「どうだ、素晴らしいだろう?」
まるで新しいオモチャを自慢する子供のように、表情を輝かせながら声を弾ませているジークの姿に、俺は心の中で深いため息をついた。
どうでもいいが、朝から終始一貫して機体の説明とも自慢ともとれるジークの話を聞いていたら、いつの間にか昼飯時を過ぎていた。ただ何もせず、立ちんぼで話を聞き続けるってのも、これはこれで重労働だ。
結局、俺はまた自分から地雷原に飛び込む事を選択した。イオ司令やマスターは、用件を伝えるだけ伝えると、あとはもう知らぬ存ぜぬで、強制もしないが味方もしない、って態度を崩さなかった。どうにもならない、それが、あの時の偽らざる心境だった。
仕方ないだろう、あまり人に対する好き嫌いがないリオにしては珍しく、あの子が唯一本気で牙を剥く人間が、毎日遭遇する可能性の高い状況に収まり、いらぬ紛争を起こすであろう危険因子を多分に含んでいるとなれば、どんな結果になるか予想もできないほどマヌケなつもりはない。
とにかく、過ぎたことは置いておくとして、今目の前にあるLAM。量産型ということもあって、翼や細かい箇所の形状は異なるが、この間後部席に乗せられ、図らずしも空中戦に巻き込まれたあの機体、フェニックス・キングに瓜二つと言っていい機体だった。
「これがワルキューレだ、武装はER―PPC1基、ER-Mレーザー3基、LRM152門、アルテミスIV・システムだ。50tクラスの中戦闘機ということになる」
中戦闘機って、LAMにこれだけ武装を積み込んだら、どっちかというと戦闘攻撃機じゃないのか?………まあ、いいけど。
「50tクラスでこの武装か、機動性とか大丈夫なのか」
「問題ない、私が飛ばしてみた限り、ドッグファイトは十分可能と判断した。それに、ワルキューレの持つ変形機構、これを活かした戦法の構想があるのだ。そのために、お前の協力が必要なのだ」
「ふむ………?」
LAMの特性を活かした戦法ねぇ………さてさて、何をどうするつもりなんだか。
「それはそうと、もうこんな時間か。すぐに取り掛かりたいところではあるが、空腹では効率も上がらん。弁当を準備してきた、作業は食事をとってからにしよう」
不意に話題を変えたジークは、ハンガーの隅にある作業台の上にある、色気のない箱を指差した。
てっきり工具箱か何かと思っていたが、ありゃ、弁当箱だったのか………って言うか、弁当があるってことは、ぶっ通しで働かせるつもりだったな・・・・・・?
「さあ、お前達ボンズマンは、普段あまりいいものを食べさせてもらえないのだろう?レーションの中身を詰めただけだが、それでも普段の食事よりは上等なはずだ。さあ、遠慮せず食べてくれ」
コイツのことだから、さっそくこき使われるものと思っていたが、まさかメシまで用意してくれるとはね。それにしても、こいつの浮かれ方は普通じゃないな。そんなに新しい機体が嬉しいのかね。
それはともかく、確かに、ジークが用意してくれたメシは、俺が普段食っているキシ・ヌードルとかに比べれば、上等もいい所だ。戦士階級ってのは、レーションひとつとってみても、特別扱いなんだな。
「………私も元はボンズマンだった。だから、お前の苦労はわかるつもりだ」
「そうだったのか?」
「ああ、その通りだ」
こいつは驚いた。まさか、ジークがよその氏族の人間だったとはね。
「しかし、お前も不幸なものだな。テックとしての技術が一流だったばかりに、なかなか思うように動けないだろう?私は気圏戦闘機を飛ばすしか能が無かったからな、ボンズマンであった頃は、雑用ひとつとっても失敗ばかりしていたから、相当ひんしゅくを買いまくったものだ。もっとも、だからこそ少しでも早く、3本のコードを切ってもらえるよう、力を尽くさざるを得なかったわけだがな」
「ボンズマンって言ってたな、それじゃ、前はどこに居たんだ?」
「ジェイドファルコンだ」
「ジェイドファルコンってことは………2年前の話か?」
「そうだ、たかが2年、されど2年。ノヴァキャットにおける生活は、私の既成概念を粉々に打ち砕き、更地に戻してくれるには十分な時間だった」
