読者がイラついたら私の勝ちです。
──その出会いを幸か不幸かで決めるとすれば、間違いなく私にとって最悪であった。不幸なんてもんじゃない、運命すら呪った。
今でこそ慣れきってはいるが、あいつの変な喋り方は、間違いなく大抵の人にはストレスとなるだろう。自宅のソファの上に置かれた小型ポケモン用の寝床に丸まっている桃色のそれを見て、ため息をつきながらも事の発端を思い返す。
──それは8年前、私が10歳だったときの話まで
ホウエン地方の親戚から貰って進化させたポケモン──テッカニンを護衛にしてはいるが、少女心に木々がざわめく森は普通に怖いのだ。そんなとき、ふと──
『おじさんやめちくり~!』
そんな幼い声が聞こえてきて、私は大層驚いた。まさか人の声──しかも叫び声がしたのだ。森が怖くて、テッカニンが居なければみっともなく泣いていたかもしれない私は、その声を辿った。
誰かがいるという安心感と、悲鳴の原因を確かめたかったという好奇心だ。
『動くと当たらないだろ!? 動くと当たらないだろぉ!?』
「クソッ、こいつ、ちょこまかしやがって!」
『カスが効かねえんだよ』
──声の主を探して枝を掻き分けて数分、辿り着いた先に居たのは、桃色のふよふよと飛び回りながらよく分からない言葉で相手を煽っているポケモンと、黒い服に『R』の文字を入れた怒り心頭のおっさんだった。
おっさんはスピアーに必死に『ダブルニードル』を指示しているが、そのことごとくが当たらない。桃色のポケモンは、嘲笑うように表情を歪めて「みゅうみゅう」と鳴く。
そんな鳴き声が耳に届くと同時に、脳裏に人間の言葉が入り込んでくる。
『そんなんじゃ虫も殺せねえぞ!』
いやその虫が目の前のスピアーなんじゃねえかよ。そう思った直後、桃色のポケモンはその見た目に反した凶悪な威力の『かえんほうしゃ』を放った。直撃して丸焦げになったスピアーが、香ばしい匂いを出して地面に落ちる。
「こいつエスパータイプじゃねえのかよ!?」
『えっそんなん関係ないでしょ』
「……テレパシー……か?」
「──誰だ!」
「あ、やべっ」
つい口から飛び出た言葉を押さえようとしたが遅く、静寂な森に響いた声は小さくても十分伝わる。おっさんに声を聞かれた私は、素直にその場に姿を現した。
「なんだ、ガキかよ……」
「どーも。いやぁ迷子になっちゃったんすよ。マサ──トキワシティってどっちですかね?」
「……チッ、あっちだ。見せ物じゃねえんだ、とっとと消えろ」
「っ──ぶねぇ……!」
「避けたか……ガキはすばしっこくて困る」
振り返った先のおっさんは、二匹目のポケモンを出していた。見た目はラッタそのものだが、その色は黒い。知識が正しければ、あれはアローラ地方のラッタの筈である。
「幻のポケモン追い回してる姿を見られたんだ。通報されたら困るし……悪いが死んでくれや」
「……あー、はいはいそういうパターンね」
そらそうか。と納得する。私が同じ立場なら、同じように口封じするわな。
不思議なくらい冷静な思考が、目の前でギチギチと歯をこすらせるラッタを観察させる。いつの間にか自分の後ろに来ていた桃色のポケモンが、何故かやる気満々でシャドーボクシングをしていた。いや逃げろよ狙われてたのお前だろ。
『やっちゃいますか? やっちゃいましょうよ! その為の……右手? あとその為の拳』
見る限り物理で戦うタイプじゃねーだろ……と突っ込みそうになるが、ぐっと堪えて真っ直ぐおっさんとラッタを見据える。
「へへへへ、どうせならポケモンバトルで決めさせてやろうか? おめーみたいなガキは大したポケモンなんざ持ってねえだろうがなぁ」
「どうだろうねぇ」
──自分達の頭上で影すら捉えられない速度を以て飛び回る物体を認識できていない時点で、おっさんに勝ち目などない。
さっきの『あくのはどう』で私を仕留められなかったのは、加減したからか子供を殺すのは流石に良心の呵責があったのか。
「──ポケモンなら、もう出してあるぜ。まあ見えないだろうがな」
「あん? 見えない……?」
わざとらしく、指を立てて天を指す。警戒しながら上を見たおっさんは、まぶたを細めて夜空を見上げて──星を遮る影を見た。
「っ──! ラッタ! 真上にあくの──」
「おせぇよ」
