「ちょっとちょっと!そこのカッコええお兄ーさんっ!」
毎度、休日恒例のバザールめぐりにでかけた俺とリオ介は、いつもの変わり映えのしない店先を眺めながら、何か掘り出し物を見つけられたらお慰み。といった調子で歩いている時だった。
聞き慣れない訛りのきいた声をかけられ、何事かと振り向くと、そこには自分の背丈よりも大きなマウンテン・バックパックを傍らに置き、日よけの簡易テントとマットレスという急ごしらえの露店の中で、牛乳瓶の底のように分厚いメガネをかけた、小柄な女性が俺達に向かって、ニコニコと明らかに営業用とわかるスマイルを向けている。
やや癖のある、ふわふわとした蜂蜜色の髪と、小さな鼻の周りに散ったそばかすが、なんともいえない愛嬌を感じさせている。が、俺の中にある、通称『クルツセンサー』が、
『こいつにはかかわるな』
とそいつを見た瞬間、やかましく警報を鳴らしている。
今まで、この幽霊じみたささやきが外れたためしはない。ただ、ひとつ難点があるとすれば、それは大抵手遅れの場合が多い。とどのつまり、役に立つかどうかは微妙だが、わからないよりはいい。俺は、リオを促して、とっととその場を離脱することに決めた。
「さて、リオ。そろそろ腹も減ったし、昼飯にするか?」
「そうじゃのう、うちも腹へったけん」
「よし、じゃあ決まりだな」
時計を見ると、もうすぐ正午だ。それに、午前中はずっと歩きっぱなしだった。ここいらで一息つくのも悪くない。
「ああっ!?ちょっとちょっと、無視せんといてぇな!!」
気にしない気にしない。だってそうだろ、あからさまに胡散臭い。
「なあなあ、お兄ーさんっ!うちの店、ちょっとでええから覗いたってぇな!?品揃え満点!トイレットペーパーからマッドキャットまで、なんでもありまっせ?って、ちょっとちょっと!無視せんといて!?」
トイレットペーパーからマッドキャットまで?なんだよ、余計に胡散臭い。なんだよこいつは、どこのブラックマーケットのまわし者だ?とにかく、俺とリオは、早足でその場から離脱を図る。リオもここ最近は心得たもので、何も言わずとも俺に合わせてついてくる。
「ちゃうちゃう!うちはまっとーな商人やで?ブラックマーケットなんぞとは、なんのかかわりもあらしまへんって!」
「おわっ!?」
いきなり真後ろから声が届き、驚くついでに振り向くと、背中にマウンテン・バックパック、たたんだテントとマットレスを小脇に抱え、汗びっしょりになりつつも、メガネ越しの笑顔を絶やさない、さっきの女性が立っていた。
「お、お兄ーさん、そないつれのうせんでもええですやん?うちは冷やかしお断りなんて業突く張りなこと言わへんから、ちょっとでええから見てってや。なあなあ、ええやろ?」
なんなんだ、こいつは。しかも、わざわざ文字通り店までたたんで追っかけてくるか?
