まさか、こんな所でもう一度、彼女に会うとは思わなかった。
あの、ダグダに来ていた女性駐在官。俺は、思いがけない人物と再会を果たすことになったが、どうもこの状況は素直にそれを喜んでいいものじゃなさそうだ。
ああ、すまない。なんというか今現在、俺達4人は護送車に乗せられ、どこかへ運ばれている真っ最中だ。正直言って、この状況が吉なのか凶なのか良くわからない。
まあいいや、話を戻そうか。彼女は、直属の上官である、ミカサ大尉の命令による送致手続きとやらで、俺達を軍警の拘置所から連れ出し、待機していた護送車で搬送されているって訳だ。そして、厄介なのはこれからだ。何が理由で、俺達を身に覚えのないことで逮捕したミカサ大尉達が、今度は俺達を他の場所へ移送するよう命令したのか。肝心なことは、まだ何一つわかっていない。そして、彼女も、移送の件もそうだが、自分の所属や官姓名以外の必要最低限の情報以外は、何一つ口にしてはいない。
ハナヱ・ボカチンスキ―軍曹。それが彼女の名前らしいが、どうにもしっくりこない。どこが、と言われれば説明に困るが、強いて言えば勘だ。この名前だって、多分偽名だろう。まあ、そんなこと言ったら、ミカサ大尉やイシカワ大尉だって、今から考えりゃ、随分怪しいもんだ。
拘束衣で全身を固められていたら、考え事しかすることがない。てなわけで、そんなことをつらつらと考えながらふと見ると、女視法師は、妙に不機嫌そうな表情を浮かべ、俺に向かって底光りのする目を向けている。
「おみゃーさん、どえりゃー楽しそーだがね?なんぞえーことでもあっただぎゃ?」
「いえ、そんなことはないですよ?」
「ふ~ん、まー、えーけどもがね」
何をもってしてこの状況を楽しいと思えるのか、ちとばかし意味が分からないが、女視法師は、そう言うと不機嫌そうな眼を、形ばかりの警戒の様子を取っている、差し向かいに座る彼女、ボカチンスキー軍曹に向けた。
「ボカチン、ちっとばかし聞きてーことがあるだぎゃ」
「ボカチンじゃありません、私はハナヱ・ボカチンスキーです」
その瞬間、あろうことか女視法師は体を揺すりながらゲラゲラと笑い出した。
「・・・なにが、おかしいんですか?」
「ふへっ、そりゃそーだぎゃ。ボカチンちゅーたら、ドラコじゃ『魚雷がボカンで沈没』っちゅー意味だぎゃ?ったく、縁起でもねー。それにくらべて、うちの名前は、そりゃーもー素敵なもんだぎゃ」
いったい何がしたいのか、彼女は突然見当違いの話題を持ち出し、得意そうに小鼻をぴすぴすふくらませている。頼むから、こんな状況で無意味に相手を挑発するようなものの言い方はやめて欲しい。弟なんか、緊張で顔が強張りかけてる。
もしこの場で、万に一つでも彼女がキレて、帯刀している光モンを抜いたが最後、拘束衣で全く身動きが取れない俺達は、ツキジ・マーケットのマグロよろしく解体ショーを我が身を持って披露することになる。
あまり大きな声で言いたかないが、拘束衣でガッチガチに固められた今の俺たちは、ケンカをさせたら、多分、小学生にも負ける。
「・・・何か御用じゃなかったんですか?」
しかし、ボカチンスキー軍曹は眉一つ動かさず、制帽の下からその青い目をついと向ける。なんというか、ダグダで会った時とは、全く別人だ。なんていうか、
可哀そうに、明日はお肉屋さんに並ぶのね。
と言った塩梅で、運ばれていく牛や豚を見やるような、そんな感じだ。
「あー、なんかひと笑いしたら、けろりと忘れてもーただぎゃ。思い出したら、まっぺん聞くでね」
しかし、彼女は再三の下手な挑発に乗ることもなく、つまらなさそうに小さく鼻を鳴らした後、再び黙り込んでしまった。
護送車の緊張は頂点に達し、俺を含め男性陣はどうにも居たたまれない様子で、互いに肩を寄せ合いながら目をそらしている。まったく、自分の状況と立場ってものを理解しているのか、この人は?