「確かに、そうかもな」
驚いたな、まさか、ジークが元ボンズマンとは知らなかった。しかし、彼女の話からすると、1年もしないうちに戦士としての力を認めさせたってことになる。いやはや、10年近くたっても、未だにボンズマン稼業の俺とは大違いだ。
「それは関係ない、さっきも話したが、私にはクルツのように機械工学に精通している訳でもなければ、他に秀でた技能を持っているわけではない。結局、私が他人に胸を張って言える技術は、戦士としての力を示すしかなかった。という訳だ、私は、お前が努力を怠っているとは思わない」
「そ、そうか………?」
「そうとも、現に、氏族人のテックでは誰ひとり扱うことの出来ないLAMを、こうして整備をしに来てくれているではないか。とてもではないが、あの頃の私に、クルツのような真似は到底不可能だ」
ジークは、苦笑交じりに目を細めながら、小さなサンドイッチを口に運んでいる。が、ほんの一瞬だけ、寂しげな色がその銀貨のような瞳の上で揺らめいた。
「私は、誰からも頼られた事が無い」
「ジーク?」
「いや、誰も頼ろうとしなかったから、かもしれん。氏族人のしきたりとは言え、ついさっきまで敵だった氏族に力を尽くさなければならないという奇妙な現実、それが他人に対して壁を作ってしまったのは事実だ。
今にして思えば、愚かなことだ。クルセイダーとウォーデンと言う主義主張の違いこそあれ、元は偉父祖が失望なされた世界を正すという目的は一緒だったはずだ。それを、氏族人同士で反目しあうなどと、それこそ、偉父祖がご覧になられたら、さぞかし落胆なされることだろう」
ジークの淡々とした言葉に、俺も思わずフォークを持つ手が止まる。戦うことしか考えていないように見える氏族人でも、真摯に己が使命と理念を胸に秘めている者もいる。
彼らは、確かに野蛮な民かもしれない。けれども、彼らには彼らの矜持と信念が、確として存在し、その光を放ち続けているのだ。だからこそ、俺はここにいる。その光の照らす先を見るために。
「確かに、中心領域の概念からしてみれば、我ら氏族人は理解に苦しむ世界に住む民かも知れん。だが、我々は、愚かな戦を飽きもせず繰り返し、母なる地球と先人達が生み出した歴史の結晶である、人類全ての宝である叡智の実を喰い潰す五大王家が許せなかった」
その純粋な魂が紡ぎだす言葉。そう言えば昔、やはり同じような事を言っていた戦士、いや、戦士の卵がいた。けれど、今はどこにいるのか、生きているのかもわからない。やはり、もし会えたとしたら、同じ事を言うかもしれないな、と思った。
「まあ、なにやら辛気臭い物言いをしてしまったが、それは今は置いておこう。私には、この機体の力を知る事が先決だ」
「ああ、そうだな」
まあ、コイツもコイツなりに、いろいろ思う所はあるようだ。どうにもな、他の連中にも、こう自分を素直に見せる事が出来たなら、なにも部隊で孤立する事はなかったろうに。
「それはそうとして、ジーク。そのスルカイ、まだ解除されてないのか?」
さっきから気になってはいたんだが、ジークの頭の上で揺れている長い耳。こいつは、この間のLAM騒ぎの時、客人に危害を加えたということで、受けることになったスルカイだったはずだが………。
「ああ、これか。スルカイはもう解除されている、これは私自身の戒めだ」
「戒め?」
「そうだ。今にして思えば、あの時の私の行動は、まさに道化そのものだ。なればこそ、その時の愚かな私を忘れぬため、スルカイを解かれた後も、こうしてこの滑稽な装飾品を着けている。
それに、以前ミキ女史にお会いした時、カタログを戴いた訳だが、何も買わないというのは義理に反するからな。手持ちの戦利品を処分して、どうにか通貨を手に入れた。私達戦士は、必要なものは供与か徴用という形で手に入れられるが、あの方から、まさかそんな不遜な真似をする訳にもいかない。コーヒー1本飲みたいがために、PXから特権を行使して頂戴してくるのとは訳が違う。まあ、そう言うことだ」
