クルツシリーズ   作:あらほしねこ

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赤い狐と緑の狸

「まったく、おみゃーさんも、懲りずによー来るだぎゃ。うちらは別にかまわんだども、これがばれたら、おみゃーさんがまずいことになるんでねーかみゃあ?」

「まあまあ、そこいら辺はうまくやってまっさかい。なんも問題あらしまへんですわ」

「ふ~ん、ま、えーけどもが」

 よう、ひさしぶり。え?食事中だったかって?ああ、気にするな。お前も食ってくか?

「ミキ姉ちゃん!おかわり!」

「うんうん、あんじょう食べて、おっきくなるんやで」

「うん!おおきに!!」

 ん?なにを食ってるかって?ああ、こいつは、ミキがこの間ドラコ相手に商売しにいって、そこで見つけてきたヌードルさな。確か、『ウドン』とか言ってたな。俺達がいつも食ってる、キシ・ヌードルによく似てるが、コシのある太い麺と、魚介類系のダシで味付けしたスープは、あっさりしていてのど越しがいい。

「クルツはんも、おかわりいかがでっか?」

「ああ、じゃあ、もう一杯もらおうかな」

「玉子はかけまっか?」

「ああ、頼む。それと、あれ、あの四角い奴、あれも乗っけてくれ」

「はいな!玉子とお揚げ、月見の狐でんな。あはは、風流やね」

 ミキは、ひとりで楽しそうに笑うと、替え玉を鮮やかな手つきで湯切りすると、手馴れた動作で盛り付けていく。

「はい、クルツはん。おまっとうさん」

「おう、ありがとうな」

 ドンブリ・ボウルをミキから受け取り、これまた、ドラコ直輸入のシチミ・スパイスを振りかけてさっそくいただくことにする。

 この商人さん、ドラコでいいものを見つけてきたとかで、これを氏族世界で売りさばくのだ。などと、また奇矯な事を言い出し、馴染みの客、早い話、いつものメンバーな訳だが、俺達を呼んで試食会を開いている。それはいいんだが、なにもわざわざイレースまで来てやらなくとも、ストラナメクティあたりの方が、リサーチの効果は上がると思うんだけどな。

「なにゆうてはりますのん、いつもみなはんにはお世話になってまっさかい、おいしいもんは、まっさきに振舞うっちゅうんがスジってもんでっしゃろ?」

「なにゆうとるだぎゃ、世話になっとるゆぅたら、うちの実家の方でもおみゃーさんのおかげで、売り上げが昔みたいに伸びてきたゆぅて喜んどっただぎゃ」

「ああ、ムーンキャット・プディングのことでっか。あの猫印ウィロー、あんじょう売れてまっさかいな。ま、ノヴァキャット産と堂々と書けないのが歯がゆいんでっけどな」

「そりゃしょーがねーだぎゃ、ま、うちの父ーちゃんも母ーちゃんも、その辺は納得しとるでよ。にゃーんも問題ねーだぎゃ」

 そうそう、このミキさん。ディオーネの実家で商いしているウィロープディングに目をつけ、さっそくこれの独占販売権を申し込んで、こいつを中心領域のみならず、氏族世界でも売りさばいてるって話だ。

しかしまあ、こいつも、商売のためならちょっとやそっとのやばい橋は平気で渡る、ハイリスク・ハイリターンが服を着て歩いてるようなもんだ。

 ん?この事務所はなんだって?ああ、ここは、ミキが新しい商売拠点として立ち上げた、まあ、言ってみりゃ彼女の経営する支店みたいなもんだ。当然、従業員はノヴァキャットの商人階級や市民階級の人間な訳だが、そこいら辺も、どう上手くやったか知らないが、優秀な人材を確保できたとのことだった。

 しかしまあ、このお姉さん。着々と勢力範囲を広げていらっしゃる、なんともまあ、驚くばかりだ。それと言うのも、この間ドラコとの商談が大成功し、一気に商売が起動に乗り出したらしい。ほら、この間のLAMな。あれの実戦データと機体データ、これがドラコのLAM運用部隊の食指を動かすに十分な代物だったらしいよ。で、売れ筋商品のマッドキャットMK-IIと合わせて発注があったらしい。

