いやぁ、それにしてもよく燃えてるなぁ。
よう、こんな時間に、お前も火事場見物かい?まったく物好きな奴だな。俺?俺は非常呼集で夜間出動さ。それにしても、本当に景気良く燃えているとしか言いようがない。
『クルツ!給水を頼む!!』
おっと、出番だ。
「こっちはOKだ!ポンプ開いてくれ!!」
タンク口に差し込んだジェットホースから、勢い良く消火剤が流れ込む音が夜の空気に響き渡る。さてさて、急がないと冗談抜きで駐在官宿舎が丸焼けになっちまうぞ。
「給水完了!いつでも行けます!」
『わかった!!』
タンクに消火剤を満載したファイアースターターが、軽量級らしい俊敏さで再び現場へと駆け戻っていく。頑張ってくれよぉ、滅多に無い晴れ舞台なんだから。それにしても、あのメックにああいう使い方がほんとにできるとはね。俺も、半分可能性に賭けて言ってみたんだが、まさかそれが大当たりするとは思わなかった。
「どうですか、状況の方は?」
「はい!今の所、消火活動は順調です!」
イオ司令も、こんな時間にご苦労様なことだ。二線級とは言え、いやしくも部隊の最高司令官が自ら陣頭に立って、本来消防隊に任せておけばいいような仕事の指揮を取っている。まあ、そこが彼女の偉いところだ。
「やはり、消防隊の方も、妨害工作を受けていたようです。消防車両に対して、サボタージュが仕掛けられていたと報告がありましたよ」
「ずいぶん周到ですね、その割には、実行犯はあっさり捕まったと聞きましたが・・・・・・」
「詰めの甘さは仕方ありませんね、所詮はアマチュアの仕事ですから」
「それにしても困った話ですね、未だに私達とドラコの同盟に反対を叫んでいる連中がいるというのも」
「まあ、彼らはそれが生きる楽しみのようなものですからね」
いやはや、さすがに、スターコーネルともなると達観してらっしゃる。宿舎の近くに俺達の駐屯地があったことは、過激派ゲリラにしてみりゃ不運だったって訳だ。実際、連中があっという間にとっ捕まったのも、イオ司令の迅速な初動配置の効果が大きかった。
「………それにしても、あれはいつ思い出してもおかしかったですねぇ」
火災現場に向かって、盛大に消火剤を振り掛けているファイアースターターの姿に、イオ司令は愉快そうな表情を浮かべる。
そうなんだ、消防車のかわりに、メックキャリアーから降り立ったファイアースターターの姿を見た、火事場から焼け出されたドラコ連合駐在官達の表情は、それこそローカストに出くわした偵察兵のような顔をしていた。
「ですが、さすがにクルツ君です。とっさの機転は、いつもながら素晴らしいですよ。褒賞の方も検討しておかないといけませんね」
「ありがとうございます、そのお言葉だけで、これ以上ない光栄です」
いやはや、なんとも嬉しいお言葉だ。彼女にそう言ってもらえただけで、もう十分過ぎるご褒美だよ。とはいえ、テロの標的はうちも含まれている訳で、以前から防災装備の一環で起案していた装備換装だったが、早い内から試作や準備を終わらしといて本当に良かった。
「あ、もう、だいぶ火も収まったようですね」
イオ司令の言葉に振り向くと、さっきまであんなに派手に燃えていた駐在官宿舎は、半分ほど焼け落ちたものの鎮火は時間の問題、って具合まで消火されていた。
「では、私は指揮本部に戻ります。被害確認の方も気になりますから」
「はい!お疲れ様でした!」
「ええ、では、また後ほど」
司令も、本当にいい人だ。トゥルーボーンのはずなのに、俺たちフリーボーンやボンズマンを、全然粗末に扱わないし。
「なーんだ、もう終わりかみゃあ」
司令と入れ違いに、周辺警備にあたっていたディオーネが、自動小銃をぶら下げてトコトコと近寄ってきた。
「しっかしまー、たいがいけーきよく燃えとっただぎゃ。なんちゅーか、あれ見とったら、みんなで踊りたくなって仕方なかっただぎゃ~」
ははは、それは確かに楽しそうだが、やったが最後、駐在官達が暴徒と化すぞ。
「さ~て、そいじゃ、後片付けして帰るかみゃあ」
なんとも、気楽なもんですな。
「………ツさん」
ん?誰か呼んだかな?