「なんかこう、誰もうちの店、見てってくれへんねん。なんでかなぁ?こーんな可愛い子がやっとるのに、誰も無視してくんよ。おかげで、朝早くから店出しとるのに、まだ鉛筆一本売れてへんねん。困ったわあ、これじゃ、大赤字確定や」
「そんなの俺に言われても………」
だから何?とそれを言っちゃあお終いだ。と思いつつも、さてどうやってこの行商人から逃れようかと考えていると、隣のリオ介が俺の服を引っ張っている。
「ん?どうした」
「クルツ、この人も一生懸命みたいじゃけん。話を聞いてあげるだけでもええんじゃないかのう………」
「む~ん………」
まさかの伏兵に、俺はいよいよ逃げる口実が見つけにくくなった。どうでもいいが、こいつがもし中心領域で生まれていたら、間違いなく余計なキャッチセールスに捕まりまくるんだろうな。
「いや~~、ごっつ優しい、ええ子やなあ!おねーさん、めっちゃ感動したで!あ、せやせや、これ、お嬢ちゃんにさしあげるよって。あ~んもう!こんなに感動したのは100年振りやわぁ!」
「お、おおきに!お姉ーちゃん!」
ちょっと待ておい!こいつめ、俺の止める間もなく、この怪しい行商人からキーホルダーのぬいぐるみを受け取りやがった。
「すみません、こんなものまで頂いてしまって。私らはこれから食事にしますが、よければそこでお話を伺いますよ」
「えっ!おごってくれはるんでっか!?いや~ん、もう!お兄さんったら、ごっつ優しいし、カッコよすぎでんがな!もううちどないしよう!デェトしてもええくらいやわぁ!」
「いえ、それは結構です。とりあえず、立ち話もなんですから」
この………一体誰がおごるなんて言ったよ。それにしても、厄介なことになったぞ。いったいどんなガラクタを売りつけられることやら。
「ごちそうさま、いや~、ほんまおおきに、こんなおいしいご飯ご馳走してもろて。ほんま、おおきにやわぁ」
「そうですか、それはなによりです」
俺は、食後のアイスティーで口を湿らせながら、食事を終えてご満悦、といった表情の彼女と、手のひらに乗るような、小さな黒猫のぬいぐるみを手に、あきもせず目を輝かせているリオ介を見て、心の中で深いため息をつく。
「まあまあ、そんな顔せんでも大丈夫ですよって。もうこうなったら大サービスさせてもらいまっせ?で?で?なにか御用のお品とか、あります?」
「いや………急にそう言われても、何があるのかわからないし………」
「あちゃ、うちとしたことが、ちょっと舞い上がってしもうたわぁ。あっ、せやせや。お兄さん、枕とかええもん要りません?」
はあ、ってか何で枕?
「しやかて、なんか疲れた顔してますもん、あんまり寝れてないんちゃうかな思いましてん」
余計なお世話だよ、このヤロウ。
「お近づきの印に、半額にしときまっせ?低反発から羽毛までどれでもよりどりみどり」
「だから、なんでいきなり枕なんです」
「へえ、これが枕営業っちゅうやつですねん」
なに言ってんだ、コイツ。
なんかこう、社交辞令の味付け過多といった塩梅過ぎて、逆に良くわからねぇ前振りしやがる。どうでもいいが、これがこいつらの商売のやり方なんだろうな。まあ、いろいろなやり方があるもんだとは思う。
「………で、ちょっと簡単なんですけど、これがうちのあつこうとる商品のカタログですねん。もしカタログにあらへんでも、遠慮せず言ぅてくださいな、頑張って融通しますさかいに。他にもいろいろ、気が付いたら言ぅてください、勉強させてもらいまっせ!」
なるほどね、商人の鏡と言ったところか。だが、それで『はいそうですね』と納得するわけには行かない。そもそも、コイツの話している訛りは、明らかにノヴァキャットで聞けるものとは違う。
となれば、他所の氏族から紛れ込んできた奴なのだろう。どうせ簡単に本当の事は言わないだろうが、少し様子を見た方がいい。
「こう言うのも失礼ですが、貴女はもしかして、ダイヤモンドシャークの方ではありませんか?その言葉の訛りもそうですが、さっきも、これだけの大荷物を担いで、息を切らしていないと言うのは、戦士階級並みの鍛え方をした証拠と思います。少なくとも、普通の商人階級の人間ではない。と思いますが」
「え?な、なにゆうてるんですか、いややわぁ。そうはゆうても、ほら、うち、めっちゃ汗かいてしもぅたし」
なにを言ってるんだか、気付いていないのかなんなのか、バックパックの隙間から、霧吹きのノズルがチラ見えしてるんだが。
「ご存知とは思いますが、今ノヴァキャットは氏族においては裏切り者扱いだ。まっとうな氏族人なら、近寄るどころか、その名すら口にする事をはばかるような存在になっている。ダイヤモンドシャークでさえ、それは例外ではないはずだ。
私も、ノヴァキャットの一員として、危険要素となるものには断固とした立場を取らなければならない。商売もいいでしょう、しかし、それはお互いの素性をある程度でも明らかにしてからのことだと思う。どうですか?」
さあ、どう出る?
