クルツシリーズ   作:あらほしねこ

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お前に食わせる飯はない

「ザッケンナコラ―――!」

 俺が反射的に繰り出した跳び蹴りは、小さな敵の顔面にクリーンヒットした。そして、自分でも驚くくらい手ごたえのない軽い感触とともに、テント布をすっぽりかぶった小さな襲撃者は、見た目どおりぼろ雑巾のように吹っ飛ぶと、エプロンの強化コンクリートの上を盛大に転がっていく。

 あ?キレてないっすよ?この俺をキレさせたら、大したもんっすよ?

 久しぶりだな、少し疲れ気味なんで、少しおかしいのは自分でもよくわかってる。まあ、あまり気にしないでくれたらありがたい。それにしても、なんなんだ、こいつは!

「スッゾコラ―――ッ!!」

 俺は、コンバットナイフを握り直す小さな手を、委細かまわず蹴飛ばしてその手からナイフを吹っ飛ばした。まったく冗談じゃない、何が不満か知らないが、向こうがその気なら、こっちもそれなりの対応をするだけだ。

 だいたい、こっちはこの一週間、トータルの睡眠時間12時間、休日なしの連勤で、これ以上ないくらい気が立ってるんだ。今、俺に触れたら大怪我するぜ?もう誰にも俺を止められない、スモークジャガーだかなんだか知らないが、戦士と名乗った以上は死も覚悟と知れ。

 慌てて拾いに行ったナイフを腰だめに構え直し、弾丸のように突っ込んできた所を、軽く足を引っ掛けて転倒させると、俺は炸裂する感情のまま、ぼろ布の塊にヤクザ・キックの嵐をお見舞いした。

 ムッハハハハ!泣かすぞ、コラ!

 なに?児童虐待?人間性の欠如?大人気ない?ほほう、そう言うか?お前さん、まだ氏族の特殊性ってのをわかってないみたいだな。こいつらは歩兵を『エレメンタル』とか言って、遺伝子いじくりまわしてむやみやたらにデカごっつくするってのは知ってるよな。

 その対極に、『フェノタイプ』とか言う、気圏戦闘機乗りとして特化した奴らがいるんだよ。こいつらは背丈が140センチそこそこ、もちろん立派な大人でも、だ。だから、氏族連中の場合、喧嘩を売られた時、身長とか外見だけで相手を判断したら、痛い目見るどころか墓の下に行きかねない。

 それはともかく、俺はもう少しで刺されるところだった。搬入資材の整理作業の真っ最中に、搬入されたコンテナの中に紛れ込んでいたこいつがいきなり飛び出してきてね、俺に向かって斬りかかってきたんだよ。

 対スモークジャガー氏族殲滅作戦であるとこの、オペレーション・ブルドッグが事実上終結したとはいえ、まだ警戒態勢は解除されちゃいない。こういうことがあるからこその警戒態勢継続だってのに、港湾局の連中は一体なにしてやがんだろうな。コンテナの中にこんなとんでもない危険物が混じってやがった、こんなときのための入管検査だろうがよ。

 まあいい、これ以上言うと、こっちにもとばっちりが来る。それはともかく、ただでさえ寝不足でイライラしているところに、昨日定期配給されたばっかりの、新品のジャンプスーツをばっさり切られた。俺は軽い切り傷ですんだけど、下に着ていたなけなしのシャツまでやられちまった。

 シャツの一枚は皮の一枚、というくらい、俺たちボンズマンにとっちゃ、衣類も含めてあらゆるものが貴重品だ。それを、コイツ・・・!