「………クルツさん」
って、この声は………。
文字通り、蚊の鳴くような声に振り向くと、そこには、所々すすけたドラコ・ジャパニーズ風の白い寝巻き一丁の、それこそ着の身着のままで焼け出されました。といった状況説明全開の女性が、一本の刀を抱きしめるように抱えながら、がっくり肩を落として立っていた。
「ぐ、軍曹!?ど、どうしてここに!?」
その、思いもしなかった意外な人物に、つい声がうわずってしまった。けど、ルシエンにいるはずの彼女が、なんでここに?
「………おうち、燃えちゃいました」
「え?」
「燃えちゃいました、おうち」
完全に消耗しきった、つぶやくような声と共に、彼女は、くすぶり続けている駐在官宿舎を力なく指差した。
「ま、まさか………?」
「…………………はい」
あまりといえばあんまりな事態に、俺は、それこそかける言葉も見つからなかった。
「ぶわはははははははははっっ!!」
突然、遠慮の無い馬鹿笑いが夜風に響いたと思ったら、ディオーネが腹を抱えて大爆笑していた。
「うはははははっ!さっすがボカチン!番組っちゅーもんをよーわかっとるだぎゃ!イヒヒヒヒヒヒッ!は、腹痛ぇだぎゃ!ふ、腹筋つりそーだぎゃ!」
お、おい、いくらなんでもそりゃまずいだろ!
「ウッシャッシャッシャッシャ!!こ、これで、あと10年は笑えるだぎゃあ!だはははははははっ!!」
あ、あのな、人間たるもの、もう少し思いやりの精神ってものをだね。
「………な」
って、お?これはちとばかしヤバそうだぞ。
「………なにが」
まずい。これは、抜刀5秒前。って奴ですか?
「なぁああにがおかしいんですかああああぁぁっっ!?」
「うぉっち!危ねぇ!?」
「殿中でござる!殿中でござる!!」
前後を考えれば仕方ないとはいえ、乱心して抜刀した彼女を何とかなだめ、何とか流をつけてディオーネを追っ払う。取り敢えず、ここにいさせてもロクなことがない。
そして、ぼつぼつ入ってくる事情を聞けばまあ、なんとも気の毒な話だ。過激派ゲリラが使用した爆発物、それは建物を破壊するよりも、焼き払うことに重点を置いた焼夷爆弾だったそうだ。そして、それは彼らの目論見どおり、ドラコ連合イレース駐在官宿舎に効果的なダメージを与えることに成功した。もちろん、ハナヱ・ボカチンスキー軍曹改め、准尉のイレースにおける全財産にも。
准尉だけじゃない、駐屯基地のロビーには、彼女同様、着の身着のままで焼け出され、途方にくれている駐在官達が、虚ろな表情で振舞われたコーヒーをすすっている。
「被害甚大だな」
その様子を、実にいたたまれなさそうなで見渡したアストラが、ぽつりとつぶやく。
「けどもが、人死にが出んかったたけよかっただぎゃ。准尉も、着任そーそー災難だったけどもが、うちの司令も最大限のサポートをするっちゅうとるし、元気だすだぎゃ」
「マスターの言うとおりですよ、とにかく、ハナヱさんが無事で本当によかったですよ」
あれだけ盛大な火事でありながら、信じられないことに犠牲者はゼロ。怪我人と言えば、避難の途中で階段から転げ落ち、足をくじいた奴が一人と、柱の角に足の小指をぶつけた奴が一人という、実に奇跡的な結果だった。
まあ、実際のところ、駐在官の数がまだ完全には揃っておらず、宿舎の方も空き部屋がかなりあったらしい。ゲリラの焼夷爆弾は、その人がほとんどいない空き部屋の集中する区画を焼き落としたって訳だ。そして、我らがボカチンスキー准尉の部屋は、その区画の中にあったため、延焼を免れることができなかった。と言う訳だ。
「お姉ちゃん!コーヒーのおかわり、いるかのぅ?」
