俺の名前は、トマスン・クルツ。元はコムガードのメック技術士官だった。だった、というのは、整備大隊本部付け技術将校として、整備隊におけるメックのメンテナンスやチューニングなどの現場主任のようなものを任されていた。しかし、今は訳あって、ノヴァキャット氏族のボンズマンとしてこき使われる毎日だ。
どうしてそうなったかなどと聞かないで欲しい、要するに、ノヴァキャットの連中が、俺達のいた野戦整備大隊本部に、本当にいきなりなだれ込んできた結果がこのザマなのだから。
そして、俺は連中の捕虜となることとなり、こんな野蛮人共にとっ捕まった以上、股ぐらから脳天まで串刺しにされても仕方ないと覚悟を決めていた。けれども、やつらは俺を殺そうとはせず、逆に、氏族のために働くなら、命を助けてやってもいいと言ってきた。
俺は、その話に一も二もなく飛びついた。ああ、そうさ。誇り高きメック戦士のお歴々とは違い、俺はただの技術屋だ。軍にいるのだって、いわゆる『わけあり』って奴だしな。まあ、なんて言うか。こういっちゃ悪いが、コムガードに対して貫き通さなけりゃならない義理なんてものは、あまりない。そんなもののために、見栄を張ってわざわざ殺されるつもりもない。
で、ボンズマンってなにかって?いい質問だな、まあ、平たく言えば、戦争奴隷のこったよ。
とりあえず、俺は機械いじりさえできれば、それで幸せという人間だ。確か、こういう俺のようなタイプの人間を、地球圏の古代言語で『オタク』とか言ったような気がする。まあ、そんなことはどうでもいいことだ。
まあ、なんやかんやとあったが、ノヴァキャット氏族における社会での、ボンズマンとしての生活もなかなか悪くないものだとは思う。もちろん、それで氏族連中のイメージが改められたわけではないし、万事が万事納得できているわけでもない。
そもそもからして、初めのころは、連中の価値観やら倫理観やら、聞きしに勝るそのデタラメぶりに、今までの常識というか価値観がAC20の直撃を受けたスティンガーのように粉々に吹っ飛んだ。
『トゥルーボーン』とか言う、金魚鉢の親玉のような水槽の中で生まれた連中がやたら幅をきかし、そうでない連中は『人っ腹生まれ』と言われ、妙に粗末な扱いを受けている。
中心領域の感覚からすりゃ、普通どんなに能力が高かろうがなんだろうが、人工物で生成された生命体は、クローン体とかそんな認識どまりだ。にもかかわらず、名の通った戦士階級の遺伝子で作り上げられたということで、ある意味、その戦士の再来として扱われているらしいが、だからといってそれで納得できるかと言うと微妙なもんだ。
親父はホームラン王だったのに、息子の方はバットどころか、箸にも棒にも引っかからないような奴はごまんといる。競走馬だって、牝馬牡馬共に血統的に申し分ナシなのに、ろくすっぽ勝てもしないまま食肉センター送りなんて話も、かわいそうとは思うけれど、これもまたよくある話だ。
おっと、これはあくまでもオフレコだ。間違っても誰にも言わないでほしい。それが、たとえ、お人形を抱っこしたお嬢ちゃんや、ポーリーとかいう変なオウムになりきって、往来を駆けずり回っているジャリ達でもだ。
やつらは骨の髄まで氏族そのものだ、まだ歯も生えそろわないうちから、氏族の何たるやを叩き込まれて育てられている連中だ。下手を打てば、冗談抜きで物理的に首が飛びかねない。氏族連中に対して、ブラッドネームとやらを持った戦士をコケにするということは、即、死を意味することと同義だからだ。
ともあれ、最初も言ったが、ここの暮らしも最初に思っていたよりそこそこ快適だ。ノヴァキャット氏族という連中が、他の氏族に比べれば割と温厚かつおおらかな気風を持っているというのが大きいが、俺の持っている技術や知識も、それなりに高く買ってもらえている、ということもあるかもしれない。
流石に、新型メックの設計・開発を、とか言われても『冗談ではない』としか言えないが、C整備から野戦応急処置は当たり前として、旧式メックの近代化改修や機体の延命処置なんかの施工は俺が一番得意にしているものだ。
