格だった。俺は教室の隅で一人で本を読み、勉強や運動はそこそこ、友達と呼べる人間はあいつだけ、対してあいつは成績優秀で運動もでき、性格も明るくていつもクラスの人気者だった。しかし、クラスのカーストの最上位と最下位がいつも一緒にいれば、それを面白く思わない者がいるのも必然だろう。俺は自然とクラスの輪からはずれ、陰口をたたかれるようになり、あいつはクラスの中心へと向かっていった。
そんなあいつに対して、俺は劣等感というものを抱いていた。塵も積もればとはよく言ったもので、それは、年を経るにつれてだんだんと大きくなっていった。その心の負の成長とも言うべき動きに比例するようにあいつと俺の様々な差が開いていってしまうように感じていた。だからだろうか、中学校の三年になると、俺は自分からあいつに話しかけるようなことはしなくなっていた。別にあいつのことが嫌いになったわけではない。親友に対して一方的に悪感情を抱く自分にあいつに関わる資格はない。劣等感によって卑屈になった性格は、俺にそう思わせたのだ。そんな俺の態度を察してか、あいつは教室内で話しかけてくるようなことはなかった。そうしていると、自然と帰り道や休日でもあいつとは関わらなくなっていた。そんな環境は、俺のクラスメイトへの嫌悪感とあいつへの後ろめたさを成熟させるには十分だった。
その環境から逃れたい一心で、死に物狂いで勉強し、両親に必死で頼み込んで地元を離れて一人暮らしで、俺のことを知るような人間がいない高校へと進学した。
しかし、いざ教室の扉を開けてみれば、自分の目を疑うような信じがたい、いや、信じたくない光景が広がっていた。俺が逃げる羽目になった元凶とも言うべき「あいつ」がいたのだ。何故という言葉が俺の頭の中を駆け巡っていた。進学先は両親と担任以外には教えていないし、知られてもいなかった。もちろんあいつにもだ。話していなかったとはいえ、長年の付き合いだから、あいつの表情から感情の機微を感じ取ることくらいはできた。あいつには、ばれていなかったように思う。誰かが教えたのだろうか。いや、自分で言ってて悲しくなるが、俺には進学先を語り合うような友達はいない。では何故、何故、何故。あいつは、一体どこから情報を知ったのだろうか。そんな風に唯一の友達を疑ってしまうほど、俺は憔悴していた。そして、教室の入り口であいつの顔を見ながら呆然と立ち尽くす俺にあいつは、いつものように俺に微笑みかけながら声をかけてきたんだ。
「どうしたんだい、そんなところでボーッとして。こうして面と向かって話すのは一年と十七日ぶりだね。君とまた同じ学校に通えて嬉しいよ、○○」
その言葉を聞きながら俺はあいつのいつもの余裕そうな表情と声色から、これはきっと偶然ではないんだろうなと心のどこかで察していた。
1
あの思い出したくもない出来事から一年が経ち、俺たちは二年生となっていた。高校では変わろうと思っていた俺は、これまでの性格では考えられないほどに誰とでも明るく接するようになった。以前とは違い、友人もでき、クラスの中心とは言わないまでも輪から外れない程度の充実した高校生活を送っていた。一つ不満点があるとすれば、あいつとの距離感がうまくつかめないことだろうか。原因はわかっている。あいつを裏切ろうとした負い目を感じているのだろう。それは、じわじわと進行する不治の病のように俺の心を蝕んでいた。
あいつとは必然のように同じクラスであった。中学校とは違い、教室内でもあいつと会話をするようになり、俺の家へと遊びに来るようにもなっていた。しかし、俺の心のどこかにはあいつへの劣等感と後ろめたさがぐるぐると渦巻いていた。
ある夏の日の朝のことであった。外では早朝にもかかわらず耳をつんざくように蝉がうるさく鳴いている。両親がそこそこの収入があったこともあり、俺はセキュリティのしっかりとしたアパートに住んでいる。世間では夏休みの真っ只中であり、我が高校も夏休みであった。部活はやっていないのだが、休みだからといって規則正しい生活をしないと苦しむことになると、小学校で身をもって学んだ俺は、六時には起きるようにしている。夏の早朝はとても良いものだと思う。夜が寝苦しい分、起きたときの涼しさがより一層の爽快感となって全身を駆け巡るのだ。顔を洗い、歯を磨き、寝起きの頭が徐々に覚醒し始めたところで、今度は体を起こすために体ほぐしの運動を始める。いつもの朝のルーティンを終え、朝食を作ろうと準備をする。
突然、我が家のインターホンが鳴り響いた。来客の予定がなかった俺は、夏休みも中盤に入ろうとしているから暇を持て余した友人でも来たのだろうと考え、非常識な時間に来やがってと文句の一つでも言ってやろうと思い、玄関へと向かい、ドアを開けた。
「はいはい、今開けますよ!まったく、暇だからってこんな朝早くに来ることはないだろって……え?」
「おはよう、○○。こんな朝早くにごめんね。ちょっと相談したいことがあって、来ちゃった」
ドアを開けた先には、腰までかかる黒髪を夏の涼風になびかせて疲労を感じさせる顔でこちらを見つめている俺のストライクゾーンにぶっ刺さる、つまり、俺の理想通りの清楚な美少女がそこにいた。
「い、いや、来ちゃったと言われても……どちら様で?」
俺の知り合いや友人の中にはこんな完璧な美少女はいないはずだ。高校以前にでも知り合っていたのだろうかと記憶を遡って探してみるが、目の前にいるような人物はいない。この少女とは知り合いではないはずだ。
「ああ、そういえば、女の子になってから君と会うのは初めてだったね。君の幼馴染の佐藤優希だよ」
「はあ?いやいや、あいつは男のはずですが……」
我が幼馴染の名前を述べた少女の顔を失礼だとは思いつつも観察を行うと、目元の雰囲気や彼女から発せられるどこか余裕を感じさせる態度があいつを想起させる。この自称幼馴染の不審者を追い返そうと思っていたのだが、本当にそうなのかもしれないと俺とあいつしか知らないことを質問することにした。