「………え?あ、ありがとう。ええと………?」
「リオじゃ!よろしゅう!」
居残りを命じられたリオは、まるで待ち構えていたかのように、大振りの魔法瓶を手に、ロビーで意気消沈している駐在官達にコーヒーを配って歩いていたが、一通り配り終えてきたらしく、ようやく俺達のところへ戻ってきた。
別に、誰からやれと言われた訳でもないのに、自分からすすんでコーヒーを用意し、配り歩いてる。さすがに、整備班生活で鍛えた手際発揮ってところか。まあ、こういう骨惜しみしない性格だから、整備班だけでなく、クラスターの連中にも可愛がってもらえるんだけどな。
「リオ、お疲れさん。もうこの辺でいいから、お前はもう居室に帰って寝てろ。明日出勤猶予がでるとは限らないんだからな」
「じゃ、じゃけん、うちひとりのんびり寝てるなんて、ちょっと悪いわい」
「休める時に休むのも、大事な仕事だと教えたろ?今日は手伝ってくれて、ほんとにありがとな。後のことは俺にまかせて、ゆっくり休むんだぞ?」
「う……うん、わかったけん。ほいじゃ、みんな、おつかれさまです!」
「おー、ごくろうさん」
「疲れただろう、ゆっくり休むといい」
「寝る前にきちんと歯ぁ磨いてトイレにいくでよ、また世界地図じゃカッコつかねーだでな」
「わ、わかった、おやすみ!」
遠慮がちに挨拶を済ませると、リオは尻尾を揺らしながら居室へと帰って行った。なんだ、もう日付が変わってるじゃないか。いくらなんでも、子供をこんな時間まで起こしておくのは問題だからな。
「………という訳だ。昨日の放火テロで、このメックの機能が十分応用を利かせられることがわかった。どうだろう、タンクの規格を改良し、もっと迅速に換装できるようにならないだろうか?あの一件、我々も無関係とは言えない。いつ何時、この基地が同じようなテロにあわんとも限らん。その備えとしても有効と思うが、どうか?問是」
翌朝、さっそく整備班詰め所を訪ねてきた顔馴染みのメック戦士と、昨晩の件について情報交換を行う。司令からの褒賞の内示が、普段日の目を見ることが無かった機体搭乗員だった彼に、新たな意義と士気の向上をもたらしたのは何とも重畳ではある。
「是。そうですね、そうおっしゃられるなら、すぐにでも改修案をまとめます」
「うむ、よろしく頼む。破壊を司るメックが、人命を救うこともできる。実に素晴らしい経験だった。期待している、クルツ」
「わかりました、お任せください」
よう、おはようさん。昨日は大変だったな。駐在官の連中は、あのあとクラスターが用意した空き部屋に泊まることになったよ。なんでも、火事にあった宿舎は、もう取り壊して一から建て直さないとお話にならない状態だってんで、新しい宿のアテが無い奴は、しばらくの間うちに下宿することになるって話だ。
まあ、それは上が決めたことだから、俺にはあまり関係の無い話なんだが。いいのかね、本当に。確かに、ドラコ連合は、氏族社会と似たような精神構造を持っている。たとえば、ハタシアイ、アダウチ、ハラキリ、などなど。こいつらはそれぞれ不服の神判、拒絶の神判、ボンズレフに相当し、特にハラキリ、セップクとも言うらしいが、これなどは、さしもの氏族人ですら本気でビビるほどの、奇妙かつ物騒な習慣がある。
けれども、いくら似てるとはいえ、あくまでもその根本的な差異は存在している。完全に似通っているわけじゃないし、その溝を埋めるなんて、一朝一夕じゃ至難の業だ。さてさて、どうなりますことやら。
まあ、俺が気をもむことじゃないけどな。
おや、ありゃ整備班から都合した兵員輸送車じゃないか。駐在官達は、もうお仕事は終わりなのか?