と、その時、護送車が停止し、外からハッチが開けられた。
「着きました、皆さん、降りてください」
さあ、これから何が起こることやら。俺達3人は、無意識のうちに顔を見合わせていた。けれども、女視法師はまるで旅館の送迎車から降りるような調子で、ホイホイと外へ出て行ってしまった。
しかたない、どの道、ここでじっとしているわけにもいかないんだ。俺達3人も、覚悟を決めて彼女の後に続いた。
そこは、氏族侵攻の際に破壊され、ほとんど放棄されかけた工業団地帯の一画だった。そして、そこに展開している臨戦態勢のDCMSの戦闘員達。そして、1個小隊(ランス)のバトルメックが、その姿を誇示するように巨体をそびえさせている。
おい、まさか、ここで俺達を処分しちまう気じゃないだろうな。
「クルツ、心配することはない。俺達を消す気なら、メックなど用意する必要はない。本当にそのつもりなら、護送車の中にいた、あの女の技量だけで十分それはできる」
俺の顔色を察してか、そう耳打ちする彼は、鋭い視線をボカチンスキー軍曹と、そして、覆いかぶさってくるような威容の重量級メックに向ける。
「それより、気になる。連中の注意が向こうの廃工場に向いている、なにかある」
確かに、彼の言うとおり、ダークグリーンに塗装されたグランドドラゴンのPPCの砲身は、まっすぐに廃工場に狙いを定めている。
「その通り、あそこには、ノヴァキャットの残党を名乗るテロリストとそのメック、そして、人質がいる」
その声に、俺は自分でもわかるくらい、表情を緊張させた。昨日、俺達を誘拐容疑と言う、まったく身に覚えのないことで逮捕した、ミカサ大尉達がいたからだ。
「されど、捕われているのは、ボカチンスキー議長閣下の御息女本人ではござらん。捕われているのは、かような時に備えた、影武者でござる」
その言葉を聞いたときの俺達の顔は、傍から見てずいぶん間抜けたものだったろう。しかし、続いた言葉を聞いた時、そんな間抜け面をいつまでも貼り付けておくわけにはいかなくなった。
「我々は、これから10分後、あの施設を砲撃し、テロリスト共を殲滅する。そして、議長閣下の御息女は、無事救出されるものとなる」
その話し方だと、もうその議長の娘さんとやらは救出・・・あ?ボカチンスキーって、もしかして・・・?
「その通り、彼女、ハナヱ・ボカチンスキー軍曹は、ボカチンスキー議長閣下の御息女でござる」
はあ、なるほど。そういうことか・・・って、おい、ちょっと待ってくれ。
「ミカサ大尉、少し聞きたいことがある」
「テロリストとの交渉は、議論の余地もない愚かなものでござる。今さら、ノヴァキャット氏族との対話を、無頼の輩による恫喝によって取り下げることは、我がドラコ連合の威信にかかわりしこと。あの者らが我々の降伏勧告を無視した以上、速やかに排除するものにてござる」
「待ってくれ、それじゃ、人質ごと吹っ飛ばすってことか?」
「その通り、死人に口はない。ノヴァキャット氏族の名を騙る者と民に報せれば、どちらの腹も痛むものではござらん」
なんてこった、どう言う事情があるかは知らないが、そのために無関係の人間まで始末するってのか?もしそうなれば、疑いは一応なかったことになっても、ノヴァキャットの立場は全く無くなってしまう。それに、ドラコ側にしてみれば、人ひとりの命を対価にして得られるものが、ノヴァキャット氏族に対するイニシアチブだとすれば、これは非常に良い買い物だろう。
だが、こうなってくると、俄然洒落にならない空気が周囲をじりじりと押し潰していく。他の連中はと見ると、みな一様に口を硬く結んで一言も発しないでいる。特に、ボカチンスキー軍曹の表情は、苦痛に耐えるように硬直している。
それはそうだろう、今からメックの砲撃でテロリストもろとも吹っ飛ばされようとしている人間が、自分の代わりに誘拐されてしまった人間なのだから。もし、それを当たり前だと言ってなんとも思わないようなら、それはもう人間なんかじゃない。