 まあ、なんにせよ商売がうまくいってるんならなによりさ。

「それにしても、お祝いの花が結構来たもんだな。ディオーネの実家とうちのクラスター、それと、取引先がひいふうみい……」

「ホンマ、ありがたいですわ」

「ああ、そうだな……って、客か……?」

「ホンマや、誰やろ?まだ営業はしてへんのやけどねぇ……」

 来客をしらせるチャイムに、ミキはそそくさと席を立つと、オフィスに戻っていく。

『あれま!ジークはんやないの!!いややわぁ、わざわざきてくれはったん!?』

 ジーク?

『いまみんなでお昼食べとったんよ、よかったらジークはんも食べてってや!』

『い、いえ……私は、ただご挨拶に来ただけです。ど、どうかお気を使わないでください、スターキャプテン・ミキ』

『んもう、なにゆうてはるのん。うちはもうただの商人なんやから、そない昔のことは関係あらへんって。な?遠慮せんと、ほらほら』

『あっ!ああああ、あのっ、こ、ここ今度是非出直して参ります失礼しますっっ!!』

『あっ!?ちょっとジークはんっ!?』

 ミキの誘いを辞退する声と同時に、リヤカーをひっぱって、逃げるように疾走していくジークの姿が、窓の外に一瞬だけ見えた。・・・なにやってんだ、あのウサギたんは。

「どうしたんだ、ミキ?」

「え?ああ、クルツはん。いやな、せっかくジークはんがご挨拶にきてくれたんやけど、すぐに帰ってしもうたんですわ」

「はあ、なるほど」

「……もう、こない立派な花まで持ってきてもろうたのに、手ぶらで帰してしもうたわぁ。うちとしたことが、とんだ大失敗ですわ」

 いや、確かに立派だな、これは。今までのなかで、一番でかいぞ。

「そういや、あの時ジークの奴、お前のこと、ヴァーミリオン・フォックスとか言ってたよな。もしかして、お前のファンか何かだったんじゃないか?」

「んもう、クルツはんまでそないなこと言ってぇ。うちは、今は一介の商人でっせ?もう飛行機とは関係あらしまへんねん」

「でも、この間、思い切りドッグファイトしてたじゃないか。俺を巻き込んで」

「いやんもうっ、あまりうちをいぢめんでくださいなっ」

 まあ、いいけどな。

「そ、それより、まだ食べたりないんとちゃいます?部屋にもどりまへん?な、な?」

「ん、まあ、いいけど・・・」

 ミキに腕を引っ張られ、休憩室へ戻ろうと歩き出した時、また事務所に客が入ってきた。

「楽しそうおすなぁ、赤い狐はん?」

 この、どこか穏やかな中にも、どこか素直に受け取れない感覚を持たせるこの言い回し。まさか……?

「バビロンの紅狐も、こうなってしもうたらただの女どすなぁ。ま、第二の人生満喫してはるようで、なによりどすわ」

 ブラックホールのように底知れない深みのある黒髪。カミソリの刃を思わせる鋭い目。喪服のような漆黒のスーツの上下に、これまた、かなりけれん味のきつい趣味のほどを思わせる黒紫のルージュをひいた、美人ではあるんだろうが、まるでカラスが人間に化けたかのような女性が、悠然とした様子でこちらを見ていた。

「なにしにきたんや、冷やかしならお断りでっせ」

 ん?

「ずいぶんつれないどすなぁ、せっかく新装開店のご挨拶にお伺いしはったんに」

「ほほう?おのれがそないなことゆうんかいな?なら、茶でも飲んできまっか?漬けもんもコンテナ一杯ありまっせ?」

 おやおやおや?

「ほんなら、茶釜ごと頂きますえ。お漬物も樽ごともってきておくれやす」

「言うやないの、ホンマにもってくるで」

 ふむ?何か知らんが、いいカンジにギスギスしてきたぞ?