とは言え、そう言うのは少し不親切ってもんだ。昨日の惨状を見ればわかるとおり、個人の私物から官給品にいたるまで、全部灰になっちまったのは、なにも准尉に限った話じゃない。失った装備資機材の再補充があるまでは、まともな業務なんてできっこない。
ははは、ジャンプスーツ姿も良く似合ってるじゃないか。徽章も何もついていない下ろしたての新品だから、まるでどっかのマニアか初年兵みたいだよ。って、おお、ボカチンスキー准尉もいるよ。しかし、大事そうに掲げ持っている、あの紫色の袋に包んだ刀、よっぽど大事なものなんだな。
「おかえり!ハナヱ姉ちゃん!」
彼女の姿を見つけたリオが、さっそくすっとんでいって彼女を出迎えた。まあ、リオにしてみれば、食い物をくれる奴はみんな良い奴。という図式がある。今朝の食事時、俺ら技術者階級達の貧相な朝飯に眉をひそめていた彼女は、自分の朝食の半分をリオに分けていた。准尉にしても、昨晩夜遅くまで、消沈しきった人々に暖かいコーヒーを配り、元気付けようと奮闘していたリオの健気さに、心を打たれるものがあったらしい。
まあ、なんにせよ、可愛がってくれるんなら、それは大歓迎さ。
「ただいま、リオちゃん。はい、これ、おみやげ」
「やった!おおきに!ハナヱ姉ちゃん!!」
あれれ、こりゃまた、わざわざ申し訳ない事を………。
「クルツ!ハナヱ姉ちゃんから、チョコもろうた!!見たこと無い袋じゃ!これって、ドラコのお菓子かのう!?」
「ははは、いいものもらったな。でも、まだ仕事中だから、食べるのは宿舎に帰ってからにしろよ。溶けるとまずいから、冷蔵庫にいれときな。他の連中に間違って食われんよう、ちゃんと札つけとくのも忘れるなよ」
「うん!わかった!!」
そう言うと、リオはまたもや弾丸のように駆け出していった。まったく、いつもながら回転数の余った奴だ。
「や、どうも。お疲れ様です」
「あ、は、はいっ。クルツさんも」
いやぁ、いいねぇ、ジャンプスーツ姿も。美人は何着ても似合うってのは本当だな。
「それにしても、軍そ………いや、准尉がイレースに来ていたとは知りませんでしたよ。でも、着任早々大変なことになりましたね。私も、できる限り力になりますよ」
「そ、そうですね。本当は、いきなり面会に来て、ちょっとびっくりさせてみようかなって、そう思ってたんですけど」
ええ、十分びっくりしましたとも。あの再会は、これ以上ないくらい衝撃的でした。
「ルシエンであった時は、確か軍曹だったのに、もう二階級も昇進したんですね。知らなかったとは言え、何もお祝いできないですみません」
「えっ!?あ、い、いえっ!気になさらないでください!その、何度かメールでお知らせしようと思ったんですけど、まだ、イレースには十分な通信網整備が整ってないみたいで。何度送ってもエラーが出ていたものですから………」
エラー?はて、イレースとルシエン間の通信網は、まがりなりにも同盟同士の主要星系ってことで、まっさきにインフラ整備がされたはずなんだが?やはり、規格が違うのを急いで統一させようとなると、どっかしら無理が出るんかね。
「いよー、ボカチン。半ドンとはいいご身分だぎゃ」
お、ディオーネ。ハハハ、案外、彼女がもみ消してたりしてな。ま、んな訳ないか。
「仕方ないでしょう、昨日の今日なんです。被害確認と、今後の方策の通達だけで手一杯だったんですから」
「むははは。まー、そりゃそーだぎゃ」
昨晩、力の限り爆笑されたことで、いたく准尉を傷つけたことが尾を引いているのは明白で、とたんに彼女はまなじりを吊り上げた。
「まー、それはそーと。ボカチン、おみゃー、どーせこれからヒマだがや?うちら、これからサッカーでもしよーって話てんだどもが、おみゃーも混じらねーかみゃあ?」
「私はそれほど暇じゃありません」
「ふへっ、自信ねーんかみゃあ~?」
おいおいおい、自分から誘っといて、なんて言い方だよ。
「その言葉、後悔しますよ。私は、学生時代、キャプテン・ウィングの再来と呼ばれていたんですから」