「ミカサ大尉、そしてイシカワ大尉、この状況は、我々にとって、非常に好ましからぬものである。我々への疑いは、我々の手で、全ての真実を明るみに出した上で、その潔白を証明する」
そのとき、重い沈黙を破って発せられた言葉に、俺は心底仰天した。ルシエンに来てからこっち、まったく元気のなかったマスターが、今までとは別人のような表情で、あのふたりに視線を投げつけている。
「スターキャプテン・ローク・ドラムンド、スターコマンダー・アストラ、メックウォーリアー・ディオーネ。我らの誇りと名誉にかけて、名誉を回復するための全ての行為。囚われ人の奪還と、無頼の輩に対して、我が拳によって制裁を与える権利を要求する」
見ると、あの姉弟も、マスターと同じ表情でうなずいている。だけど、このまとわりつくような嫌な空気はなんなんだ。
「心意気は汲もう、だが、敵の持つメックに対して、どう立ち向かうつもりでござるか?特に、人間の殺傷に長けたローカストなれば、たとえそこもとらが誉れ高き戦士といえど、赤子も同然のはず」
確かに、かなり痛いところを突いてきた。聞けば、テロリストが持ち出してきたのは、旧型のローカスト1機ということだが、それがこの場合、かなりマズいことになる。
ローカストといえば、対メック戦では全くお話にもならないような奴だが、歩兵相手には『自走挽き肉製造器』とまで言われる奴だ。無茶だ、いくらマスターがエレメンタルすら殴り倒せる戦闘力を持つ戦士でも、人を駆除することに特化したメック相手にどうこうできるものなんかじゃない。
マスターは、女視法師とその弟を振り向き、彼らの意思を確認するかのように、無言でうなずきあう。
「我らが出向き、1時間。それまでに何もなければ、貴官らは、指揮するメックによって、予定通りの行動をしてかまわない」
「その言葉、真と受け取ってよろしいか?」
「是(アフ)、ただし、ひとつだけ願いがある。これは、我らが心より望むものである」
「承知した、なんなりと」
「そこにいる、トマスン・クルツ。彼の者の保護を願う」
マスターの真剣な言葉に、ミカサ大尉は一瞬だけ俺の方に視線を向ける。
「承知した、我らの名誉にかけて」
「感謝の極みを」
そして、ミカサ大尉は、マスター達の拘束衣の施錠を解除し、彼らを自由の身にする。
「ちょっと待て、冗談じゃないぞ?ミカサ大尉、もしかしてマスター達がそう言うと踏んで、わざわざここまで連れて来たんじゃないだろうな?」
俺の言葉に、返事の代わりに鋭い視線が向けられる。そして、何故か俺も拘束を解いてもらえたが、それとこれとは別の話だ。こいつら、俺達氏族人を、面倒事を解決するための捨て駒にするつもりだ。
「クルツ、気にする必要はない。ひとたび名誉を傷つけられた以上、これ以外に俺達が恥をすすぐ方法はない」
「お前までいったい何言ってるんだ?こんな状況、絶対におかしいだろう!」
思わず声を荒げてしまうが、彼は穏やかに微笑むだけ。まるで俺ひとりが取り乱しているような状況に、思わず言葉を詰まらせていると、マスターが俺の肩を軽くたたきながら話しかけてきた。
「クルツよ、おみゃーは今まで文句ひとつたれず、よー頑張ってくれたでな。後のことは、にゃーんも気にするこたぁねーで、おみゃーの自由にしてかまわねーでよ。このまま実家に帰ってもかまわねーし、そのボンズコードも、おみゃーさんの勝手で取っ払ってかまわねーでよ。
おみゃーには、どえりゃー苦労かけたけどもが、長げーあいだ、どえりゃー世話になったでな。腹壊したり、カゼとかひかんよー、達者でやるでよ」
マスターは、普段と何も変わらない笑顔で俺に声をかけると、再び俺の軽く肩を叩いて、女視法師とその弟を従えて廃工場に向かって歩き出した。
マスター、こんな時に何フリーボーンみたいなこと言ってるんだ。畜生、何でこんなことに・・・!
