犬吠埼ちゃんは紫色の物体x作れるってマ???www 作:ハイイロ
「おかしいな、今回はちゃんと見てたんだけどな……」
「うぅ……」
目の前で生まれたのは紫色のうどん。
以前に調理実習で作った時も同じようになっていた事を知っていた。知っていたが自分で逐一軌道修正してやればいいと思っていた。
だが、よく考えて見るといい。
そんな簡単に治るなら誰も苦労はしていない。
先生も姉の風も他の勇者部の部員も皆一回は治そうとしてきたのだ。
それでも今の惨状なのだ。
「むむむ……どうすれば」
犬吠埼樹のお料理修業は大変辛いものとなっていた。
料理とは基本的にレシピ通りに作れば成功するものである。つまるところ失敗の原因とは別のところにある、と雨宮は考えた。
例えば野菜の切り方、調味料の入れる量、火加減etc、本人の技術が問われる部分である。
切り方を教えてみた。
「このジャガイモはこう……まてまてまて危ないからやめろ!」
「そう、猫の手だ。親に教わらなかったのか?」
「お父さんとお母さんは数年前に事故に遭って……」
「……そのごめん」
そこそこ綺麗に切れるようになってきた。
調味料の入れ方を教えてみた。
「待って何でそれを入れようと思ったの???」
「え、美味しくなりそうじゃないです?」
「レシピを! 守れ! アレンジは犬吠埼にはまだ早いから!」
多少ましになった。
「そういえば犬吠埼って呼びにくくないですか?」
「え、いやそうでも……」
「私お姉ちゃんがいるから名字で呼ばれ慣れてないんですよね、ね!」
「えーじゃあ何て呼べばいいのさ」
「え、それはその……樹とか」
「目を外すと危ないからちゃんと見ような」
「わ、わわ」
「あ、俺の事も下の名前で呼んでいいから」
「真司君」
「おう」
お互いの名前の呼び方が変わった。
「鍋が燃えた!? 母さんヘルプ!」
「あぅ……」
「油は最初から引いちゃって、何なら最初から野菜とか入れちゃっていいから」
「わ、わかりました」
鍋を燃やさない方法を学んだ。
理論上これで料理が出来るようになったはず
なのだが
「上手くいかないのは何でなんだよ……」
真司はお茶を飲みながら思わず頭を抱えていた。
目の前で生まれたのは虹色に輝く卵焼き。
確かに進化はしていた。
ダメな方向に。
何がいけないのだろうかさっぱり分からない。
料理というものが分からなくなって来た。
最早神樹様による何かしらの力が働いてるんじゃないかという罰当たりな事までつい考えてしまう真司。
頭を抱えてるのは真司だが一番落ち込んでるのは樹だろう。
「おーい大丈夫か樹ー」
「…………」
樹から返事が返ってこない。台所のシミにでもなり切っているのだろうか。
前と違って料理の基礎を学んだ状態での失敗。
自分がいかにおかしな事をしているのか自覚してしまったのだろう。
挑戦することが好きな人は新しくできることが増えるのが楽しいという人が多い。
犬吠埼樹にとってこれまでの修業は自分ができない、知らない基礎を教わりできるようになっていたのが楽しかった。
だけど改めて一人で作ってみて完成したのは到底料理とは言えないもの。
今までの時間はなんだったのだろうか、という自己嫌悪。
何よりも自分に時間をかけてくれた真司に申し訳が無かった。
彼女は心が強い。勇者としての戦いの中で辛いことがあっても泣くことはなかった。
そんな彼女が泣いたのは姉を止めた時。
犬吠埼樹は自分のためではなく人のために泣ける、そんな子供だった。
だが
「おら、何へこんでるんだよ」
思ったより軽いな、なんて言いながらわきの下に手を入れて無理やりに立たせた。
「勇者部五箇条の何だっけ……為さねば成る? うん? なんか違うな、えーと……」
「為せば大抵何とかなる、ですよ」
「そう、それ! だからどうにかなるさ、な!」
「それと勇者部五箇条ならなるべく諦めないとかの方が良かったんじゃ……」
「えっマジか。それは流石にダサいわ……」
「私は言われて嬉しかったよ」
励まそうとしていた人が励まされてるという不思議な状況。
なんとも締まらない不器用な励まし。
それは励ましたとは言えないのかもしれない、だけど確かに樹を勇気づける事には成功した。
「あ、そうだ。いい事思いついた」
そして流れはいいように流れていく。
「ちょっと台所に立って」
「え、あぁうん」
困惑しながらも言われたとおりにする樹。
背中から樹を抱きしめるように立つ真司。
「あのぉ真司君……この体勢は一体……」
「じゃあ今から卵焼き作るから」
「ええ!?」
樹の手を上から握る真司。そのまま卵を割って溶いていく。
「じゃあ次は焼くよ」