「それなら、うちもキャプテン・タイガーの再来だでよ」
へえ、そりゃ凄いな。
「ふへっ、なら決まりだぎゃ。そいじゃー、グラウンドで待っとるだで、用意してくるとえーだぎゃ」
「必要ありません、今行きましょう」
「おー、別にかまわねーだぎゃ」
ああ、行っちまったよ。どうにも、仲がいいんだか悪いんだか、まあ、ドラコとノヴァキャットの複雑な関係を象徴してるみたいで、わかりやすいけどさ。
「のう、クルツー。はよ帰ろうよ、ええじゃろ?」
「まあ待てよ、チョコは逃げやしないって。サッカーの結果がどうなったか、それを見たらすぐ帰るから」
それならひとりで帰れば良さそうなもんだが、それでもとことこ後をついてくるリオをなだめながら、俺はグラウンドへと足を向けた。いや、なんていうか。あれからずっと、嫌な予感がするんだよ。まあ、考え過ぎならいいんだけどな。
『無礼者!!』
雷鳴の如き怒号、稲妻の如く一閃する白刃。
「ハ、ハナヱ姉ちゃん!?」
その衝撃映像に、さしものリオも仰天した声を上げる。
『初対面の婦女子に対し、寝所を共にしようとは何事か!?貴様の如き不貞の輩、この神刀巫王村雨の錆にしてくれる!剣を抜け!いざ死合わん!!』
おいおいおい、また抜刀ですか。今度は誰が何やらかしたんだよ。
その鬼神もかくやの形相と、静かに、しかし、圧倒的な圧力で全身から吹き上がる気迫に、その場にいた全員は凍りついたように固まっている。昨晩、寝巻き一丁で焼け出され、捨てられた子犬のようなはかなさは跡形も無く吹っ飛び、今そこにいるのは、凄絶な剣気を揺らめかせた白刃を掲げる剣士だった。
『誰か!この者に剣を持て!!』
『たーけたこと抜かしてんじゃねーだぎゃ!嫌なら断ればえーだけの話だがね!!』
珍しく本気で慌てふためいた様子のディオーネが、准尉と、驚きのあまり呆然としているメック戦士の間に割って入り、必死の仲裁を試みている最中だった。
やばい、准尉の目がこれ以上ないくらい据わっている。このまま放っておけば、ディオーネまでもが巻き込まれかねない。
「ク、クルツッ!」
「ああ、わかってる!」
ともかく、何とかしないと!
俺は、リオの不安そうな声に応えながら、今まさに血風吹き荒れんとするグラウンドに向かって駆け出した。
「………も、申し訳ありませんでした。初対面の方に、急にあんな破廉恥な事を言われて………そ、その、頭の中が真っ白になっちゃったんです………」
先ほどの、鬼神の如き気迫はどこへやら。ようやく感情を静めることに成功した准尉は、心底恥じ入ったようにうつむいている。
「ま、まー、奴も不注意だけどもが、別に悪気があったわけじゃねーだぎゃ。いつもの調子で誘っただけの話な訳だしが………」
ディオーネのとりなしの言葉に、准尉は、かすかにあきれ果てたような表情を浮かべている。まあ、仕方ないっちゃ仕方ない。気持ちはよくわかる。俺だって、氏族人の世界で生活し始めた最初の頃は、この突き抜けまくった開けっ広げさ加減には、いい加減閉口したもんだ。
なんだと?そういうこと言って、結構楽しんだんじゃないかって?あのな、やっすいエロマンガかなんじゃあるまいし、実際やらかされてみろ、ドン引きもいいとこだ。
「ともかく、部下の不始末は俺の不始末だぎゃ。奴だけじゃなくて、他の連中にもよく言い聞かせとくだで、ここは俺に免じて収めてほしいだぎゃ」
「申し訳ない、俺からもお願いしたい」
マスターとアストラの二人は、心底申し訳なさそうな表情で彼女に謝罪している。まあ、あの二人は、一応中心領域の世界に多少なりとも接した経験があるだけに、今回の騒動はそれなりに重く受け止めているようだった。
「とりあえず、ボカチン。ひとっ風呂浴びてさっぱりするだぎゃ。の?付き合うだぎゃ」
「そ、そうじゃ!ハナヱ姉ちゃん!一緒にいこう!?」
「そ、そうですね………すみません」
「謝る必要はねーだぎゃ、ほれ、ボカチン。リオ介も、道具取ってくるだぎゃ」
「う、うん!」
