遠雷 作:pathfinder
単独で投稿するかと迷って、こっちに投稿しました。
「遠雷」と設定上の繋がりはありつつも番外編となります。
6月。季節は梅雨だというのに今日は珍しく気持ちのいい青空が広がっていた。お出かけにはぴったりな天候。
ただし気温はそうではない。今日の気温は30度近いという。まだ夏本番ではないというのに暑い。
だというのに隣を歩く少女は楽しそうな顔をしていた。そんなにこれから行くところが楽しみなのだろうか。腕や足の動きだっていつもよりも心なしか大きく早く見えた。というか置いていかれそう。
「……ちょっと待て、七深」
いつの間にか、隣ではなく斜め前を歩いていた彼女を呼び止める。彼女は立ち止まって振り返る。不満げに頬を膨らませて、それでも俺を待っていた。
「お兄さん、遅いよー」
「俺が遅いのではなくお前が速いだけだ……」
そう言いつつ七深の隣に早歩きで近づく。カバンからペットボトルを取り出して仰ぐ。火照った身体にひんやりとした液体が沁みる。生き返る。
「だって心霊スポットは待ってくれないよ」
「いや心霊スポットは逃げないから」
スポットなのだから動きようが無い。
俺と七深は近くにあるという心霊スポットに向かっていた。彼女がこの前読んだオカルト雑誌に載っていたらしい。最近有名になったところで、彼女の「行きたい」というおねだりから一緒に行くことになった。
「本当にこんなんでよかったのか?」
「……なんのこと?」
「誕生日プレゼントのこと。なんかモノの方がよかったじゃないか?」
貧乏なんで大層なもんはプレゼントできないが。なんてことは言わない。言えば惨めになる。今更か。
6月16日は彼女、広町七深の誕生日。ということで本人に直接欲しいモノ、してほしい事を聞いたところ、彼女が望んだのは『心霊スポットに一緒に行きたい』だった。お金がかからない、実現可能だったので二つ返事で応えた。
ちょうど都合のいいのが今日だった。お天気的にはもうちょっと涼しかったらよかったんだけど。
ただ後から考えると別にこれ普段でもできるよなと思う。金なしの俺に遠慮してるんじゃないかと思ってしまう。
本当にこれでよかったのか。何度か七深にも聞いてみたが返ってきた答えは同じ。
「あはは、でも広町はお兄さんと一緒に行きたいからこれがいいんだよー」
苦笑いしながらそれでも芯の通った口調だった。
「そか」
七深が『これがいい』って言うなら俺はそれ以上なにも言えない。
後ろめたさと嬉しさが混じった感情が俺の心を満たす。そんな感情を誤魔化すように俺はもう1度ペットボトルの水を飲んだ。
「七深も水分補給はこまめにしろよ」
ペットボトルから口を離して、俺は今日七深が水分補給をしてるのを見ていないことに気付き、彼女にそう忠告した。
「あ、私持ってきてないや」
「それなら俺の飲むか?」
咄嗟にそんな言葉が出てきた。冗談のつもりだった。
「あ、いや……」
「うん、お兄さんの頂戴」
言葉を取り消そうとしたが、その声は七深に遮られてしまう。まさかの頂戴が来た。
「……はいよ、どーぞ」
少し迷って、ペットボトルを七深に渡した。彼女は受け取って、口をつけた。間接キスだなーと思いながら見ていた。もう間接じゃない方をしてるから今更その行為に恥じらいを持っているわけじゃない。ただなんで女の子の唇はあんなにも瑞々しく官能的なのかと思っていただけのことだ。
「……ぷはっ……ふー、生き返るぅ」
「そりゃよかった」
七深からペットボトルを受け取り、俺はカバンに仕舞う。
「あっ……間接キスだねぇ、あはは」
今気付いたのか、七深は苦笑いしながら頬をかいた。
「今更かよ」
「お兄さん、気にしてる?」
「いや別に」
俺は短くそう答える。
「だよねぇ」
七深も俺と同じようになんてことないような口調でそう言った。
「…………」
「…………」
どうしてか会話が途切れた。今更間接キスごときで動揺なんてしていないのに。どうしようもなくもどかしかった。
「行くか」
「うん」
俺が搾り出した言葉に彼女が頷いた。俺たちは再び歩き出した。今度は二人同じペースで。
互いの身体の距離は近くて、どちらともなく互いの手の甲が何度かぶつかり合ってることに気付いた。偶然だった。でもそれが嫌じゃなかった。その後もやっぱり手の甲は何度もぶつかり合う。まるでじゃれ合うように。
「手、握っていいか?」
「うん、いいよー、私もぎゅうとしたい気分なんだー」
お互いに指を絡めて手を握る。余計に暑くなった気がする。
心霊スポットへ向かう途中、賑やかな声がしてそちらに顔を向ける。ドレスを着た女性とタキシードを着た男性が大勢の人から祝福されていた。どうやら結婚式らしい。俺たちの足が思わず止まってしまう。