13歳というのは丁度男子が第二次成長期に入るかどうかという時期である。
そして真司はまだ成長期に入ってなかった。
すると何が起こるのか。
男子より成長期が早い女子との身長差がそんなにないのである。
さて問題だ。
後ろから身長が変わらない女の子を男の子が抱きしめて声をかけた場合どうなるだろうか。
正解はめちゃくちゃ近くから声が聞こえるし、横を見たら顔が近い、だ。
至近距離からの視覚と聴覚への異性という暴力。
(助けてお姉ちゃん……)
思わず風に助けを求めてしまうのも無理ないだろう。
更に辛いのは真司は異性を意識するという事をまだしっかりとは理解して無い点だろう。
「うぅ……」
羞恥心で樹がフリーズしている間にも料理は進んでいく。
彼女の手を通して溶いた卵を丁寧に少しずつ入れていき巻いていく。
「よっし完成!」
出来たのは黄色い卵焼きだった。
二人で皿に分けてテーブルの上にのせる。
「「いただきます」」
「美味い! 美味いよ樹!」
「うん……美味しい」
素朴な卵の味。
醤油も塩もかけ過ぎず素朴な味になっていた。
「これでわかっただろ!樹でもちゃんとしたの作くれるんだって!」
全ては彼女が自信を持つために。
「うん、ありがとう」
数日後。
自分の手でちゃんとした食べ物を作ったからか徐々にちゃんとしたものを作れるようになってきた。
「まさか樹が食べれるうどんを作れるようになるとはなぁ……ズズッ」
「まだたまに失敗しちゃうけどね……ズズッ」
今日のおやつは樹が作ったうどんである。
「それでケーキを作れるようになりたい?」
「うん。今度ケーキ作るって先生が言ってて……だからその……」
「ああ、プレゼントととして持っていきたいと」
調理実習で作った物は基本的にはその場で食べるのだが、一応持ち帰って後で食べることも可能ではある。
更に言えば勇者部の部室が家庭科室の近くなのも先生の許可が出やすいだろう。
できる、できないで言えばできる。
ただ問題点として挙げるなら一般的にお菓子作りは難しいと言われてる事だろうか。
「俺そんなにケーキ作った事ないんだけどな……」
そして雨宮もそこまで作ったことがあるわけでは無くちゃんと教えれるかどうかは分からない。
でも
「勇者部五箇条一つ為せば大抵何とかなる、だよ」
「だな」
調理実習当日。
「よし、頑張ろう樹」
「は、はい!」
「あんまり気を負いすぎないようにな」
「が、頑張ります」
「砂糖は入れ過ぎないように気を付けようにな」
「真司君だってクリーム上手く混ぜられなかったじゃん」
「最初だけですぅー」
「へへっ」「ふふっ」
「じゃあケーキ作りますか」
「よし、完成ーーー!!!」
「まぁ大分不格好だけどね」
「じゃあ後はこれを樹が勇者部に持っていけば完了だな」
「はい!」
学校から帰ってきて荷物を降ろしてボーっとする雨宮。
かれこれ一時間弱こうして時間を浪費していた。
(ここ暫くずっと樹と過ごすかどうやったら上手くいくか考えてたから違和感があるな)
最初が非日常でもそれが続いていれば日常になる。
彼にとって樹と放課後を過ごす時間は確かな日常だった。
取りあえず、出来ていなかったゲームをしようかと思って本体を探しに行くと
(あん?)
家のインターホンが鳴らされた。
不審者だと困るのでカメラで確認してみるとそこにいるのは樹だ。
服装は制服姿のままだ、学校から直接やってきたのだろうか。
「真司君あけてー」
「あれ?樹じゃん、どうした」
カメラの向こう側で彼女が手に持っている箱をアピールしてきた。
「ケーキを届けに来ました」
「そのよかったらこれどうぞ……」
渡された箱の中身を見ると今日作ったケーキが一切れ入っていた。
「あれ全部勇者部で食べたんじゃないの?」
「お姉ちゃんが間違って6等分しちゃって、折角だから真司君に食べてもらいたいなって」
出てくるのは不格好なケーキの一切れ。
彼はそれが頑張って作られたのを知っている。
一口サイズにきって口に入れる。
調理実習で作ったものだから大して凝った味にはならない。
普通に食べれるという事にどれだけの努力を支払ったのか彼が一番知っている。
「うん、おいしい」
万感の思いを込めて本心からそう伝える。
「よかったぁ」
それを聞いた樹が花開くように笑った。
部屋の中が華やかになったような錯覚を覚えるほどに可愛らしい笑顔。
慣れ親しんだリビングが全く別の場所に思える。
同じ空間に二人で過ごす事も笑顔を見る事も決して初めてじゃないのにかわいいと思ってしまう理由が分からない雨宮。
変わったのは少女か少年か、はたまたどちらもなのか。
全ては神樹様のみぞ知る。