俺が見て思うに、氏族人ほど物を無駄に扱わない連中はいない。メックひとつ取ってしても、中心領域だとどうしようもないポンコツ扱いされて、スクラップ工場か戦争博物館送りになるようなメックであっても、エンジンさえ動けばとにかくレストアして使おうとする。いや、動こうが動くまいが、メックの形をしていれば意地でもレストアを試みる。そうなると、もはや信念とかそういうものを突き抜けて、ある意味執念さえ感じる。
この連中なら、たとえ手に入れたものがマッキーだったとしても、こいつらは喜んで修理して実戦に参加させかねない。
オムニメックとか言う、攻守走そろった、それだけでもいい加減うんざりするような強さを持つ上に、手足や武器の交換がコンセントの差し替え並みに簡単と言う、ある意味反則技じみたメックがあるというのに、中心領域から捕獲したメック達も、彼らの技術を注ぎ込まれ、オリジナルとはまったく別物の強力な機体に作り変えちまうから怖い。しかし、そんなメックでも、ここじゃあくまでも二線級の戦力だっていうから恐れ入る。
と、まあそんなわけで、氏族連中にとって、メックのサルベージやレストア技術に長けた人材は一人でも欲しいとこらしい。そして、俺はこの頭の中に納まっている、単なるレストアだけでなく、それに加えてプラスアルファできる技能を持っていたって事で、それなりの扱いを受けられるというわけだ。
ああ、そうそう。
おしゃべりに夢中になっていて、つい忘れるところだった。今日は、明後日の戦いに備え、ノヴァキャットのシャーマンによる、神託の儀があるんだ。
今夜下される神託に備え、俺はボンズマン仲間と一緒に、工程表の確認や資材倉庫の在庫を確かめにカーゴを走らせた。今日のうちに準備を整えておかないと、明日になって大慌てすることになる。いや、大慌てするくらいならいいが、下手をすればとんだとばっちりを食らいかねない。いくらノヴァキャット氏族が、他の氏族連中に比べて変わり者、もとい気のいい連中とは言え、そこは腐っても氏族。殴る時は殴るし、蹴る時は蹴る。調子に乗り過ぎた悪ガキ共じゃあるまいし、この年になってからもわざわざ痛い目にあいたいとは思わない。
そのことは、ほかの仲間も重々承知しているらしく、メンテナンスハンガーの中は、さながら戦場で大破したメックを緊急修理するかのような大騒ぎになる。
なに?話が見えない?まあ、そう慌てないでくれ、明日になればすぐにわかる。俺があれこれ説明するよりも、実際にそれを見てもらったほうがいい。そっちの方がなんとなく楽しいだろ。もったいぶるな?まあ、そう言うなよ。
さっきも少し話したが、ノヴァキャット氏族はいまどき珍しいくらい、神という存在を熱狂的なまでに崇め奉る性質がある。いや、神というのは妥当ではないかもしれない。連中の崇める神というのは、氏族にまつわる守護獣というか、氏族流に言えばトーテムとか言うらしいが、アミニズムテイスト大炸裂のなんともカルトな性格を持っている。
そして、そのノヴァキャットってのは、ノヴァキャット氏族が本拠地としている、惑星ダグダに棲息する哺乳類型生物で、見た目は真っ黒な豹なんだかライオンなんだか良くわからない生き物で、猫か?と言われれば、まあ、猫だ。
それはともかく、ノヴァキャット氏族の連中によれば、ノヴァキャットは未来を視ることができる霊獣めいた存在であるとか、なんとかかんとか。そして、それを崇め奉ることで、あのとてつもなく怪しい猫の力を授かろうとしているフシが見受けられる。
それで、幻覚もとい予言視(ヴィジョン)を視た上で、その意味を読み取り神託とする狂人もとい神官が視法師と言われており、軍民問わず重要な存在、ということになるそうな。
とは言っても、俺のいたコムスターでも、
『技術は至宝』
とか言う、平たく言えば、