急降下から地面すれすれにホバリングし、顎を掬い上げるように放たれた『シザークロス』がラッタを捉えておっさんごと背後の木に叩き付けた。あまりの速さに残像すら視認できないテッカニンは、動きを緩めて私の前を飛ぶ。
「て、テッカニン……そうか、特性の、『かそく』で……」
「戦う前から動き回ってれば、自然と速度は上がってく。野良試合にルールなんか無いんだから油断する方が悪いんだよ」
『俺の勝ち! なんで負けたか明日までに考えといてください。そしたら何か見えてくる筈です』
お前はちょっと黙ってろ。
ラッタとスピアーがひんしになったが、他にもポケモンを持っていないとも限らない。念のため気絶したおっさんの懐をまさぐり、やはり持っていた他のポケモンの開閉スイッチをテッカニンの『みねうち』で破壊する。
あとは財布から金を全部奪い、おっさんの携帯で通報しておく。開けた場所で辛うじて電波があって助かった。ついでにマップアプリで場所を確認して、その場から離脱する。
『ぬわあああああん疲れたもおおおおおん、辞めたくなりますよ幻のポケモン~』
「……なんで着いてくるんだよ」
『ミウラさ夜中腹減らないっすか?』
「私はレンゲだ。誰だよミウラって」
『この辺にぃ、旨いラーメン屋の屋台、来てるらしいっすよ』
「お前ラーメン食えんの?」
当然のように着いてきたこいつ……なんだっけ、こいつだけなんだったか
「おいミュウ。あ、ミュウって呼ぶぞ。お前って幻のポケモンなんだろ? だからあんな……変なおっさんにも狙われてるんだよな?」
『そうだよ』
「じゃあ……私んとこ来るか? 一回私のモンスターボールに入って、それからは自由にしてくれればいいよ。『誰かのポケモン』なら、他人のボールに捕まることは無いしな」
『あ、いいっすかぁ? ありがとナス!』
「その変な喋り方どうにかしろ」
マサラタウンの街灯が見えてきて、ふと安心する。懐から出した──おっさんの持ってたゴージャスボールを差し出す。
ボール自体は『誰が持ってるか』じゃなく『誰がそれでポケモンを捕まえたか』で所有者を登録する為、最悪その辺に落ちてたボールで捕まえても問題はない。
故に間違っても『おっさんの持ち物だったからミュウはおっさんのポケモン』とはならない。
そんなゴージャスボールを吟味するように手の周りを飛び回るミュウは、開閉スイッチをその指で押す。吸い込まれたミュウが、特に抵抗もせずボールの中に収まった。
モンスターボールは基本、ポケモンの過ごしやすい快適空間になっているらしいが、その辺はどうなんだろうか。
こいつの過ごしやすい空間ってなんだ。
「……そういや、明日は旅立ち用のポケモンをジジイが用意してくれる日だったか。別に要らねえけど顔出しはしろって言ってたしなぁ」
ゴージャスボールを指の上でくるくる回しながらぼやき、帰路を歩く。幸いにも心配する家族は居ないから、怒られやしない。
齢10歳にして天涯孤独……って訳でもないか、親戚は色んな地方に居るし。
ただ、ここカントー地方には血縁者は居ないのだ。かっこつけた言い方をすれば、自分のポケモンこそが家族と言える。
誰も居ないのを良いことに、ミュウを出して舗装された地面を踏み締める。ごく普通の一軒家の扉を開けて電気を点けると、ミュウが言った。
『お邪魔しまーす。わぁ~これがSMルームですかぁ。色んな道具がありますね~』
「出てけ」
尻尾を掴んで振り回してから外に投げ飛ばして鍵を閉める。誰の家がSMルームだコラ。
『助けて! 助けて入れて!』
「次余計なこと言ったらテッカニンに『れんぞくぎり』させるからな」
『あーいったい痛い痛い!』
「まだなんもしてねぇだろ」
言動は兎も角反省はしてるようなのでもう一度部屋に入れる。しれっと二階の自室に向かおうとしたのを尻尾を鷲掴みにして止めた。
『なにすんだお前!』
「お前は下で寝ろ」
『離せコラ、流行らせコラ!』
「あ、下で寝てるのお前だけじゃないからあんまり騒ぐなよ」
んーにゃーごお前! とか言ってるミュウを離してリビングに入る。ボールに入れてたテッカニンを解放してボールをテーブルに置き、ポケモンフードを皿にざらざらと雑に出して置く。
ミュウが棚の上に降りると、置かれているツチニンの脱け殻が動き出して驚きのあまり叫んだ。
『なんだこのおっさん!?』
「ヌケニンな。名前は『おきもの』。戦闘には使わないから家に置いてる。その皿のポケモンフードはそいつのだから食うなよ」
『えぇ……これマジ?