そう言うこととは言うが、ジェイドファルコンの人間は、質実剛健が服を着て歩いているような連中揃いで、過剰な装身具をまとうことを良しとしない気質がある。それを、ひとつ間違えれば、仮装パーティーから抜け出してきたような姿で往来をうろつきまわるというのは、相当な非常事態と言わなければならない。
ともかく、やや内罰思考が強いとは言え、あの時の事は、ジークはジークなりに重く受け止めていると言うのはわかった。ミキに対して盲目的な信奉者であることは、過去のくだりからして感じてはいたが、さすがに、ここまでくると並大抵のものではない。
ミキにしてもジークにしても、気圏戦闘機乗りという共通項があるが、このジークがここまで信奉するミキというのは、氏族のなかでも結構凄腕のパイロットだったってことなんだろうか。
ただ、そのことに関しては、何度もそれとなく聞いてみたことはあったが、いつもの冗談だかなんだかわからない、あの変に人懐っこいと言うか、しなを作った態度でごまかされて終わりだった。
まあ、それこそ、どうでもいい事なんだが。
「やっぱり、俺も乗らないと駄目か?」
「何を言っているのだ、お前がいないと始まらないだろう?」
昨日は、ワルキューレの機体構造のチェックだけで一日が終わってしまい、今日はいよいよ実際にテスト稼動させてみることになったが、ここで予想外の事態が発生し、俺は、今さらながらにジークにはめられたことに気付いた。
「昨日見た時は、複座じゃなかったような気がするんだが?」
「ああ、それなら、昨晩のうちに積み直して調整しておいた。そのくらいなら、うちのテックでも十分できる作業だからな」
「なんだって?」
「仕方なかろう、そうでもしなければ、多分お前は何かと理由をつけて、同乗を拒むだろうからな」
ありゃ、見抜かれてただぎゃ。
「お前をあざむくような真似をした事は、本当にすまないと思っている。しかし、今の私に、全モードの単独操縦は正直言って無理だ」
「わかった、まあ、お互いのことはおいておこう。それで、俺は何をすればいい?」
「ああ、まず、整備マニュアルの作成だが、うちのテックでも理解できそうなものを作れるか・・・・・・?」
「それなら任せとけ、うちのリオでもメンテできるくらい、わかりやすいものを作ってやるよ」
「リオの事はともかく………うむ、まあ………そうか。なら、この件については大丈夫だな。期待しているぞ、クルツ」
「ああ、それで、次は?」
「いわば、これが本題のようなものだ。知ってのとおり、私は気圏戦闘機乗りだ。メックについては、素人も同然だ」
「まあ、そうだろうな」
「それでだ、以前、お前が見せた、私のシロネに白兵戦を仕掛けた技、あれは見事だった」
ああ、あの空中アクロバットか。けど、あれは『これが駄目ならもう終わり』的な覚悟でかましたものだ。もう一度やって見せろと言われて、はいそうですかとうまく行くようなもんじゃないんだが。
「戦いとはそういうものだ、仕損じて無事でいられるとは、私も思っていない」
「で?あの時の要領を教えてくれ、と」
「その通りだ、さすがクルツ、察しがいい」
「それなら、いきなり大技をかまそうなんて考えず、基本的なメックの操作も覚えた方がいいな」
「わかった、やってみる」
「よし、なら始めてみるか」
「う゛ぅぉえええええええっっ!!」
たった30分足らずの訓練飛行で、俺はさっき食ったミートボールと感動の再会を果たすことになった。
今日もまたありついた弁当は、せっかくジークが用意してくれたものということで少し気が引けたが、アイツも俺の隣でサンドイッチさんと再会しているから、まあ、大目に見てもらおう。
「だ………大丈夫か?ジーク」
「あ、ああ………しかし、これはなかなか………うぐぇおっっ!!」
あの後、さっそく息巻いてLAMのテスト飛行を行い、ファイターモードまでは順調だった。しかし、エアロメックモードから風向きが怪しくなり、メックモードに移行したとたん、俺達の胃袋と忍耐力はあっという間に臨界点を突破した。