「うーん、ではいくつか確認して良いですか?佐藤さん」
「うん、もちろん。突然男が女になりましたなんて疑わしいのは当然だからね」
「じゃあ、早速。俺とあいつの付き合いはいつから?」
「つ、付き合いだって!?」
「は、はい」
自称幼馴染は不思議なことに顔を真っ赤にして何やら考えている。
「……ああ、そういうことか。もちろん、生まれたときからだよ。ベッドも隣だったよね」
「小学生の時に毎日遊んでた公園の名前は?」
「××公園だよ。あそこの砂場でサグラダファミリアを作ったのは良い思い出だよ」
「小学校の卒業式で埋めたタイムカプセルに書いた言葉は?」
「天衣無縫」
その後もいくつか質問をしたが、全部答えられてしまった。なかには、俺が忘れてしまっていて、答えてから俺が思い出させられるようなことまであった。どうやら、信じがたいことだがこの目の前の自称幼馴染は本当に我が幼馴染らしい。
「どうやら、もう質問は終わりのようだね。どうかな?ボクが本当に君の幼馴染の佐藤優希だって信じてくれるかい?」
「ああ、どうやら本当にお前は優希らしいな。訳がわからんが、玄関で話すのもあれだし、とりあえず中に入れよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただこうかな。お邪魔します」
そう言って優希を家の中に入れ、リビングへと招待する。そこで俺は、朝食の準備の途中だったと思い出して優希へと声をかけた。
「すまん、優希!飯の準備の途中だった。こんな朝早く来たってことはお前も食ってないだろう?そこの椅子にでも座って待っててくれ」
「いやいや、それは申し訳ないからボクも手伝うよ」
そんな私疲れてますみたいな顔したやつが何を言ってんだと思いながら、俺はそう宣う優希にジト目を向ける。
「な、なんだい?そんなかわいい目を向けられても困るよ」
「そんな気持ち悪いことを言うぐらい疲れてるやつに手伝ってもらうことなんかねえよ。おとなしく座っとけ。そんな大層なもんでもねえし」
「……やっぱり、君は変わらないね。分かった。座って待つことにするよ」
優希の意味深な言葉が気にかかったが、後で優希の相談とやらとまとめて聞けば良いかと朝食の準備へと取りかかる。とはいっても、本当に簡単なものだ。出来上がったトーストにマーガリンを塗り、ソーセージと目玉焼きをフライパンで焼き、冷蔵庫からタッパーに詰めておいたサラダを取り出す。いつもより一人分多いそれらを皿に盛り付けて、眠気覚ましのコーヒーを注いで、優希のいるリビングへと持って行く。
「ほれ、できたぞ。腹が減ってはなんとやらだ。お前の相談も戦じゃあないが重要なことだし、飯食った後でゆっくり話そうぜ」
「うん、そうだね。ボクもお腹すいたよ。それに、相談することは君にも真剣に考えてほしいし」
「お前がそこまで言うとか怖いんだが……。一気に聞きたくなくなってきたよ」
「そんなことを言うなんてひどいなあ。こっちは真剣なんだよ?」
そう言って優希は頬を可愛らしく膨らませてこちらにジト目を向ける。女子になったからか、優希のその仕草はこいつが男だったときからは考えられないほどであった。男だったときはこんな仕草はしていなかったはずなんだが……。なんかこいつ、やけに女らしくなってないか?
そんなことを思いながら、俺は優希に笑いながら返す。
「はははっ、ごめんって。お前が疲れてるみたいだったから冗談の一つでもと思ったんだよ」
「まったく、仕方ないな。けど、この後はそういうことはしないでくれよ?」
「分かったよ。ほら、せっかくの朝飯が冷めちまうぞ?俺は先に食うからな、そんじゃあ、いたただきます」
「はあ、誰のせいだと……。……いただきます」
そんな軽口をたたきながら俺たちは朝食を食べ始めた。食事中も時折会話しながら食べ進めていく。優希は元から食事中などにかかわらず、どんなときも育ちの良さを感じさせるやつだったが、見た目がイケメンから美少女に変わったからか妙に様になっていた。こいつを見る女子たちの目にはこう映っていたのかと納得させられた。
食事中ずっと、俺は落ち着いていられなかった。イケメンの優希が幼い頃から隣にいる俺に近づいてくる女子などはほとんどおらず、女子とまともに関わるようになったのは高校に入ってからだ。今でこそ、女子の友人はいるが、未だにうまく話せている自信はない。ましてや、今の優希のような美少女はいないため、相乗効果によって内心では落ち着いていられないのだ。
優希のことを思い返していると、一つずっと気になっていたことを思い出した。優希は今まで彼女を作ったことがないのだ。もちろん、こいつがモテないとかではない。むしろ、今まで数え切れないほどの告白を受けているはずだ。それなのにもかかわらず、こいつは一つ残らず断っている。それが気になった俺は、昔、何故告白を受けないのかと尋ねたことがある。そのときは、顔を真っ赤にしながら、「好きな人がいるんだ」と答えながら困ったような笑みを向けられたのでそれ以上は聞けなかったのだが。
そんなことを考えていると、いつのまにか俺たちの皿からは料理が消えていた。どうやら、同時に食べ終えてしまったらしい。二人で一緒に、「ごちそうさま」と言った俺たちは片付けも一緒に行った。最初は優希の手伝いも断ったのだが、子犬のような目を俺の理想の美少女の見た目で向けられては降参するしかない。なにより、朝食を食べてお腹を満たしたからか、疲労の色がわずかながらにだが消えているように見えたのだ。「無理はするなよ」と優希に言いながら片付けを続ける。
片付けを終わらせた俺たちは再びリビングへと戻り、優希が俺の家を訪ねた本来の目的を話し始める。
「ちょっとは疲れも取れたか?」
「うん、やっぱり君の隣は落ち着くね」
「そうか、それは良かった。それで?相談ってのは何だよ。滅多に相談なんてしてこないくせに」