おきもの用の水を取り替えてフードを足すと、ヌケニンサイズの座布団からのそのそと動き出して、ポケモンフードの皿に顔を突っ込んでいた。あの食い方はビビるからやめてほしい。
私の方も、冷蔵庫から通販で買ったやつ…………がー、が、ガラル地方? のスコーンとかいう料理を取り出して温める。
テーブルに置いて椅子に座ると、我先にとミュウがスコーン一つを持って行く。
『あ、ドーナツ見っけ。いただきまーす』
「ドーナツじゃねえよ」
『うん、美味しい!』
「……あっそう。それは良かった」
7割くらいは会話になってる不可思議な空間で食べるスコーンは、意外にも旨かった。誰かと話ながらの食事が新鮮だったからか。
結局半分がミュウの胃に収まったので尻尾を軸に数分間ぶん回したが私は悪くない。
──夜も遅くなり、寝ることとなったは良いが、ミュウはやたらと私と同じ空間で寝たがっていた。果たして私の方が折れ、以前まで使っていた小型のポケモンに使う円形のベッドを枕元に置いてやると、器用に丸くなる。
防御力上がりそうだなーとか考えていると、そういえばと思い付く。
「私ってお前の事なんも知らないんだよな」
『じゃあまず、年齢を教えてくれるかな』
「……10歳だよ、明日町を出る。お前は?」
『身長は170で……体重が74キロです』*1
「なんでお前はしれっと嘘をつくんだ?」
『じゃあ、オナニー……とかっていうのは?』
「やらねえ。その辺ちょっと枯れてんだわ」
『えっそれは……う、うせやろ?』
「ポケモンの癖に人間の性事情を
呆れた声で言うと、ミュウは仰向けの私の腹に乗ってくる。自分を見下ろすこいつ、こうやって見ると普通に可愛いんだよな。
言動がなんかアレなだけで。
「ミュウって、エスパータイプなんだよな?」
『草』
「嘘をつくな」
仮に草タイプならなんで炎技使えるんだよおかしいだろ。そう言おうとするが、眠気に耐えきれず、自然とまぶたが重くなる。
「……ったく」
『う、羽毛……』
そっと背中に手を置いて、優しく撫でる。幻のポケモンだかなんだか知らないが、こうして生きているのなら、守ってやらなきゃならない。
案外私のように、こいつもまた寂しがっているのかもしれない。どこか他人に思えないミュウと一緒に、私はこうして夜を明かした。
──青い亀と緑のカエルと赤いトカゲがマサラタウンの10歳児共に配られてくのを遠巻きに見ながら、私は手加減してるテッカニンと鬼ごっこをしているミュウを見ていた。
「こいつくっそ目立つんだよな……どうやって隠すかなぁ、袋に詰めて運ぶか?」
『ファッ!? ウーン……』
「そんなに嫌か。じゃあ『へんしん』出来るか? 違うポケモンとかに擬態してくれればどうにかなるんだが……」
『あっ……そっかあ……』
納得したようにそう言って、ミュウは体を突如として光らせる。ぎょっとした私の目の前で、ミュウが骨格を変えて行く。
『ほら、見ろよ見ろよ』
「……マジかよ」
光が収まると、そこには桃色のポケモンではなく、桃色を薄めたような髪をした少女が立っていた。何がどうなってんだ……。
「ま、ミュウだとバレなきゃ何でも良いか」
『ん? いま何でもするって言ったよね?』
「言ってねえよ」
急に素早い反応を見せた人間のミュウの首根っこを掴んで、人混みが捌けてきた研究所の前まで向かう。ポケモンに関する歴史の功労者である博士ことオーキド・ユキナリと顔を会わせる。
「ん、おおレンゲ。お前さんもとうとうトレーナーとして旅立つときが来たのか」
「そっすねぇ」
「……そちらのお嬢さんは誰かな?」
『ぼくひで』
──嘘をつくな。
「親戚の子ですよ。私がトレーナーになるのを知った親戚が、後学の為に連れていってほしいと頼んできましてね」
「ほぉ、そうかそうか。お名前は何と言うのかな? 言えるかい?」
屈んで目線を合わせるオーキド博士がそう聞いてくるが、ミュウは私のロングコートを開けて中に隠れてしまう。普段の饒舌さはなんなんだと思ったが、こいつの言葉は全てテレパシーだったな。話す相手は選べるのだろう。
「こいつ口下手というか、私以外とあんまり話したがらないので。名前はみゅ────ミ