「・・・マスター、ボンズマン・トマスン・クルツは、スターキャプテン・ローク・ドラムンドに対し、この場において、不服の神判を申し立てるものであります」
こうなった以上、俺の言うことはたったひとつだ。俺は、マスターの背中に向かって言葉を投げつける。そして、マスターだけでなく、女視法師とその弟も、電流に撃たれたような表情で俺を振り返った。
「はあ?たーけ抜かすんもたいがいにせーよ?おみゃーみてーな人っ腹生まれに、何ができるだぎゃ」
「名誉を賭けた戦いにおいて、情けをかけられ、デズグラ(臆病者)としての生を負わされることに対し、私、トマスン・クルツは、スターキャプテン・ローク・ドラムンドに対し、不服の神判を申し立てる。場所は廃工場、勝負は生き残り」
こっちから勝負内容を提示するのは、本当は儀礼に反するが、場合が場合だけに、そんなのは敢えて無視する。そして、俺の言い放った言葉に、今度は、ミカサ大尉達や、ボカチンスキー軍曹までもが顔色を変える番だった。
「私も、元は中心領域における戦士階級です。同じ条件なら、同じように戦えることを証明します」
「こ・・・この、人の気も知らんと・・・!」
俺の宣言に対し、マスターは苦虫を噛み潰したような顔になる。けれども、ほんの一瞬だけ、彼の目が笑ったように見えたのは、俺のうぬぼれだろうか。それに、マスター。言っちゃ悪いが、それはお互い様だよ。
「やっぱりおみゃーさんは、てーした男だで。うちの目に、狂いはなかったっちゅーことだぎゃ」
さっきまでの、意味不明のひねくれさ加減は跡形もなく消えうせ、めっぽう上機嫌な様子で視法師ディオーネが話しかけてくる。何?何で今まで名前を出さなかったのかって?
前に一度聞いたことは聞いたって覚えはあるんだが、マスターの言葉で思い出すまで忘れていた。お前さんだって、顔見知りだけど名前はイマイチよく覚えていないってあるだろう?それが、これだ。
それはともかく、俺達は成り行き上、二手に分かれることになった。組み合わせについては、さっきマスターに対してあれだけ大見得を切った以上、一緒に組むわけにもいかず、
『うちが責任持って面倒みるだぎゃ』
と言うディオーネの言葉に、アストラも、それならば。と、マスターと組む方を選んだって訳だ。なんだよ、お前さんもいちいちこだわるな。だってお前、今までは、たまたまアストラの名前を呼ぶ機会がなかっただけの話じゃんかよ。
しかし、本当に落ち着かない。いや、違うよ何言ってんだ。別にディオーネと一緒だからドキドキしてるわけじゃない。あのな、この際だから言っておくが、氏族の女戦士を普通の女性と同列に扱わない方がいい。下手に恋愛感情を持って、中心領域のノリで『愛してる』なんて言ってみろ、それは氏族人の女戦士にとって、
『このメスブタ』
と言い放つのと同じことになる。そうなったが最後、これ以上ないほどの卑猥かつ屈辱的な表現で侮辱したことになり、下手を打てば不服の神判をブチ上げられ、それこそ命に係わる事案に発展しかねない。どうしてそうなるのかと言われても、連中の頭の中身がそうなっているんだから、そうとしか答えようがない。
俺が落ち着かないのは、いつローカストに出くわすか。ってことだ。なにせ、俺達が持っている飛び道具と言えば、ミカサ大尉からもらった携行対装甲ミサイル一本だけ。まさに、正真正銘の一発勝負だ。ディオーネにいたっては、戦士のクセに『飛び道具は性にあわねーだぎゃ』とピストル一丁持っていない。
ただ、彼女が自信ありげに持っている、ポーチの中身が気にかかる。当然、何が入っているかは教えてくれないが、それなりに使えるものが入っているのだろう。なにしろ、ノヴァキャットでは、相手に浴びせる喧嘩口上に、
『どーせ、おみゃーのポーチにゃー、ロクなモンが入ってねーくせに!』
なんてものがある。それだけ、ポーチの中身ってのは、切り札じみた要素がつまっていると期待していいんだろう。いや、そうでないと、こっちが困る。
「クルツ、うちにえー考えがあるだぎゃ。ちょい耳を貸すだぎゃ」
その時、かなり自信ありげな声とともに、ディオーネが俺に耳打ちをしてきた。
いた。
眼下に見えたローカストの姿に、俺の心臓は悲鳴を上げてはね上がる。そして、ガラクタの山を這いずりまわりながら、ローカストのセンサーに捕まらないようジリジリと接近を試みる。
正直、こんな状況でなければ、絶対に御免こうむりたい行動をとっている自分が可笑しいやら悲しいやら。しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。