 しかも、こいつは、俺に向かって

『我は、貴様らの裏切りによって滅ぼされた、スモークジャガー氏族の戦士、リオなり!我は、貴様達ノヴァキャット全ての者共に対し、破滅の神判を申し入れる!』

 と、来たもんだ。

 破滅の神判とはまた、ずいぶん大きく出たもんだ。こいつ、自分の言ってることが本当にわかっているのか?とりあえず、その時すぐに周囲を見渡してみたが、幸いなことにその氏族流の宣戦布告、バッチャルを聞いた人間は、俺以外にはいなかった。

 冗談じゃない、いくら逆上していたからといって、破滅の神判なんて、『やっぱり冗談です』では決して済まない。破滅の神判を申し入れると言うことは、その当事者だけの問題では終わらない。当事者の血族、成果物、とにかく、当事者がかかわったものありとあらゆる全てのものが、破壊・抹殺の対象になる。

 いくらノヴァキャットが、他の氏族に比べ、柔軟で、かつ寛容な一族であっても、決して許されない一言がある。別に取り繕うわけじゃないが、これを言われたのが俺で、本当に幸いだったとしかいいようがない。

 って、ずいぶん大人しくなったな。うわ、やべえ。こいつ、息してないぞ。

 

 その場ですぐさま行った、人工呼吸と御加護のお祈りをした甲斐あって、いったんは人事不省になっていた小僧は、息を吹き返すとなにやらうわごとのようにぶつぶつとうなりだした。運んでくる最中、枯れ木のように軽かったその体から、今ままで、ほとんどろくなものを食ってこなかっただろうと言うのが、ようやく見当ついた。

 だってお前、あんなボロ布を頭から被ってたらわかるわけ・・・まあ、言い訳はみっともないから止めとくわ。

「まったく、おみゃーさんも、たいがい容赦のねー奴だがね。幾らなんでも、ジャリ相手に半殺しの目にあわせるかみゃあ?」

 マスターは、いい加減あきれた表情でぼやきながら、俺のベッドの上でうなされている、垢と埃にまみれた小僧を見て嘆息している。

 それはいい、それはいいんだ。申し開きのしようもないことだから。それでも、仕事明けで俺がぐっすり眠れるはずだった、洗濯したばかりのシーツが、枕カバーが、毛布が、怪しい染みにまみれて雑巾同然になっていくのをなすすべもなく見守るのは、別な意味でツライ。

「まあ、おみゃーが嘘でってたらめゆーとは思わんだぎゃ。このジャリが、スモークジャガーの生き残りっちゅーんは、たいがいたまげたけどもが。まあ、まだこんなチビ介だし、戦士にもなっとらん半端もんだがや。

 なんちゅーか、不服の神判を挑まれたっちゅーことだけどもが、はてさて、いったいどーするかの・・・」

 さすがに、マスターも困った様子で腕組みながら、寝ている小僧を見下ろしている。と、その時、賑やかな足音とともに、ディオーネ、アストラ姉弟が俺の居室に現れた。

「ほーい、じゃまするでよ!お?隊長も一緒かみゃあ」

「クルツ、災難だったと聞いたが、怪我はないか?」

「ああ、それは大丈夫だ。どっちかっていうと、相手がヤバい」

 俺の言葉に、姉弟はベッドの上を覗き込む。すると、ディオーネが得たりといった表情で笑みを浮かべた。

「ほ、こりゃまた。おもしれーことになっとるでね」

「え?」

「ドラコの格言にこんなのがあるだぎゃ、『買った兜の緒を締めよ』。スモークジャガーの連中とのドンパチは終わったけどもが、油断大敵だぎゃ。ヴィジョンを探って、備えを万全にしよーと、ちっとばっかしひと頑張りしてきただぎゃ」

 なんかどこかしっくりこない言い回しだが、まあいい、余計なことを言うと、またぞろ面倒事がやってくる。とはいえ、なるほど、どうりで最近姿を見ないと思った。

「でな、ふっと見えたヴィジョン、なんともおみゃーさんにかかわってそーな気がしたからの、ちと顔見に来たんだぎゃ」

 ディオーネはそう言うと、人の部屋のボックスから断りもなくレーションをつかみ出すと、早速がつがつ食い始めた。本当に、勝手知ったる他人の家だなコンチキショウ。

「すまん、クルツ。姉は3日間何も口にしていない。姉が食べた分は、後で手配して届けさせる」

「ありがとう、でもまあ、気にしないでくれ。それより、ヴィジョンが見えたと言うのは?」

「“猛り狂いし黒豹の子、白き短剣に立ち向かう。短剣はその光で黒豹を鎮め、迷えるかの者に進むべき道を照らし示す”だでね。大いなる意思に、敬意と信仰の極みを、だぎゃ」