「おんどれのこっちゃ、どうせまたうちの邪魔しにきたんやろ。今度はなにやらかすつもりや知らんへんけど、うちが笑っとるうちに帰った方が身のためやで」

 いやいやいや、笑ってない笑ってない。

「あらまあ、怖いどすなぁ。そないにつんけんしとったら、せっかくの化けの皮がはがれてしまいますえ?殿方はんの前で、それはまずいんやおまへんか?」

「じゃかあしいわ!これ以上グダグダ抜かすと、耳から手ェ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたるねんど!!ええからとっとと帰らんかい!!」

「おお、こわ。これやから田舎モンは嫌どすなぁ」

「おんどりゃ、いっぺん、本気でいわしたろか?」

「ホホホ、では、ごきげんよろしゅう」

 そして、何しに来たのかわからない、名前すらも名乗らなかったまま、彼女は悠然とした仕草で事務所を去っていった。

「ああもう!けったくそ悪いったらあらへんわ!!」

 彼女が立ち去ったあと、怒りに任せて玄関先に塩をばら撒いているミキをみながら、彼女にしては珍しく攻撃的な態度をとった事実に、俺は半分狐につままれた感じだった。

と、応接間に飾ってある熱帯魚の水槽にふと視線が行った時、俺はそこに映るどうにも違和感の残る魚のチョイスに首をひねり、念のため家主に確認をとってみることにした。

「なあ、ミキ」

「なんでっか、クルツはん」

 まだ感情が高ぶっているせいか、若干言い回しがきつくなっているが、気にせず当初の質問をしてみることにする。

「あの熱帯魚の水槽なんだけどな」

「それがどないしましたか」

「いや、あの中にピラニアが混じってるんだが、あれは大丈夫なのか?他の魚と一緒にしても」

「はあ!?」

 俺の言葉に、心底驚いた表情を貼り付けたミキは、飛びつくように水槽に駆け寄ると、窓ガラスを振るわせんばかりの絶叫を上げた。

「あ゛―――――――っっ!?あのズベタ、やりよった―――――――っっ!!」

「なっ!?ちょっ!おいっ!!」

「なにしてはるのクルツはんっ!早よこいつ取ってぇな!早よ早よっっ!!あ゛――――っっ!ディスカスちゃんがかじられとる―――――っっ!?ネネ、ネオンテトラちゃんが丸呑みに―――――っっ!?」

「なっ!?ま、待ってろ!今すぐ……痛ででででっっ!?あだだっっ!!」

「ぎゃ――――――っっ!!クルツはんまでかじられとる――――――っっ!!」

 

 

 事務所を訪れ、そして応接間の水槽にピラニアを放流して帰って行ったあの女性、実はスノーレイヴンの気圏戦闘機乗りだという。それが何ゆえイレースまで乗り込んできたのか。俺は、なにやらきな臭さを感じさせる事態に、嫌な胸騒ぎを感じていた。

「あのズベタ、絶対許せへん!!うちのクルツはんとお魚ちゃんをこんな目にあわせよってからに!!今度来たら、ハージェル頭からバケツでぶっかけたる!!」

 俺の手や腕に包帯を巻きながらも、怒り心頭のミキを見て俺は小さくため息をつく。結局、水槽のなかで起こったバイオハザードによる被害は、ディスカス3匹とネオンテトラ多数。そして、俺の腕や手指に刻まれた咬傷13箇所だった。それから、あのピラニアは、さっそく鍋で煮られてしまった。

 可哀想に、もしかして、一番の被害者は、アイツじゃないかって気がしてくる。しかしまあ、彼女もいつの間に放り込んだんだ。

「感心しとる場合やあらへんがな!!」

「おわっ!?」

「なにが目的か知らへんけど、このままタダで返すわけにはいかへん!まだその辺におるはずや、追っかけてって……!!」

「おいおい、荒事はよした方がいいぞ」

「そないなこと他の連中ならともかく、うちら金剛鮫がそないな真似しまっかいな。うちらのやり方で、きっちり落とし前つけたりまっさかい!!」

「あっ!?おい!ミキッッ!!」

 俺の傷の手当てを終えると同時に、ミキは小柄な体をひるがえらせて、弾丸のように往来にすっ飛んでっていった。

「クルツ、おみゃー、行って様子を見てくるだぎゃ。さすがに、イレースで他の氏族の連中がもめごと起こした日にゃー、どーにも洒落にならんでよ。リオ、おみゃーも一緒に行ってくるだぎゃ」