「………なるほどなぁ、ノヴァキャットに、なんやおもろいボンズマンはんがいてはるとは聞いとったけど、なんや、噂以上の切れもんさんやなぁ。こりゃ、少しばかり甘く見すぎとったようやね。
せや、確かにうちはダイヤモンドシャークのもんや。そいでもって、うちはミキって言いますねん。こう見えても一応、ナガサワ・ラインの戦士で、気圏戦闘機乗りとかやってましたんよ」
「気圏戦闘機?ダイヤモンドシャークは、近眼でも戦闘機に乗れるのか?」
「ああ、これでっか。これは整備中の事故で目をいわしてまいましてん。おかげで、今じゃメガネ無しじゃやってけへんようなってしまいましてなぁ。戦士として、務まらなくなってまいましてん。
そんでもって、とりあえず、明るい老後のため、自分で商売始めることにしたっちゅうわけなんですわ」
なるほど、言葉だけ聞けば、もっともらしく聞こえる。だが、これで納得するほど、俺は素直な人間に育っちゃいない。
「………なるほど、よくわかった。しかし、ずいぶん簡単に白状したもんだな」
「いややわぁ、お兄さん。白状やなんて、まるでうちが悪いことでもしたみたいやないの」
いつもの調子に戻した俺の口調に、ミキと名乗った商人は少したじろぐような笑みを張り付けている。
「そうは言わないが、他の氏族人がノヴァキャットの地に踏み込むのは普通じゃない。たとえボンズマンとはいえ、自分の住処を守ることに階級の違いはないと思うが」
「そりゃそうや、でも、心配せんでもええですよ。うちはただ、純粋に商いしにきただけですから」
なるほど、そう言うか。しかし、口では何とでも言える。
「ほんまに大丈夫やて!うちが信じとるのはケレンスキーだけや!一文の得にもならない面子なんて、商人には必要あらしまへん。頭下げるんはタダやし、それで銭かせげるんなら、この頭、なんぼでもさげまっせ!」
信じるものはケレンスキーねぇ、それはどっちのケレンスキーなんだか。
「ま、それでもお兄さんになんか買うてもらうまでは、このミキ、一生懸命ご紹介させてもらいますによって。あ、すんませーん、アイスティーおかわり、いただけますー?」
「おいコラ」
ミキ、と名乗ったダイヤモンドシャークの戦士は、ケラケラと笑いながらとんでもない事を口走る。そして、ついでにアイスティーのお代わりを頼みやがった。畜生、誰が払うと思ってるんだ。そもそも、自分の客に金払わせるか!?