「じゃあ早速って言いたいんだけど、その前にこうなってしまった事情を説明するね。まあ、説明って言ってもこうなった根本の原因は分からないんだけどね」
そう言って説明を始める優希の口から語られたことは信じられないほどに摩訶不思議な現象だった。
後天性性転換症。それが、こいつが発症し、美少女になってしまった原因らしい。ある日の朝、いつものように目覚めた優希は自身の身体に違和感を感じたらしい。そして鏡で確認してみて女になってしまったことに気づき、すぐさま病院で検査を行い、異常はないが元には戻れないことを告げられ、女性の生活に慣れるために母親に様々なことを教えてもらった。そして、学校や市役所に事情の説明を行い、戸籍の再登録や学校の対応を相談し終えたのが昨日の夜。最低限のことは終えたものの、やはり非常識な事態に不安は募っていき、疲れが取れないまま俺の家に向かい、今に至る。
「……どうやら相当な苦労をしてきたらしいな。本当によく頑張ったな、優希」
こいつの苦労は俺には計り知れないが、それでも慰めるくらいはできるだろう。それに、幼い頃は落ち込んでいるこいつの頭をなでながら慰めてやるのは俺の役目だったのだ。そのことを思い出したので少しでも不安を和らげられたらと無意識のうちに優希の頭をなでてしまっていた。
しかし、さっきから優希がしゃべらないな。そう思って、優希の顔を見ればうつむいて泣いているのに気づいた。
「お、おい、優希?泣いてんのか?」
「ごめんね、○○。……もう少しだけこのままで良いかな」
その声音から今の優希の不安定さを感じ取った俺は言うとおりにすることにした。
「ああ、こんなんでよければいくらでもしてやるよ」
本人はさっきまで飄々としていたが、とっくに限界を迎えていたのだろう。こいつは昔からそういうやつなんだ。人前では弱みを見せないが、俺の前では思いっきり泣く、そしてそれを俺が今みたいに慰める。小学校の途中まではそうだったのは覚えている。しかし、ある日突然こいつは俺の前でも弱みを見せることはなくなった。そういえば、それからだったか、俺がクラスの奴らから無視されたり、陰口を言われるようになったのは。それで傷ついた俺を慰めてくれたのは優希だったか。それでさらに劣等感が刺激されて……。まあ、そいつらとはもう関わることはないから別に良いのだが。
そうしてから、十分ほどだろうか。優希の涙も収まったようなので、改めて話を聞いてみることにする。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう○○」
「いいってことよ。これで、やっとお前の相談とやらができるな」
こいつが俺の家を訪ねてからもう二、三時間は経過している。少しは落ち着いたみたいだし、そろそろ話を進めても良いだろう。そう思って尋ねると、優希の口から飛び出してきた言葉は俺が予想もしていなかった内容だった。
「……ボクと、付き合ってくれないか」
「……それは、……どっかについて行くとかそういうことか?」
あまりにも衝撃的だったので返答に困る。別にライトノベルによくある鈍感系主人公というわけではないので恋愛的な意味なのかとも思ったが、それこそあり得ないだろう。我が幼馴染は、今でこそ女になってしまったが、元は男なのだ。確かに、今思い返してみれば俺を見る目が怪しいときがあったり、スキンシップが激しかったりと思い当たる節があったが……。
「恋愛的な意味だよ。ボクの彼氏になってくれと言ってるんだ」
「……お前、自分が何言ってるのか分かってんのか?まだ疲れてんじゃねえのか」
「ボクは本気だよ。ボクは君のことが好きなんだよ、○○」
そう言う優希の目は本人が言うとおり本気のようだった。本気だと言われても、こいつは男な訳で……。俺も優希のことは好きだ。もちろん友人として。
「いいか、優希。俺は男で、お前も男だ。確かに世の中には男同士でって言うのもあるが、俺もお前も違うだろう?」
「今は女の子だよ?」
「いやそういうことじゃねえだろ!?精神的な話だよ」
「確かに君の言うとおり男だけど、ボクはかまわないよ」
かまわないって……。そうするとこいつは男だったときからそう思っていたのか?じゃあ、俺が感じていたこいつの目やスキンシップは勘違いじゃなかったのか……。
「……いつから、そう思ってたんだ?」
「小学校の時からだよ。君に嫌われたくなかったから言えなかったけどね。でも、女の子になっちゃたし、もう我慢しなくても良いかなって」
「……いやいや、ちょっと待ってくれ」
「ああ、別に今日答えを出してくれって訳じゃない。何日かかっても良いから、ちゃんと答えを出してほしいんだ。その代わりと言っては何だけど、今度デートでもしないかい?」
こいつの相談が衝撃的すぎて頭が回っていなかった俺はよく考えずに返事してしまっていた。
「あ、ああ、別に良いぞ。……って、今なん」
「よかった、じゃあ今度の日曜日の十二時くらいに○○駅前に集合ね。今日は相談に乗ってくれてありがとう、返事はいつでも良いから。それではボクはここでお暇するよまた今度ね、○○」
優希は、珍しく興奮した様子で俺の話も聞かずにデートの予定を立てて出て行った。相変わらず行動が早い。
「はあ……。何でこうなってしまったのか……」
何度も言うが優希のことは嫌いじゃない、嫌いじゃないが、それとこれとはまた別の話だろう。それに俺はあいつに対して劣等感を感じているのだ。あいつが美少女になったところでそれは変わらないし、むしろ性別が変わったことでおれとあいつがそう言う関係になれるとはますます思えない。高嶺の花というやつだ。俺ではあいつの隣には立てない。容姿も能力も、すべてが見合わない。
そこまで考えたところで、俺はある一つのことに気づき、思考の渦から引き戻される。高嶺の花とか隣に立てないとか、まるで俺が隣に立ちたくても立てないみたいになってないか?もしかして俺、あいつの告白が満更でもないのか?