 さっきまでウドンをたぐっていたマスターが、俺とリオに下命を言い渡した。もっとも、俺としてもそうするつもりだったから、さっそくミキの後を追いかけることにした。

「よし、リオ、行くぞ!」

「わ、わかったけん!」

 

 

 2人の足取りをつかむのは、実に簡単だった。ミキはともかくとしても、もうひとりのほうは、その特徴の塊のような姿が幸いしてか、聞き込み追跡はことのほかうまく行った。そして、小さな肩を思いっきり怒らせながら、往来を踏みしめるように引き返してきたミキと行き会うことができた。

「ミキ!」

「ミキ姉ちゃん!」

「ん?ああ、クルツはんにリオちゃん。どないしはったんでっか」

「どうしたもなにも、気になったから追っかけてきたんだが」

「ありゃあ……そりゃ申し訳ないことしてもうたね。とりあえず、話はつけてきたさかい、心配せんでもええですわ」

 事務所を飛び出していったときよりは、ある程度落ち着いているようには見えるが、それでもまだ、怒りは収まっていないのは見てすぐわかる。

「ところで、彼女は一体何者なんだ?もし差し支えなければ聞いていいか?」

「ん、あいつはスノーレイヴンの気圏戦闘機乗りで、カーラいいますねん」

「スノーレイヴン!?おい、それって……!」

「あのズベタ、また性懲りも無くうちの商売邪魔しにきよったんや。ホンマ、ムカつくやっちゃで」

 ズベタって、さっきからすげぇ言いようだな。

「うちがまだ現役だった頃の話なんやけど、ハージェルの輸出量と関税のことで、えげつない条件出してきよってな。そいで不服の神判に持ち込んだ時、うちとカーラが気圏戦闘機でガチンコかましたんや。もちろん撃ち落としたったけどな。

 まったく、こないなことになるんやったら、あん時情けなんぞかけんと、いっそ息の根止めとくべきでしたわ。あのズベタ、そん時のことまだ根に持ってはるんや。ホンマ嫌らしいやっちゃで」

 むぅ、あのミキが、ここまでこき下ろすとは。

「せや!クルツはん!!」

「な、なんだ?」

 突然、何かを思いついたかのように表情を輝かせたミキは、俺を引っ張ると路地裏に連れ込んだ。

「クルツはん、いいネタあるんやけど、特別にタダで教えまっさかい、よぅ聞いてや?」

「い、いいネタ?」

 ミキは、辺りをうかがうように視線を巡らせると、声を潜めて話しかけてきた。

「実はな、あの女、レイヴンのウオッチなんや。うち、見ましたねん。あいつ、うちが追いついたとき、本屋でなに買ぅてたと思います?イレースの観光ガイドとロードマップや!そないなもん欲しがるんは、ウオッチ以外の何モンでもあらへんで!?」

 お前は何を言ってるんだ?

「別に普通じゃないのか?それくらい」

「なに呑気なことゆうてはるんや、クルツはん!ウオッチがまず探るとしたら、相手の主要都市の概要や地理条件でっせ!?ふたつとも、まさにうってつけやないの!?」

 なるほど、俺がまだコムガードにいた時、ROMエージェントが氏族のスパイを血祭りに上げたという話をよく聞いたが、与太でも作り話でもなかったんだな。けど、それはそれで、なんだか可哀想に思えてきたよ。