確かに、メックだって歩く時はもちろんのこと、飛んだり跳ねたり走ったりすれば、装輪車両とは比較にならないヨーイングやピッチングの嵐が襲い掛かる。メックの操縦にはまったく自信がないと自分で言うだけあって、ジークの操縦は酷いを通り越して、自殺願望があるんじゃないかとさえ疑わせるものだった。
とにかく安定しない。エアロメックモードはどうにか操縦しきれてはいたが、それでも、このモードの最大の売りである低空でのホバリング機動に移った途端、ユラユラヒタヒタと怪しげな揺らぎが途切れることなく神経を侵食する。
メックモードに移行して、地上走行を行った時などは、それはもう筆舌に尽くしがたいなんてもんじゃなかった。
とにかくリズムが一定しない、いきなり大きく傾いたかと思えば、それと同じ勢いと振り幅で機体を建て直すからたまらない。三半規管を蝕む振幅と、転倒の恐怖が常に付きまとい、それらは確実に俺とジークの体力を消耗させていった。
「とにかく、焦らず基本から行こう。エアロメックやメックモードは、サブか緊急時の手段として考えて、とにかくファイターモードで安定させて動かすことを第一目標にしよう………うげぇぇっっ!!」
「わ、わかった………すまない、面倒をかける………おぉぅえぇっっ!!」
まったく、ふたり仲良くゲロ吐いてちゃ世話はない。これは、前途多難だ。
「なにが、良くなかったのだろうか」
エプロンの掃除を終えて、一息つくために休憩をとっていると、ジークがポツリとつぶやいた。
「初めての割にゃ、飲み込みはいい方だと思うけどな」
「世辞はいい、飲み込みがいいのなら、ふたり揃って酔っ払いのように嘔吐することも無かろう」
「いや、メック動かしていきなり転倒、ついでに背骨も折って、そのままあの世逝き。って訓練生もいるからな、そういったのに比べれば、ってやつだ」
「そうか」
俺の言葉に、ジークはなんとも微妙な表情を浮かべて、エプロンの片隅にたたずんでいる機体を見つめていた。
「なあ、ジーク」
「なんだ」
俺の呼びかけに、ジークは、すっかり疲れきった表情で振り向いた。なんだかな、こりゃ、相当まいってるな。
「お前、目的を取り違えてないか?」
「なんだと?」
「だってそうだろ?お前、いつから戦場を地面に移したんだ?お前が戦うのは、あくまでも空なんだろ?だったら、もっと違うやり方があるんじゃないか?」
「それがわかれば苦労はない!」
「いや、お前はもうわかってるはずさ。こう思ってないか?『全てのモードを使いこなさなければならない、より完璧に、より高度に』ってな。お前がLAMに乗ろうと思ったのは、なにも地べたをメックで駆けずり回るためじゃないだろ?」
「そ、それはそうだが」
「なら、お前の戦場で、ワルキューレを使いこなす工夫をしようぜ?」
「しかし、どうやって」
「とりあえず、今日は上がろう。ふたりともこんな状態じゃ、事故を起こしに行くようなもんだしな」
「そう………だな」
「とりあえず、今日の残りはデータの整理とチェックにしとこう」
「わかった、そうしよう」
あれから一週間、俺達は相変わらず、飛ばしては吐き、吐いては飛ばす、の繰り返しを続けていた。さすがに、ある程度はジークの技量もさまになってきたが、それでも、メックモードに関しては、相変わらず俺達の胃袋をこねくり回し続けてくれた。
そして、今日もどうにか無事に宿舎に帰ってきた俺達は、めいめいLAMについてのデータを検討することになった。ワルキューレのハードディスクからコピーしてきた、今までの機動データを個人携帯端末で立ち上げてみながら、ジークの操作におけるクセなどを分析してみる。そこから、最適な機動パターンを割り出してみようって寸法だ。
一方、ジークといえば、参考にとミキからLAMと共に同梱されてきた、ドラコのLAM部隊の記録映像を食い入るように見ている。
それはそうと、今まで集めたデータを検討した限りでは、ファイターモードはもちろん問題なし。エアロモードで、やや機体の操作バランスに問題が生じ始め、それがあの真綿で首を絞めるような不快な振幅の原因になっている。そして、最大の問題が、メックモードにおける不安定さだ。