『この荒んだ世界では、科学技術こそが一番尊いものなのです。だから、みんなで科学を信奉し敬いましょう。科学技術によって守護されている私達は、この世でもっとも恵まれ愛された、幸福な民なのです』
などと言う、それこそ肩に耳がくっつきそうなくらい首を傾げたくなるような教義を本気で信仰しているから、まあ、あまり人のことは言えない。もっとも、そんなことを態度にでもだそうものなら、退職金が爆弾かレーザービームになったりするから、それこそ言えた義理なんかじゃないってのは、良くわかってるつもりだ。
だいたい、科学や信仰で腹がふくれるなら世話はない。きょうび、腹いっぱい食えて、着るもの寝る場所に困らないという商売は、軍隊以外しかない。それらなら、五大王家各軍よりも、装備や待遇で恵まれて、なによりむやみやたらにドンパチやらかさないコムガードが一番だと思ったのだが、まさか、氏族とか言う訳のわからん連中と正面切って戦うことになるとは、あの時はさすがに思ってもみなかった。
とりあえず、俺の益体もない感想はともかく、お互い、信仰心が篤いということは、それはそれで結構なことだと思う。
それはともかく、神託の儀で視法師の口から介されて伝えられる啓示は、どんな法律よりも強力な力を持っている。そう、神託がカラスは白いのだと言えば、カラスはあくまでも白い鳥であり、チョコレートバーをシチューに入れて食えと言えば、その通りにしなければならない。まあ、もっともそんなバカな神託が下ることはないが、それでも、まったく無いと言い切れないところが怖い。
さて、今夜はいったいどんな御神託が下るのやら。
ベースボールと、フットボールと、そしてサッカーが同時にできて、それでもまだスペースが余るくらいに広い祭禮場では、その中央に楼閣とも見まごうばかりのやぐらが組まれている。しかもそれが惜しげもなく火を放たれて、凄まじい火炎を巻き上げながら、辺り一面を真昼のように照らし出している。
そして、火炎の塔を取り囲むかのように、数機のメックがそれを囲み、まるで人間さながらの動きで、一心不乱に踊り狂っている。
メックが踊る。踊る。踊る。
両舷のマニュピレーターを交互に激しく振り上げ、中腰の姿勢でやや内股気味になったランディングレッグは、腰の動きと連動して、妙にコケティッシュな動きを繰り出している。その滑らかな動作は、自慢じゃないが俺のチームの仕事がかなり貢献した。
新型・旧型問わず、メックのチューニングでまず手をつけるのは足回りや機体の反応速度、つまりは駆動系が定番だ。パワーユニットや武装の強化ってのも、まあそれはそれでありだが、熟練搭乗員ほど、まずは機体を思い通りにストレスなく動かすことから求める。出力や武装の強化は、その後からついてくるおまけみたいなもんだ。
となれば、氏族製のメックってやつは、オムニ、あるいは俺達がⅡCと呼ぶバリアント・タイプ問わず、大体が攻守走そろったバケモン揃いだ。これでさらに駆動系の稼働効率が上がると来れば、『エンジンそのままで、スピード・燃費30パーセントアップ!!』とか言う、モーターショップのチューニング広告みたいなコピーが、誇張なしにぴったりはまる。
というわけで、整備隊ごとボンズマンになった俺達の班は、いわゆる『入社試験』とばかりに、気合を入れてクラスターに所属するメック全機にこれらの改修を施した。
ちなみに、クラスターってのは、中心領域の基準で言えば大隊に相当する。30機以上ものメックすべてに、チューンとオーバーホールをして見せた訳だが、確かに手間暇かかるわ、睡眠不足で天井に小人の行列が見えるわと散々な目にもあったが、おかげでそれなりのお釣りも返ってきた。
骨身を惜しまずクラスターのために貢献したということで、俺達の班は身分のわりに評価も上がり、なおかつ俺の手首にまかれているボンズコードは、『忠誠』・『知略』・『闘魂』の三本のうち、『忠誠』のコードが切られている。
俺は別に戦士志望じゃないんだが、俺のマスター、早い話が俺を捕虜にした張本人。氏族流にいえばボンズホルダーって言うんだが、とにかく、彼は他の連中が2本のコードなのに、俺には3本も巻きつけて下さりやがった訳だ。