「な!?な!?こりゃやばいで、クルツはん!!ノヴァキャットのためにも、今のうちに危険要素は消しとくべきやで!っていうか、消して」

 おいおい、なに血迷ったこと言い出してんだ。

「せや!クルツはん、スナイパーライフル、タダで融通しまっさかい!あ、それとも、ハンドガンのほうがええでっか?もちろん、高性能サプレッサーもおまけしまっせ!?な?な?どうでっしゃろ!?ナイフも爆弾も、うちの店にはなんでもありまっせ!!」

 ちょっと待ってくれ、なんでそんなに話題が弾む?っていうか、お前んとこじゃ、そんな物騒なモンまで扱ってんのか。

「わかった!!ミキ姉ちゃんに悪さすんなら、そいつ悪モンじゃけん!まかしてつかぁさい!あいつのタマァ、うちがとったるけぇね!!」

「頼もしいなぁ!ええ妹分をもって、うちはホンマに幸せモンや!!」

「ちょっと待てコラ」

「ふぎゃっ!?グ、グーでぶった!?」

「か、顔はやめてぇな!商人の命なんやっ!!」

俺は、二人の耳を容赦なく牽引し、強制的に事務所に連れ戻した。やっぱりこいつら、可愛い顔してても骨の髄まで氏族人だ、ったく。

「あのな、放棄の神判の時、俺達ノヴァキャットはスノーレイヴンには、散々世話になったんだ。いいか、こうして俺がお前達と話していられるのも、スノーレイヴンが海軍を派遣して支援してくれたからなんだぞ?

 俺達ノヴァキャットはレイヴンに恩がある訳だし、ダイヤモンドシャークもそうだが、レイヴンも大事な理解者なんだ。それをお前、イレースに行った調査員が戻らなかったなんて話になったら、キャットの立場は余計悪くなるんだぞ」

「せ、せやかて、クルツはん!」

「気持ちはわからんでもないけどな、でも、お前達シャークだって、俺達ノヴァキャットを毛嫌いどころか、完全に敵扱いしているゴーストベアとうまくやってるだろ。人付き合いはお互い様ってことで、ここはひとつこらえてくれないか?

それにミキ、あいつとは一応話はつけてきたんだろ?とりあえずはその線でいって、それで駄目なら次の手をマスターと相談して考えよう。で、どうだったんだ?」

 俺の説得というか、説教に、ふたりは石をぶつけられた猫のような表情で俺を見ていたが、それでも、どうにか納得はしてくれたようだった。

「あのズベタ、とことんうちの邪魔するつもりや。ウドンに対抗してソバ?しかもマッチャ・パウダー入りで?はっ!高級ならええもんちゃうこと、あのズベタにきっちり教えてやりまっさかい!!」

 どうにも、かなりヒートアップしてるなぁ。

「じゃあ、どうするんだ?」

「きまっとるやないの!神判や!今度の日曜市にお互い出店を出して、どっちがより多くさばけるか、勝負するんや!!」

「へえ、それはウドンとソバでか」

「せや!こうなったらさっそく行動や!今度こそあのスカした面、ぎゃふんと言わしたるさかい!!」

 なるほど、ぎゃふん、とねぇ。さてさて、どうなりますことやら。

 

 

「いらはい!お客はん、なにさしあげましょか~~~!?」

「ようこそおいでやす、ご注文、なんにしましょ?」

 神判の当日、俺とリオはその様子を見に日曜市に出かけることにした。市場全体を対等の環に設定したそこは、物珍しさのせいか、すでに結構な数の人間が集まっていた。

「クルツ、ミキ姉ちゃん、だいじょうぶかのう・・・・・・」

「むぅ・・・この様子じゃ、なんとも言えんな」

 俺達は、予想外の人の集まりように、しばらく遠巻きにその様子を眺めるしかなかった。

「でも、こう言っちゃミキ姉ちゃんに悪いけど、あっちの黒姉ちゃんの売っとるもんも、なんかおいしそうじゃのう」

「そうだな、あのミキと張り合おうとするだけのことはある」

 ミキが商っているウドンは、店の雰囲気からしてドラコの駅前やホーム内でよく見られる、立ち食い店形式なのに対して、カーラの方は、ややゆったりした雰囲気の、いわゆる茶店形式で構えていた。どちらもメニューに工夫を凝らしたらしく、定番はもとより、かけもつけもありという、なかなか凝った感じだった。