 ディオーネは、ドライケーキを頬張ったまま、神託の内容をもっくらもっくらしゃべりながら、ベッドの上の小僧に顔を向けた。それにしても、ホントこいつドライケーキ好きなのな。人が黙ってりゃ、貯め置きみんな食い散らかしやがって。

「まー、ディオーネがそーゆーんなら、それに従ってまず間違いはねーはずだぎゃ。ってことは、クルツ」

「はい、なんでしょう、マスター」

 ディオーネの言葉に耳を傾けていたマスターが、いよいよ結論を出したように俺のほうを見てにんまり笑う。ヤバいぞ、なんか嫌な予感がする。

「スターキャプテン・ローク・ドラムンドの名において、我のもつ権限の元に命ずる。我がボンズマン、トマスン・クルツは、スモークジャガーの民より受けし不服の神判に勝利し、これを退けた。よって、この者の処遇は、トマスン・クルツに一切を委任するものとする・・・だで。ま、しっかり面倒みてやるでよ」

 ちょっと待ってくれ、俺が?こいつの面倒を見る?

「こいつも見たところ、戦士階級とは言ってもしょせんは自称だぎゃ。つまり、まっとーな戦士じゃねーっちゅーことになるから、市民階級とたいして変わりねーだでな。おみゃーさんは、ボンズマンとは言え、コード2本もちょんぎれとる。もーちっとで戦士の仲間入りができる奴だぎゃ。ま、資格は問題なしだでよ」

 いやいやいや、そんな適当な理由で?

「話は決まったよーだみゃあ、そいじゃ、うちはこれでおいとまするだぎゃ。いい加減腹も減ったし、なんちゅーかこいつ、目に染みる匂いだで、あとで、風呂でも入れてやるだぎゃ」

 人の貯め置きを全部食っといて、言うことがそれか。

「クルツ、俺もいったん戻る。困ったことがあったら報せてくれ、あと、必要な物品もな」

 すかさず、アストラがフォローを入れてくれる。本当に、彼の細やかさには、いつも助けられている。

「ああ、わかった」

「よし、話は決まっただぎゃ。それじゃ、クルツ、後は任せたでよ」

 結局、面倒事はみんな俺かよ。

 

「殺さんかい」

「そんなの俺に言うな」

「おどれしかおらんじゃろうが」

「専門外だ、他をあたれ」

「だから、おどれしかおらんじゃろうが!」

「専門外だっつってんだろ、人の話聞いてんのかコノヤロウ」

 騒々しいにも程がある連中が帰った後、嵐が過ぎ去った後のように静かになった居室の中で、俺は、ようやく目を覚ました小僧となかなか険悪な空気の中、お互いの腹を探りあうように嫌味と皮肉のキャッチボールを始めることになった。

 まったく、嫌なキャッチボールがあればあったもんだ。普通、アレだろ。キャッチボールっつったら、収穫の終わった小麦畑とかで、夕陽を背中にやるもんだろ。

 だいたい、何だよコレ。オペレーション・ブルドッグの場外乱闘編ですか?だったら俺も、従軍徽章をもらわにゃ割に合わない。

「おどれに偉そうな口きかれる筋合いはないわい、臭い情けなんぞかけんと、とっとと殺さんかい」

「臭いのはお前だ、さっきから目に染みんだよコノヤロウ」

「なんじゃと!」

 さっきからなんだコイツは、ガキのクセに殺せだのなんだの。アレか?一丁前にボンズレフでもかまそうってのか?だが断る。この小僧に万一のことがあれば、俺は子供ひとり満足に面倒も見れない役立たず呼ばわりされる。

