夜も大分深くなっているなか、姫野達は神代の入院室で引道の帰りを待っていた。
事情聴衆はすでに終わり、怪異に襲われていた状況から抜け出せたこともあって、各々は自由に過ごしていた。
「氷室ぉ~...俺っち喉が渇いたぞぉ。ジュース買ってきてくれないか?あ、勿論代金は氷室持ちでいででで!!!!!!」
「お前の財布は尻ポケットに入っていたよな、ちょっとこっちこい」
「や、やめろぉ!俺の虎の子に触れるんじゃない!!」
無駄のない動きで極められた関節技に泣き声を上げながらも、金だけは取られたくないと顔をくしゃくしゃにして尻を抑える加賀。心なしか、氷室は楽しんでいるように見える。
そんなじゃれあいを冷めた目で見ようともしない女性群は、少女マンガを読み終えたのか棚に仕舞ってあり、神代が姫野を問いただしていた。
「んで、どうしたらあの変態に仲間意識が持てるの?私は無理なんだけど」
「それは言い過ぎだよ!引道くんが変態でエッチなのは分かるけど......けど!それでも凄く優しい人なんだよ!」
「ふぅん...まっ、親友の私からしたら、姫野には間違った道には進んでほしくないんだよね」
「心配しすぎだよ、もぉ...」
引道のことを悪く言われれば、勿論姫野はいい気なんかしない。彼とは幾つもの怪異を乗り越えてきた仲間である。多少悪いとこがあったとしても、それは引道の魅力であり性格でもあるのだ。
当然神代は姫野の考えていることなど分かっていた。しかし彼女もまた、引道に肩入れする姫野に対して嫉妬していたのだ。頬を少し膨らまし、目を薄くして姫野を睨んでいる。
「まぁそんなにカッカすんなってぇ!引道はああ見えてめっちゃジェントルマンだぜぇ」
「加賀さんは黙ってて下さい」
溜まるフラストレーションを発散すべく、矛先が加賀へと向く。理不尽にも厳しい言葉を浴びた加賀だったが、いつも氷室に浴びせられる罵声と比べれば屁でもない。そこは持ち前の鋼のメンタルでしっかりとガードした。
「まったく加賀は......まぁ、それでも引道くんは悪い人ではない。少し卑しいとこもあるが、仲間思いの良い子だ」
「......皆して、そこまで彼を信頼してるんですね」
引道とはまだ接点もあまり無い神代は、皆がそこまで信頼を寄せる意味を全く理解できないでいた。そもそも初めて顔を会わせたのは、お互いに重傷だったとき。引道は覚えてないかもしれないが、彼は一方的に神代に言葉を投げ掛けたのだ。
『あぁ、やっぱり、美人じゃないか.....由佳さんも......』
「―――っ!」
びりっとするような熱が顔を巡り、反射的に両手で顔を抑えた。生暖かい温もりを頬から伝わってくるのも少しの間だけだった。
どうして彼は私のことを知っていたのだろう。どうして彼は私を美人と言ったのだろう。どうして彼は私をあんな優しい目で見てくれ――
「っ.....ないない、私はそんな尻軽女じゃないんだから」
煩悩を振り払わんと、先程考えていたことを全否定する。過去にできた苦い思い出を引き出すことで、自分に間違いを起こさないよう薬を打つ。
顔を赤くしたり突然顔を抑えたり、急に顔を恐くしたりなど喜怒哀楽が激しい神代を心配するかのように、姫野が肩を優しく叩く。
「由佳、大丈夫?さっきから表情変えて大変そうだけど...」
「.....」
「ひ、ひたいひたい!ひたいよぉ!.....んっ、もう...。急にどうしたの由佳?」
「べーつに。ただ美琴の顔を見てたら、頬っぺた引っ張りたくなっちゃって」
心配したのに引っ張られ損だと思った姫野は、由佳の腕を掻い潜りされた事を仕返す。神代はこれを抵抗する意思を見せはしたが、引き剥がそうとはしなかった。
「全く...青春してんな」
「お前に青春はなかったな」
「げぼばぁ!!...お、俺は.....頑張ったんだ。頑張って、今でも合コンをぉ~...んっ?」
ヴァン!!!
「.....これは、停電か?」
ゴツい音を鳴らして急に落ちる電気。しかもそれは神代の病室だけでなく、廊下からは幾つもの電気の落ちる音がドミノの様に聞こえてきた。
先程まで加賀のメンタルをほじくっていた氷室だったが、急に電気が落ちたことに警戒し、ドアのすぐ側に待機する。加賀も何か異変に気付いたのか、直ぐにスマホを取り出す。
姫野と神代は突然の停電に驚き、体を震わせながら硬直していた。その中でも姫野の震えは停電からくるものだけではないだろう。
「.....おかしい、電話が繋がらねぇ」
焦ったような声が屈強な体から発せられる。暗闇に響くのは頼もしい声ではなく、弱り腰の声。氷室は数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者なため、落ち着いて対処することができた。
「どういうことだ」
「圏外になってやがんだよぉ、ちくしょう...」
「圏外...姫野くん、すまないがカーテンを開けて外を見てくれないか?」
「は、はい!」
急な展開に驚き怖がっていた美琴だが耐性が着いたのか、指示されたことに瞬時に動けていた。その彼女の変わり様を隣で見ていた神代は、未だに毛布から手を離そうとはしない。
カーテンの片方だけを開け、外の様子を確認する。
が.....