「まあまあ、ええやないの。そのかわり、きっちりサービスさせてもらいますによってな。なんやったら、夜のデェトも………」
「だからそれは結構だと言っている、興味ない」
「む~、なんや、ごっつお堅い人やねぇ………」
「当たり前のことをいっているだけだ」
「はぁ、まるでドラコのお人みたいやねぇ」
ドラコにだっていろんなのがいるだろうに、まったく。だから、氏族人の女は苦手なんだ。それはそうと、さっきからご機嫌そのもののリオ介は、ミキからもらった小さなぬいぐるみを飽きもせず撫でくり回している。畜生、これじゃ、まるで俺が普段ロクに物を買ってやってないみたいじゃないか。
「まあいい、俺はトマスン・クルツ、こっちはリオ。ふたりとも、ノヴァキャット軍のボンズマンだ」
「そうでっか、ほな、改めてよろしゅうに………けど、クルツはん、コードがもう2本も切られとるやないの。いややわぁ、かなり活躍しなはったんやねぇ」
「10年近くボンズマンをしてれば、それくらいは当たり前だ。かえって遅いくらいだ」
「まあ、そんなどぉでもええことは置いといて。で、どないでっしゃろ、そろそろ商談とか行きたいんやけど」
「そうだな、けど、しょせんボンズマンの財布だ。あまり期待しないでくれ」
すると、このミキ、いきなりケラケラと笑い出した。
「なにゆぅてますねん、いややわぁ。クルツはん、テラの銀行にうなるほど貯金がありますやないの」
「何を言ってるんだ、そんなこと………」
ない、と言おうとして、ミキの見せた、何もかもを見透かすような、いたずらっぽい含み笑いを前に、再び疑念が鎌首を持ち上げる。なんで、お前がそれを知っている?
「クルツはん、銭のことに関しちゃ、この宇宙でダイヤモンドシャークの右に出るものはおりまへんのよ?蛇の道は蛇、銀行の中身からお客様の懐事情まで、うちら金剛鮫の商人魂の前じゃ、金魚鉢のなかの金魚も一緒ですねん」
「懐事情って………ミキ、さてはお前、最初っから俺を狙っていたのか」
あきれ混じりにそう返すと、ミキは思い切り『しまった』という表情を浮かべた。やれやれ、商人魂とやらもここまで来ると、ROMエージェントより恐ろしいよ。
「ま、まあまあ、ええですやん。ちょーっと銀行を調べとったら、ついつい見てしもうただけやしぃ、なにも最初っから覗き見しようとしてたわけとちゃいますよ?」
「同じだよ」
つうか、ハッキングなんぞやらかして、バレてタダで済むと思ってんのか、こいつは。なんか怪しい商人もどきがいると、俺が軍警とか所属先に通報しないなんて、なんでそう思えるんだか。
「あう………ご、ごっつ厳しいなぁ………」
ミキは、俺の言葉に冷や汗交じりの笑いを浮かべている。まあ、やってることは洒落になっていないが、根は悪い人間じゃなさそうだ。
「ク、クルツ、クルツ」
その時、遠慮がちな様子で、リオがおずおずと話に割って入ってきた。
「ん、どうした」
「そ、その、なんじゃ……あの……その………」
こいつ、いつのまにカタログなんか読んでやがったんだ。言いたいことは大体わかる、こいつが持っているカタログのページには、いろいろな種類のぬいぐるみがカラー印刷されている。
「おやおや、リオちゃん。さすがお目が高いですなぁ。これはな、ゴーストベアーの職人さんが、一個一個心を込めてつくったぬいぐるみさんや。物自体はゴーストベアーの中でしか出回っとらんのやけど、市民階級のお子さん達には人気が高いから、他の氏族のお子さんの間でも、ぬいぐるみのステータスシンボルになってんねんで。
縫製はしっかりしとるし、生地も中詰めの綿も上等。鼻や目はしっかりくっついとるから、ちょっとやそっとじゃ取れたりせえへん。しかも、素材の味を殺さず、絶妙に特殊加工されとるおかげで、汚れたら水洗いもばっちり。簡単に潰れたりへたったりせえへんから、大き目のサイズを買うて抱き枕にする人もおんねん。ぬいぐるみやったら、一押しの逸品やね」
