遠雷   作:pathfinder

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おまけその2


宵のあと

 

 

「……うへぇ」

 

視界がグラグラと揺れる。身体もグラグラと揺れている。平衡感覚を失っていた。千鳥足になっていた俺はそのまま地面にへたり込んだ。

温度が下がっているせいか、夜のアスファルトはひんやりとしていて気持ちいい。その丁度いい冷たさが俺の身体を支配している妙な高揚感と倦怠感を若干和らげてくれる。

 

「すぅー……はぁー……」

 

目を瞑り、深呼吸を繰り返す。まだ立ち上がるのも辛いので、酔いが落ち着くまでしばらくこのままでいることにした。

俺が今いるのは繁華街から離れた住宅地の路上。午後10時という夜も深まった時間帯では人通りは少ない。たまにいるがその誰もが俺をちらりと見てぎょっとして無関心決め込んで通りすぎていく。

 

「飲み過ぎた……」

 

今日は七深がうちに来ないと言っていたから久々に繁華街に店で酒を飲んでいた。当然安酒だ。とはいえ今日一日日雇いで稼いだ銭は全て泡となったが。

七深と会うときはアルコールは摂取できない。教育上悪いからだ。……どの口がほざいてんだと自分でも思う。

あとは酔って情けない姿を晒したくないからだ。そう、今みたいな。くだらないプライドである。

 

「……あれぇ~……お兄さん?」

 

「………………んあ」

 

今一番聴きたくない声が聞こえる。おかしいな。とうとう幻聴まで聞こえるようになったのか。

目を開ける。見慣れた服が視界に入る。スカートの裾から覗く生足にしゃぶりつきたくなる。ただその美しいおみ足も信じたくはないが見覚えがある。

 

「こんなところで何してるんですか~」

 

そいつは俺の前でしゃがみ込み、俺と目線を合わせた。俺の視界に少女が入る。俺の目が正常ならば、そこにいるのは間違いなく広町七深、本人だ。

 

「うわ~……お兄さん、お酒臭い~」

 

俺の身体からアルコールの臭いを嗅ぎ取ったのか、七深は鼻を押さえうげえと顔をしかめる。まあ慣れてない未成年には堪らないだろな。

 

「七深? ……本物かぁ?」

 

俺はまだ目の前にいる少女のことを脳みそが作り上げた幻覚だという可能性を捨てきれずにいた。半分本気、半分現実逃避だが。

 

「お兄さん酷いなぁ……広町は本物ですよ~。ほら」

 

「あ?」

 

彼女は顔を近づけて、目を閉じる。酔って上手いこと頭が働かない俺はその行為を黙って受け入れるだけだった。

 

「――んっ」

 

結果。彼女の唇と俺の唇が接触する。くっつく。

七深に接吻された。いやされている。

よく知っている感触。柔らかい。アスファルトや電柱では決してない。

唇から彼女の熱を感じる。鼻から酸素と共に彼女の華やかな香りが入り込み肺を満たす。

俺はぼんやりと綺麗な睫毛だなと七深を見て思った。

 

「……ぷはぁ」

 

時間にして20秒ぐらい。七深がようやく離れてくれた。……妙に長く感じた。

 

「やっぱりお酒臭いねぇ~」

 

「お前なあ」

 

「お前じゃなくて名前を呼んでほしいな~。七深、って」

 

「いきなり何しやがるんだ……七深」

 

「キス。嬉しいでしょ~」

 

それを聞いて彼女は顔を綻ばせてニコニコしやがった。俺はその言葉に何も返さない。そんな気力ない。

もうこれ間違いなく広町七深だ。本物だ。酔いが見せた幻覚なんかじゃない。

 

「……っ」

 

七深がいるとなるとこんなところでおちおち休憩なんてしていられない。女子高生に悪い酔い方した大人なんて見せられない。散々酷い姿を彼女に見せているので今更ではあるが。プライドがあるのだ。俺のプライドなどゴミ屑レベルのものだとしても。

しかし上手く立てない。何かに寄りかかっていないと立てない。そうしないとずるずると地面にへたり込んでしまう。

 

「お兄さん、大丈夫~? 立てる?」

 

七深が寄ってきて身体を支えてくれる。彼女は俺の脇に身体を入れて背中に手を回して俺を背負おうとしてくれた。

 