「いやいや、それはあり得ないだろ。きっと、何かの気の迷いだ。そうに違いない。……そんなことより、日曜か」
俺はそう言って、あいつの気持ちを無碍にはできないしなと今度の予定にデートと入れる。今日はもう疲れたから、何をする気も起きない。昼寝でもしようかとベッドに向かう俺は、日曜日を少し楽しみにしている自分がいることに気づいていた。
2
あれから数日が経ち、ついに約束の日曜日となった。いや、心情的にはなってしまっただろうか。そんなくだらないことはどうでも良い。問題なのは俺とあいつがデートに行くということであって……。この数日の間に何回も考えたのだ。俺もあいつも男で、男同士でデート?考えただけで寒気がする。いやしかし今あいつは理想の美少女になっているわけで。でもそれは、俺に都合が良すぎてあいつの気持ちに応えていないのではないか?そんな考えが、俺の頭の中でいたちごっこを繰り返しているうちに日曜日になってしまった。
俺はあいつが言っていた駅前に来ていた。心配性というわけでもないんだが、落ち着かなかったので一時間も早く着いてしまった。しかし、優希も珍しく興奮するぐらい楽しみにしているようだったしもしかしたらあいつももう既にいるのではないか?こう考えると、ますます、何で俺に好意を抱いているのかが疑問だ。ましてやあいつに劣等感を抱いている俺なんかに。あいつは聡いやつだし生まれてからの付き合いだ。俺が劣等感を感じていることにも気づいているだろうに。
そう考えながらあいつの姿を探していると俺の予想通り優希のやつも早く着いていたようで特徴的な黒髪を見つける。近づいて声をかけようとしたところで、あいつが誰かに話しかけられていることに気づく。あいつの困惑と嫌悪感を丸出しにした顔を見るに、どうやら、所謂ナンパというやつをされているようだ。助けにいくべきだろうか。状況を観察していると、不意に優希がナンパ野郎について行く想像が頭をよぎる。……何故か、それは無性に腹が立った。俺も大分疲れているみたいだ。そう思ったので、あいつを連れ出そうと足を踏み出す。
「だから、ボクには先約がいるんだ。君の誘いは断らせてもらうと言ってるだろう」
「そんなこといわずにさ。君も一時間前からいるじゃん。先約とやらも来ないんじゃないの?」
「そんなわけないだろう。○○の予定はすべて把握しているんだ。今日はボクとの予定以外は何もないはずなんだよ。それに○○がボクとの約束を反故にするわけがないだろう。それともなにか?ボクと ○○の関係はその程度だとでも言いたいのかい」
いやなんでお前が俺の予定を把握してんだよ。普通に怖いんだが……。ナンパしてる人もお前の剣幕に押されて困惑してんじゃねえか。いや別にナンパに同情しているわけではないが。しかしこれは都合が良い状況だ。相手が押されている間にあいつを連れ出そう。
「ごめん、優希!待たせたか?」
「いや、問題ないよ○○」
そう言って優希は俺の腕に抱きついてくる。今まで感じたことがない柔らかさを感じるが、優希にからかわれそうなので動揺は出さないようにする。
「ちっ、んだよ。先約って彼氏かよ。俺は寝取られは嫌いなんだ。純愛が良いよな。……おい!彼氏さんよお、次からは彼女よりも先に来るか、一緒に来た方が良いぜ。俺みたいなやつがいるからな」
そう言って俺たちに忠告をしながら彼は去って行った。……いや純愛が良いならナンパなんかすんなよ。しかも最後はよく分からん忠告していったし。もしかしていい人だったのか?まあ、別にどうでも良いか。
「大丈夫だったか、優希」
「うん、別に直接何かされたわけじゃないからね」
「それなら良かった。……それで、聞きたいことがあるんだが」
「なんだい?君からのことなら何でも答えるよ。スリーサイズでも聞くかい?」
「……何でだよ。何でお前が俺の予定を把握しているかを聞きたいんだが」
「今一瞬迷ったよね。……それは幼馴染だからだよ」
「いや理由になってないんだが……」
「幼馴染だからだよ」
「いやだから……」
「幼馴染だからだよ」
ちゃんとした理由にすらなってないんだが……。まあ、いいや。別に把握されて困るような予定とかはないし。
「……はあ、分かったよ。一つ聞くが、俺の私生活まで把握してるわけないよな?」
「……うん、そんなことはしてないよ」
「なんか、怪しいが。まあいいや、お前のことは信用してるし、困ることはないだろ」
俺がそう言うと、優希は嬉しさを抑えられないような顔で頬をうっすらと赤く染めていた。
「どうした優希。まさか俺なんかに信用されてるのが嬉しいのか?」
「……自己評価が低いのは君の悪い癖だね。それに、そういうことをさらっと不意に言ってくるのも」
そう言いながら、頬を膨らませてこちらをジト目で見てくる優希を俺は、可愛らしく感じていた。
3
俺たちは、駅から電車に乗って一駅隣の割と何でもある町へと向かっていた。この町が目的の人が多いのか、満員電車となっていて人一人分の隙間もないほどであった。そうすれば当然、密着することになるわけで……。こいつが他の人に密着されるのがなんとなくいやだったので、なんとかドア付近のスペースを確保して、優希をドア側に押し込み、俺は優希に壁ドン状態で覆い被さっていた。こいつの整った顔がキスをするような距離にあるのは非常に心臓に悪い。落ち着かない自分を鎮めるように、小声で優希に話しかける。
「な、なあ優希、その、窮屈だったりしないか?」
「いや、大丈夫だよ。君が頑張ってくれてるからね。それよりも、これだけ近いとなんだか、キス、してしまいそうな距離だね」
「……からかうんじゃねえよ。元は男とはいえ、お前の顔整ってるんだからこっちは緊張してんだよ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。……ふふっ、ごめんごめん。君の困り顔がかわいいからからかってしまうんだ。それこそ……」
優希は俺の耳元へとさらに顔を近づけながら囁く。
「食べちゃいたいくらいに」
俺は、その妖艶とも言える優希の顔と声音に、顔に血液が集まり赤くなるのを感じる。そうだ、こいつはこんなやつだった。基本的にからかうのが好きなのだ。耳を押さえ、にらみつけながら抗議の声を上げる。
「……勘弁してくれ、お願いだから。お前のこと嫌いになるぞ」
「それは駄目だ。分かった、君の言うことを聞くことにするよ」
嫌いになるは流石に冗談だし些か子供っぽいが、こいつには昔からこれが一番効くのだ。こいつもそれは分かっているので、笑いながら返事をしてくる。
「それにしても、ここは冷房が効いてるね、少し寒いくらいだ。○○もそう思わないかい?」