「嘘...だよね.....だって、だってさっき襲われたばかりなんだよ!?」
外を見て、怒ったかの様に窓を開けようとする姫野。しかし、窓はガタガタと音を鳴らしはするがびくともしない。鍵は開けてあるのに、まるで見えない力で閉ざされているかのよう。
「なんで、どうして!どうして!!どうして.....」
人の力では決して開きはしないと悟った姫野は、崩れるように膝を着く。普段ならここで姫野に手を貸す氷室と加賀であったが、残念ながら不用意に動けない形でいた。
「姫野くん、悲しんでいるとこ申し訳ないが...外の様子はどうだった」
「ち、ちょっと!美琴は今こんなになっているんですよ!?もう少し待ってもいいんじゃ―」
ようやくベッドから降りた神代は姫野に近づき、背中を擦りながら氷室にもの申す。だがそれを遮ったのは氷室でも加賀でもない、涙声で話す姫野であった。
「外は.....真っ暗闇です。ひとりかくれんぼの時みたいな.....」
「っ!!」
「やはり、そうか...加賀、お前は窓の側で待機しろ。怪異が入ってくるならこの二つのどちらかだろう」
「ハハッ.....了解」
氷室の的確な指示により、加賀は窓の側に張り付く。姫野も涙声ではあったがしっかりと体は動くようで、神代の手を引き部屋の中心に居座る。
暗闇。夜であるならばそこまで不思議なものではない。厚い雲が空を覆い、外界からの光を遮断することはざらにある。しかしそれでも、姫野はこれが怪異による世界だと知ることができた。日本では辺りがいくら暗かろうと、近くの物体なら目で捉えることができる。ようは全ての光を遮断することは出来ないということ。
例えそれが出来たとしても、街明かり一つないのは異常である。先程加賀がスマホを取り出し時刻を確認したが、まだ21時を回るかどうか。それにここは菊川市。人口もそこそこの都市な筈なのに、灯りひとつ、物音ひとつしないのは非常におかしなことなのだ。
だからこそ、姫野と氷室はこれが怪異による影響だと理解することができた。神代も『ひとりかくれんぼ』というワードを聞いて、今の状況を少なくとも読み取ることができた。
「怪異.....ってことは」
「あぁ......引道くんが心配だ」
「おいおい氷室、俺はあいつが死ぬたまとは思えないけどな」
窓の外を警戒しながら、加賀は思いのまま述べる。加賀がこう言うのも決して勘とか運に頼るような事ではなく、彼なりに引道の事を調べていた。そこから出した考察で、加賀は引道がこのメンバーの中で一番死ぬ確率が低いと判断したのだ。
氷室はこの言葉をスルーはしたものの、気にしてないわけではない。むしろ姫野と並ぶ問題事だと思っている。
そんなことは露知らず、姫野はひたすら神代と手を繋ぎ、手から伝わる温度で互いの安否を確認し合っている。
しばらくは静かな息づかいだけが場を支配することとなった。
暫くして、静かな病室.....いや、病院内に放送が響き渡った。始めは大きなノイズが混じり、徐々に男の人の声が聞こえてくる。
氷室達はこの院内放送に大きな疑問と違和感を持ちながら耳を傾ける。
「なんだなんだ?ほとんどノイズで聞こえないぞ」
「加賀、愚痴るのは後にしてくれ。今はこれが一つの手掛かりなんだ」
顔をしかめる加賀だが、大人しく氷室の指示に従う。やがてノイズが晴れると、聴こえてきたのは声を荒げて話す男性の声だ。
『病院内の皆さん落ち着いて聞いてください!先程エントランス入り口から不審者が入ってきたと情報が入りました。不審者の特徴は全身が赤い服を着ている女の人です。あ、あと......顔が無表情...ですので、この人を見かけたらすぐにその場から離れてください!』
「おいおいなんだそりゃあ...赤い服を着た女で、無表情だぁ?おい氷室、お前これに似た噺を知ってるか?」
「...悪い、流石の俺でもこれは分からない」
加賀が舌打ちを打つが、どうしようもない気持ちを拳に籠める。それは氷室も同じ気持ちで、数々の怪異を担当してきたプライドを傷付けられたようだ。
男性は落ち着きのない様子で話す。
が途端。大声で話される放送の中から、一つの足音が聴こえてきた。男性は気付かずに話しているが、聴き手である氷室達はこの足音が嫌なほど聴こえてきた。
姫野と神代は繋いでる手に力を入れるが、それで怖さが和らぎはしない。この場にいる皆、その足音の人物が誰であるかは嫌でも想像できた。
男性は何事もないかのように必死に話し、氷室と加賀は苦い顔でこの放送をただただ聴く。