 そんなのは、真っ平御免だ。

「だいたい、偉そうな口きかれる筋合いはないだ?さんざんボコられといて、口だけは一人前だな、おい」

「うぐっ!・・・だ、だいたい、ありゃあおどれが・・・!」

「俺がなんだよ、俺がお前になんか罠でもしかけたか?変な言いがかりつけてきてんじゃないぞ。だいたい、お前の方から光りモン片手に向かってきたんだろうが。

 それともなにか?スモークジャガーってのは、子供なら手加減してくれる連中ぞろいだってのか?冗談じゃないよ?こっちだって大人しく刺されてやる義理なんかないんだよ。お前が弱いからこんなことになってんだ、お前の田舎と一緒じゃねぇか」

 どこまで行っても可愛くない口のきき方をする小僧に、俺は蓄積しまくった疲労とストレス、そして睡眠不足の勢いで物言いがきつくなる。

 大人げないとは自分でも思う、しかし、子供とは言え、あのスモークジャガー氏族の眷族が目の前にいるという、想定外もいい所な事実と、常日頃燻っていたスモークジャガーに対する嫌悪感がつい噴き出してしまう。

 スモークジャガーは、氏族の悪い部分を凝縮したどころか、そもそも人間の凶暴性に服を着せたような連中だ。奴らと比べれば、辺境宙域の海賊連中のほうがまだマシだとさえ思える。要するに、ろくなモンじゃない。

 だが、それを目の前の小僧にそっくりそのままおっ被せるのは違う、ということは頭じゃ理解している。しかし、蝮の子は蝮じゃないが、どうにも負の感情というか、警戒心が薄まらない。

 我ながら、小さい人間だと内心嘆息していると、ずいぶん静かになったと思ったら、こともあろうに、小僧はシーツを握り締めてぼろぼろと大粒の涙をこぼしている。

 ちょっと待てよおい、そりゃ反則だろうが。

「・・・ひぅっ・・・や、やかましいわいっ!・・・ふぇっ・・・ス、スモークジャガーは・・・ふぐっ・・・そ、そんなんと・・・えぐっ・・・ち、違うわいっ!」

 アイスグリーンの瞳を、水の分量を間違えたゼリーのようにふやかしながら、その両目からは元栓の壊れた蛇口のように、後から後から水滴がこぼれ落ちている。

「ああ、わかったわかった。俺が悪かったよ、お前はまだまだこれからだけど、スモークジャガーが弱いんじゃないのは、ちゃんとわかってるよ。悪かったな、謝るよ」

「・・・わ、わかれば、ふえっ・・・え、ええわいっ!・・・ぐしゅっ・・・」

 どうでもいいけど、汚ねぇなぁ。

 普通、涙ってモンは綺麗なものの代名詞みたいなもんだろ?それが何で、その落下地点が、泥水でも跳ねたように茶色い染みになるんだよ。こいつ、いったいいつから風呂入ってないんだ?

まさか、ハントレス陥落の時からとか言うなよ?あれから、たいがいどれくらい経ってると思ってるんだ。下手打ちゃ、冗談抜きで病気になるぞ。

「戦士リオに問う、戦士の身なりが、乞食同然でもよしとするや?問否(クイネグ)」

「否(ネグ)!戦士とは自ら他の者の見本となるよう、誇り高く、清廉であるべきである!」

 わざわざ氏族人口調で問い掛けた言葉に、小僧もまんまと乗ってきた。キャニスター生まれときたら、大人連中でさえいい加減単純でわかりやすいのに、子供とくればなおさらだ。

「その通り、垢と埃にまみれた姿は、戦士として恥ずべきものである。問是(クイアーフ)」

「・・・ア、是(アフ)」

「よし、その言葉、確かに聞いたぞ?来い、今から風呂に入るぞ」

「う・・・」

 よし、なんかぐらついてきたぞ。この際誰に何と言われようが、こいつが自分から風呂に行くという流れに持っていく。もうこれ以上、俺の居室内の物品が汚染されるのを黙って見ているわけにはいかない。