そう言って体を密着させてくる。懲りずにまたからかってきやがった。せっかく俺が極力、体に触れないようにと努力していたというのに……。俺の努力を水の泡にしやがって。しかし、こいつにからかわれるのを嫌ではないと感じているのもまた事実である。確かに昔は劣等感が刺激されていたものだが、今は精神的に余裕があるからだろうか、心地良いと感じている。まあ、劣等感が消えたわけではないのだが。
それに、また一つ思い出したことがある。一番効くとは言ってもこれ以外よりも効くと言うだけであって、こいつを諫めるのは難しいということを。……密着した優希の体は、非常に心臓に悪かったとだけ言っておこう。
五分ほどとはいえ、心臓に悪い時間を耐え忍んでいると電車が目的地へと着いたようで、人の波に押し出されるようにして電車を降りる。人が多いので少し急いでホームから出ると、落ち着ける場所を探そうと歩き出す。一、二分ほど歩くとちょうど良さそうなベンチを見つけ、二人で座る。
「やっと、落ち着ける……」
「人が予想以上に多かったからね」
「確かにそうだけど、お前も原因の一つ……ていうか、お前が大部分を占めてるからな?」
「そうなのかい?」
いや、そうなのかいって……。こいつ、確信犯だろ。現にニヤニヤしながらこっちを見てるし。
「それで、今からどこに行くんだ?」
そう、今日の予定はすべてこいつが立ててきているのだ。デートをしようと言われた日の後、デートと言うからには男がデートコースとやらを決めたほうががいいのかと、恋愛経験のない俺は、悩みに悩んで、高校の女友達にLINEで相談をした。返ってきた答えが、「絶対決めた方が良いよ!」だったので、優希に提案してみたのだが、どうやらもう既に決めていたらしく断られてしまった。それに、「絶対に満足させてみせるし、君を惚れさせてみせるよ。だから、楽しみにしててよ」とまで言われてしまっては何も言えなくなってしまったのだ。
「そうだね、予定よりも大分早いけど、君も満員電車で疲れただろうしお昼ご飯を食べに行こうか」
「おお、確かに言われてみれば。しかし、この辺に飯屋なんかあったか?」
あまりこの町には来ないので詳しくないのだ。その点、優希はこの町にはよく友人と遊びに来ていたようだ。相変わらず、人付き合いの良いやつだ。きっと、俺の知らない店でも知っているのだろう。
「ボクのおすすめのカフェがあるんだ、隠れた名店ってやつだね。それに、ボクと君の好みは似ているからね、きっと気に入ると思うよ」
こいつの言うとおり、俺とこいつの好みは似ているのだ。何故かは分からないが。それのおかげか、今のようにこいつが俺の好きそうな店を見つけてきたり、俺がこいつの好きそうな店を見つけてきたりすることもあった。こいつのおすすめなんだ、間違いないだろう。そう確信して、楽しみにしながら、そのカフェまで歩き出す。すると、優希は自然に手をつないできた。しかも、所謂恋人つなぎで。
「あのー、優希さん?何で手をつないでらっしゃるんでしょうか?」
「はぐれないようにと思って……。駄目かい?」
「じゃあ、恋人つなぎじゃなくても良いだろ?」
「……ボクは君のことが好きだ。それは分かっているだろう?」
「……ああ」
未だに非現実的だなとは思っているのだが……。流石にあそこまではっきりと好きと言われては、信じられないと言ったら優希の気持ちを理解していないようで口が裂けても言えない。
「それじゃあ、これぐらいの役得があっては駄目かい?」
優希は子犬のような顔をして、懇願するように涙を浮かべてこちらを見てくる。……そんな顔をされたら俺が折れるしかないじゃないか。元々ずるいやつだったが、女子になってからさらにずるくなってないか?そんなことを思いながら、俺は負けを認める。
「……分かったよ、俺の負けだ。俺の手で良ければいくらでもどうぞ。……そんなに良いもんかねえ?」
「ああ、最高だよ、幸せな気分だ。いつまでも握っていたいくらいにね」
「そうかい、そいつは良かった」
「……ねえ、○○」
「何だ?」
「ありがとう」
そう言う優希の顔は本当に幸せそうで。ああ、本当にこいつは俺のことが好きなんだな、そう思えるほどだった。多分、それを見ている俺の顔も同じような顔をしているのだろう。どうやら、俺もこいつに絆されてきたようだ。少し赤くなった顔をお互いに隠しながら、カフェまでの道を歩いて行った。
少し入り組んだ道を歩いて行くと、件のカフェが見えてきた。なるほど、確かにこれは隠れた名店だ。人の目から逃れるかのような店の位置と少し年季の入った店の看板は、そう思わせるほどの雰囲気があった。
「あそこだよ。いかにもって感じだろう?」
「ああ、確かに。これは隠れた名店だ」
「料理もおいしいから、楽しみにしててよ」
「優希が作るわけじゃないだろ」
「ふふっ、確かにそうだね」
二人で他愛もない会話をして笑い合いながらカフェへと入る。昼前なのと店が人目につかないせいか、店内には一、二人ほどしか客がいない。入店を知らせるベルが鳴り、三十代ほどの女性の店員さんが近づいてくる。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしかったでしょうか?」
それに肯定の返事をするとお好きな席にどうぞと案内される。席に着くとメニューを渡され、ご注文がお決まりになられましたらお呼びくださいと言って下がっていく。それとなく店内を観察してみると、どうやら六十代ほどの老夫婦と先ほどの女性だけが働いているようだった。それに店内もアンティーク調でBGMにはクラシック音楽が流れており、総じて落ち着いた雰囲気だ。静かで良い場所だ。まさに俺好みの店で、君も気に入ると思うという優希の言葉には頷くばかりである。
「ボクはナポリタンにするよ。ここに来たときはいつもこれなんだ」
「俺はカルボナーラにしようかな。いやでも、ナポリタンも捨てがたいな……ああ、そうだ。お互いに分け合わないか?」
「もちろんかまわないよ」
「おお、ありがとう。じゃあ、注文を……。やっぱ、トイレしてきてからで良いか?」
「それなら、行ってる間に注文しておくよ」
突然の尿意を感じた俺は、優希の提案をありがたく感じながら席を離れてトイレへと向かう。
「ご注文を承ります」
「カルボナーラとナポリタンを一つずつお願いします」
「お飲み物はどうされますか」
「あっ、聞くの忘れてた。えーと、じゃあこれを」
トイレから帰ってきた俺は優希に感謝しつつ席へと戻る。優希の顔が少し笑っているのだがどうかしたのだろうか。
「飲み物は勝手に選んだけど、別に良いよね?」
「ああ、別にかまわないが。笑ってるけどどうかしたのか?」
「いや、別に何でもないんだ。気にしないでくれ」
その後も話をしていると、料理が運ばれてくる。店員さんは料理を置いて、生暖かい目を俺たちに向けながら去って行った。テーブルに置かれた最後のものを見ながら、俺は優希に尋ねた。