「……重っ! って、うわぁ!」

 

当然支えきれるはずもなく、七深ごとふらついて二人して地面に倒れ込みそうになる。

その前に自分の足に力を込めてなんとか体勢を立て直す。七深に負担をかけすぎないように酔いの回った身体でバランスを取る。

 

「あ、危なかった~……」

 

「悪い」

 

本当によかった。二人して地面にごっつんこする羽目にならなくて。俺はともかく、七深の綺麗な顔に傷を付けたら大変だ。

 

「も~……仕方ないなぁ。広町がお兄さんを家まで介抱しましょう~」

 

「いらんから」

 

「でもそんな状態で家まで辿り着けます?」

 

七深の指摘は鋭くて正しい。この状態だと辿り着けないだろう。酔っていてもわかる。……なぜなら経験したことがあるからだ。

 

「……辿り着けなかったら野宿だな」

 

実際は野宿なんてものじゃない。ただアスファルトの上で死んだように眠るだけだ。

というかこれは失言だな。こんなこと言えば後の展開は見えている。

 

「……お兄さんを絶対家まで連れていきますから~」

 

七深の口調はいつも通りなんだが、どこか有無を言わせない圧力を感じてしまう。ああ、やっぱりこうなってたよ。

 

「わかったわかった……悪いけど頼むわ」

 

「はーい、任されました~」

 

こうなったら七深は引かないだろう。俺はそう思い、諦めて彼女を頼ることにした。情けない奴だ。

七深に肩を借りて、家路を歩む。街灯に照らされた道に二人だけ。身体が揺れて、それに合わせて視界がぐらぐらと揺れる。

 

「お兄さんのこんな姿初めてみたかも」

 

「まあ……未成年の前で酔っ払った姿を見せるのは教育上悪いだろ」

 

「広町に教育上悪いこといっぱいしてるのに~」

 

「………………」

 

七深の言う通りすぎてぐうの音も出ねえ。

 

「……ひょっとして後悔してる?」

 

俺がだんまりだったのを見て、七深は何か勘違いをしていた。不安そうなのが見て取れる。

 

「なわけない。後悔してることなんて何一つないよ」

 

「そっか~……よかったぁ」

 

安堵した表情を見せる七深に少し胸が痛む。それが顔に出ないように気をつける。嘘を吐いた。

 

「だってお前可愛いしなあ。後悔するわけがないだろ」

 

「えぇー、お兄さんったら~。も~、変態ですねぇ」

 

七深の困ったような、嬉しそうな表情を横目でちらりと見る。俺は苦笑した。色々な思いが混ざった笑いだった。彼女が嬉しそうならまあいい。

 

「あー、七深はなんでこんなところに? しかもこんな時間に」

 

出くわした時から気になっていたことだ。

七深は今日は用事があるといっていた。だから俺は思わず遭遇してしまわぬよう、七深の生活圏内と思われる場所を避けて飲んでいた。なのに結局は出会ってしまった。

 

「そのですね~……」

 

七深はちょっと言いにくそうにする。その反応で俺は身構えてしまう。何かあったのかと勘繰ってしまう。

 

「おまけを集めて色々回っていたら~……いつの間にかこんな時間に」

 

「あー……そう……」

 

恥ずかしそうに言う七深。それに対して俺は思わず脱力してしまった。

 

「あ、お兄さん、今『そんなくだらないことことか』なんて思いませんでした?」

 

俺の顔を見て七深は勘違いしたのかちょっとむっとして拗ねた。

 

「思ってないから」

 

「ほんとですか~?」

 

「本当だって」

 

「じゃあ、どう思ったんですか~?」

 

七深はまだ勘違いして疑っているようだった。

 

「どーしても言わなきゃだめか?」

 

「ダメです」

 

俺の言葉に頑としてそう返してきた。……言うのは問題ないが、恥ずかしい。しかし酔っ払った頭じゃ碌な言い訳も思いつかなかった。

 

「……七深に何も危ないことなくてよかったなって」

 

七深の顔がゆでだこのように赤くなった。なにかスイッチでも押してしまったのかと思ってしまうぐらい一瞬のことだった。

 

「……そのー……ここまで直球だと照れるなぁ~……あはは……」

 

「言わせたのお前だぞ……」

 

くっそ。余計に身体が熱くなった気がする。

 