『既に負傷者は出ています!そして気付いてる方もいると思いますが、電話が繋がらないんです!今職員が必死に手を回し『いやぁ!!?来ないで!誰か、助けグヴッ!』だ、誰だ...!』
男性が話す中、後ろの方から鈍器の様なもので殴られた女性の声が聴こえてきた。神代は涙で顔を濡らしている。
『おい...川田さん!いるなら返事してくだ......ひ、ひいぁ!!く、来るなぁ!み、皆さん助けてください!私は今エントランスの放送室にいぎゃあぁ!?...い、痛い!足がぁ!僕の足が!!...あ、あの......助けて下さい――』
男性が助けを乞い、言い終わった直前に鈍い音がマイクから聴こえてきた。そして次に聴こえてきたのは...何かをちぎる音。
『ぐしゃ!ぶちっ.....ちりりり...ヴァン!』
最後に一つ、大きな音をたてて放送は終了。この回だけで、神代と姫野は精神的に結構きていており、息が上がっていた。氷室と加賀はそこまで酷くはないものの、正体不明の化け物が近くにいるという緊張から、意識は当然休まらない。
二人の顔には汗が既に流れていた。
「聴きました.....今の放送」
「.....えぇ、今の男の声は多田君よ。私の同期でとても賢い人...」
小野さんは力なく椅子に座る。俺達は診察室に置かれていた懐中電灯を手に取り、先程の放送を聴いていた。
男性の焦る声。段々と近づいてくる足音に川田さんと言う女性の声。.....そして、男性からした鈍い音と何かを引きちぎる様な音。こんなもの、嫌でも想像してしまう俺は自分の腕をつねって痛みで恐怖を紛らわせていた。
「ねぇ引道くん」
「なんですか」
「ここの部屋ってさ、エントランスに近いこと知ってた?」
急なカミングアウトに驚く――何てことはなく、それは小野さんの背中を着いていった時に既に知っていた。
俺達が診察室を出て真っ直ぐ廊下を歩くと、エントランスに続く階段とエスカレーターがある開けた場所へと出る。もし運が悪ければ、先程放送であった赤い服を着た無表情女がこちらへと向かってくる。
俺は少しでも確率を知りたくて、小野さんに今院内にいる職員の数を聴いた。
「うーん.....今の時間帯なら、私含めて30人程かな。患者さんを含めると50人はいると思うよ」
「わーお...流石大型病院。人数もバカじゃないですね」
俺が少しでもこの場を明るくするためふざけた感じで言うが、小野さんは顔つきを厳しくしたまま現実を突き付ける。
「そう、人数は本当に多いんだよ。なのに不思議だと思わない?辺りがあまりにも......静か過ぎることに」
「っ!」
その言葉を聞き、唾を飲み込む音が鳴る。俺のだ。
小野さんが言いたいことは、いくら落ち着ける人間がいるからといって、全員がそうなわけではない。取り乱す人もいれば、英雄気取りで大声を出して突撃するヤツもいる。
そう、遅かれ少なかれそのような人は必ず存在するのだ。しかし廊下からは、足音一つ、物音一つ聞こえやしない。小野さんはこれを異常だと述べている。
手当て中に到来してた尿意はまた何処かへ旅立ち、しばらくは帰ってこないと安心する俺。男だからと言われても、こんな非常事態に一人で便所行けるほど俺は鈍感じゃない。いつだって素直な俺は、いつだって自分の気持ちに正直なのだ。
「小野さん怖いのでそこの毛布借りて丸まってていいですか?」
俺の突然のカミングアウトに小野さんは目を見開き、呆れた顔をしてに毛布を渡す。
「引道くん、私だって女性なんだよ。もう少し男のプライドを見せてくれてもいいんじゃない?」
「あっ、それ男性ハラスメントですよダンハラ。......それに俺はプライドを持つぐらいならありのままを生きる自由人ですから」
「そして結婚出来ないと」
やだ辛辣!!実は小野さんが毛布被りたかったのを俺が取ったことに若干嫉妬してるんでしょそうなんでしょ!
そんな事を言ってはいるが、毛布を頭から被っている俺は、当然小野さんの顔なんか見ることが出来ない。でも辛辣な言葉を浴びせられた俺は仕返しがしたく、似たような手口で小野さんに返球した。
「...小野さんそんなだから婚期逃すグハァ!!」
某サッカーアニメの円藤よろしく正義の鉄拳が、俺の頭蓋骨をを襲った。
今回も読んでくださり誠にありがとうございます!
いや、あのですね......すみません!!期末が近くて中々執筆にありつけなかったんです!その他にも理由は云々とありまして、ここでは話すことが出来ないのですが...楽しみにしてくださっている方、申し訳御座いません!!読んでくれてサンキュ!
それではまた次回でお会いしましょう!ではでは~。
追記:病院の部屋の名前誰か教えてください(´・ω・`)