周囲の温度が急激に下がり、生温い風が俺達とBBAの間に吹き抜ける。鬼の様な形相で佇んでいるBBA相手とくねくねに、俺達は追い込まれていた。
「さぁ、逃げ場はないよ!観念するんだね!!」
「い、今ならまだ間に合います!大人しくお縄についてください!」
「いつの時代の刑事ですか」
コントみたいな事が出来るほど、余裕はあるらしい。お縄につけなどと聞かされ時代を感じ、何故か切なくなるのは俺はきっと土曜サスペンスの観すぎなのだろう。マミーのせいなのねそうなのね。
『――――――――』
「きゃぁ!」
「っ!?」
「ふんぬっ!」
緩んだ空気を己が奇声で注目を集めつつ、絶望を振り撒く。言葉では表すことができない叫びとは正にこの事だ。まさか人間ではなく、化け物から学ぶとは思っておらず唇を軽く噛む。てかおい最後の方の叫び声。俺がトイレで大頑張ってるときのやつじゃん汚ねぇ!!
てか君たちくねくねを無視ながらお縄云々の話できるとか強すぎじゃない?絶対怒ってるよねくねくね。
そう。突如として出現したくねくねは、俺達とBBAの間に割り込むように出てきた。ゲームだと、BBAのすぐ後ろに出現して瞬殺の筈なのに、今ここにその事柄は実証されなかった。
「い、引道くんどうしよう!逃げ道がくねくねとおばさんに塞がれちゃってるよ!?」
「はい...こいつはちっと不味いですね」
想定外の事に対応する能力は、自分で言うのもなんだが殆どない。むしろ今までやれてきたこと事態が奇跡だろう。
「あっはっは!これじゃあ逃げられはしないねぇ。もう分かっただろ、今置かれている状況が」
『―――』
「っ.....!」
背中を冷たい汗が撫でる。今まではやれることが分かっていたから出来ただけで、解決策も何も今はない。
姫野さんの口数も少なくなってきている。体が恐怖に犯されたのだろう。無理もない、目の前には二つの絶望が佇んでいるのだ。フェンスを登ろうが直ぐに距離を詰められて捕まる。現実的じゃない。
くそ!どうしたら......なにが正解なんだ!
「...い、引道くん...あ、あれ...!」
一触即発の空気に、一人の女子高生の声が響く。それは小さく、とてもおどおどした声であったが、不思議とよく聞こえた。
姫野さんが震える手でBBA達の方を指差す。疑問に思った俺は、あの忌々しいBBAの方へと視線を向け――
「な、なんだい...私にたてつこうってのか!産みの親である、この私を!!」
何と言うことだろう。俺達にあれほどの殺気(?)を向けていたくねくねが、突然BBAの方へと歩み寄っているのだ。
呆気に取られていた俺だが向こうはそれどころではなく、ひたすら高圧的な態度でくねくねを.....我が子を従えようとする憐れなBBA―保坂里美の姿があった。
自分よりもパニックに陥っている人を見ると気持ちが落ち着いてくると前にも言った気がするが、今回もどうやらその様らしい。一歩も動けずにいた姫野さんが、保坂を心配するかのように歩み寄ろうとする。
それを俺は手で制し、顔を横に振る。
「ちょっと引道くん!あのままじゃ...おばさんが死んじゃうよ!」
顔を蒼白させ、悲痛そうに叫ぶ。その叫びを嘲笑うかのように、くねくねの奇声が返ってきた。
俺達が助けに来ないのを見て、改めて自分の立場を理解したのだろう。先程までの怒声は鳴りを潜め、梅干しのように赤かった顔はまるで病気に掛かっているかのように青くなり、大きく開いてた口からはガチガチと歯の音がする。
怒りは恐怖へ。そして.....焦燥に駆られた憐れな女性は、醜く滑稽な姿で俺達に助けを乞う。
「ね、ねぇ...助けてくれないかい...?もうおばちゃん、怒っていないから......さっきはちょっと感情的になっちゃったのよ。ひ、姫野ちゃんだったよね?さっき話し合おうって言ってたじゃない.....い、今なら落ち着いて話せるかもしれ――」
俺は保坂里美の戯れ言を最後まで聞かず、姫野さんの手をとり全速力でくねくねとBBAの横を通り抜け、工場の出口へと向かう。
俺は振り返らず、廃工場を出て寺に行くためにひたすら走る。後ろからはBBAの声かどうかの判別が難しい断末魔と.....声を押し殺して泣く、姫野さんの呻きが聞こえた。
どれだけ走っただろう.....あの無料コンビニ、『ファミリー○ート』がだんだんと見えてきた頃、俺は急に後ろに引っ張られたので、バランスが取れず尻餅をついてしまった。意外と芯にきたので涙目になりながら振り返る。