これはさすがに、メックと言う機械の操作を本格的に訓練しなければ、どうにもならないものであることは否定できない。しかし、今さらそんな手間隙かかった真似をする訳にもいかないだろう。まず、ひとりの為にそんな特別カリキュラムを組む事自体無理があるし、そもそも、航空団幹部層が納得しないはずだ。
ワルキューレを配備させただけでも、あちらさんにとっちゃ最大限の譲歩ってヤツだろう。となると、この問題は俺達でなんとかするしかない。だが、こうやって検討してみると、意外にも、ジークのメックモードにおける操縦は、それほど深刻な問題点があるわけではない事が判明した。
基本的な操作は、まず問題なくコマンドされている。外部状況に反応するタイミングも悪くない、処理の仕方もまずまずと言っていい。では、何が悪いか。と言えば、これはもう単純明快なものだ。
それは、恐怖心。この一言に尽きる。本人はまず否定するだろうが、この不安定な駆動パターンは、他兵科からメックへと機種転換したパイロットのそれに近い。もともと途中からメックに乗り換える、なんて奴が滅多にいないこともあって、これはすぐに記憶の引き出しから出てきた。
つまり、今まで慣れ親しんできた気圏戦闘機とは、まったく性格が違うバトルメックと言う機械の操縦と、その機動パターンに戸惑い、無意識のうちに精神的なブレーキを引いてしまっているってやつだ。
となればどうするか、ジーク自身の心理的な問題を取り払う事が出来ればいいのだが、これは、ハードの調整やチューニングでどうなると言ったものではない。早い話が、ジーク自身が意識を変えるしかないんだが、そんな簡単なことじゃないってのは、うちのリオ介にだってわかる話だ。
「どうだ、何かわかりそうか?」
気付くと、ジークが俺の肩越しに端末の画面を覗き込んでいる。ジークもジークなりに、やはり気になるのだろう。
「ああ、一応な」
「一応、とは?」
「まだ確証が持てないんでね、あいまいな事を言って、混乱させる訳には行かない。だから、少し待っていてくれないか」
「そうか、しかし………いや、お前がそういうのなら、そうしよう」
ジークは神妙な表情でうなずき、再びトライビットの画面に向き直ると、そのまま黙り込んでしまった。画面では、LAMの1個小隊がマローダーやオストカウトの一団を向こうに回し、凄まじいテンポで姿を変えながら、めまぐるしい機動性で相手を翻弄し、クラス重量の違いをものともせず、一歩も引かない奮闘振りを見せている映像が流れていた。
ここまで完璧にLAMを稼動させていることから、LAM装備部隊のアグレッサー、もしかしたら、DESTの戦技研部隊かもしれない。
そして、ジークは、その映像を食い入るように睨みつけている。もしこのLAM達がDEST所属だったとしたら、参考にすること自体、そもそも間違いと言う気もしてくる・・・が、こうなると、何とかしてやりたいってのが人情なんだが。
その時、止まりかけた部屋の空気をかき混ぜるかのように、部屋のインターホンの呼び出し音が鳴った。
「ああ、いい。私が出る、作業を続けてくれ」
「悪い、頼む」
まあ、ここはジークの部屋なんだから、当然っちゃ当然だ。
「なに!?」
突然大声を張り上げたジークに、何事かと振り向くと、受話器を握り締めたまま、ジークは厳しい表情を浮かべている。
まさか、あまりにも訓練結果が酷いんで、LAMを取り上げられたってんじゃないだろうな。
「非常呼集だ、ブリーフィングルームへ行くぞ」
「え!お、俺もか!?」
「何を言っているんだ、でなければ誰が電子管制をする!早く来るんだ!」
いいよ、わかってる。どうせ、こういうことになるだろうとは思ってたんだ。
「では、まとめに入る。今回の任務は、本日1520に第57警戒郡の防空レーダーが捉えた、所属不明機および艦隊に対する警戒および捜索だ。本件に関しては、ドラコ連合の一部の勢力による、ゴーストベアー領アルシャインに侵攻したことに関連した、ベアー側による何らかの動きであると予想されている。