「よー、クルツ。やっぱ、おみゃー達も来たんかみゃあ」

「マスター、今回も立会人ですか」

「だでよ、なんかこー、我ながら結構板についてきた気がするだぎゃ」

「そうですね、それに公平かつ厳正です」

「よすだぎゃ、照れるでよ」

 どうも最近、神判と来ると自ら立会人を買って出るようになったマスターは、俺の言葉に心底照れくさそうに苦笑いを浮かべた。しかし、すぐに真剣な表情になると、俺とリオにこう告げた。

「それと、おみゃー達には悪ぃんだどもが、今回は遠慮してくれみゃあ。公平さを保つためだで、ねーちゃん方の売りもんを買うてえーんは、第三者のみに限らせてもらうでよ」

「そうですか。そうですね、わかりました」

「すまねーだぎゃ、ま、神判が終わった後にでも、ゆっくりごちそーになるとえーだぎゃ」

「はい、マスター。それでは、私たちはしばらく時間を潰してきます」

「おー、そーしてくれみゃあ」

「では、マスター、私たちはこれで失礼します。行こうか、リオ」

「う、うん……ほいじゃ、ローク様、失礼します!」

「おー、クルツになんぞえーもんでも買うてもらうとえーだぎゃ」

「は、はい!」

 さてさて、立会人がこう言ってる以上、俺達の出る幕はない。さて、どうなりますことやら。

 

 

 

 そして夕方、再び出店のある一角に戻ってきた時には、時間ということもあり、あれだけいた客はもうまばらになっていた。

「マスター、状況はどうなっていますか?」

「ん、帰ったんか。まー、見てのとーりだぎゃ。だいたい似たよーな売れ行きだったで、今最後の客待ちだぎゃ。時間もそろそろだで、そんあとで集計と判定だでな」

「そうですか」

 なるほど、それなりにいい勝負。といったところか。しかし、この時間、食事時とはいえ、そろそろ市場もお開きになるから、人々も三々五々帰り支度を始めている。わざわざ外で軽く食べるような時間でもないし、それぞれの自宅で夕食を食った方がいい時間でもある。むぅ、どうなるのやら。

「あれ、クルツさんじゃないですか。リオちゃんも一緒で、どうしたんですか?」

「え?あ、准尉?今日も出勤だったんですか?」

「ええ、あのときの火事で仕事が遅れた分、いろいろ済ませておかなければならないことがあったものですから」

「大変でしたね」

「ええ、もうクタクタですよ……って、あれ?」

 休日出勤帰りの准尉は、空気にただよう香りに、その形のいい鼻をかすかに動かした。

「えっ?ここにもおそば屋さんがあったんですか。懐かしいなぁ」

「ええ、なんでも、味勝負ってことらしいですが」

「へえ、そうなんですか。あ、もしかして、『神判』ってことですか?」

「ええ、そうですよ。さすが、察しがいいですね」

「そ、そうですか?へへっ、これでも、氏族社会については勉強していますから」

 なるほど、そうですか。

「そうだ、氏族の方が作ったおそば、食べてみようかな。ちょうどおなかもペコペコだし。クルツさんも一緒にどうですか?」

「すみません、実は私の知り合いが神判に望んでいるので、私は控えるようにと、マスターから下命されているものですから」

「そ、そうなんですか?じゃあ、しかたないですね」

「そうだ、私のことは気になさらず、准尉はぜひ行ってきてください」

「そう、ですね……わかりました、それじゃ、私、ちょっと行ってきます」

 准尉がそう言って、出店に向かって歩き出した時、マスターが、何かを閃いたと言う表情で呼び止めた。

「ボカチンスキー准尉、おみゃあさん、腹はたいがい減っとるかみゃあ?」

「え?ええ、まあ、それなりに……」

「そいじゃ、ちっと頼みてーことがあるだぎゃ。あのふたりの出しとるウドンとソバ、2つとも食べ比べをしてもらえんかみゃあ?本場もんの舌なら、これ以上ねーくらいの審査結果になるでよ。の?いっちょ頼まれてほしーだぎゃ」