こいつ、子供相手になんてあざといセールスを。ほらみろ、リオの目が、もうやばいことになっている。
「おい、リオ。あのな」
「な、なんでも言うこときくけん!か、課題も毎日ちゃんとやる!朝もひとりでちゃんと起きるし、寝る前にきちんと歯も磨く!消灯時間もちゃんと守るから!じゃ、じゃから………!」
ほらみろ、コイツ、余計なことしやがって。こんな目をしたリオに下手な事を言ってみろ。なだめすかすのに何日かかることやら。ただ、こういった嗜好品に関しては、普段ほとんどわがままを言ったことはないし、本人自身、自制している向きもある。
そんなリオが、珍しく必死になって頼み込んでいる。まあ、たまにはいいかもしれない。情操教育の一環として考えれば。
なに笑ってんだ、お前。なに、お父さんみたいだ?余計なお世話だよ。
「………わかった。リオ、どれが欲しい?」
「ほ、ほんま!?お、おおきに!!」
一気に大輪の花が咲いたような笑顔を見せて、リオはその瞳を本物のエメラルドにも負けないほど輝かせている。なんというのか、値千金の笑顔とはこういうものをいうのかね。
俺もいい加減、こいつくらいの娘がいてもおかしくない歳になっちまっているが、その娘とやらがいれば、こんな気持ちはとうにわかっていられたんだろうか。
まあ………いいさな。
「ミキ、これはいくらになる」
リオ姫が御所望あそばされたのは、1メートルクラスの大物の、ゆったりと寝そべった姿の黒豹のぬいぐるみだった。まさか、スモークジャガーの姿を重ねてる訳じゃないだろうが、さっきのミキのセールスがツボに入ったのかもしれない。しかし、これまた難儀なものを選んだものだ。
「まいど!え~と、これは8KEなんやけど、クルツはんやから特別に7KEにおまけしますさかい」
「昼飯をおごって、茶のおかわりまでもってやってるんだ。5KEくらいはいいだろう」
「そんな殺生やわぁ、愛情を値切ったらあきまへんよぉ?まあ、クルツはんの言うことももっともやね、6KE、このへんでどないでっしゃろ?」
「6………KEか、わかった、それで手を打とう」
「まいど!おおきに!商品はドロップシップのコンテナに預けとるさかい、すぐにお届けできまっせ。リオちゃん、よかったなあ」
「う、うん!おおきに!クルツ!お姉ちゃん!」
これ以上ないくらいの喜びようのリオを見て、俺はとりあえず今の商談を自分自身に納得させる。しかし、多分これは彼女にとって前哨戦だろう。その証拠に、彼女は工具類やら、設計や計量計算ソフトウェアのカタログを広げだした。
こいつは驚いた。
最初、あのバラック同然の露店を構えていたせいで、売り物と言えば、海のものとも山のものとも知れない、ジャンクまがいのものだと高をくくっていたが、どうしてなかなか、ミキの扱っている商品というのは、どれも最新かつ使い勝手のよさそうなものばかりだ。なんか、見てるうちにだんだん欲しくなってきた。
「この工具キットなんていかがでっしゃろ、使うとる金属は高炭素混合鋼で、二層焼入れをしとるんやで。中は粘り強く、外はがっちり固く。これならネジのきつさに負けて、ネジ山をなめてバカネジにしてしまうこともあらへん。機械屋さんなら必携の一品やで!」
「なるほど、確かにな。だけど、少しリサーチが甘かったようだな。これに対応できるのは、シャドホやライフルマンのⅡCシリーズだけだ。ノヴァキャットのオムニメックシリーズの規格には、使えないこともないが限られてくる。