今さら説明することもないと思うが、これらアンノウンが、ベアーとなんらかの関わりがあるとすれば、ベアーと軍事協力関係にある、スノゥレイヴンの海軍も視野に入れておかなければならない。レイヴンには、放棄の儀の折、海軍艦隊をもって支援してもらった経緯があるが、戦場で相まみえた以上、その引き金を鈍らせてはならない。
明朝0700をもって、アンノウンは第一次警戒ラインに接近。翌1230には領空内に侵入・降下すると予測される、同ポイントに最も近く、迅速な対応が出来るのは我々の航空団と言うことになる。
宙域の警備および防衛の主力は、衛星軌道上の艦隊および艦載機で行われる。我々の任務は、万が一に備え、防衛ラインを突破してきた敵航空部隊を邀撃、方面航空団および艦隊の応援が到着するまで、警戒任務にあたる。
先ほど名前を呼ばれたものは、スクランブル要員として待機。残りの者も、準待機任務とする。以上だ」
ジークの所属する航空隊の部隊長のブリーフィングを、俺はどうにも落ち着かない気分で聞いていた。
ああ、そうさ。やっぱり、怖いよ。俺も実戦に参加しなくちゃならない、ってのもそうだが、なにより、ジークの機体慣熟訓練が間に合わなかった。ってのが一番痛い。さて、どうなるか。
「クルツ、心配することはない。確かに、メックモードやエアロメックモードの習得は間に合わなかったが、ファイターモードは何も問題はない。大丈夫だ、お前は必ず無事に帰してやる」
「ジーク、お前………」
「気にするな、お前は精一杯やってくれたと信じている。これは、時の運という奴だ」
隣に座っていたジークが、ささやくように話しかけてくる。だが、その横顔は厳しい表情を浮かべ、まっすぐボードの方を見たままだった。
しかし、ベアーだけならともかく、放棄の儀で世話になったレイヴンまで、連中の片棒を担いで攻めてくるかもしれないってのは、心情的にちと厳しいもんだ。
「ベアーだろうがレイヴンだろうが、敵は敵だ。今私がどこにその身を置こうと関係ない、私の存在意義は敵を粉砕することにある。それだけだ」
戦士としての、存在意義、か。
「中心領域には、『昨日の敵は今日の友』という言葉があるそうだな。逆もまた真なり、だ。悩んでいても始まらない、過去は過去だが、我々がここに存在することもまた、動かせない事実だ。私達戦士は、存在し続けるという事実を形あるものにするためにいる。そしてそれを支えるのはお前達だ、違うか?」
「いや、その通り………だ」
「フフッ、なら、そんな顔はよせ。お前は、いつもヘラヘラ笑っているのが似合う」
「ヘラヘラって、おい、俺はいつも真剣勝負だぞ」
「ハハハ、知らぬは自分ばかり、か。噂は聞いているぞ、あのクラスター随一の変態だとな」
「変態?おい、いくらなんでもそりゃないだろう」
「アハハハハ、お前は変態だよ。明けても機械、暮れても機械、機械と工具が友であり娯楽であり快楽。フフッ、これを変態と言わずして何と言う」
「せめて変人にしてくれ、変態はいくらなんでもあんまりだ」
「断る。変態、これこそお前に相応しい称号ではないか。フフッ、私は気に入っているぞ」
「お前が気に入っても仕方ないだろう、俺は嫌だよ」
「いや、クルツ、貴様は変態だよ。そして、ジークルーネ、貴様もな」
『あっ!?』
しまった、コイツとのおしゃべりに夢中になっていて、今がブリーフィング中だって事を、すっかり忘れてた。
「も、申し訳ありません、スターコーネル・ロイズ。これは私が先に話しかけたものであります、クルツに責任はありません!」
「そのようだな。俺の話は確かにつまらんかもしれんが、ちゃんと聞いておかんと、貴様らの命に係わるぞ」
「も、申し訳ありません」
「まあいい、本来なら、またスルカイを申し付けたい所だが、今回に限って大目に見てやる。ブリーフィング中に、とは言わんが、他の連中にも今みたいに接してみろ」
「りょ、了解!」