「まさか、自分で言ったこと、ひっくり返すとか言わないよな」

「うぅ・・・」

 痛い所を突かれたか、やっこさん返す言葉が見つからないでやんの。

「だ、誰も入らんとは言っとらんじゃろうが!じゃったら、さっさと案内せんかい!」

 ほおほお、まだそんな強がりがきけるってかコンチキショウ。まあ、いいさ。どの道、この垢と泥の塊みたいな小僧をとっとと風呂に入れんことには、俺の部屋がバイオハザードだ。

 

「中止」

 冗談じゃない、こんな、マンガみたいなオチがあってたまるか!

「ま、待たんかい!おどれ、話が違うじゃろうが!」

「冗談も休み休み言え!こっちこそ話が違うぞ!」

 俺の言葉に、明らかに動揺した表情で食い下がってくるリオに、俺も負けじと言い返す。

 何があったかって?いや、別に何があったって訳じゃないんだが、脱衣所でこの小僧がポンポンと服を脱ぎ散らかしている拍子に、この小僧が、小僧じゃなかったってのを確認したんだ。

「何で言わなかったんだよコノヤロウ」

「おどれが聞かんかったから、言わんかっただけじゃ!だいたい、そがーなもん関係ないじゃろうが!」

 性別の違いを氏族人の感覚で言われても困る。家族とかならともかく、赤の他人とくれば、俺はその瞬間からロリだのペドだの言われかねない。仕方ない、ディオーネに事情を話して頭を下げるしかない。それでも駄目なら、ドライケーキ1カートンで釣るしかあるまい。やはり、最後はアストラに頼らざるを得ないようだ。

「いいから、今他の奴呼んで来るから、そいつと入れ」

「あ、アホ言いよんなら!信用できるかい!」

「だからさ、いいから前隠せ、みっともない」

「なんじゃと!なにがみっともないんじゃ!」

 最近、ドラコ式の浴場に改修したばかりの脱衣所で、俺と小僧、いや、もう小僧と呼ぶのは妥当じゃない。とにかく、俺とリオは、お互い予想外であろう展開にうろたえながら、激しく舌戦を展開した。

「とにかく、今から女の人呼んで来るから。絶対ここを動くなよ?」

「アホ言いよんなら!信用できるかい!」

「あのなお前、ボンズマンのくせに、そもそも選り好みできる身分じゃないだろうがよ」

「おどれさっき自分で言ぅたじゃろ!自分で言ぅたことひっくり返すんか!」

 なるほど、なかなか鋭いご指摘ありがとう。でもな、今見たら、風呂は今、ボンズマン連中が入る時間帯だから、早い話、中心領域出身の奴らが多いんだよ。そんな中に、こいつと一緒に入って、あまつさえかいがいしく洗ってやったりなんかしてみろ。そうなったら、俺は間違いなく、ペド野郎確定だ。

 俺は、とにかくこの場で待っているよう厳命し、服を着なおして脱衣所を出ようとした。

「う・・・ううう・・・・・・」

 だからさ、こいつは何回この反則技を使やぁ気が済むんだよ。

 恨めしそうな目つきで俺をにらみながら、両手の拳を固く握り締めて肩を震わせているリオに、俺は頭のてっぺんに穴が開いて、そこからガスか何かが抜けていくような、脱力感の極みに陥った。

 だいたい、監視の目をくぐり抜けて、ひとりでここまで密航してやってきたくせに、今さら知らない人間が怖いもないだろうがよ。これじゃ、完全に俺が悪者じゃないか。

 本当に、いい加減にしてくれ。

 

「絶対タオルはどけるなよ、さもないと、すぐ撤収だからな」

「わ、わかっとるわい」

 苦肉の策、ってわけでもないが、俺は、リオの腰に巻かせたタオルを絶対外さないよう厳命する。こいつの場合、こうしてさえおけば、どっちが裏か表かもわからないくらいガリガリに痩せているおかげで、見た目的には小僧にしか見えない。