「なあ、優希。俺の目がおかしくなければカップル用の飲み物が置かれてるんだが」
そう、俺たちの目の前には一つのグラスに、漫画とかでよくある二つ飲み口があるストローが刺さっている飲み物が置いてあった。
「君の目は正常だよ。事後承諾だけど、さっき言質はとったからね」
確かに何でも良いとは言ったが、流石にこれは予想してるわけないだろ……。
「そうだけどさ……。おまえは恥ずかしくないのか?」
「別に人も少ないしね。それよりも君とイチャイチャしたいんだ」
「……分かったから、小っ恥ずかしいこと言わないでくれ」
何をさらっと言ってるんだこいつは……。
「まあ、これは後のお楽しみにしておこう。早速いただこうじゃないか」
それもそうだと思ったので、俺たちは声をそろえていただきますと手を合わせる。一口食べれば、優希が自慢するのも納得のおいしさを感じた。
「おお、これはうまいな。お前が自慢するのも分かるよ」
「でしょ?よかったよ、気に入ってくれて。ボクのも食べてみるかい?」
「いいのか?」
「もちろん。じゃあ、はい、あーん」
優希はそう言って、パスタをフォークで巻き取ってこちらの口に運んでくる。正直、今日のこいつの行動から予想はしていたのであまり動揺はしない。俺は躊躇いもなくそれを口に入れ、咀嚼する。
「……あんまり動揺しないね」
「まあ、予想はできたしな。それよりも、俺のも食うか?ほれ、あーん」
先ほどの仕返しとばかりに俺は意地の悪い笑みを浮かべながら優希の口にパスタを運ぶ。
「……ボクは予想できなかったよ」
優希は頬を赤く染めながら、それを口に入れる。決して口には出さないが、その様子は非常に可愛らしい。
そんなこともありつつ、ついにあの飲み物を飲む時間になってしまった。
「なあ、ほんとに飲むのか?」
「何を言うかと思えば、頼んでしまったのだから飲むしかないだろ?」
優希はそう言いながらも顔を少し恥ずかしそうに背けている。やっぱりこいつも恥ずかしいんじゃねえか。こいつも恥ずかしいんなら別に良いかと俺は覚悟を決める。誰かが言っていたのだ、赤信号だってみんなで渡れば怖くないと。
どうやら優希の方も覚悟を決めたようで、二人で頷き合って一緒にストローを口にくわえる。ものすごく近くに優希の顔があり、目と目が合う。なんだこれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。とりあえず早く終わらせようと一気に吸い上げる。飲み物が喉を通り抜けていくが味が全く分からない。この距離だと優希の顔が細かいところまで見える。まつげが長いし、鼻筋もすっと通っているのだが目元は以前の優希の面影が残っている。総じて、美少女である。しかも理想の。
そこまで考えて、気づけば飲み物がなくなっていることに気づいた。俺はそれに気づかないほど顔を見続けていたのかと思うと非常に恥ずかしい。優希もそうだったらしく、俺たちの間に気まずい空気が流れる。
「た、食べ終わっちゃたし、次の場所に行こうか」
「あ、ああ。そうだな、そうしよう」
二人で席から立ち上がって、会計を済ませる。カフェから出ると、優希は自然と手を恋人つなぎにしてくる。今日ぐらいは好きにさせてやるかと、俺がそれを咎めることはなかった。
「次はどこに行くんだ?」
「次は買い物に付き合ってほしいんだ」
「別に良いが、何を買うんだ?」
「アクセサリーだよ。お母さんに服は選んでもらったんだけど、それに合うものがなくてね。君に選んでほしいんだ」
「選んでほしいと言われてもなあ……。俺にそんなセンスはないぞ?」
「いやいや、センスあると思うよ。それに、君がボクにつけてほしいものを選んでくれれば良いんだ」
「まあ、お前がそれでいいなら。あんまり期待はするなよ」
そう釘を刺して優希の顔を見れば、嬉しそうに頷いている。こんなに期待してるなら下手なものは選べないなと、さらにプレッシャーを感じながら優希の目的の店へと向かっていく。先ほどのカフェから十分ほど歩き、人通りのある大通りへと出る。そこから少し歩けば、目的の店へと着いた。店内に入ると、ネックレスやブレスレット、アンクレットなどの様々なアクセサリーが目に入ってくる。
「ねえ、○○。少しお手洗いに行ってきても良いかな?」
「おう、少しは似合いそうなもん探しとくよ」
そう返事をして、優希を見送る。さて、気合い入れて探すかと店内を見て回ろうとしたときだった。若い女性の店員さんが話しかけてきたのだった。
「いらっしゃいませ、何をお探しですかって……、○○君じゃん、こんなとこでどうしたの?」
俺のことを知っているようだったので、驚きつつそちらを見ると高校の同級生の青木さんだった。青木さんは高校の女友達で、俺が相談を持ちかけた人でもある。
「青木さん!?どうしてここに……」
「どうしてって、それはもちろん店員だからだよ。それよりも○○君がいる理由が知りたいな」
「そ、それはですね……」
「あっ、分かった。この前の相談のデートの件でしょ。彼女さんのアクセでも選びに来たの?」
全くもってその通りである。いや、彼女の部分は違うが……。その質問に俺は、焦って返答してしまった。
「ちっ、違う違う。まだあいつは彼女って訳では……」
「まだ?つまり、今日告白するんだね?それで、そのときに渡すのを選びに来たと……。お熱いねえ。私が選んであげよっか?」
「かっ、からかわないでくれよ。それに、あいつは俺に選んでほしいって言ってくれたから、それはお断りするよ」
そう、あいつは俺に頼んでくれたのだ。その期待を台無しにするほど、俺は腐ってはいないつもりだ。まあ、あいつが選んだ方がいい気もするが……。
「そっか、それなら私はお邪魔だね。それじゃ、しっかり選んであげなよ?彼氏クン」
そう言って、青木さんは店の奥の方へ戻っていった。結局恋人の件は勘違いしたままだったが……。気を取り直して、探そうとすると後ろから優希の声がかけられたので振り返る。
「おお、優希、戻ってきたのか。まだ……」
選べてないんだと言いかけて、優希からただならぬ雰囲気を感じる。この感じは、怒っているというより何かに嫉妬してるのか?しかし何に嫉妬してるんだ、もしかして、デート中に他の女性と喋っていたからか?思い当たる節があったので優希に声をかけようとするも、先に優希が口を開く。
「ねえ、今のってクラスメイトの青木さんだよね。何をあんなに楽しそうに喋ってたのかな、もしかして、彼女に選ばせようとしてたりしないよね?ボクは君が選んだのが良いんだって言ってるだろう?ボクはこんなか弱い体になってしまったから、君の物だっていう証明がほしいんだ。君以外の男の物にはなりませんよっていうね。それを他のやつに選ばせようだなんて、たとえ君でも許さないよ。それで、どうしてそんなことをしたんだい?ほら、早く言ってよ。ねえ、ねえってば!」