「まあ、そう硬くなるな。ジークルーネ、貴様でも、一応まともに他人と会話できるとわかっただけ発見だ。ブリーフィングは以上だ、総員、速やかに任務の準備をするように!」
険しい表情から、一転して豪放な笑顔を放つ飛行隊長は、大きな背中を揺らしながら、のしのしとブリーフィングルームを出て行った。
「驚いたな」
「驚いたのはこっちだ、なぜ止めなかった」
「あのな、そりゃ言いがかりだろう。それに、止めたらお前聞いたかよ」
「まあいい、この話は後だ。お前の装備一式を借りてこなければならん、主計課に行くぞ、一緒に来い」
「ああ、わかった」
まったく、子供じゃあるまいし、おしゃべりで叱られるなんて、我ながらみっともない話だよ。
「どうでもいいが、寝るときくらい、耐Gスーツは脱いだらどうだ」
「いや、でもこれ、かっこいいし」
「まったく、大きい図体をしておきながら、子供みたいなことを」
「いやほら、子供の頃の夢はパイロットだったしさ。好きな歌は『うちのダーリンはパイロットだっちゃ』だったしな、よく歌ったもんだ」
「話がよくわからん」
あの後、航空団の主計課に装備一式を借りに行ったわけだが、貸し渋りどころか気前良く最新装備を貸してくれた。いや、しかしこうすると気分なもんで、この間の必要最低限な装備とは桁違いだ。とにかくかっこいい、ジャンプスーツに耐Gスーツ、フライトベストにエアフォースヘルメット、こいつら一式に身を固めてみると、否応なしに気分が盛り上がってくる。
「はしゃぐのは一向に構わんが、それらは、我々気圏戦闘機乗りの死に装束のようなものだ。その気構えを忘れるなよ」
「なんでそういうこと言うかな」
「事実だ」
「夢を忘れた大人め」
「何の関係がある」
まったく、人がせっかく盛り上がってるのに、いちいち一言多い奴だ。だからみんなに嫌われるんだよ。だいたいこんな話、カラ元気でもかまさにゃやってられるか。
「まったく、結局、LAMの習熟が間に合わなかったと言うのに」
「結局、ふたりでゲロ吐いてただけだったしな。ははははは」
「お前という奴は、駄目なら笑ってごまかそうという気か。いいか、実戦になったら、お前も搭乗してもらうのだからな。それを忘れるなよ」
「そういやそうだったな、複座なんだしな」
「そう言うことだ。はっきり言っておくが、巻き込んだつもりはないからな。お前も中心領域の戦士であった以上、覚悟を決めろ。ワルキューレのコ・パイシート、そこがお前の棺桶だと思え」
「やれやれ、複座ってのはやっかいなもんだな、一蓮托生死なばもろとも。やだねぇ、俺、複座の飛行機だけにゃ乗りたく………」
「今度は泣き言か?」
「複座?複座………そうか!ははははははは!!」
「な、なんだ!どうした!?」
「そうだよ複座だ複座なんだよ!はははは!これで勝ったも同然だ!!」
そうだよ、俺はどうして気付かなかったんだ!何のための複座で、しかも電子偵察機並みのシステムを積んでるんだよ!よし、そうと決まればさっそくだ!!
「おい待て!どこに行くつもりだ!寝られるうちに寝ておけ!!」
「大丈夫!すぐに終わる!!」
俺は、LAMのデータが全て詰まった個人端末を抱えて、ハンガーへとダッシュした。こうなったら、時間との勝負だ。
「よし、これで、メインコントロールのサポートが出来るはずだ」
「やっと終わったか、このストラバグめ」
「うお!?」
何やってんだコイツ、人を驚かせやがって。
「人の顔を見て驚く奴があるか、つくづく無礼な奴め」
いつの間にか現れたジークは、ラダーを片手で掴みながら、空いた手でマグライトを持っているんだが、それが顎の下から顔を照らしている。しかも、それがコクピットのへりから頭だけ出して、こちらを見ら睨みつけている絵面は、大抵の奴なら十分ビビる。
「まったく、自分で否定しておきながらこれだ。今すぐにでもスクランブルがかかっておかしくない状況で、貴重な睡眠時間を潰す奴があるか」
「いや、どうしても今やっておきたいことだったんだ」
「仕事熱心なのはありがたいが、これ以上システムを増やされても、もうテストをする時間も余裕もない。今ある機能で最善を尽くすしかない。お前はもう十分やってくれた、さあ、帰るぞ」