 すげぇな、こいつの歩いた後、スタンプみたいな足跡がついてるよ。ったく、汚ぇなあ。

「さて、じゃあまずは頭から行こうかね」

「お、おう・・・」

 頭からシャワーをかけてやると、全身を伝わり落ちるお湯は、たちどころに泥水と化していく。ちょっと待てよ、なんだよこれ。

 当然、周りの奴らもドン引きして距離を開けていく。すまんね、迷惑かけて。

「こいつぁ、シャンプーより洗剤が必要かね」

 実際、リオの汚れっぷりは半端じゃなく、シャンプーをすり込んだはずの髪の毛に指を通そうとしても、針金の束のように引っかかり絡み付いてどうにもならない。それでも、辛抱強くじっくりと揉み解すように洗っていくと、真っ白い泡が真っ茶色になった。

 さっきから何べんも言ってるけど、何だよコレ。

 泥みたいな泡をいったん洗い流し、もう一度シャンプーで髪をとぐの繰り返しで、ようやく泡の色が白に近くなってくる。それと同時に、あのバターとカブト虫を練り混ぜたような、あの目に染みる匂いもしなくなってきた。

「なあ」

「なんじゃい」

「さっきは、思い切り蹴っ飛ばして悪かったな」

「・・・別にええわい、いつかやりゃあげたるけぇのぅ」

「痛むとこないか?」

「どうもありゃせんわい」

「後からなんかあってもまずい、俺に仕返しすんだろ?だったら、ちゃんと言えよ?」

「わかっとるわい」

 相変わらずとげとげしい返事に苦笑いしかでてこないが、今の所大人しくしている。さて、頭洗い終わったら、次は背中でも流してやろうかね・・・って、また、何泣いてんだよ、お前は。

「どうした、泡が目に入ったか?」

 話しかけても、リオはただ頭を横に振るだけで、何も答えやしない。まったく、この意地っ張りの泣き虫め。

「ほれ、シャワーかけるから、目ぇ閉じてろ」

 

「どうだ、少しは落ち着いたかよ」

 俺は、ゆったりと湯船につかりながら、隣のリオ介に声をかける。

「お湯こんなに使いおって、ぶち贅沢な風呂じゃのぅ」

「ドラコの風呂はみんなこんなだよ、ディオーネやうちのマスターがこの様式をえらく気に入ったもんだから、基地司令に改装を具申したらこの通り、ってやつだ」

「ノヴァキャットひとりだけ、中心領域に寝返ってぬくぬくしとるってわけかい」

「お前な、言い方ってもんがあるだろうがよ」

「裏切りよったんは事実じゃろうが、何が違うんじゃい」

「そうきたか、まあ、傍から見りゃ、そう思うよな」

 こいつの言いたいこともわかる。確かに、中心領域の五大王家が連携して再編された新生SLDFと組み、スモークジャガー氏族に宣戦布告したノヴァキャット氏族の動向は、他の氏族からすれば裏切ったとしか見えなくても仕方ない。しかし、それらは、地政、軍事、経済、その他諸々の打算から始まったものじゃない。

 

 竜が猫と豹を喰い殺す、そして、猫が龍と共に豹を殺す。

 

 ノヴァキャット氏族の筆頭視法師(オースマスター)が告げた神託、それが全てだ。そして、ノヴァキャット氏族は、次に来るであろう災厄を恐れず、その神託に従い、中心領域と共に戦うことを選択した。

 別にコイツを馬鹿にするわけじゃないが、そんなことを言っても、コイツは信じないだろうし、そもそも理解しようともしないだろう。

「でもな、ノヴァキャットは足元の砂金じゃなくて、はるか向こうの金山を見ている。つまり、今じゃなくて、未来を見てる連中なんだよ。確かにそういった意味じゃ、他の氏族からすりゃ理解に苦しむだろうな」