俺達を探しているのであろう奴は、まるで虫けらを探すダチョウかなにかのように体を揺すりながら、スクラップの山の間を歩いている。ありがたいことに、俺の方にはまだ気づいていないのか、こっちを向く気配はない。それとも、知ってて後回しにしようとしているのかは知らないが、とにかく、俺にとっては千載一遇のチャンスであることには違いない。
自然と荒くなる息を無理矢理抑えつけ、顔中に吹き出る汗を静かに拭う。そして、安全装置を解除した後、アイアンサイトの目視照準で奴の横っ面を狙う。間違っても誘導モードなんて使えない。やったが最後、奴のセンサーは俺を逆探知し、スペリーブローニング機銃が俺を挽き肉にしてくれるだろう。
そうこうしている内に、俺が隠れているところまで20mくらいの所を、奴は悠然と通り過ぎようとしている。普通に考えれば、気付いていないはずがない。しかし、ここまで接近を許しているということは、歩兵装備如きでどうこうされることはない、という絶対の自信があるか、それとも、人間狩りをより一層楽しむために、目視だけで探しているのか。
だが、そんなことはどうでもいい。奴がそのつもりなら、俺は遠慮なくコイツをお見舞いしてやるだけだ。感覚的には視界一杯に迫る奴の横っ面、ワザとでもなければ外しようのない、必中の距離。そして、背後が開けていることをもう一度確認し、俺は構えたミサイルのトリガーを引いた。
その瞬間、強烈なバックブラストと、ローカストの横っ面に炸裂したミサイルの爆風が、前と後ろから同時に吹き付ける。それと同時に、俺は空になった発射筒を放り投げ、一目散に走り出した。効果なんて確認している場合じゃない、今のバックブラストで、こっちの位置は完全にバレた。あとは、ディオーネが何とかしてくれることを信じて、力の続く限り奴から逃げ回らなくてはならなくなった。
で?これがあんたの言う、『えー考え』なのか?
俺は、ガラクタの散乱する、工場跡の敷地を全力疾走しながら、思わず心の中で悪態をついた。そして、俺の50メートルほど後ろからは、ローカストがつかず離れずの距離で追っかけてくる。
当たり所が良かったのか、横っ面の装甲が多少吹っ飛んではいるが、中枢は無傷のままだ。当たり前と言えば当たり前だ、本来、こういうやり方をするならあと5、6人はいて、全員が同じ所を狙って集中攻撃しなけりゃならないが、メック相手にそれが上手くいったなんて話はあまり聞いたことがない。逆に、1個小隊が一瞬で挽き肉になったという話なら、嫌と言うほど聞いた。
要するに、携行ミサイル一発でどうにかなってくれるほど、バトルメックってのは安い代物なんかじゃないってことだ。じゃあなんでそんな無茶をした、と言われてしまえば、やらざるを得なかった、としか言いようがない。
スペリーブローニングの銃声が哄笑のように響き渡り、俺の周りで火花と跳弾が飛び回る。調子に乗りやがって畜生、しかし、今は調子に乗っていてくれた方が都合がいい。向こうが追いかけっこに飽きて、
『じゃあ、そろそろ』
なんて考えでもした日には、俺はその場で挽き肉だ。
ガラクタをかき分けかき分け走るのは、かなり消耗する行動だが、ローカストにしてもそれは同じなはずだ。スクラップの散乱した、足場の悪い場所を走るのは、ローカストの足を気休め程度には鈍らせることもできる。
しかし、底意地の悪い先任軍曹が、さらに泥酔状態でセッティングしたような、錯乱しまくったコンフィデンス・コースのようなスクラップの森は、行けども行けども途切れることがない。いや、途切れてもらっちゃ困る。 開けた場所に出た途端、次の瞬間には『ミートソース、トマスン・クルツ風味』の一丁出来上がりだ。
一応、こう見えたって、コムガード時代は、コンフィデンス・コースは得意中の得意だったんだ。挽き肉製造機なんかに負けてたまるかよ。
その瞬間、俺は宙を走っていた。いや、走る格好で落下していた。
選手のみなさま、こちらが、コンフィデンス・コースのゴール地点です。ご完走、おめでとうございます。
などと言ってる場合じゃない。
あんまりローカストを引っ張るのに夢中になりすぎていて、前をよく見てなかった。崖っぷちめがけて思い切り助走をつけてジャンプするような形になった俺は、スクラップの山から、枯れ運河に続く段差へと真っ逆様に転げ落ちていった。
右足の関節が、一つ増えてる。
俺は、土埃の降り積もった枯れ運河のコンクリートにひっくり返りながら、かなり洒落にならないことになっている自分の足を見た。
どこかで見たことあるような気がするな。そうだ、こりゃ、メック・ノヴァキャットの脚の形だ。
なんて言ってる場合じゃない、俺がつまらないことで感心している間に、俺を追っかけてきていたローカストも、身軽な動作で運河の底に飛び降りてきた。・・・マジ痛ぇ、勘弁しろよ、傷に響く。
うおっ!危ねぇっ!?