「た、たぁ~.....ひ、姫野さ、ん.....っ」
焦りとケツから脳にまで響く痛みによって、少しムシャクシャしていた俺は、姫野さんに文句の一つでも言ってやろうかと思っていたが――
「どうして......どうしておばさんを見殺しにしたの!!」
明確な怒りを露にし、ルビーの様な輝く瞳を潤ませながら此方を睨み付ける彼女に、何も言えずにいた。
「過去に人殺しをして、許されないことは分かってる!でも、死んでいいはずの人でもなかった!助けられたかもしれない命を、私達は......あなたは......見捨てた!」
西へ沈む夕陽が、姫野さんの姿を紅く染め上げる。生温い風が、姫野さんの叫びを運び響く。
彼女は助けたかったのだろう。人を見捨てたくなかったのだろう。正義感が強く、だからこそ人一倍責任を感じやすい。見殺しは殺人と同義だと言わんばかりの理論で、その理論は自分を許さない法のようなものだろう。
「......もしあの場で助けに言ってたら、俺達死んでましたよ」
「...っ、そんな確証なんて、何処にも」
「あのBBAですよ。こっちの話をロクに聞かず襲い掛かってくるような獣が、急に話を聞きますだなんて嘘臭すぎますよ。たとえ万に一つ有り得たとしても......逃げ切るのは不可能に近いです」
急な手の平返しなぞ、信用するに値しない。設定だからと理由はあるが、例えここがあの世界でも俺はあのBBAを見捨てると断言できる。
俺は善人でも悪人でもあるしな、フッ!...うんキモい、だが自分がこうで在りたいと願うのだから、これが正しいのだ。
「逃げ切るって...た、確かにもう歳かもしれないけど、それでも私達なら出来たはずだよ!」
「もう存在しない人とは言え、随分と酷いですね」
仮にも女性であるアーントに歳の話をしてはいけないでしょ。人間、いくつになっても若く在りたいと思う生き物なんだから......特に女性はね。
まぁ、俺は保坂里美に思い入れなんか無いし別にいいけど。.....今ツンデレって思ったやつ、屋上来いや。久々にキレちまったよ.....!
「いえ、別に歳とかはさして問題ありません。逃げ切れないと言うのは、あの婆さんが嘘をついていたからです」
誰でも分かることだ。追い詰められた人間は、自分のこと第一と考え行動する。その思考回路を理解していれば、BBAが嘘ついたことぐらい容易に分かる。
それに――
「もし途中まで一緒に逃げたとして、くねくねは俺達を追尾します。そして捕まりそうになったら.....あのBBA、何をすると思います?」
「っ......そ、それは...私達を、囮に...して.....」
ほらやっぱり、姫野さんもまるっきりあのBBAを信じてはいなかった。
別に責めることはない。むしろ「おばさんの命は私達と同じ命だよ!だから見捨てるような事はしない!」なんてぽわぽわとした幻想吐き散らされていたら、軽く引いて好感度下がっていたまである。まどうせ、好感度なんて完ストしてるから下がりようもないんだけどね。
「...なんか悪いように考えてるみたいですけど、そんなもんですよ。相手にしっかりと警戒心を持つことは大切です。誰でもウェルカムな人なんて、俺からしたら狂人にしか思えません」
「そ、それは、そうかもしれないけど.....」
理屈で分かっていても、本人は認めたくないようだ。今、姫野さんの中には正しさに対する否定.....アンチテーゼが巻き起こっているはずだ。少し意味が違うかもしれないけど、そこはニワカだと笑ってくれたまえ。
青春高校生を紅く照らしていた夕陽は山に半分隠れ、周囲が赤黒くなってきた頃、姫野さんが思い出したようにふと立ち止まる。
「あれ、私達.....今何してるんだっけ...」
「え、そりゃあくねくねをお寺に誘い出そうとして.....あっ」
「...」
「...」
「.....戻ります?」
「......そ、それは...ちょっと.....」
うん、言いたい事は分かるよマイエンジェル。さっきあれだけシリアスな空気を作り出しておいて、目的を忘れていたのでとりあえずあの場に戻りましょうだなんて恥ずかしすぎて穴に入れたい.....じゃなかった。穴に入りたい程だ。
俺と姫野さんが気まずそうに顔を反らしていた、その時。工場へと続く畦道の先に、うっすらとした白いくねくねが見えた。
と同時に、先程聞かされたばかりの、頭をガンガン叩くような声が強く響き渡る。
あまりの展開に度肝を抜かれた俺は.....