いいねえ、女同士の友情って奴だな。まあ、ディオーネも、ああ見えて、押さえるところはきっちり押さえられるしな。まあ、とりあえず、これで大丈夫だろ。
「やはり、あのシミュレーションは、かなり事実に対して忠実に作られているようだ。綿密な準備もせずに、功を焦って行動すれば、最悪の結果になるというのはそのままだった。奴には悪いが、非常に貴重な実証結果だ」
「まあ、そうだろうな。俺も、最初の頃は、教練のあとタオルやらドリンクやらを持っていくのが怖かったよ」
「なぜだ?理不尽な暴力でも受けたのか?」
「理不尽というかなんと言うか、逆セクハラだ」
「逆セクハラ?」
「男がもろ肌脱いで汗を拭いたり、マッサージを要求してくるのはわかる。でも、女までそれをやらかすから、はっきり言って、いたたまれないってのが正直なところだったよ。ここの倫理観ってものを理解するまでは、一時ここの人間がわからなくなった」
「そうか、それは災難だった。しかし、今まで見聞きしてきた中心領域の人間の心理を鑑みるに、それもむべなるかな。だな………」
俺の居室を訪れたアストラは、空になったビールの缶を、まるで紙くずのようにくしゃくしゃと小さく丸め、ゴルフボールくらいに圧縮したそれを、指先で転がしながらうなずいている。
「今日の准尉を見ていたら、昔の姉を思い出した」
「え?」
「姉は、カーン・サンドラに心酔し、そして敬意の極みを払ってきた。しかし、それが姉を異端とする口実を与え、苦境に立たせられる結果になった。今なら思う。もし、姉が中心領域に生まれていたなら、きっと誉れ高き戦士となっていたのではないか。とな……」
「アストラ………」
一瞬だけアストラの目を横切った寂しげな笑みに、俺は頭の中でそれらの言葉の整理がつかずにいた。と、その時だった。
「たたたたた、大変じゃ!大変じゃけーんっ!!クルツ、クルツゥッッ!!」
いきなり、居室のドアが吹っ飛ぶように跳ね開けられると、これ以上ないくらい動転しまくった叫び声を上げながら、素っ裸でリオの奴が駆け込んできた。
って、このバカ!風呂場からその格好で、ここまで走ってきたのか!
「ハッ!ハハハ、ハナヱ姉ちゃんが、また大変なんじゃあ!た、助けてっ、クルツッ!!」
「ちょっと待て!ハナヱさんがどうかしたのか!?」
「ととと、とにかく大変なんじゃ!早く来て!クルツ!!」
俺は、風呂場から居室まで、ストリーキングダッシュを敢行してきたリオに、素早くタオルケットを巻きつけながら、その動転振りに不吉な予感が現実のものとなりかけ、はらわたを絶対零度まで冷却するような感覚に襲われた。
「クルツ!とにかく急ぐぞ!!」
「あ、ああ!わかった!!」
今は四の五の言っている場合じゃない!俺は、アストラと共に、全速力で現場に急行した。なんでこう、嫌な予感に限ってよく当たるんだよ!畜生!!
風呂場に近づくにつれて、どう聞いても洒落にならない悲鳴が聞こえてくる。まさか……まさかまさかまさか!!
脱衣所に飛び込むなり、うめき声をあげながら、素っ裸でひっくり返っている男達の姿が目に飛び込んできた。どれもみな、鈍器のようなもので一撃されたように、体中に痛々しいアザが浮かび上がっている。
『たーけた真似はよすだぎゃ、ボカチン!早まるんじゃねーだぎゃあああ!!』
ディオーネの、悲鳴にも似た叫び声が大浴場の中から聞こえてくる。これは、いよいよただ事ではなさそうだ。
「クルツです!入ります!!」
「姉さん!俺だ!」
『えーからはよ来るだぎゃあ!!』
ディオーネのわめき声に、俺とアストラは委細かまわず中へと駆け込んだ。すると、そこにはあられもない格好の准尉が姿勢を正して座り込み、逆手に構えたニホントウ・ソードを、今まさに自分の腹に突き立てんとし、それを必死に取り押さえているディオーネが、必死に喚き散らしているという光景に、俺は全身の血液が足元へ急降下爆撃を敢行しようとするのが、嫌になるくらいはっきりとわかった。
「夫となるもの以外にこの身を見られた恥辱と不貞、もはや死をもってすすぐより他になし!止めるな、ディオーネ!武士の情けだ!!」