対人マシンガンの銃弾が、俺の左右を挟み込むように着弾する。爆発しない、ってことは、じわじわいたぶって殺すつもりだな、このダチョウ野郎。
さて、どうやら不服の神判は、俺の負けってことらしい。マスター達はどうするんだろう。それが少し気がかりだ。それから、母さん。少し早いですが、そちらに逝くことになりそうです。不出来な息子と笑ってください。
せめて楽な姿勢を、と思い、折れた右足をかばうように横向きになると、昼寝する猫のように体を丸めた。よし、こっちは準備OK。いつでもやってくれ。
全て、覚えた。
全細胞を磨り潰す覚悟でひたすら集中し、彼方の存在と此方の存在を手繰り寄せ、繋ぎ合わせる。少しでも気を抜けば途切れそうになる。しかし、ほんの一瞬とて掴んだその糸は離さない。我が氏族の名を騙り、我が氏族の名誉を汚さんとする者共。
決して、許さぬ。
全身を暴走する憤怒と憎悪を抑えつけ、凝縮し、やがて一塊の荒魂に練り上げていく。全身の細胞の一欠片まで奮い起こし、身体が潰れそうに、崩れそうに、砕けそうになる。目や鼻の血管が破れ、喉の奥から鉄の味がこみ上げる。
さあ、受け取れ。
我が氏族、我が輩(ともがら)、そして、我が怒り、それら全てを込めた鉄槌を、憑代に結んだ存在の釘目に、渾身の力を込めて叩きつけた。
待てど暮らせど、撃たれる気配がない。いつまで待たせるんだよ。こっちはいい加減足が痛いわ吐き気がするわで、本当にどうしようもないんだ。いい加減、もったいつけるのはやめてくれないだろうか。
いつまでも降りかかってこない銃弾に、俺は少しうんざりしながら、ローカストの方を見上げた。そして、ローカストと言えば、なぜか苦しそうに機体をよじらせている。
その姿は、まるで悪いものでも食ったダチョウが、腹痛に耐えかねて身悶えているように見える。いったい何やってんだ?
依然でたらめな動きを続けるローカストに、俺は折れた右足をかばいながら姿勢を変えて、寝転んだままその様子を眺めていた。と、そういえば、なんか音が聞こえるな。何かをハンマーで叩くような音が聞こえる。こんな所で、いったい誰が大工仕事なんかしてるんだ?
・・・って、音がやんだな。
「ムッハハハハ!!まぁたせただぎゃあ!クルツぅ!」
ディオーネ?来たのか!?
