2seconds
改札を出たのは電車停止の数分後。一限であれば授業時間のおよそ半分が過ぎた頃であり、二限開始までにはまだまだ余裕があるという半端な時間。駅前に学生らしい人の姿は少ないが、階段を下りて公道に出ると、私と同世代くらいの背中がちらほら見えた。みんなのんびりと歩いていく。授業開始直前、この道は車も満足に通れないほど多くの学生で埋め尽くされる。それを知っているので、今目の前に広がる景色には田舎らしい閑散さもあるけれど、私はとても平和で満たされた気分になった。二限があるわけでもない。まだ瑞々しさの残る空気でゆっくり一回深呼吸し、私はのんびりと、商店街の方へ周り道しながらキャンパスに向かうことにした。
清々しい空気の中で、それは突然やってきた。閑静な商店街につり合わない、意識を貫く様な衝撃。私はすぐさま振り返る。ちょうど後ろを歩いていた茶髪の男の子と目が合った。男の子はちょっと驚いた顔をしたし、戸惑っている。だが今はそれどころじゃない。私は彼の腕を掴んで全身の力を使って思い切り道路側へと引っ張った。
「え・・・っ。」
腕を掴んだ瞬間に彼から上がった驚きの声は、すぐに途切れた。突然加えられた予想外の力に、男の子は派手によろけて道路側に動く。道路に一歩踏み出したところで止まったが、今度は私の身体が彼を越えて道路の更に真ん中近くにとばされる。彼が私の力に対して踏みとどまったので、その反動を受けたのだ。さすが、男子は丈夫に出来ているな。私が渾身の力で引っ張ったつもりだったのに易々と踏みとどまるし、むしろ自分のかけた力の反動で私の方が転びそうになっている。彼の腕を放すのが遅れたら、首か腕に変なダメージを負っていたはず。鍛えようかな、なんて絶対しないけど。筋トレとか嫌だ。でもバランスをとる為にくるくる回ることになったのはちょっと恥ずかしい。視界の隅、彼の視線が痛い。私は転ばないよう必死なんだけど、もしかして転んだ方が可愛げがあるのかな。
他人の身体で反動つけて道路に飛び出しふらふら踊っていた私に、訝しんだ様な彼の目線が刺さる。反動と余韻はは止んだが居たたまれず私はすぐに俯き目を反らした。瞬間、鈍重な音が商店街中に響いた。赤と緑と金で彩られた中華料理店の大きな看板が、歩道の私たちの居たあたりに落下した音だった。
男の子はしばらく、看板、私、また看板と交互に目をやっていた。最後にゆっくりと私に視線を戻し止まった時、私も彼と目を合わせられるくらいには冷静さを取り戻していた。さっきと同じ訝しんだ目がこちらを見ている。最初振り返って目が合った時よりもずっと大きくて深い驚愕が混ざっていたが、そこに恐怖は無さそうだった。
「あの。ありがとう。」
ためらいがちな彼の態度と、礼節ある言葉に、私は何年ぶりかのカミングアウトをしようと思うのだった。