さっきも話したと思うが、俺がツカイードで捕虜になる原因となった、氏族軍の奇襲。というか、あれは多分強行偵察か何かだったのだろうとは思うが。あの時は、まったく突然に襲撃され、野戦ハンガーやトレーラーに積み込んだままのメック、そしてメックから降りていたパイロットがかなりお陀仏にされた。
その時、俺は無我夢中で手近にあった無傷のブラックナイトに飛び乗り、性能に物を言わせて軽量級を3機ほど叩き潰してやったまでは良かったが、最後に残っていたマッドキャット、ここじゃティンバーウルフって言うそうだが、とにかくそいつに足を蹴り折られた。
氏族は格闘戦がド下手クソと聞いていたから、ロングブレード・ハチェットで飛びかかっていった訳なんだが、3機も潰したことで調子に乗っていたせいもあって不覚を取ることになり、そのままティンバーのパイロットに捕虜にされた。
そのティンバーのパイロットが、件のマスターって訳なんだが。何事にも必ず例外と言うものがあるということと、技術屋にメック戦士の真似事は無理だと言う事を思い知らせてくれた。
それでも、マスターが言うには、氏族においては、メック戦闘で相手を撃破すれば、メック戦士としての資格が認められるのだという。マスターは、最初俺がメック戦士などではなく、技術士官であったことに驚きを隠そうとしなかった。軽量級とは言え、歴戦のメック戦士が乗ったメック3機を、戦士でもない技術者が撃破したということは、それだけで十分驚きと賞賛に値する、ってことなんだそうだ。
とは言え、オリジナルまんまとはいかないが、それにかなり近いバージョンのブラックナイトの性能に助けられた、ってのが本当のとこだ。それに、悪質な運命の悪戯としか言えないが、氏族軍の整備兵として仕事で直に関わるようになった後からわかったことだが、氏族連中のメック、軽量級とは言えとんでもない火力を持った代物であったわけで、こんなのを相手にしてよくもまあ無事でいられたものだとゾッとした。
まあ、ちとばかし昔話が過ぎたみたいだな。ともかく、そういったややこしい事情があるわけなんだが、とりあえずノヴァキャットに対する忠誠心は問題なし、と認められたってことさね。
それはそうとして、メックが機体をくねらせ、両手を交互に振り上げながら一心不乱に踊り狂っているさまは、かなり面妖というか愉快というか、どうにもえもいわれぬ気分になる。
何かが違う、俺はメックにモンキーダンスをさせるために、あの時自律神経をブッ壊す一歩手前まで連勤したわけじゃないんだけどな。まあ、いいさ。俺は、言われた仕事をきちんとするだけさ。そうすりゃ、明日も無事に、何事もなく、朝飯を食うことができるんだ。
味がわかるかどうかは別にして
クラスター総員をあげての奉納の儀も終わり、いよいよ神託が下される時がやってきた。ノヴァキャット氏族の組織構造の根幹を象徴する、神託の聖場。神殿というには小さいが、祠というには少し大きい。と言った具合に、時代を感じさせる古めかしい建物が、見上げるような高台の上にその姿を見せている。
そして、そこから見おろすような形となる広場には、ノヴァキャットの戦士達と、その外周を城壁のように取り囲むメック達が、敬虔な使徒のごとく、整然と、そして厳かに参列し、耳鳴りのしそうな静寂が周囲を包む。
そして、視法師付きの戦士が高台から見下ろす位置に立ち、その鋭い眼光で周囲を睥睨する。そして、彼は腰に差した刀を引き抜くと、それを天に掲げるように振り上げ、高らかに宣言した。
「御神託である!」
周囲の静寂を切り裂くように、堂々たる声が空気を振動させる。その瞬間、目には見えない緊張感がその場を凍結させ、さっきまでのバカ騒ぎもとい狂乱が嘘のように空気が張り詰める。そして、俺たちボンズマン達が控えさせられている場所にも、身を打つような緊迫した空気が駆け抜けた。そして、いよいよ、ノヴァキャットの視法師がその姿を現した。