「おおー、綺麗ー……」
隣の七深が感嘆の声を漏らす。俺も息を思わず呑んでしまった。まったく縁もゆかりもないのに。
参列者が花びらを空へと投げ、舞い落ちる。その中を進む幸せそうな二人の姿はどこか神秘的だった。
「……いいなぁ」
ぽつりと彼女が呟く。それはきっと無意識のものだったのだろう。すぐにはっと驚いて、頬を赤く染めた。七深は誤魔化すように笑みを浮かべた。
「あははー……聞こえちゃった?」
「ああ、ばっちりな」
「うわあ、恥ずかしいなぁ」
まだまだ赤い頬を隠すように両手を当てる。でも完全には隠し切れなくて、隙間からその色が見えた。
「七深はさ、将来結婚したいと思う?」
「んー……わかんない。結婚とかまだ想像できないなぁ」
「だよなぁ」
まだ高校生だもんなぁ。それもそうだ。
「お兄さんはどう? 結婚したい?」
「できればな」
「できるよ」
確信してるかのような七深の口調。
「できるかぁ? 金なしだぜ俺は」
俺にはそう思えなくて聞き返す。甲斐性なし、貧乏男。それが俺なのだ。女性のほうからお断りだろう。
「それは関係ないって広町は思うけどなぁ。養ってもらうっていう手もあるよ?」
つまり……。
「ヒモか」
「うん」
「それはまあ……」
男としては心底情けない方法だ。
「なくはないな」
非常に遺憾ではあるが。なにせお金がない人間なんで。むしろ俺が結婚するにはそれしかない。うわぁ、俺クズだぁ……。
「あー、話を変えよう」
そう言って俺は仕切りなおす。このまま続けていたら、あまりのダメっぷり死にたくなっていただろう。
「あはは、うん」
そんな俺を見て、彼女は苦笑いしながら頷く。
「お兄さんはジューンブライドって知ってる?」
「知ってるよ」
直訳すると6月の花嫁。6月に結婚すると幸せになれるというやつだ。
「意外だー、興味ないと思ってた」
「おい」
「ごめんごめん」
おどけて笑って謝る七深。謝る気ないねぇだろ。いやまあ、ジューンブライドを知ってるなんて柄じゃないとは自分でも思うが。
「ねえ、お兄さん」
「うん?」
「……あの二人、幸せになれるかな?」
彼女にしては珍しく神妙な表情で俺に聞いてきた。
「さぁな、二人次第だろ」
「お兄さんの捻くれ者」
「悪かったな」
俺は少し後悔した。大人げなかっただろうか。嘘でも「幸せになる」と答えるべきだっただろうか。
でも七深だってきっとわかってるはずだ。6月に結婚したからって本当に一生二人が幸せでいれるわけじゃないって。
彼女は呆れ顔していた。俺のどうしようもなく捻くれた発言のせいだ。
「ねえ、お兄さん」
「今度はなんだ?」
「私もいつかあんな風に幸せになれるかなぁ」
「……なれるさ」
特に根拠はないのにそんな言葉が勝手に出てきた。
「どうして?」
七深は俺の顔を覗き込んで聞いてきた。不安そうで、でもどこか楽しそうで期待している顔。
きっと言ってほしい言葉があるんだ。その言葉はなんとなくわかる。確信も根拠もどこにもない。きっとそうあってほしいだけなんだ。
「……七深は可愛いから引く手あまただろ」
「そーいうことじゃないんだけどなぁ」
ちょっと不満げな顔の彼女。知ってる。わざとだ。
俺はヘタレたんだよ。俺と彼女だと釣り合わなさ過ぎて、真っ直ぐ答える自信なんてなかったんだ。ダサいな俺。
「……広町はお兄さんとなら幸せになれると思う」
ぎゅっと、七深は握りしめた手の力を強くした。その言葉と行為は俺をどうしようもなく安心させた。救われたんだ。
「……さんきゅー」
照れくさくてそんなことしか言えなかった。言葉で伝えれない代わりに俺も隙間がなくなるように手の力を強くした。
「うん」
しばらくそうして結婚式を二人で見ていた。いつかこうなればいいなと思いながら。
「そろそろ行くか」
本来の目的地は結婚式場じゃない。心霊スポットだ。
「そうだね」
俺たちは歓声を背にして歩き出した。きっとこの暑くなった身体をひんやりとさせてくれるであろう場所に向けて。
気温は変わらず、暑いまま。繋いだ手だって汗ばんできて少しぬるっとしてる。だけど雨が降って雷が落ちるよりかは暑い方がましだと思った。幸せな結婚式がどうかこのまま幸せのまま続いてほしかった。だからこのままでいい。
「いつか、あんな風に普通の結婚式できたらいいよね~」
ちょっと気を抜けた口調。繋いだ手がまた、強くなった。
「そうだな」
俺もさっきと同じように、七深と同じように強く握り返して応えた。
神様なんてろくに信じちゃいないけど、女神さまにそう祈った。