「さっぱり訳わからんわい」

「まあ、いいじゃないか。ある時は楽しめ、ない時は我慢しろ。それが氏族人ってもんだろ?」

「おまえに言われんでもわかっとるわい」

「ならいいさ、とにかく、そう言うこった」

「ふん、ボンズマンのくせに偉そうに」

「そりゃお前もだろうがよ」

 可愛くない態度と憎まれ口は相変わらずだったが、それでも、錆びた鉄のようなザラついた敵意は、それなりに消えたように見えた。と、思う。それにしても、ったく畜生。ガキのお守りも楽じゃない。

 

 俺の部屋で我が物顔でのさばっているリオは、見かけだけならほとんど別人になった。今、目の前で人の机の上や棚の上を珍しそうに物色しているこのチビ介は、褐色の肌とおろしたての絹糸のようにキラキラ光る髪が、利発な印象を与える姿に様変わりした。

 なんて言うか、真っ黒く汚れて見えたのは、何も汚れのせいだけじゃなくて、こいつの肌が元から濃い褐色だったからみたいだ。

 確かに、晴れ渡った夜空のように真っ黒な髪と、濃い褐色の肌のなかに、ひときわ鮮やかに輝いている、エメラルドみたいな瞳と言う、これまた珍しい組み合わせは、黒豹をイメージさせると言えば言えなくもない。ただ、これほどまでに泣き虫の黒豹とは、頼りないことこの上ないが。

 まったく、泣き虫と言えば、俺が頭を洗ってやっている最中、リオがいきなり泣き出したのには本当にまいった。おかげで俺は、風呂に入れることにかこつけて、子供相手にいかがわしいことでもしたのかという、周囲の冷たい視線の集中砲火を浴びた。

 え?ああ、そうだよ。こいつ、人が泥だらけの髪と格闘するのに気を取られた隙に、腰に巻いたタオルを取っ払ってかゆいところを自分でゴシゴシやってやがったんだ。おかげで、このチビ介が小娘だったってことが、周りの連中にモロバレさ。

 ああ、これで俺も、明日から立派なペド野郎の称号がもらえるんだ。畜生。

「クルツ、腹が減ったけん、なんぞ食わしてくれんかのぅ?」

 部屋に戻るなり、妙にでかい態度でくつろぎだしたリオが、気楽な声をかけてきた。なんだこいつ、いきなり馴れ馴れしくなりやがって。

「お前に食わせる飯はない、もちろん、俺が食う飯もない」

 事実は事実だ、俺は、今の状況を率直に伝えた。

「なっ?なんでじゃ!」

「取り置きはさっき、ディオーネにみんな食われちまった。食堂はこの時間は開いてない、つうか、開いててもボンズマンは使えない。朝まで我慢しな」

「なんでそうなるんじゃい!」

「文句なら、直接ディオーネに言えな。言っとくけど、あの女は、白兵戦でローカストを撃破したこともあるんだ。そこらへんをよく考えてから、文句は言いに行けよ」

「で、出来るかい!そがーなこと!」

 いい加減色黒だから、顔色の変化はよくわからないにしても、だいぶ動揺しているのはわかった。わかったんなら、もうこれ以上グダグダ言うな。風呂に医務室、だいたい、誰のおかげで食堂の時間に間に合わなかったと思ってるんだ。

「いいから、もう寝な」

「きさん、覚えとれよ」

「はいよ、おおせのままに」

 恨みがましそうなリオをベッドに追い払い、俺はボックスから野戦用寝袋を引っ張り出した。その時見つけたのは、前に片付ける時に紛れ込んだのか、寝袋と一緒に突っ込まれていたチョコバーのレーションパック。

 俺は、それをリオに放ると、今日はもうこのチビ介に関わるのを一切やめると決めた。畜生、まったく、最悪の非番明けだよ。

 歯磨きは・・・まあ、一日くらい、大丈夫だろ。

 

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