痛い、いつ見ても、あの格好だけは反則だ。
俺は、3日ぶりに姿を現したシャーマンの姿に、心の中で深いため息をつく。ローブというには、どこかひらひらとしたフリルを思わせるような衣に、これまたなぜか、エプロンを思わせる飾り布。グローブのような手袋に、妙にモコモコしたブーツ。そして、頭には、どこか猫の耳を思わせるような、これもまた、やはり白い帽子。そして、極めつけは、腰の後ろでゆらゆらと揺れている、猫の尻尾のような装飾具。
それだけでもめまいがしそうな出で立ちであるのに、これがまた俺のお袋様とそう変わらない年格好の、50過ぎたオバチャンだから、めまいを通り越して気が狂いそうになる。
テックの中で最も古株で、俺達が『おやっさん』と呼ぶ氏族人の整備部隊長の話だと、若い頃はたいそう美人、というか愛らしい系の女性だったらしい。そして、あの装束は昔から変わっていないらしい。だが、人には年齢に応じた服装があるはずだ。
もし、俺のお袋様があんな格好で公衆の面前に出ようものなら、俺は役所に住民票手続きをした上で、よその衛星都市に引っ越す。
「皆の衆、神託を伝えるだぎゃ!」
さあきた、今度は何を言い出すつもりだ?メック戦士達のヘルメット全員分に、猫耳カチューシャを取り付けることか?確か、トーテムの姿を身にまとえ、ってことだったが、それは先月だったな。なら、一週間、部隊の糧食はすべてキャットフードか?トーテムの力の源をその身に受けよってことだったが、あれは先週の話だ。おかげで、今でもまだ添加栄養成分のおかげで、髪がつやつや言って仕方ない。
だいたい、ノヴァキャットってのは、首筋にヤマアラシのような毒針を何本も生やした、かなり剣呑なナリをしている奴だ。そんなのが、飼い猫じゃあるまいし猫缶なんぞ食うわけあるまいに。
どうにもこうにも、視法師ってのは、その過酷な精神修行のため、本当に思考回路がショートして、文字通り電波障害を引き起こす奴もいると聞いたが、あのオバチャンもその口なんだろうか。
だいたい、彼女の神託は、ここ最近実効性に欠ける意味のないものが多い。可哀想と言うか、本当に頭が可哀想なことになっているんだろう。まあ、言っちゃ悪いが、もうそんなに長くは持たないかもわからんね。
それはそうと、件の元美少女視法師が、自分の見た幻覚、と言うか予言視を高らかに叫んでいる・・・が。
「未来は導き啓かれただぎゃあ!『汝、メックを桃色に染め、力の証たる角を戴くべし。さればこそ、常勝の加護あらん!そは三倍の速さと、三倍の力をもって、三倍の敵に打ち勝つであろう』と!大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを!」
『大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを!』
ピンク!?メックを!?・・・これまた、なかなかいいカンジにガンギマっておりますわな。
その予想すらしなかった言葉に、俺はあの視法師の精神崩壊を今こそ確信した。今までにも、戦いに備えてメックの色を塗り変えろといった神託は、過去にも何度かあった。それでも、白一色とか、真っ黒にするとか、あるいは、祭禮的な紋様を機体に施せとか、だいたいそんな感じのものだった。
だが、しかし、ピンクとは一体何事か。戦場のど真ん中で、そんなバカなナリをしていたら、悪目立ちする上に遠距離射撃のいい的になる。
『今日のラッキーカラーはピンク』
とはいっても、ものには限度ってのがある。
なに?別にお前が乗って戦うわけじゃないからいいだろうって?おいおい、バカ言ってんじゃないぞ。これで連中がボロ負けした日には、
『おみゃー達が、心を込めて塗らんかったから、こういうことになったんだぎゃあ!』
と、俺たち哀れなボンズマン及びテックは、言いがかりじみた叱責を受けて、どんな懲罰を食らうかもわかったもんじゃない。