「……で、こんな時間まで探した甲斐はあったのか?」

 

これ以上体温が上がらないように話を元に戻す。意を汲んでくれたのか、七深も食いついてくれた。いや目がなんだか輝いてるように見えるし、今日の成果を話したがってたのかもしれない。

七深は喜々として俺に話してくれた。俺ははっきり言って詳しくないから話についていけない部分も多々あった。そんな俺を見て七深はわかるように話してくれた。今日集めたのは珍しいものらしい。気が付けば雰囲気は元通りに戻っていた。

そうやって話している内に我が家が見えてくる。いつ見ても変わらずのボロアパートだ。

 

「……ありがとよ。ここまでで大丈夫だ」

 

支えられている俺は七深から離れようとする。まだ酔いは醒めていないが、ここまでくれば自分一人でも大丈夫だ。

 

「え」

 

なぜか彼女は驚く。

 

「家まで一緒に行きますよ?」

 

最初からその気だったと言わんばかりの口調。七深はやる気満々。

でも俺は困ってしまう。もう本当に大丈夫なんだが。

なによりもう11時近い。女子高生を一人で歩かせるにはちょっと不味い時間だ。根負けして彼女を頼った俺が悪いんだが。早く帰ったほうがいいに決まっている。

 

「いやもう着いたようなもんだろ」

 

「でも階段で足滑らすかもしれないですよ~?」

 

俺の部屋は2階建てアパートの2階にある。だから階段は昇らないと辿り着かない。確かにその可能性はないとは言い切れないが。

 

「そんなこと起きないだろ」

 

「お兄さん、まだ酔い、醒めてないですよね~。もしかしたら……っていうこともありえると思うんですけど~」

 

……それを言われると弱い。

 

「……いや時間も時間だし、もう家帰れよ」

 

「お兄さん酷い~。ここまで介抱した恩人に対してそんなこと言っちゃいます?」

 

「介抱してくれたのは感謝してる。でも家帰れ。もう遅いし」

 

「大丈夫ですよー」

 

なにが大丈夫なのか、問いただそうと口を開きかけて、七深の言葉に遮られる。

 

「だってお兄さんの家に泊まりますから~」

 

「は?」

 

七深は一体、今なんと言った? 俺の家に泊まるだって? 

俺は今きっと間抜けな顔を晒しているに違いない。

 

「いや家の人に連絡とか……」

 

「もうしてあります~」

 

いつの間に、と思った。少なくとも俺といる間、そんなことする素振りはなかった。本当のことなのか、と少し疑ってしまう。そんなこと思っていると七深はそれに、と言って、

 

「お兄さんの家に泊まったほうが安全だと思うんですよ~」

 

と最もらしいことを言い出した。確かに今から一人で帰らせるよりかはマシだ。夜が明けて朝帰れば安全だろう。合理的だ。しかも家にも連絡済みだと言う。

 

「……俺が襲うかもしれないぞ」

 

「それはウェルカムですよ?」

 

七深は嬉しそうにそう言ってのけた。むしろそれを期待しているようにも見えた。いや都合よく考えすぎか。

もちろんそんなつもりはない。しかし彼女は魅力的だ。彼女との行為をしないと口にしてもコロッと手を出してしまうかもしれない。しないという絶対の保証はできない。そんな自分に辟易する。

 

「…………わかったよ。泊まっていいから」

 

「やった~」

 

結局、俺は七深を家に泊まらせることにした。これまでも何回も家に連れ込んでるんだ。時間が夜か昼かの違いだ。とそんな風に割り切ることにした。

心底嬉しそうにする彼女に俺は苦笑い。

さて家に泊まることになったが困ったことが一つ。今思い出した。

 

「あ、うち寝具、ベッドしかないんだが」

 

「じゃあ広町と一緒に寝よ~?」

 

七深は頬を赤く染める。街灯に照らされてその顔がよく見える。闇夜の中で見えたその横顔が俺には眩しかった。

それでもいいけど、と俺は答えた。会話はそこまでで、あとは二人して黙り込んで部屋まで向かった。彼女に支えられて階段を昇る。

今はただ、夢見心地な感覚と彼女の温もりに浸っていたかった。ふらついた頭でそんなことを思った。

 

 




遅くなりましたが、バンドリプロジェクト6周年、おめでとうございます。
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