「なに血迷ぅたこと抜かしとるだぎゃ!ここは風呂場だでよ!よすだぎゃああああ!!」
「クルツさん!この私の不貞、どうかお許しください!!」
「どわっ!?」
涙目でそう叫んだ瞬間、准尉はその細腕からは思いもつかない力でディオーネを突き飛ばすと、いささかの迷いもなく切っ先を腹に突き立てようとした。
「お、おわ――――っっ!?」
凄惨極まる地獄絵図が、予言者でもないのに鮮明なヴィジョンとしてフラッシュし、思わず、我ながらみっともない叫びを上げてしまったその時、突然2人が弾かれたように跳び上がった。
「どわっっ!?熱っちゃっちゃっちゃ!!」
「きゃあっっ!!」
すかさず彼女達の背後に回りこんでいたアストラが、熱湯のシャワーを2人の背中に容赦なく浴びせかけ、予想外の攻撃に、さしもの彼女達も仰天した声をあげていた。
「今だ!クルツ!!准尉を取り押さえるんだ!!」
「お、おうっっ!!」
もう、いちいち遠慮なんかしている場合じゃない。俺は、熱湯を浴びて、白い肌を真っ赤にして跳びあがっている准尉の手から、刀を奪い取ることになんとか成功した。そして、遅れて飛び込んできたリオからタオルケットを取り戻すと、それで刀を取り返そうともがく准尉をす巻き同然に巻き上げた。
「このクソたーけ!なんでうちまで熱湯ひっかけとるだぎゃあ!!」
「ぐほぁっ!?」
凄まじい怒号に思わず振り向くと、一糸まとわぬ姿にもかかわらず、アストラに豪快なハイキックを炸裂させるディオーネの姿があった。そして、アストラはそのまま吹っ飛ぶと、豪快な水柱と共に湯船の底に沈んでいった。
あのあと、なにをどうやって事態を収めたのか、俺自身はっきり覚えていない。取り乱しまくって腹をかっさばこうとする准尉を必死の思いで取り押さえ、ありとあらゆる言葉を使ってなだめ落ち着かせた。
そして、内務班の警備隊員が突入して、拘束された准尉と哀れな負傷者を運び出していった。と言う、大まかな記憶しか残っていない。というか、それだけ覚えてれば十分だ。と言いたくなるほど大荒れしまくった事件だった。
とにかく、みんなの憩いの場である大浴場に、突如吹き荒れた熱帯低気圧は、クラスター内に少なくない驚きと衝撃を提供してくれた。そして、当然というべきか、最大の当事者であるボカチンスキー准尉だけでなく、俺とアストラ、果ては、その場に居合わせただけでしかないようなディオーネとリオまでもが司令執務室に呼び出され、イオ司令自らによる事情聴取と戒告を受ける羽目になった。
もっとも、事情聴取こそ、俺を含む五人に対して詳細に聞き取りを行ったものの、おとがめのほうに関しては、不問、とまでは行かないものの、再発防止の注意と、相互理解の徹底。という形ですまされた。
負傷者は、数こそ多かったものの、すべて峰打ちによる一撃だったので、もっとも重傷だったものも、骨にひびが入った程度で済んだから。と、言うことらしい。それに、この件についても、氏族人すら一目置き、同時にその不可解さに、程度の大小はあれ、畏敬のようなものを感じていたドラコ連合軍人における、いわば気質というか、精神的なありかたと思われたようで、特に遺恨を残すようなことはなかったようだ。
さすがに、ドラコ連合相手では、現実問題としての外交関係上のノヴァキャットの立場は、お世辞にも強いものとはいえない。しかし、負傷者まで出してしまったこの一件において、何もしないという訳にもいかず、ドラコ連合総領事館に事前に連絡をしたのち、形だけの抗議文の提出をすることになった。
その後、クラスターと総領事館の責任者同士の間で、ボカチンスキー准尉の処遇について協議があったらしい。そして、厳しい処断を下す必要はないというのは、双方とも共通した見解ではあったようだが、お互いの『示し』と『誠意』を表しあう、という意見に基づいて、ハナヱ・ボカチンスキー准尉ドラコ連合総領事館二級駐在官に対しては、ノヴァキャット側のやり方で処分を行うことになった。
