いくらなんでもみんながみんな、一護や剣ちゃんみたいに数ヶ月で化け物みたいに強いわけないですよね……?という話
(何日、たった……?)
霞む意識を無理やりかき集めながら、砕蜂はなんとか思考する。
彼女は衣服を剥ぎ取られた上で、手足は粘性の糸に絡め取られ、身動きを封じられていた。
もっとも、たとえ糸が無くても彼女の手足は動かないだろう。
今の彼女は、思考さえ覚束ない。
そう────
『キキィ?』
目の前でギチギチと牙を鳴らす、この蜘蛛型の虚の毒により。
全てが異常事態だった。
雑念があったとはいえ、眼前に迫るまで虚の気配を知覚できないなど信じられなかった。
隠密機動最強部隊である刑軍十二名が、瞬く間に制圧されるなどあり得なかった。
せいぜい砕蜂より一回り大きい蜘蛛でしかない虚が、幾百の虚を凝縮したような霊圧を持つなど理解できなかった。
一撃で刑軍の先輩隊士を戦闘不能にしたその虚は、彼女を含む新人三人に襲い掛かった。
驚きはしたものの、新人とはいえ刑軍の軍団員。即座に斬魄刀を構え、同時に切り掛かった。
──そして、三本共に薄皮一枚裂くことも出来ずに止められた。
即座に離脱した砕蜂と違い、予想外の硬さに動揺して動きの止まった他の新人二枚は八本ある蜘蛛の節足に貫かれ倒れた。
蜘蛛は砕蜂に目を向けると、僅かに脚をたわめ、勢いよく飛びかかってくる。
(私の斬術では通じん……!)
故に彼女は、得意戦法に切り替えた。
持てる霊圧全てを注ぎ込んでの貫手。
飛びかかる蜘蛛にカウンターとして放たれたそれは、確かに蜘蛛の仮面を貫き────
『ギキィィィィィィイイイイ!!!!』
「……届かなかった、か」
虚の急所にまでは至らず、受け止められた。
仮に彼女がせめてあと数年経験を積めていれば、あるいは、初撃で勝利していたかも知れない。
だが、今ここにいる砕蜂は、才気には溢れていても今回が初陣の新人隊士。
『ギキ!』
「グッ……」
ゾブリと首筋に牙が埋まる痛みと、そこから何かを流し込まれる悍しい感触を最後に────砕蜂の意識は一度途絶えた。
そして冒頭に戻る。
『ギィィ』
「ヒィィィィィィイイ!!」
彼女の隣で、流魂街の住人らしき男性が蜘蛛に取り付かれていた。
口部から管のような器官を男性に突き立てた蜘蛛は、そこから霊圧を吸い取っていく。
(我々は、奴の食糧というわけだ……)
僅かに動く眼球で当たりを見れば、流魂街の森に張り巡らされた糸が巨大な巣を形成し、彼女以外の死神や行方不明になっていたと思しき流魂街の住人達が囚われていた。
彼ら彼女らは、拘束された上でこの巣の主人である蜘蛛に少しずつ少しずつ霊圧を捕食されているのだ。
恐らくこの虚は、霊圧隠蔽能力が異常に高いのだろう。
瀞霊廷で観測されていた霊圧は、この虚が獲物を捕獲する際に僅かに漏れ出した霊圧の残滓を捉えていたに過ぎなかったのだ。
そうして下級の虚に過ぎないとタカを括っていた死神達を捕獲し、自らの保存食に仕立て上げる虚。
まるで、死神を相手取ることを目的に作られたような、都合の良い能力だ。
しかし、いくら流魂街の森の中とはいえ、尸魂界に巣を張る虚など無謀極まりない。
今回は失敗したとはいえ、事態を重く見た上層部は次は更に強力な死神を派遣し、いずれは討伐されるだろう。
だが、彼女達を救うには間に合わない。
砕蜂達が消息を絶ち、二日か、三日は過ぎただろう。
当然、本隊は異常を察して動きだすはずだ。
だが、この虚の隠蔽能力を考えるに、即座にこの場所を発見できるとは思えない。
捜索に集中したとしても一週間か────長ければ、月単位で見つからないこともあり得る。
その頃には流魂街の住民はもちろん、砕蜂達も吸い尽くされ干からびているはずだ。
そして、その間に更に多くの隊士が奴にさらわれないとも限らない。
(私の失態によって……!)
あり得ない。許されない。話にならない。
幼き日、はるかな高みにて咲き誇る四楓院の姫君を一目見た時から、彼女に全てを捧げると誓っていた。
刑軍に入り、不本意な理由とはいえ直接言葉を交わせた時は天にも昇る喜びだった。
そして踏み出した第一歩目にして──自分は、彼女の部下を無駄に喪おうとしている。
何度でも言おう。許されるはずが無い。
──本来ならば、砕蜂はたかが一新入隊士だ。
責任があるとすれば、彼女達を指揮していた上官にあるだろうし、そもそも襲い掛かった虚は元々彼女達の手に負える力ではなかった。
しかしそんな理屈は関係が無い。
彼女が、自らの魂に誓ったのだ。
魂魄果てるその日まで、崇拝するあの方の為に戦うと。
隣の男との食事を終え、自らに迫る蜘蛛を確認し、彼女は小さく口ずさむ。
「くん……臨者よ ちにくの、仮面 万象 はばたき ヒトの名を……冠す者、よ……」
それは手足封じられ、身動きが出来ない彼女に残された最後の攻撃手段。
疲弊したこの身体でどれだけの一撃を出せることか。
だが、今回を逃せば、恐らくもう反撃する力は残されていないだろう。
「真理と、節制 つみ知らぬ夢の壁に わず、かに爪をたてよ……」
『ギィ?』
ブツブツと何かを呟く餌に怪訝な様子を浮かべる虚だが、焦った様子はない。
彼女が何をしているか理解する知恵が無いのか、理解していても脅威ではないと判断しているのか。
(好都合だ……!)
なけなしの霊力を搾り出していることで飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、彼女は詠唱を締め括る。
「破道、の三十三…………『蒼火墜』!!」
蒼い炎の奔流。
砕蜂に残された全てを注ぎ込んだその一撃は……
『ギィィィィィ……!』
目の前の虚に、傷一つつけず消え果てた。
もっとも、無抵抗と思っていた餌風情に反抗されて腹が立ったのか、ギチギチと牙を打ち鳴らし、砕蜂に覆いかぶさる。
(ここまでか……)
諦観と共に、力を失くす手足。
それでも最期まで魂は屈さじと虚を睨みつけた眼前で。
「伏せろ、『
鋼の拳が、虚を殴り飛ばした。
「あぁ、あぁ、なんてことだ。私のせいだ。きっと私のせいなんだろう」
怒ってるような。泣きそうな顔を浮かべながら。
「どうか、どうかまだ生きていておくれ」
右腕を覆う、鈍く輝く手甲を軋ませながら。
「────瞬く間に終わらせるから」
一応確認しておきますが、このお話は基本的に変態によるコメディ路線のつもりです。