「ムハハハハ!奴らの顔を見覚えるのに、ちーとばっかし手間取ったけどもが、うちにかかりゃー、そんくれーぞーさもねーことだぎゃ!」
スクラップの山の上に仁王立ちし、颯爽と現れたディオーネは、右手にハンマー、そして、左手には、どこから拾ってきたのか、1mほどの長さの鉄パイプを握り締め、完全に飛ばしまくったハイテンションな表情で高笑いしている。
「おみゃーがかせーでくれた時間!感謝するでよ!」
しかし、どこで殴られてきたのかと思わずにはいられないほど、目や鼻からあふれ出す血で顔面を赤く染め上げながら、手にしている鉄パイプを錫杖さながらに振り回しているその様相は、どこからどう見ても邪教の闇司祭そのものだった。
「とりゃっ!!」
ディオーネが跳んだ。軽やかに、まるで、しなやかな山猫のように。
「ブフォ!?」
びたん。と言う、聞くからに痛そうな音を立てて、彼女はローカストの上面装甲に、叩きつけられるように落下した。どうしてあいつは最後まで格好よく出来ないんだ?って言うか、本気で危なかった。あと数十センチずれていたら、めくれ上がった装甲の切り欠きで大怪我どころの騒ぎじゃなかった。
「ムハハハハ、おみゃー、覚悟するでよ。好き勝手ももうここまでだぎゃ!」
更に勢いよく鼻血を噴き出しながら、不敵な笑いとともに起き上がったディオーネは、揺れるローカストの上で器用にバランスを取りながら、手にしていた鉄パイプの先端を、焼け焦げたコクピットハッチに走る亀裂に突き刺し、渾身の力でそれをねじ込んだ。
「くたばれ!」
ドラ声じみた声で咆哮すると、ディオーネは右手のハンマーを高々と振りかざし、それを鉄パイプの柄元に力いっぱい叩きつけた。
その瞬間、ローカストの装甲の隙間にねじ込んだ鉄パイプの先から、破裂音とともに爆炎が吹き上がった。そして、鉄パイプの柄元から、彼女の手にしていたハンマーを弾き飛ばし、金色の空薬莢が吹き飛ぶように吐き出されていくのが、はっきりと見えた。
「おわっ!?熱っちゃっちゃっ!」
完全に沈黙したローカストの上で、ディオーネは、一瞬慌てた様子で鉄パイプを放り投げる。そして、爆圧で引き裂かれ、トライデントのようにささくれた鉄パイプは、くるくると回転しながら落下してくると、俺の顔の真横に鋭い音を立てて突き刺さった。
そのニュースは、結局大きく報道されることはなかった。誘拐された帝国議院議長の御息女は、ゲンヨーシャ特務隊の働きによって、無事救出された。と言うことだけにとどまった。いや、ひとつだけ、事実と違って報道されたものがある。
ノヴァキャットの紋章を描いたメック、あれは、急進的な反セオドア勢力による、ドラコ連合管領セオドア・クリタの権威失墜を狙ったテロだと報道された。そして、これを機に、反セオドア勢力の一斉摘発が開始されたと言う話だ。
どっちにしても、結局俺たちノヴァキャットは、最後の最後までいいように利用された。ってことになる。いやはや、さすがに噂以上の御仁だよ。
ああ、それと。 一応、言っとかなきゃならないことがある。
あの廃工場での一件、ミカサ大尉達が、俺たちが自ら疑惑を晴らすために動く。と言うところまでは、確信はしていたらしい。だから、部下であるボカチンスキー軍曹を使って、わざわざ連れて来させたって訳だ。
誘拐容疑で逮捕したことについても、俺たちを四六時中張っていた彼らからすれば、容疑の対象でないことは十分承知していたそうだ。しかし、他のドラコ側の人間はそうは思わない。だから、俺も含め、氏族からの親善大使一行の身の安全を確保するため、一番安全な所。つまり、自分の指揮管理が及ぶ軍警拘置所で確保することにしたんだそうな。
そして、テロリスト連中の潜伏先を突き止めた頃合いで俺たちを外に出し、予定の段取り通り、彼らふたりの愛機、ハタモト・地とハタモト・火の2機を貸し与えるために用意していたんだそうだ。ここまでは段取り通りだった、しかし、こともあろうに氏族のメック戦士達は、彼らが思っていた以上に疑いをかけられたことを恥としていて、生身で戦うとまで言い出した。
そして、その予想以上の決意の固さと、あまつさえ俺までもが一緒に行くとか言い出したもんだから、さらに言い出すタイミングを失ってしまったらしい。
と、言う経緯をボカチンスキー軍曹が教えてくれた訳なんだが、あのあと、1時間をオーバーしてもミカサ大尉は砲撃の許可を出さなかったそうだ。それどころか、ミカサ大尉とイシカワ大尉は、自らのハタモトに乗り込んだ上で、バトルアーマー隊の中から偵察要員を送り出し、突入の機会をうかがっていたらしい。