「ご都合主義展開キタコレーー!!!!」
「それ結構不謹慎!!??」
よく分からない単語を並べては、全速力で走り出した。
虫の合唱も、吹き抜ける風の音も置き去りにして、俺と姫野さんはひたすら走り、そして道路へ出た。
「姫野さん!くねくねは今何処にいますか!?」
「少し近づいてきてるけど、このまま走れば充分間に合うよ!」
「そうですか!なら、王手......ですね!」
俺達よりも少し早い程度のくねくねだが、距離は充分にあるとのこと。お寺の屋根も見えてきたので、いよいよこいつともおさらばするときが来たようである。
安心か、それとも余裕から来たのだろう。姫野さんの速度が徐々に落ちていく。少し心配になった俺は後ろを振り返るが、姫野さんの言った通り。くねくねはまだ数十メートルは離されていた。
よし!これでchapter2『くねくね』も無事終了だ!
「何て思ってた日が俺にもありました」
「い、引道くん!流石に一人は無茶だよ!」
「いえお構い無く!姫野さんはそっちのくねくねをおじさんに連れていってください!」
「......分かった。終わったらすぐに戻ってくるから、勝手に死なないでよねっ!」
姫野さんは無理矢理ではあるものの、固まった.....それでも、この人なら託してもいい。そんな笑顔を浮かべ、俺とくねくねを置いていった。
あれ?なんで姫野さんがくねくねを連れていったのに、俺の目の前にはくねくねがいるのだろう。と思ったそこのあなた!そうあなたです!答えは...少し時を遡り、20秒ほど前.....うん、この言い回し特に意味なかったわ。
無事に寺の門前まで来た俺達は、少し危険ながらもくねくを出来るだけ引き寄せてからおじさんの所に向かおうという結論に至った。だから俺達は待ったんだ。
今まで逃げることに必死だった俺達は、くねくねの走りというものをよく見ておらず、興味本意で観察していたのだ少しだけ。
そりゃもう笑ったよ。お腹と背中がくっつく位には笑い転げていた。姫野さんも注意はしてくるが、顔がニヤけているのが分かり、それがまた俺を笑いのツボを刺激する。
そんな時だ。体をぐにゃぐにゃさせながら走っていたくねくねが、途端に姿を消したのだ。
「えっ.....どこに行ったの!?」
急に姿を消したくねくねは、突然。俺と姫野さんの間に割って入る形で出現した。軽く殺意を覚えた俺だが、次の光景を見ると、その殺意も直ぐに薄れていった。
何故かって?俺の隣に、もう一体の『くねくね』がいたからだよ。
くねくねが俺に手を伸ばしてきたのを、間一髪かわした俺は急いでくねくねとの距離を取った。有り難いことに、直ぐに襲ってこなかったのが不幸中の幸いであった。
一体ずつ、タゲが俺と姫野さんに向いていたので、姫野さんには先に行くよう言って、今の状況に至る。
「流石にこれはイレギュラーすぎんだろ.....。なんだよ、お前いつ影分身なんて覚えたんだよ。無駄にハイスペックだなおい!」
フラグを建てた自分を一番に叱るべきなのだろうが、それでも言わせて欲しい。大気中の酸素を出来る限り肺に取り込み、口を閉じる。そして奴に照準を定めて、腹に抱えていたモンを思いっきり吐き出す。
こんなお約束な展開なんて俺は望んでねぇ!!!!!
今回も読んでくださり誠に有難うございます!!
ひたすら気持ち悪いこと言い出す神聖くん。一体誰がこんなキャラ作ったのか.....俺でした、テヘッ!
......えー、最後に出てきたくねくねですが、影分身ではありません!ちゃんとした理由で登場してますので、皆さん是非考えてみてください!
それではまた次でお会いしましょう!ではでは~