早口でまくし立てる優希を落ち着かせようと、俺は優希の肩をつかんで言い聞かせるように喋り始める。
「落ち着け、落ち着けって優希。確かにそう提案されたけど、それは断ったから、俺が選ぶから安心してくれよ、な?」
俺がそう言うと、優希は理解したらしく、自分を落ち着かせるように深呼吸をしている。
「ふう……、ごめん、少し取り乱したみたいだ。君を疑うなんてどうかしていたよ。本当にごめん……」
優希の今にも死にそうなほどに落ち込んでいる顔を見ると、どうにかして喜ばせないとという気持ちが沸き起こってくる。どうしようかと悩んで、店内を見渡していると一つのアクセサリーが目に入る。いや、でもあれはなあ……。俺の目に入ったのは、白いチョーカーであった。黒髪のこいつには白が映えると思うし、昔から子犬みたいに感じていたのだ。しかし、首輪のようにも見えるそれを選ぶのは勇気が必要だった。それに、優希への独占欲を表しているみたいで……。
俺が悩んでいる様子を優希は怒っていると感じたらしく、本当に死んでしまうのではないかというほどの落ち込みようだった。四の五の言ってる暇はないかと、俺は優希の手を引いてそこまで連れて行く。
「ど、どうしたんだい○○。無理に選ばなくても良いんだよ」
そんなことを宣う優希を無視して、俺はチョーカーを手に取る。
「ほら、これが俺の選んだやつだ。これでいいか?」
「……君はボクの心を読めるのかい?」
「はあ?どうしたんだ急に」
落ち込みすぎてついに壊れてしまったのかと優希の顔を見れば、さっきとは打って変わって嬉しさがあふれ出さんばかりの笑顔になっていた。
「やっぱり、ボクを一番分かってくれているのは君だよ。ボクが一番ほしかった物を選んでくれるんだから」
「いや、それは良かったけどよ。その、嫌じゃないか?独占されてるみたいで」
「それがいいんだよ。さっきも言っただろう?君の物だっていう証明がほしいって」
そう言って、花が咲くように笑う優希の顔は一生忘れることはない、そう確信できるほどに美しかった。
優希が気に入ってくれたようなので、そのチョーカーを買って店を出る。大通りに出ると、優希は俺に頼んできた。
「ねえ、○○。せっかくだから、これ、きみがつけてくれないかい?」
何を言うかと思えば、確かに俺が選んだ物だから、俺がつけるのも吝かではない。しかし、そうすれば、手をこいつの体に回さないといけないわけで……。こいつもそれは分かっているのか、意地の悪い笑みを浮かべてこちらを見てくる。仕方ないと思いながら、チョーカーを受け取り、優希の細い首筋に手を回す。自然と優希の吐息がかかり、背筋にゾクゾクとした感覚が走る。もしかすると、お互いに心臓の拍動が聞こえてしまいかねない距離に耐えて、チョーカーをつけ終える。チョーカーなんてつけたことがなかったので、少し手間取ってしまった。
「これでボクは君の物だ……。ありがとう、○○。すごく嬉しいよ。……一生大事にするね」
「あ、ああ……」
俺は優希の言葉に生返事をして、優希のその姿に見惚れながらも、仄暗い優越感を覚えていた。そして、今まで自分でも気づいていなかったことを理解してしまった。俺が小、中学校でクラスメイトを嫌っていたのは陰口を言われたりしたからではない。優希への独占欲から、優希をとられたとクラスメイトに嫉妬していたのだ。それに気づいた俺は、優希に心配されまいと笑いながら次の行き先を尋ねる。嬉しそうに次の場所へと手をつなぎながら案内する優希を見ながら、俺の心は自己嫌悪の感情で満たされていた。
その後も、本当にいろいろな場所を回った。それらを巡るたびに、優希は嬉しそうに笑っている。それに対して、俺の心境はぐちゃぐちゃになってしまっていた。こいつと一緒に過ごすのは本当に楽しい、自信満々に言ってきたのも納得した。しかし、それに反比例するように俺の自己嫌悪は深まるばかりだ。俺はこんなに、こんなに好きなやつに勝手に劣等感を感じて遠ざけていたのかと……。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、優希は最後に俺の家に行っても良いかと聞いてきた。きっとそこで、返事を再び聞くのだろう。俺も言いたいことができたし、返事も決まった。俺の家に帰ろうと帰りの電車に乗り込む。五時台という微妙な時間帯だからか人はまばらだった。夕日が電車の中に差し込み、普段なら綺麗だと感じる景色も、今の心情と人のまばらさ、そして俺と優希の歪な関係が、その橙色の光を憂鬱なものに思わせていた。
4
俺の家に着く頃には七時頃になってしまっていた。まだ夏ということもあり、空はまだ薄暗い程度だ。でもそれが、俺の不安を表しているようで少し嫌だった。そんな不安を押し殺して平静を装いながら、優希と一緒に玄関をくぐり抜け、リビングへと向かう。夕食を食べてからがいいかと思い、優希に声をかける。
「なあ、優希。お互いに話したいことがあるだろうが、一旦、夕食にしないか?落ち着いた方が話しやすいだろ」
「うん、それがいいよ。それじゃあ、ボクが作るから君は休んでくれてて良いよ」
「そんなことはさせられねえよ。俺が作るから……」
「君が思い詰めているのに気づかないとでも思ったかい?そんな暗い顔した人が料理なんかしたら怪我するよ」
流石にこいつはごまかしきれないか……。渋々ながらも、優希に降参の意思を示す。
「……俺の負けだ。ごめんな、飯なんか作らせちまって」
「謝らないでくれよ、君のためにやってるんだ」
俺のためか……。それなら俺が口にすべきは謝罪ではなく、感謝だろう。
「……ありがとう、優希」
それを聞いた優希は花が咲くような笑顔を浮かべてキッチンへと向かっていった。
優希の作った夕食を食べ終えた俺たちは、片付けを始める。最初に優希が尋ねて来たときとは立場が逆だなと言うと、お互いに顔を見合わせて同時に吹き出した。片付けを終える頃には気持ちもいくらかは紛れたので、話をしようとリビングの椅子に座る。
「……話をする前に一つ聞いてもいいかな、○○」
「ああ、いいぞ」
「今日は君にとって楽しい一日だったかな」
それは間違いない、今日は人生で一番楽しかったと言っても過言ではない。それくらいに楽しい一日であった。
「ああ、間違いなく人生最高の日だった」
「それは良かった。……それじゃあ、返事を聞いても良いかな」
来た。ついに来てしまった。この質問が来る直前まで悩んでいた。俺はこいつの気持ちに応えるべきなのかと。優希が俺のことが好きだというのは嫌というほど理解できた。だが、俺はそれに見合うほどの人物なのだろうか。女性になってもこれほど魅力的なやつだ。俺以上に魅力的で優希の隣が似合うやつなんて山ほどいるだろう。そんな心境を吐露するように、俺は優希の告白に答える。
