国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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誰も彼もが、正義の名のもとに(from dawn till dusk)

 2016年4月6日 午後5時21分(日本標準時) アメリカ合衆国ワシントンD.C. ペンシルベニア通り(Pennsylvania Avenue)1600番地 ホワイトハウス エグゼクティヴ・レジデンス ライブラリーにて

 

 世界を支配するためには3つの力が必要だと言われている。

 暴力。

 財力。

 権力。

 この3つの力を持つ人間こそが世界の支配者に相応しい。

 そして、この3つの力を全て高水準で保持する人間こそが、世界最強国家アメリカ合衆国の大統領である。

 

「……すいません、大統領。もう一回言っていただいてもよろしいですかねぇ?いやさぁ、聞き間違いだと思うんですわ。まさか、世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領が、そんな馬鹿げたこと、言いませんよねぇ?」

「ふっ、何度も言わせるな、テンペスト。()()()()()()()()()()()()()()、と言ったんだ」

 

 アメリカ合衆国第47代大統領、ジョージ・F・C・K・カルナヴァルは世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』社長、テンペスト・G・ニコライと話をしていた。

 とても物騒な話を。

 

「……大統領、俺たちは所詮民間軍事会社(PMC)でさぁ。そりゃ、十分な報酬をもらえさえすればたいていことは二つ返事でやりますさ」

「十分な報酬は提示しているだろう?前払いで5億ドル、後払いで10億ドル。振り込みが不安だというのならキャッシュで払おうじゃないか。あるいは貴金属、宝石の類で払ってもいい」

「大統領。分かってるでしょアンタ。……コイツは金の問題じゃあ、ない」

「ほぉ、では何の問題だ?この俺の、世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領たるこの俺の依頼を、一民間軍事会社(PMC)の社長に過ぎないお前が、どんな理由で『受けない』と言うんだ?なぁ?」

「脅しですかい……?」

 

 そもそも今、たかが世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』の社長に過ぎないニコライがホワイトハウスの中枢にいることがおかしいのだ。言うまでもなく、ホワイトハウスとはアメリカ合衆国大統領の自宅である。そこに入ることができるのは世界の重鎮やアメリカ合衆国運営に関わる人間のみで、間違っても暴力を売買する会社の社長如きが出入りできる場所じゃない。

 それでもニコライが今ホワイトハウスにいるのは、カルナヴァルが秘密裏に招いたからだ。

 カルナヴァルはそれだけニコライを信用しているし、ニコライにできるだけ誠意ある対応をしたいと考えていた。

 

「脅し?お前、何か勘違いしているようだな?……俺は世界最強国家たるアメリカ合衆国の大統領で、お前は世界最大最強の民間軍事会社(PMC)の社長だ。当然、俺にお前に対する命令権はないし、お前が俺の()()()()()()を断るという選択肢を取ったとしても大統領としてお前を罰することはできない」

「そいつは物騒な話だ。……大統領としては、ね」

 

 つまり、一個人としては罰することができる、と言っているのだ。

 そして言うまでもなく、アメリカ合衆国大統領であるカルナヴァルが一個人として動かせる暴力、財力、権力はニコライを圧倒する。

 ニコライの経営する会社をも圧倒する。

 

「……分からないか、テンペスト。俺はお前を勝者の側に入れてやる、と言ってるんだ」

「……大統領。アンタ、自分が何を言ってるか分かったんですかい?俺は、アンタが気を違ったとしか思えねぇんですよ」

「テンペスト」

「そりゃ、俺たちは民間軍事会社(PMC)だ。今更殺しを躊躇うことはないし、社員共は1人残らず頭のおかしい戦争依存症(ウォーモンガー)だ。アンタの提案にゃ一も二もなく飛びつくでしょうよ」

「テンペスト」

「だが、アンタの企てる『絶対なる終末論(アブソリュート・エスカトロジー)』が成功すれば、本当に、本当の意味で世界が終わっちまう。……俺は、――――――大統領。……俺は、大統領」

「テンペスト!」

「大統領、俺は……どうしても、どうしてもそいつを許容できない」

「――――――」

「大統領。大統領は家族を愛していますかい?」

「当然だ。1度どん底まで堕ちた俺を、妻は変わらず愛してくれたからな」

「俺も、家族のことを愛してるんでぇ。……俺は確かに人殺しで、どうしようもねぇ悪党だが、戦争を起こす側には回りたくねぇですよ。……そこまでは堕ちたくねぇんですよ」

「…………………………………」

 

 戦争を止めるために暴力を振るうことを正義だというつもりはない。そもそも、人を殺している時点で正義を語るなんて滑稽極まりないのだから。

 だが、そんなニコライにも譲れない一線というのは存在する。

 ニコライは昔も今も確かに、世界に溢れる悲劇を少なくするために暴力を揮っているつもりだ。

 例えそれが、独りよがりの勘違いだったとしても。

 

「テンペスト、軍時代、お前には多大な世話になった。俺は今だってお前に対する感謝を忘れたことはない。俺が大統領になれたのも、テンペスト、お前の支持があってこそだ」

「……………ジョージ」

「もう1度だけ言うぞ、テンペスト。()()()()()()()()()()()()()。この世界を支配する側に入れてやる。こちら側に来い、テンペスト。俺と共に世界を変えようじゃないか、お前ならばそれができる。お前はそれに相応しい存在だ。お前は、テンペスト、お前はたかが民間軍事会社(PMC)の社長如きの椅子で収まる器じゃない」