「そうだな、わかった」
あれから3時間後きっかりに、俺はプログラムの修正を終えたが、ハンガーまで追いかけてきたジークに、作業終了と同時に宿舎へ連れ戻されることになった。
実際の稼動チェックが出来なかったのは心残りだが、システム上のチェックではエラーもバグも無し。システムも、構想どおりの機能が構築できた。
ただ、本当ならフルオートで対応させるつもりだったが、専門の機材でのテストもなしにそこまでやると、逆にシステム不全を起こす可能性がある。だから、電子管制官、つまりは俺がそれをマニュアルで実行しなければならない。けれども、俺の予想通りのパフォーマンスを示してくれたから、それでよしとするしかない。
それに、ジークの言うとおり、時間的に余裕がない状況で、あれこれ後付のシステムを盛り込むのも、確かにリスクは大きい。ここはもう、最善を尽くしたと信じて、おとなしく引き下がるしかないだろう。
「お」
「どうした?」
ハンガーの外に出ると、視界一杯に広がる夜空の光景に、俺は思わず声を漏らした。
「流星群だ、珍しいな」
「そう言えば、数年に一度の流星群現象、今の時期がちょうどそうだと言っていたな………おい、何をぶつぶつ言っているんだ?」
「これだけありゃ、願い事も叶うだろ」
「願い事?何のことだ」
「流れ星とくりゃ、消える前に願い事を3回唱えるって言うだろ」
「知らん、初めて聞いた」
俺の説明に、ジークは狐につままれたような表情を浮かべ、夜空を次々と流れていく流星を見上げていた。
「今さら言うことではないかも知れんが、疲労や睡眠不足は、命に係わるミスを引き起こす。気圏戦闘機なら、さらにその危険度は大きくなる。綱渡りの最中に居眠りをするようなものだ。寝るのも任務だ、わかったら今すぐ寝ろ」
「わかった、わかったから、手錠は外してくれ。俺にそんな趣味はないんだ」
「ストラバグ、いつ何時飛び出していくかわからんような奴は、それぐらいせんと不十分だ。いいから、もう休め。お前は十分よくやってくれた。あとは私に任せろ、今度は、私が信頼に応えてみせる」
宿舎に連れ戻された俺は、とにかく寝ろ一点張りのジークに、右手首を手錠でベッドのフレームに連結され、強制的に寝かしつけられる羽目になった。ジークの言いたいこともわからんではないが、いくらなんでもここまでするか。
「おい、言うとおりおとなしくしてるから、こいつを外してくれ。俺は、自分の寝袋で寝るから」
「その手に乗るか、いいから寝ろ」
「あ、おい!?わかった!誓って今すぐ寝るから、外してくれ!おい!!」
「うるさい、お前のおかげで気疲れも甚だしい、黙って寝ろ」
こともあろうに、同じベッドに横になったジークは、心底うっとうしそうに答えると、すぐにすうすうと寝息を立て始めた。もともと一人用のシングルタイプだから、いくらジークが小柄とはいえ、お互いが密着するような形になってしまった。
ああまったく、なんでこんなおかしな話になるんだ。
「ジーク」
返事はない。
「ジークさ~ん♪」
ためしに、頬を引っ張ってみた。意外と暖かくて柔らかい、じゃなくて、反応すらない。
「よし、寝たね」
俺は、ジークが寝入ってしまったのを確認して、俺はポケットの中に丸めておいた針金を抜き出すと、手錠の鍵を外してベッドから脱け出した。
「まったく、見た目によらず出鱈目ばかりしやがって」
人ひとり横たわれるほどしかない小さなベッドの上で、今にも転げ落ちそうな状態で寝ているジークを真ん中に寄せ、毛布をかけ直すと、俺はこれ以上ないくらい馴染んだ寝袋に潜り込んだ。体調管理とこいつは言うが、一番万全でいてくれないと困るのは、他でもないジークだ。しっかり休んでもらわにゃ、いざと言う時、俺が困る。
ジークがLAMに習熟することは間に合わなかったとは言え、それでも、俺に出来る限りの事をしたと思おう。後はもう、祈るだけだ。そう思いを巡らせながら、俺はシュラフの中で目を閉じる。
やっぱり、ここが一番落ち着くよ。それじゃ、おやすみ。