ちなみに、氏族のカーストでは、技術者階級は、戦士、科学者、技術者、商人、労働者、5段階評価の3番目。だがしかし、ひとつ付け加えれば、ボンズマンはそのどこにも属していない。早い話が列外階級だ、となれば、責任はみんな俺達に殺到してくる。
そうなれば、結果は火を見るより明らかだし、俺たちがどんな目にあわされるかは、想像する必要さえない。
本当に、勘弁してくれ。
話によると、俺達のいる部隊が退治しにいくのは、海賊まがいのはぐれ者連中だそうだ。はぐれ者とは言っても、元軍人の脱柵者なんて当たり前、ものによっちゃ、部隊ごと海賊にジョブチェンジしたような連中も珍しくはない。そんな、ある意味正規軍並みの装備を持っているクセに、行動原理は無駄にプリミティブ。という、本当にどうしようもない連中だ。
とはいえど、ゲリラに毛の生えたような連中ごときにうちのメック戦士たちがどうこうされるとは思わないが、問題はあの宣伝広告塔もかくやという機体のカラーリングだ。あれはどう見ても、アンブッシュに向いているとは思えない。
しかし、今さらどうこう言っても始まらない。ピンクに塗れと言うならそうするしかない。俺達は、昨日までに在庫整理し直しておいた倉庫に整備隊総出で出向くと、これでもかというくらい詰め込まれているペンキの缶を、その荷台に積めるだけ積むという作業を何度も繰り返す。そして、整備隊資料庫から、百科事典並みに分厚い、それこそ枕にも使えそうなカラーチャート表をひっぱりだしてきた。
ただ何も考えずにピンクに塗ればいいってもんじゃない。光沢か、半光沢か、つや消か。それだけじゃない、明度、彩度、ソリッドにするか、それとも蛍光か、メタリックか、はてまたパールか。およそ、軍用機に施すとは思えないような色味を、実戦部隊、整備部隊、その他関係各所の責任者が、それこそ真剣になってどれがより神託の趣旨により合致するものであるか、ということをピンクのカラーチャートサンプルを片手に、真剣な表情で激論の応酬をしているもんだから、その様子は見ていておかしいを通り越して、こっちの頭がおかしくなりそうだ。
それはさておき、他の班の連中は、フォークリフトを使って、次々とコンテナを搬入している。っていうか、ベンチレーターも十分に作動していないうちから、ハンガーの中で缶を開けたバカは誰だ。揮発した溶剤の匂いで息が詰まりそうだ。
整備隊は、班をふたつに分けて、取り外した外装にリペイントを施す班と、機体整備を行う班とに分けて作業を行うことにした。だってそうだろう、とにかく見かけがまともじゃないなら、それをカバーして余るくらいに機体のポテンシャルを上げるしかない。
そして、俺は機体整備の班の担当を受け持ち、およそ考えられる限りの、ありとあらゆる箇所の総点検を行い、機体のすみずみまでメンテナンスの手を入れた。早い話が、予定にない緊急のC整備だ。とにかくばらせる箇所はすべてばらし、少しでも怪しいと思ったり、精度があやふやと思った部品は容赦なく交換した。
もともとそういった作業は、月間の予定表の中に組み込んで、余裕を持って行うのが常識だが、そんな理屈が通用する状況じゃない。とにかく、整備隊はこれから再び中心領域勢力相手に戦争をおっぱじめるかのような騒ぎでフル稼働し、特に、俺を含む、ボンズマンの技術者達は、それこそ気力と体力を総動員して整備にあたった。
そして、作業の手が空いたものから順に、ウェスとコンパウンドを持って表面仕上げの手伝いに走っていく。お願いだからどうか笑わないで欲しい、こう見えても俺達は必死なんだ。
ともあれ、そういった努力が実を結び、部隊の全てのメックは、艶っつやに光り輝くキャンディピンクに仕上げられたのみならず、新品同様の機体精度を与えられた、いろんな意味でスペシャルバージョンといっても差し支えないものになった。
ああ、そうとも。もう俺たちの知識と技術でできることは、全部やりつくした。これで駄目だってんなら、その時はどんな罰でも受けてやるとも。いや、そうならないことに越したことはないけど。