「……………………」

「社員も、家族も、何だったらお前の知り合い全てを勝者の側に入れてやってもいい。――――――俺の手を取れ、テンペスト・G・ニコライ!」

 

 そう言って、アメリカ合衆国第47代大統領、ジョージ・F・C・K・カルナヴァルは頭を下げて右手を前に出した。

 一国の頂点(トップ)、それも世界に君臨するアメリカ合衆国の大統領がたかが民間軍事会社(PMC)の社長如きに頭を下げるという異常事態。それを見て、あぁ、それを見るだけでニコライはカルナヴァルがどれだけ本気か察する。

 だから、それを察したうえで、それでも。

 それでも。

 

「ジョージ、お前の評価は素直に嬉しいと思う。……だが、俺は家族を裏切れない。娘は、……笑えることにな、俺を、俺のことをまだ『正義の味方(スーパーヒーロー)』だと思ってくれているんだ。俺を、こんな俺に、まだ、『すべての戦争を終わらせるための戦争(The war to end all wars)』をしていると言ってくれるんだ」

「……………………テンペスト」

「ジョージ。お前の言っていることも分かる。頭のいいお前のことだ。きっと、お前は正しいことを言っているんだろう。……だが、俺は、家族を裏切れない」

「………………………………」

「すまない、ジョージ」

「そうか、……そうか…………………」

 

 ニコライはカルナヴァルの手を取らなかった。

 否、取れなかった、というべきだろう。

 生来からの正義感がニコライにそれをさせなかった。

 だから、ニコライの人生はここで終わりだった。

 カルナヴァルが顔を上げる。

 カルナヴァルは酷く残念そうな表情をしていた。

 

「テンペスト、実を言うとな……、何となく、お前はそう言うんじゃないかと思っていた」

「本当にすまない、……ジョージ」

()()()()()()()()()()()()()()()

「何?」

()()()()()()()()()()()()G()()()()()

 

 瞬間、ニコライは自分の身体の自由が利かなくなったことを自覚した。

 

(……は?……何だ、これは!?)

 

 身体がピクリとも動かない。心臓は動いているし、呼吸は問題なくできる。血液も回っているし、思考することはできる。生命維持活動に必要な全ての行為は問題なく続行されている。だが、それ以外の活動が全くできない。

 四肢を動かせない。口を開けない。筋肉に力を込めることも、瞬きをすることもできない。

 何だ、これは?

 これはいったい、どういうことだ!?

 

RATt(ラット)……、と言っても分からないか。テンペスト、お前ここに来るまでに鼠を触らなかったか?」

 

 鼠?鼠だと?

 確かに、触った。

 大統領でペットで逃げ出したから捕まえてくれとメイドに言われ、ここに来る前に捕獲してメイドに渡した。

 だが、だから何だ?それが何だというのだ?

 

「あれは日本の天才児(ギフテッド)()()()()が作り上げた人間を洗脳する生物兵器でな。触れた人間を女王感染者(テティス)――いや、俺は男だから皇帝感染者(ポセイドン)か。とにかく、触れた人間を上位感染者の操り人形にするウィルスを持っているんだ。お前はそれに触った」

 

 二の句を告げなかった。

 

(な、ん……!?)

 

 ニコライはそんな兵器が開発されたとは噂レベルでも聞いたことがなかった。世界最大最強の民間軍事会社(PMC)武力による平和維持活動軍(Armed forces for peacekeeping operations)』社長であるニコライの情報網は深く、広い。そんなニコライですらも気付けないレベルで情報の隠匿はなされていた。

 

「だから残念だよ、テンペスト。お前を支配しなくてはならないとはな」

 

 身体が動かない。

 鼓膜を破ってカルナヴァルの声を聞かないようにすることも、拳でカルナヴァルを黙らせることもできない。

 つまり、詰みだった。

 この場に、カルナヴァルのホームグラウンドに来た時点でニコライの敗北は決まっていた。

 

「そのまま眠れ、もう、お前と会うことはないだろう」

 

 そして、ニコライの意識は落ちた。

 ニコライが目を覚ますことは、もう2度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2016年4月6日 午後5時30分(日本標準時) 横須賀港より南南西80キロメートル付近 航洋直接教育艦『時津風』艦橋にて

 

 陽炎型航洋直接教育艦『時津風』航洋艦長にして秘密結社『ワダツミ』革命派首魁、榊原(さかきばら)つむぎは小さく呟いた。

 

「それじゃあ、『オケアノス計画』を始めましょう、……ふぅ」

 

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

誰も彼もが、正義の名のもとに(from dawn till dusk)
 枯野瑛による日本のライトノベル、『終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』のアニメ版第5話サブタイトル。



さてさて、これで『プロローグ-症-』は終わりです。次話にいつも通り『登場人物紹介(Material) Ⅲ』を挟み、『プロローグ-顛-』に入ります。
『プロローグ-顛-』はガントリーキャッチャー編です。『いんたーばるっ』の第1巻を読了しておくことを勧めます。

感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!

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