ノヴァキャットのやり方、ひいては、氏族流の事の収め方。それは、つまりがスルカイってことになる。
我らがイオ司令が下した、ボカチンスキー准尉に対するスルカイと言うのは、まず宿舎を失ったため、他の駐在官同様、クラスターの空き兵舎に住んでいた彼女を強制退去させた。そして、居住区の片隅に設置した野戦テントに住まわすというものだった。果たして何の冗談か、そのテントには司令直筆で、『重営倉』と書かれている、なんとも判断に苦しむ代物だった。
さすがに若い女性がこれでは、と、俺はマスターに相談して、リオを可能な限り常駐させて連絡員兼世話係とした。
ああいうことがあった後でも、それをひきずって距離を置くとかいった発想はリオにはなく、かえって、彼女が仮設の領事館内の売店から買ってくる、ドラコ製の菓子や帝都の話を楽しみにして、こちらからわざわざ言わなくても、暇を見つけてはちょくちょく通っている。
これについては、司令も完全に黙認してくれたらしく、まったく何のおとがめもない。もっとも、わざわざ彼女の刀の錆になりに行く奴は、もはや皆無に等しく、それは俺の杞憂に過ぎなかった。また、ドラコ連合の軍人に対する、不可解なイメージが准尉に対して完全にリンクしてしまったらしく、あれ以来なんのトラブルも聞こえてこない。
「なんて、難しい話かね、実際」
「いや、卑近で身近な分、ある意味重要かもしれん」
「やっぱり、そうかな」
「そう思う。大局ではない、身近な違いこそ、人にとって意味と影響を為すものなのだろう」
今日は重営倉に泊まる。といって出て行ったリオに、着替えと洗面道具を届けに行く道すがら、俺とアストラは今回の事件についての意見交換をしつつ隊庭を歩く。ついでに、久しぶりに彼女に会ってみたいというのもあるしな。
『ああっ!?ま、待ってください!それはちょっと!!』
『うははははっ!ショーギに待ったなしっちゅーたのは、ボカチン、おみゃーだぎゃ!ほれほれ、オーテだぎゃ!!』
『ひ、ひええっ!そ、そんなぁっ!?』
『ほ~れほれ、賭けるもんがなけりゃ、その黒ブラ、うちによこすだぎゃ!!』
『えっ?で、でもこれはサイズが……あいや、買ったばっかり……あっ!?ま、待ってください、自分でやります!……って、ちょちょちょっとお!?』
『だはははっ!黒ブラゲットだぎゃあ!!』
『ハナヱ姉ちゃん、まだパンツが残っとるけん!ガンバじゃ、勝負はこれからじゃけん!』
重営倉、いかがわしいぞ、なにやってんの?
「どうやら、将棋をさしているようだな。准尉も不運なことだ、姉はゲームの類では負けを知らん。なにしろ、瞬間的とは言え、次手のヴィジョンが見えるのだからな」
「ああ、なるほど……しかし、これは入っていける状態じゃないな。仕方ない、外からリオだけ呼ぶか」
「それがいい、またセップクとか言って騒がれても困る」
「……よし。おーい!リオーっ!着替え持ってきたから、取りにこーい!」
『あっ、クルツじゃ』
『ひ、ひえっ!?あ、あわわわわっっ!!』
『むはははははっ、ちょーどえーとこにきただぎゃ!クルツ!トラ坊!えーもん見せてやるでよ!ほれほれ!はよ入ってくるだぎゃー!!』
『ぎゃああああっっ!!や、やめてくださいっ!!』
もう、なにがなにやら。アストラも、悲しそうに顔を振っている。まったく、あのお姐さんときたら。
愛すべき野蛮人達、遥か古の星間連盟戦士達の末裔。彼らは、ジェネラル・ケレンスキーの理想と言葉を信じ、自らの信念と正義を貫いて生きてきた。
その生き方を否定する気は毛頭ないし、そんな資格があるとも思っちゃいない。神託の導きと共に生きるノヴァキャットが、いつまでもドラコと共に歩み続けるかはわからない。しかし、今この中心領域に回帰し、そして共に天を戴く以上、彼らには乗り越えなければならない壁は、それこそ無限に存在すると言っていいかもしれない。
まあ、そんな固い事を言ってはみたが、それでもノヴァキャットは前進するだろう。変革を恐れず、常に未来を見続けて生きてきた。今までも、そして、これからも。