そして、いよいよと言うか、とうとう出撃の日を向かえてしまった。部隊の居残り組に見送られて、戦場に向かうドロップシップに積み込まれていくピンク色の巨人達を、俺や他のボンズマン達は、祈るような気持ちでその姿を見守っていた。
お願いだから、あの半分だけでもいいから、なんとか帰ってきてください、と。
頭が痛い、飲みすぎた。いや、飲まされたといったほうがいいか。
凱旋の宴で、俺たちの部隊は盛大な、なんて陳腐な表現じゃ表せないほどのどんちゃん騒ぎになった。神託の的中とかで、もともと神がかった性質を持っているノヴァキャットの連中は、圧倒的な勝利に文字通り狂喜乱舞した。
そう、圧倒的に勝利したのだ。
良くてイーブン、下手を打てば全滅を覚悟していた俺は、身辺整理も完全に済ませて来るべき裁決を待っていた。しかし、いざふたを開けてみれば、味方の損害ゼロ。それどころか、今回の作戦で遭遇した海賊共すべてを完全に殲滅したそうだ。
出撃したメックはすべて帰還し、小破したメックまで捕獲して帰ってくるという、絵に描いたような大勝利。俺のボンズマスターが言うには、最低限の維持管理しかされていなかったゲリラのメックに対して、フルスペックを引き出して暴れまくったクランメック達の前に、海賊連中はいいように翻弄され、容赦なく一方的に撃破されていったそうだ。
いやいやいや、ちょっとまて。
それって別に、機体の色がどうとかあまり関係がないんじゃないのか?俺は、ガンガン痛む頭を抱えながら、ベッドの上で頭を抱えた。
結局、ろくな整備や補給もなく、いい加減ガタが来始めていたポンコツメック相手に、完全メンテナンスを施し、さらにフルチューンまでしたメックが、その圧倒的な性能差で勝利したことになる。つまり、メックをピンクにしようが、まっ黄色にしようが、まったく関係ないことではないか。
いや、待てよ。
俺は、はたとあることに気づいて腕を解いた。
もしかしたら、あの神託は、そうなるように組み立てられたものではないのか。そう、つまり、非常識な機体色を提示し、それによって、整備班員の不安をあおって機体のコンディションを完璧なものにするための。
ただ、聞いたところによると、色味も全く関係ないわけではなかったらしい。基地のエプロンから連行されていく捕虜連中を見かける機会があったが、沈痛な面持ちで歩くやつがいて、まあ、これはわかる。しかし、その中の何人かは、
“ふざけんな、あんなのありか”
とか
“このカルト共”
とか、口々に好き勝手喚いていた。
連中に食事を運んでやったボンズマン仲間の言うことには、連中、ピンクで統一されたメックの集団を見て、なんか得体の知れない何かが来たと思ったそうな。そして、そこは氏族。ただでさえ中心領域の常識が通用しない所に、あんな正気を疑うナリのまま、獰猛に襲い掛かってきたのだから、怪しいことこの上ない人喰い部隊かなんかと思ったとかなんとか。
まあ、気持ちはわかるし、そう思っても無理はない。連中の驚きと衝撃に比べたら、俺たちの苦労なんてまだ事情を知っている分まだかわいい方だ。そして、あのオバチャンも、視法師としての面目を十二分に躍如させたと言っていい。
言ってることは訳わかんないけど、突き詰めて考えれば、ちゃんと意味がある。
ここにきて最初のころ、そうボンズマスターが俺に言って聞かせたことがある。ならば、あのトチ狂った神託も、その中にそういった意味が隠されていたのかもしれない。
ああもう、なにがなにやら。
あれこれと止め処もなくあふれ出してくる思考に、俺はさらに悪酔いの頭痛が悪化してくるのを感じて、思わずうめき声を上げた。もういい、とにかく、結果はすべてオーライだったのだ。何も心配することなどない、また明日も変わりなく朝飯を食いにいける。
それと、戦勝祝いとして配られた、ノヴァキャット名物ウイロープディングは、明日食うことにしよう。どうせ、今食っても味なんてわからない。
今日は、もう寝よう。