語気を強めて話を合わせる。ミュウ改めミユウをコートの中から引っ張り出して、頭頂部を鷲掴みして力を込めると肯定するように頷いた。
「うぅむ……小さい子供と行くなら、テッカニンとヌケニン以外に誰か連れていった方が良いと思うがのぉ?」
「あーそうだった、おきもの……うちのヌケニン預かっててくれます? 代わりに三匹持っていきたいんすよ」
おきものを入れてるボールを渡して、横を通りすぎる。研究所の何あるパソコンを弄って、転送装置を起動して違うボールを三つ取り出した。
「誰を連れていくのかのぉ?」
「テッカニンが炎とか電気とか岩に弱いから、格闘と……地面かな。あと護身用にギルガルド」
「……まさか自分で持って振り回すとか言わんよな?」
「いや、その通りだけど……?」
「そんな『当たり前じゃん』みたいな顔をされてものぉ」
ガンテツさん印の特殊なボール──ヘビーボールとフレンドボール、そしてレベルボールが一個ずつ手元にあった。一応言っておくと、ヘビーボールにギルガルドが入っている。
「ギルガルド以外の二匹は何を選んだのか聞いても良いかの?」
「ルカリオとフライゴン」
「……お前さん、バッジ集めはあくまでもトレーナーの成長の為の試練であって、強奪するものではないのだぞ?」
「バッジ集めは世界各地を回る口実だし、別にチャンピオンは目指してませんもん」
あんなめんどくさそうな仕事誰がやるかよ。世の子供たちはチャンピオンって仕事に夢を見すぎだ、ブラック企業も良いとこだぞ。
「冷めておるのぉ」
『なんだっててめーはそうケツに対して根性がねぇんだ!』
誰がケツだよ。ギルガルドを入れたヘビーボールを縮小させて左の手首の専用器具に固定し、フライゴンを入れたフレンドボールとルカリオの入っているレベルボールを腰にセットして、ミユウの顔面を掴んで研究所から出る。
『やめろぉ! ナイスゥ!』
「どっちだよ……ったく」
ついでにジャラランガとバンギラスでも持っていこうか考えてのこれなんだから勘弁してほしいもんだ。律儀にポケモン保持可能限界数の6匹を守る気は無いから、場合によっては使うが。
「んじゃまあ、行ってくるわ」
「うむ。気を付けるんじゃぞ」
「こっちこそ、おきものを頼みますよ」
マサラタウンと道路の境から出て、振り返らず手をひらひらと振る。取り敢えず全地方のバッジ制覇するから、最低でも5年は戻れないな。なにせ外国にも行かなきゃならん。
気長な旅になるなぁとか考えながら、私はミユウの手を握って歩く。
『女の子みたいな手してんなぁ!』
「あたしゃ女だよ」
わけわかんねぇ事ばっか言うこいつを守る必要もあるし、今の力にあぐらを掻く訳にもいかない。武者修行も兼ねて、最終的にはガラル地方にでも行こうか。
──そう考えていたこの時の私は、きっと予想していなかっただろう。
幻のポケモンを連れて歩くことの意味と、8年も続いた長い戦いの記録を。
・ミュウ(世界が生み出したバグ)
淫夢厨。会話の殆どを語録で済まそうとするクソ野郎。ひで並に頑丈なので悪、霊、虫の攻撃すら致命傷にはならない(普通に痛い)
気に入ってる相手にしかテレパシーが伝わらないせいでロケット団員には普通の鳴き声しか聞こえていない。レンゲを気に入ったのは自分を助けたのに無理やり捕まえようとしなかったから。
ふん、おもしれー女。
・レンゲ
一応は主人公。原作知識持ちの転生者だけどその自覚がない(所々忘れてる)カッコイイor可愛いポケモンが好きなので、手持ちはそういうので固めたいと考えるきらいがある。
見た目はピカブイのエリトレ♀
尚、伝説と幻のポケモンの言葉がわかるのはただの転生特典(無自覚)
この後はミュウが一緒にいるせいで不幸にも何度も他の伝説・幻のポケモンに追突されるようになってしまう。
・虐待おじさん
ロケット団のしたっぱ以上幹部未満の実力があるが、既にかそくで素早さ6段階上昇してたテッカニン(Lv.80越え)のタイプ一致シザークロスには耐えられなかった模様。ちなみにスピアーとアローララッタはそれぞれLv.40越えだった。
レンゲがミュウを連れてる以上嫌でも関わってくるので多分ライバルになるかも(この作品が続くとは誰も言っていない)