「ええっ!?に、2杯も……ですか?」

「駄目かみゃあ?」

「准尉、私からもお願いします。食べ切れなければ、試食程度でもいいですから。それに、ここに処理係がいますし、残してもなにも問題ないですよ」

「処理係って、うちが?」

 俺の言葉に、リオは憮然とした表情で見上げてくる。

「む~……わかりました。そこまでおっしゃられるなら、私としても断れません。そのお申し出、お受けします」

「おお、すまねーだぎゃ。ほんとに助かるでよ」

 准尉の承諾を取り付けたマスターは、彼女を伴って出店に向かうと、彼女達に審査方法の変更を告げていた。

「と言う訳だぎゃ。お互い1杯ずつを彼女に食ってもらって、彼女が上手いと言った方の勝ちにするだぎゃ」

「そうでんな、このままやと食材の質が落ちるだけでっさかい。うちはかましまへんよ」

「まあ、そう言わはるんなら、うちもかまわんどすえ」

「なら決まりだぎゃ」

 さてさて、これは面白くなってきた。どうなるかな?

 

 

「かけ一丁、おまっとうさん!」

「おまたせどす、ご注文のかけどすえ」

 ほうほう、両方ともかけで注文したか。確かに、余計なものが入っていない分、純粋に味の判断をつけることができる。さすが、通と言うかなんと言うか。

「ありがとうございます。では、いただきます」

 准尉は、丁寧に両手を合わせてふたつのドンブリ・ボウルに一礼すると、ゆっくりと食べ始めた。

「……………」

 それぞれ一口食べただけで、准尉はすぐにハシを置いてしまった。いったいどうしたんだ・・・・・・?

「貴女達、これはどういうつもりなんです?」

「へっ?ど、どういうつもりって……」

「な、なんぞあったんどすか……?」

 突然、口調が硬く、そして鋭くなった准尉の異変に、ふたりはかすかに戸惑いの色を浮かべている。いや、まあ、だいたい見当はつく。

「貴女達、追い出汁は?」

「はぁ?お、オイダシ……でっか?」

「それと、昆布や椎茸は当然、加えているのでしょうね?」

「・・・・・・コ、コンブ?」

「シイタケ……って、な、なんどすか、それ」

 もはや詰問ともいえる准尉の言葉に、戸惑いながらもどうにか答えた2人の言葉を聞いた瞬間、突然准尉の目が稲妻めいて険しくなった。

「そんな事も知らずに、貴女達は饂飩や蕎麦を人様に商っていたのですか?饂飩や蕎麦の味は麺のみに非ず、たとえ麺のみ本物を使ったとしても、肝心の出汁がお粗末では話になりませんよ?確かに、オリジナルの味に近づけようとした努力は買いましょう。しかし、これでは所詮、近い味にしていると言うだけのもの。この程度、本物の足元に到底及びませんよ?」

「なっ!?ちょ、ちょっと、どういうことでっか!?」

「そ、そうどす!いくらドラコのお人やゆうても、それは聞き捨てならんどすえ!!」

 当然、ふたりの抗議の声が上がるが、准尉は深々と嘆息しながらかぶりを振った。

「確かに私は料理人ではありません、それでも、合成調味料と本物の御出汁の違い位はわかるつもりですよ?貴女達、麵つゆにこともあろうに出来合いの調味料を使いましたね?」

「あ、いや、それは……まあ」

 思いもしない指摘事項に、ミキもカーラも歯切れが悪くなる。それはまあ仕方あるまい。ふたりとも料理人かと言われれば答えは否だ。それに、市場での立ち食いともなれば、そんな手間かけてられるかと言うのが実際の所だろう。