「……俺は、俺は優希の告白に答えることはできない」
「……理由を聞いても良いかな」
そう言う優希の声音は、予想通りだとでも言うように透き通っていて、理解したくないと泣きわめく子供のように悲しげで、今にも泣きそうなほど震えていた。それを聞きたくないと、俺は本音を隠して言い訳を並べる。
「だって、考えてもみろよ。お前は性別が変わったって中身は男だ。男同士なんて俺には無理だ」
俺はお前に見合わないんだ。お前の隣には立てないんだ。分かってくれよ、優希。なのに、何でそんな悲しい顔をするんだ……。
「男同士なんて、気持ち悪いだろ?」
そこまで言って、俺は、自分が涙を流していることに気づいた。なんで、俺は泣いてるんだ。ああ、これでは駄目だ。また、優希に迷惑をかけてしまう。思考が止まってしまい、黙ったままの俺を優希は隣まで来て抱きしめる。
「それは、君の本心ではないだろう?」
「ばれてんのかよ……」
「むしろ、ばれないとでも思ってたのかい。ほら、話してみなよ。全部受け止めてあげるからさ」
先ほどとは違い、こちらを安心させるような声で聞いてくる。その声で、本当に受け止めてくれると確信させられた俺は、もうこいつのことが好きなのだろう。隠すことなどせずに、本心を打ち明ける。
「俺、実はお前に独占欲を感じてたんだ。だから、お前がクラスの中心になってそれまでよりも関わらなくなっただろ。それで、お前をとられたみたいに感じて、勝手に嫉妬して……。ほんと、馬鹿みたいだよな」
それを聞いた優希は抱きしめる力をさらに強めて、続きを促してくる。優希の体も震えている。身勝手な俺に怒りを感じているのだろうか。嫌われる覚悟で続きを話し始める。
「それで、時間が経つと嫉妬がお前への劣等感に変わっていった。何もかも負けてる。何であいつみたいにうまくいかないんだって……。友達もお前だけだったから、相談できる人もいなくて、唯一の友達に醜い感情を抱いてる自分と、環境に嫌気がさして、頑張って遠くの高校に行って……。でも、そこには、何故かお前がいて……」
さらに優希の力が強まる。
「でも、頑張ったんだぜ?コミュ障も直して友達だってできたし、勉強も頑張って……。でも、駄目なんだ。お前といると、気づかされるんだ。俺の全てがお前とは釣り合わない。俺はお前の隣には立てないんだよ……。俺もこんな自分は嫌いなんだ、お前だって嫌だろう?」
女性になった優希が出せる最大限の力で抱きしめられている。どこか安心する自分を都合の良いやつだと思いながら、優希の返事を待つ。
「……まったく、君は相変わらずかわい、んんっ、くだらない人だね」
優希のその言葉に、俺は自嘲気味に笑う。
「やっぱり、そう思うだろ?だから、お前の気持ちには……」
「おっと、勘違いしないでくれ。くだらないとは言ったけれども、ボクは君のそういうところも含めて、君が好き、いや、君を愛しているんだよ」
優希のその言葉に、俺は救われるような感覚を覚える。
「それに、ボクも君と一緒なんだ。君が誰かと話していたり、笑い合ったりしてれば、それに嫉妬してしまう。君がクラスメイトから陰口を言われて落ち込んで、それを慰めていたことがあっただろう。あのとき、ボクは慰めているときは君を独占できると知って、陰口を諫めたりすることはなかった。今は後悔しているよ。君が遠くへ行ってしまったからね。君が行く高校を君のご両親から聞いて、焦って追いかけてきたんだ。ボクの方が醜い感情を持ってる厄介な女なんだよ」
その事実を聞いたとき、怒りの感情よりも安心の感情が出てきた俺は、とっくの昔に壊れてしまっていたのだろう。そして、そんな俺を受け入れようとしている優希も。それならば、壊れ物同士でしか一緒にはなれないのだろう。そんな妙な確信が俺にはあった。
「だからさ、そんな君を受け入れられるのもボクだけだし、ボクを受け入れられるのも君だけなんだよ」
優希も似たような言葉を言っている。やっぱり、似たような思考回路をしている。優希の声に溶ける、靄がかった脳みそで考える。それならば、俺がこいつの恋人になっても良いのだろうか。普通の恋人と言うには歪な、お互いに独占欲を満たし合うような、そんな恋人に。
「それで、結婚を前提に付き合ってくれるかい」
「なんか、グレードアップしてないか、それ」
「君だってそのつもりだろう?もしかして、違ったかい?」
優希はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。こいつには勝てそうにないな。そう思った俺は、既に諦めがついたのだろう。劣等感は、もうなくなっていた。しかし、今このときぐらいは勝たせてもらおう。
「いいや、俺もそのつもりだよ。俺の返事はイエスだ。これから、改めてよろしくな、優希」
「……嬉しいよ、○○。こちらこそ、よろしく」
「おう。じゃ早速、恋人になった記念にしたいことがあるんだけど、いいか?」
「もちろん、何をする気なんだい」
「キスだよ」
俺の言葉を聞いて目を見開く優希の唇に、すぐさま自身の唇を重ねるのだった。
5
キスをした後、満足した俺は仕返しとばかりに優希に襲われた。襲われたと言っても、俺がやったものよりも大分激しいキスをされただけだが。やっと解放された俺は、もうからかうのはやめようと思うのだった。そんな俺の反省を嘲笑うように、優希は追い打ちをかけてくる。
「ねえ、○○。お互い、いろいろ吐き出して疲れただろう?」
「まあ、そうだな」
「今すぐお風呂で疲れをとりたいと思わないかい?」
「思うな」
「じゃあさ、二人で一緒に入ろうよ」
「そうだな……って、今なんて」
「やった、じゃあ、早速行こう!」
そう言って、俺の手を引く優希のことを愛おしく思いながら風呂場へと連行されるのだった。
その後も、夏休み明けの学校での話だったり、両親への挨拶だったりなど、俺たちの話は続いていくのだが、それはまた別のお話である。
完
○○…主人公。それ以上でもそれ以下でもない。最後まで名前をもらえなかったかわいそうな人。空欄にはお好みの名前を入れて、お楽しみください。性格は基本的には誰に対しても温厚。だが、優希に対して独占欲が強く、優希を害されたりするとどんな手段を使ってでも相手を追い詰めようとする。優希に構えなかったりすると拗ねる。なんだこのめんどくせえやつ。
優希…みんな大好きTS幼馴染。作者の性癖によってヤンデレになってしまった。TS後も口調は変わらず、ボクっ娘になった。性格は誰にでも明るいが、計算高い。主人公に対して独占欲が強く、主人公を害されると相手を社会的な死に追いやる。その後、落ち込んだ主人公を慰めて独占欲を満たす。主人公に構ってもらえなかったりすると、自分から行く。なんだこのめんどくせえやつ。
なんだこのめんどくせえカップル。