こっちのセットだが、これならオムニメックにも対応できるが、逆にⅡCシリーズに対応しにくくなってる。俺のいるクラスターは、ほとんどセカンドライン級とは言え、オムニメックも配備されてるとこなんだ。だから、買うとしたら両方ってことになるが、それだと無駄なヤツが多すぎる。四割は引いてもらわんと、買う気にはなれんな」
「そんな殺生な!こない高級品をそこらの安もんと一緒にせんといてや!クルツはんのゆぅてはることももっともやから、おまけしたってもええけど、ええとこ一割や!」
「ならいい、こいつは他の奴を当たってくれ。そっちのカタログを見せてくれ」
「ちょちょ!ちょっとまってぇな!せっかくの男前はんが、そない短気起こしたらあきまへんがな!わかりました!一割半でどないでっしゃろ?」
「それなら何も変わらない、こっちの3Dプリンターのソフトだけでいい」
「ああん!もう!そんなら二割でどうでっか!?」
「二割・・・・・・・・・?微妙だな、それに、どんなに高級でもしょせん工具は消耗品だ。趣味で使うんじゃなくて、仕事だからなおさらだ。それなら、そこそこの質で、それなりに数を揃えられる物の方がいい。レンチセットはもういいとして、さっきの………」
「いやぁん!もう負けましたわ!わかりました!うちもダイヤモンドシャークの女や!三割!三割引でどないでっしゃろ!?まともに買えば、250KEの品を、175KEや!これ以上はまからへんでっさかい!どないです!?」
「175KEか、そうだな、悪くないな」
「だっしょだっしょ!?」
「とはいえ、なんか微妙なとこだな………まぁ、やっぱりいらな………」
「わぁかりました!もう!これやから中心領域のお人は苦手でっさかい!よそ様とちごぅて、手強いことこのうえなしや!170KE!もうこれ以上逆さにしても、鼻血一滴出やしまへんで!」
「よし、買った」
合いの手を打つように、あっさり答えると、ミキは一瞬目を点にした。
「170KE、そうだな、悪くない。ドラコのマーケットの特売で買っても、まあ、それくらいだ。このクラスならメーカー価格で大体350CB、KE換算で約175KE。お前は何も損なんてしていない、っていうか、随分吹っかけたもんだな」
「あっちゃあ………クルツはん、知っとったんでっか?」
「一応、機械屋の端くれだからな。その辺の情報は、いつも目を通している」
「あははっ!こらかなわんわ、完全に一本取られましたわ!」
別に、そんなことないさ。
「それじゃ、クルツはん。こん中から、お好きな枕、ふたつ選んでくださいな」
「なんでだよ?」
「ようさん買うてくれたから、おふたりの枕、おまけしますによって」
「いいのか?」
「はいな!これがホンマの、枕営業ですー」
ホンマもうええわ。思わず感染りそうなダイヤモンドシャーク訛りをこらえながら、俺は、にこにこと笑顔で差し出してくるカタログを受け取った。
「今日は、ほんまにおおきに。こんなに買うてもろうて、感謝感激雨あられや」
「いや、こっちこそいい買い物をさせてもらった。それに、値切り交渉も楽しかったしな」
配達するまで待てない、と言うリオの言葉に、俺達3人は、彼女のコンテナを積んだドロップシップが駐機している宇宙港まで足を運んだ。
彼女の言っていた、マッドキャットまではさすがに積み込んじゃいなかったが、メック工廠発行の正式な売買契約書と所有権利書一式があったのには、さすがに言葉を失った。
リオ介の奴は、さっそくミキから受け取った、馬鹿でかい黒豹のぬいぐるみをほおずりするように抱きしめながら、まるでワルツでも踊っているみたいにおおはしゃぎしている。で、俺はと言えば、本当に枕がふたつ入ったデカい紙袋を渡された。
「………リオちゃん、ほんまかわええなあ。あの子、クルツはんのお子さんでっか?」
「いや、訳あって俺が面倒を見ることになった。それに、ボンズマンとは言っても、形だけのことだ」