しかし、ローカストはディオーネの肉迫攻撃で撃破され、重武装のテロリスト達も、ひとり残らず、マスターとアストラに顔の形が変わるまでボコられ、廃工場に転がされていた。それらは、斥候を志願したボカチンスキー軍曹自身が確認し、報告したと教えてくれた。
一応、彼らが悪者と思われたままじゃなんだから、蛇足までに。って奴だ。
それにしても、問題はディオーネだ。あいつは一旦、テロリスト共の近くまでスニーキングを敢行し、ローカストのパイロットも含め、ほぼ全員の顔を確認してきたそうだ。それが何の必要なのかといえば、なんでも『ブルズ・カース』なる儀式に必要なんだそうな。
視法の師匠に習ったという『禁呪』と言うことで、本当かどうかは知らないが、顔や声音を覚えた人間に精神をリンクさせ、呪詛を飛ばすんだとかなんとかかんとか。ドラコのホラームービーじゃあるまいし、こういっちゃ悪いが、物凄く嘘くさい。
ただ、運悪く助からなかったテロリスト連中の検死結果に、心不全の痕跡があったらしい。だから何だと言われたら、俺も良くわからない。
ともあれ、事がすべて終わったそのあとすぐ、足を折った俺は病院に担ぎ込まれ入院沙汰となった。マスターとアストラは、ミカサ大尉達と意気投合し、帝都の街へと繰り出して観光三昧だったって話だ。まったく、最後の最後でついてない。今度はいつ、中心領域の風を堪能できるかわからないってのに。
俺?俺は入院中、ディオーネとボカチンスキー軍曹の付き添いがあったから、まあ、とりたてて不自由はなかったけどな。
ディオーネは、ローカスト戦に入る前の宣言どおり、責任持って面倒見る。の言葉を守り、ずっと病院に張り付いていた。それから、蛇足ついでってわけでもないんだが、ボカチンスキー軍曹は、あの影武者となって捕まっていた女性とは、ほとんど姉妹同然に育った乳姉妹みたいなものだったそうだ。当のご本人も挨拶というか見舞いに来てくれたが、どっちがどっちだか良くわからないくらいだった。
それはともあれ、結果的に彼女の親友を助ける形となった俺に、なにか礼をしたい。と言うことで、ボカチンスキ―軍曹も、同様に病院に泊り込んでいたんだ。
なに?うらやましい?贅沢言うな?・・・なあ、そう簡単に言わないでくれ。ことあるたびに、枕もとで嫌味と皮肉の応酬をされてみろ?ただでさえこっちは大怪我してしんどいって言うのに、気の休まる暇もないどころか、うたたねする余裕もなかったんだ。怪我人なんだぞ、こっちは。
本当に、勘弁してくれ
俺の退院を待ったため、予定の滞在期間より若干オーバーしてしまったが、ルシエンでの役目を全て果たし、かの地を離れる日がやってきた。結果から言えば、非公式とは言え、今回の親善訪問は、予想以上の成果を双方にもたらしたと言っていいだろう。
氏族の面々も、中心領域と言う場所に、それぞれの興味と好印象を持ったようだ。何はともあれ、ノヴァキャットとドラコがお互いに手を取る日は、そう遠くはないだろう。
あ痛てっ
ファーストシートでくつろいでいた俺の横っ面に、プラスチックの粒が当たった。マスター、お願いですから、こんな所でプラモデルなんか作るのはやめてください。
ウルバリン?はあ、初めて乗ったメック?なるほど、思い出の機体って訳ですか。でもそれ、パッケージにブ〇ックヘッドって書いてありますけど。
アストラは、さっきからずいぶん静かだな・・・へえ?携帯ゲーム?電気街で手に入れた・・・・今エンディングだから静かにしてくれ?・・・伝説の樹?・・・そうか、邪魔して悪かった。
ディオーネは・・・機内食をさんざんお代わりしただけでは飽き足らず、手荷物の中に詰め込んで持ち込んだ、マンジュー・ケーキを頬張っている。いやそれ、ご両親のお土産とか言ってなかったか?
それにしてもよく食うな。美味い、美味過ぎるって・・・ははは、『風が語りかけます』って奴か。まあ、食べ過ぎて腹壊さないように気をつけて。
何はともあれ、みんなそれなりに得るものはあったらしい。
俺?ああ、俺も、一応興味を引くものはあったかな。でもまあ、一応しばらくは連中も大人しくしてるだろう。それにしても、まったく迷惑な連中だ。たぶん本人はもう望んではいないだろうに。どうして、静かに眠らせてやれないのやら。
ああ、ハハハ。なんでもない、気にしないでくれ。それじゃ、到着までまだしばらくあるから、俺も少し寝るとするよ。じゃ、またハンガーでな。