「確かにこのままでも、氏族の方々に対しては受け入れられる余地もあるでしょう。しかし、簡便なスープの素のような代用調味料で味をつけただけのものでは、ドラコにおいて受け入れられる事は到底ありえませんよ?ましてや、テラにおいては見向きもされませんね」

『テッ、テラ……ッッ!?』

 准尉の叫んだ、テラという言葉に、ミキとカーラはそろって上ずった叫びを上げる。無理もない。氏族人にとって、テラとは永遠の魂の故郷のようなものだ。それを引き合いに出され、反論の余地があるとは思えない。

 しかし、准尉。テラに行ったことがあったんだな。そういや、忘れていたけど、彼女も、ルシエンに帰れば、いわゆる『いいとこのお嬢様』って奴だったのを、ケロリと忘れていたよ。

「いいですか?これは饂飩にあって饂飩に非ず、蕎麦にあって蕎麦に非ず、です。ドラコの立ち食いでさえ、出汁には店としてのこだわりを注ぐのです。にもかかわらず、貴女達はインスタントやレトルト同然のものを出した。貴女達が饂飩や蕎麦で勝負をしていたとおっしゃる以上、『本物』でなければ意味はありません。そして、この程度のものを饂飩や蕎麦だと吹聴されることは、ドラコのいち臣民として到底許容はいたしかねます。私の言う事に不服があるのなら、おのおの饂飩の何たるか!蕎麦の何たるかを学び尽くしてから、幾らでもお伺いしましょう」

 あ~あ、ハナヱさん、言っちゃったよ。まあ、最初に御馳走になった時、俺もそう思ったが、ファストフード的な扱いならまあいいかと思って、あまりうるさい事は言わなかったんだけどな。

「と、言う訳だで。この勝負、仕切り直しちゅうことで、ふたりとも、もっと研究し直してから、ということだでな。

 スターキャプテン・ロークの名において、我の持つ権限のもと、ここに宣言する!この神判は無効、再度機会をもつものとする・・・・・・だでよ」

 マスター、アンタって人はほんとに……まあ、仕方ない。准尉がキレ散らかした時の始末に負えなさ加減は、実際にマスター自身も目の当たりにしている。特に、今みたいに静かにキレるのは、彼女に限らず大抵洒落にならない兆候だ。彼女が手にしている紫の袱紗に包まれた、巫王村雨がその秋水白刃を閃かさないうちに、強制的にでも場を収めたほうが、確かにみんな幸せではある。

 まあ、こんなとこだろうな。

 

 

「いやぁ、これやから、中心領域のお人は苦手でっさかい。これじゃ、うちらまるで田舎モンや」

 まるで、じゃなくて、まんまなんだけどな。まあ、それを言うのは酷ってモンだ。で、あのあと、俺達は慰労会をすることになった。

 あのスノーレイヴンのカーラは、あの場から姿を消してしまっていた。まあ、良くも悪くもしぶとそうな根性の持ち主だ。どうせそのうち、またミキに嫌がらせをしにくるのは目に見えている。

「まあ、あのズベタが本気でしょげかえってるんを見れただけでも、うちは大儲けや。まあ、それはそうと、もう一度ドラコに行って、今度こそ完全なレシピを手に入れんとね」

「そうだな、頑張れよ」

「はいな!そいでもって、めっちゃおいしいウドン、まっさきにクルツはんにご馳走しまっさかいな」

「う、うちも食べたい!!」

「うんうん、ええよええよ。リオちゃんにも、うちが腕によりかけておいしいもんご馳走しようなぁ」

「ほ、ホンマ!?やった!!」

 むう、なんかミキがからむと、いつもこんなパターンだな。ディオーネやマスターはすでに酔い潰れて、その辺にひっくり返ってる。麺類と酒の組み合わせは最悪と言うのを知らなかったのか。それと、准尉はあのあと、言い過ぎたかと気まずくなったみたいで、逃げるように重営倉に帰ってしまった。アストラは……まだ食ってる、よっぽど気に入ったんだな。

 まあ、今度は珍しく、平和に事が運んで何よりだ。我らの神に、敬意と信仰の極みを、だな。

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