「そうでっか………聞いとったら、なんやジャガーっぽい訛りがあるによって、変やなぁとは思ぅとったんやけど」
「そうだとしても、あの子には導き手が必要だ。クラスターの仲間も、あの子を大事にしてくれている」
「そうでっか………ははっ、でもまあ、なんや随分クルクル表情が変わって、ほんまおもろい子やなぁ。それに、おとうちゃんみたいにごっつ優しい、ほんまええ子や」
「お父ちゃん?誰のことだ」
「クルツはんのことでんがな、誰がどう見てもそう思うで」
俺が、リオの親父、ねぇ………。
「まあ、リオは否定するだろうな」
「へ?なんでですの」
「あの子は、今ではロストしたとは言え、シャワー系列の立派なトゥルーボーンだ。人っ腹生まれと同列に見られてるなんて知ったら、それこそ怒り狂うだろうな。それは、戦士だったお前が一番よく知ってるだろう」
根に持っている訳じゃ絶対にないが、あの時のリオの目を思い出し、どうにもほろ苦い気分が顔に滲みでてしまうのがわかる。というか、もうああいうのは二度と御免こうむりたい。
「せやったね。ほんま、おっきな壁やね」
「ああ、大き過ぎる」
俺とミキは、彼女が淹れてくれたコーヒーのマグカップ片手に、夕日の光の中で、くるくると軽やかなロンドを踊り続ける、小さな少女をいつまでも眺めていた。
「まいどおおきに!こないぎょうさん買うてもろぅて、うち、もう下げる頭がありまへんがなぁ」
「気にするこたーねーだぎゃ、他に、もっとえーもんはねーかみゃあ」
「あ、あの、もう少し考えて…・・・・・・」
衝動買いとかそういう次元を飛び越えて、自分の目に止まったものは全て契約していくディオーネに、俺は少し腹の底が寒くなるのを感じながら声をかけてみた。なんていうのか、自分でPXでも始めるのかと聞きたくなるような雑貨の量は、計算しなくても結構な金額になるとわかる。
しかし、彼女は買い物の邪魔をされたことに、あからさまに不愉快な表情を浮かべながら、ジト目で俺をにらみつけてきた。
「あのチビ介にゃー、あんなえーもん買ってやっといて。うちにゃあ、金出し渋るっちゅう了見かみゃあ?」
そう言う訳じゃない、けど・・・・・・頼む、少しでいいから考えて選んでくれ。
翌日、どこからどう嗅ぎつけてきたかは知らないが、仕事のあと、帰り支度を始めていた俺の前に現れたディオーネは、半強制的に俺を連行すると、まだ市場で店を構えていたミキの所へと足を運んだ。そして、カタログを眺めながら、あれやこれやと契約を進めていく彼女に、支払いのあてはあるのか?と聞いたら
『そのうちなんとかするだぎゃ、おみゃーが払っといてくれみゃあ』
ときたもんだ。
「ああ、それと、そのタバコ、箱で3つほどもらっとくだぎゃ」
「まいど!………っていうかお姉さん、吸い過ぎは体に毒でっせ?売ったうちが言うんもなんやけど」
「そりゃ心配ねーだぎゃ、こいつぁ、軍警黙らす実弾だでね」
「え?ああ………そういうことでっか。ってか、戦士はんなら、一言言えばそれでええですやん」
「面倒ごとはなるたけ少ねーほーがえーに決まっとるがね。あ、そこのブランデーも、ひと箱もらっとくだぎゃ」
「まいど!………で、これも『実弾』で?」
「おーよ、対上級幹部用砲弾だぎゃ」
「ああ、なるほど」
何が可笑しいのか知らんが、ミキとディオーネは十年来の知り合いのようにケラケラわらっている。っていうか、ディオーネの奴も、そういう搦め手とか使うのな。
後はまあ、食いモンだの服飾品だの、スイッチが入った女性の買い物ほど恐ろしいものもないが、ディオーネは熱心にカタログとにらめっこをしながら、ほいほいと買い物を済ませていく。それにしても、いくらなんでも買い過ぎだ。
「ん~、なんちゅーかこう、もちっと精神が引き締まるよーな服はねーんかみゃあ?」
