夜一さんら、二番隊首脳陣に呼び出しを食らった後のこと。
重たい体を引きずりながら自分の執務室に入り、溜まっている書類に目を通したり判子を押していく。
裏挺隊は瀞霊廷内における護廷十三隊や隠密機動に鬼道衆といった組織はもちろん、中央四十六室や金印貴族会議など各部署における緊急時や公的案件、機密案件の伝令部隊。悪く言えば足の速さを買われての使い走りだが、それだけ重要情報に関わる案件も多い。
まぁ刑軍や警邏隊のように物騒だったり後ろ暗い案件は少ないものの、各種情報を取りまとめ、整理するだけでもそれなりの仕事量ではある。
加えてここ数日、私は砕蜂たんへの懸想にかられて部下に仕事丸投げしてたので、私の採決が必要な書類が多い多い。
数日は机の前から動けんなこれは……まぁ、自業自得か。
先程釘を刺された上司たちとの面談を思い出し、私は久しぶりに本気で仕事に取り組むのであった。
はぁ、砕蜂たんが隣で応援してくれたら五秒で終わらせるのに。
砕蜂たん、今何やってるのかなぁ……。
──場所は変わり、流魂街のとある区画。
護廷十三隊の死覇装よりも身軽な、独特の戦装束に身を包んだ死神数人が散開していた。
「第三班、配置に付きました」
「よし、それではこれより虚の索敵に入る。各班、警戒を怠るな」
彼らは隠密機動第一分隊『刑軍』に所属する死神達だ。
掟に背いた同胞の追撃・処刑も任務とする彼らは、しかし今回はもう一つの本分、すなわち虚への斥候としてこの場に参じていた。
数日前からこの付近で断続的に発生している虚らしき霊圧。
しかし護廷の死神達が赴けどその姿は捉えられず、
観測された霊圧からそこまで強力な虚では無いとは予測されたものの、その程度の相手にこうまで連日尸魂界への侵入を許すなど死神の沽券に関わる。
結果として、機動力に優れた刑軍にお鉢が回ってきたのであった。
彼女──砕蜂もまた、この場に派遣された一員であった。
敬愛してやまない軍団長閣下直々のご指示。
静かに闘志を燃やす彼女の後ろで、彼女と同じく今期配属された二名の新人二人が何やら小さな声で囁き合っているのが聞こえた。
「こいつか、例の五席の
「あぁ、兄貴達もすぐにくたばった落ちこぼれの蜂家の……」
「こんな女が俺達と同じ、隠密機動最高位の刑軍とはな……」
「おおかたあの色ボケに尻でも振ったか?」
明らかな、砕蜂への侮辱。
生来、気の長い方では無い彼女が怒鳴りつけようとしたところで、前を行くベテランの班長が鋭く叱責する。
「任務中だ。私語は慎め……貴様らが、刑軍に相応しいというのならば、な」
慌てて押し黙る二人。
しかし砕蜂は、それが怒りを見せた自らに向けられた言葉でもあると理解していた。
理不尽だとは思うまい。
我等は死神の中でも処刑を司る死の部隊。
私心は要らず、馴れ合いは要らず、情けは要らず、ただ与えられた任務を正確に遂行する機構であれば良い。
ましてや男女の惚れた腫れたを持ち込むなど言語道断。
(だと言うのに、あの男のせいで私まで……!)
ここ数日自らに付き纏う一人の死神が思い浮かぶ。
涯梨尽八。
中堅貴族、涯梨家の分家筋の男。
武門として名高かったのも今は昔、零落の一途を辿る一族の中で数百年ぶりに産まれた麒麟児だという。
霊術院に於いてもその才を見せつけ、卒業前から護廷十三隊への入隊が決まっていたらしい。
しかし彼は護廷十三隊の中でも現任隊長が隠密機動総司令官を務める二番隊──その中でも(他の隊の人間からすれば)汚れ仕事専門の刑軍入りを希望。同胞の処刑や危険な虚との戦闘も厭わず常に危険に身を晒し続け、常軌を逸した、とまでは言えないものの、かなりの早さで昇進を重ねて五席にまで至った。
現在は上級席官になった彼が無駄死にすることを嫌った本家の意向に従い、最前線から離れた裏挺隊の隊長を務めているものの、その経歴は間違いなく優れた戦士であり、砕蜂もまた、見習うべき先達の一人として敬意を抱いていた。
ところが、だ。
期待に胸膨らませての初対面で、あの男はいきなり跪いて甘ったるい目を砕蜂に向けてきたのだ。
(しかもよりにもよって、軍団長閣下の前で、私の手にせせせせせ、接吻をしようなど……!)
上下関係その他諸々を無視して投げ飛ばし、なおも妄言を重ねようとする奴を散々に殴り蹴り痛めつけたのは正当な行為だと確信している。軍団長閣下も笑っていらしたし。
しかしあの男はそれに懲りるどころか、会うたび会うたびに『砕蜂たん』などとふざけた呼称ですり寄ってきて鬱陶しいことこの上なく、その度に正当な対処を行なっていただけの砕蜂が今や『二番隊に入ってきたヤベー奴』だの『入隊一日で上官を半殺しにした狂犬』だの『考えるより先に手を出す脳筋』だの全く、これっぽっちも、欠片も当てはまらない渾名を付けられる始末。
奴に懸想していたらしい女性隊士からは恨みのような同情のような複雑な目で見られるし。
しかも、最も許せないことが、そんなあの男のことを、砕蜂が幼き日より崇拝し、その麾下で戦うことを夢見ていた軍団長閣下が気にかけていることだ。
『あの男はあそこまでの阿呆ではなかったんじゃが……。おぬしには迷惑を掛けるが、奴が落ち着きを取り戻すまで、少しの間だけ辛抱してくれんか』
砕蜂にとって神にも等しい女性が、あんな男の為に頭を下げる。
到底許せるものではなかった。
(いかん、雑念が過ぎる。任務に集中せねば)
小さく頭を振り、心を切り替える砕蜂。
そんな部下達を視界に含めつつ、彼女達を統率する先輩隊士は静かにため息を吐いていた。
(まったく、涯梨五席にも困ったものだ)
最近二番隊の風紀を大いに乱している上官の痴態に呆れつつ、かつての優れた上官としての彼、そして隠密機動らしい隠密機動であった彼を知っている身としては何とも複雑な気分になる。
だが、任務中の刑軍軍団員がこのような私語に至るとは、あまりにも緩みすぎている。
(まぁ、軍団長閣下が裁定をなさるだろう)
一隊員に過ぎない自分には余計な思考だと割り切り、無駄な思考を打ち切る。
そろそろ虚の出現反応があった地点だ。
霊圧知覚を最大限に発揮し────
そんな警戒をスルリとすり抜けた虚に、腹の半分を消し飛ばされた。
今のところ変態が各方面に迷惑しかかけてないな!
これはひどい。