あれだけ買っといて、まだ買う気か?っていうか、さっきから信託の儀に使う服探してたのか。確かに、自分の流儀がないからってんで、『あの』由緒正しい装束を引き継げとうるさく言われてたんだっけか。まあ、あれはあれで笑えるから、俺的にはありなんだが。………って、痛ぇ、いきなりカンガルーキックかよ。膝に当たったらどうするんだ。
「ああ!それならこれなんかどうでっしゃろ!?ドラコから特別ルートで手に入れた、女性神官の装束ですわ!確か、お姉ーさんは視法師もやっとるゆうてたさかいに、まさにうってつけ、お姉ーさんのためにあるよーなお召しもんでんがな!」
目の前で人が蹴られたのに顔色一つ変えやしねぇ、まあ別にいいけど。ともあれ、ミキがディオーネに見せたのは、キモノ、と呼ばれる、いかにもドラコ的な、合わせの上衣と、キュロットスカートの親玉のようなフレアースカートの組み合わせと言う、随分変わった趣の衣装だった。
それにしても、真っ白な上衣と真紅のスカートの組み合わせは、かなり派手と言うかなんと言うか、かなり景気のいい配色をしている。
「これさえ着れば、もう正真正銘のシャーマンでっせ!お姉ーさんの神秘的でエキゾチックな雰囲気にバッチリフィット!もう、ベリギューっちゅうもんでっせ!」
「よっしゃ、それも包んでもらうだぎゃ」
買うのか!?それを!?
「まいどあり!」
・・・・・・・・・もういいよ、気の済むようにしてくれ。
「クルツ、クルツ」
確か、ドラコ経由でテラの銀行から預金の引き出しと為替が出来たっけか。と、支払いの算段を考えていた時、ディオーネの呼ぶ声が俺を現実に引き戻した。
「なんですか」
「ちっと、見てもらいてーもんがあるだぎゃ」
「気に入ったものがあるなら、別に構いませんよ。支払いは何とかできそうですから」
散々買い込んどいて、今さら何を言ってるんだか………。
「そー言う訳にゃーいかねーだぎゃ、これは、おみゃーが決めてくれねーと意味ねーだぎゃ。まあ、おみゃーが駄目っちゅーんなら、それはそれでかまわねーけどもが………」
はて、これは面妖なことを。
「そうですか、で?どれですか」
さすがに、あれだけ力の限り買い込むと、さしもの彼女もある程度引け目を感じるのだろうか。とにかくにも、ミキの露店の軒先に陳列されている、小物類に混じって並べられているアクセサリー達に目を落とす。
「こ、これだぎゃ」
俺をちらちら見ながら、ディオーネがおずおずと指差したのは、安モンではあるが銀の指輪だった。緩やかなひねりの入った意匠はメビウスの輪を思わせる、神秘的で穏やかなものだった。
なるほど、これは確かに割といい感じをしている。しかし、意外といい趣味をしているな。
「・・・・・・・・・どーかみゃあ」
「ええ、もちろんいいですよ」
「ほ、ほんとか!?」
光が溢れるように、ふわりと明るくなる彼女の顔。そして、俺は購入物品をまとめた契約書にサインした奴をミキに手渡すそばで、指輪を受け取ったディオーネが、さっそく右手の薬指にそれをはめている。その彼女が、まるで少女のような表情を浮かべているのが見えた。まあ、それだけ喜んでくれるほど欲しかったものなら、本当に何よりさね。
とりあえず、大事にしといてくれ。
「よう、ミキ」
「あっ、クルツはん!なんや、わざわざ見送りにきてくれはったんかいな?」
「まあ、そんなとこだ」
ドロップシップのエプロンでは、貨物コンテナの搬入を終え、残った諸手続きを処理しているミキがいた。俺は、クリップボードに挟まれた書類を係官に手渡し終わるのを待って、彼女に声をかけた。
「クルツはんのおかげで、今度の出稼ぎは大黒字だったんよ。クルツはんには、ほんま感謝してますわ、おおきにな」
「それはなによりだ、だけど、もう少し演出にこらないと、そのうち痛い目にあうかもしれないぞ。それを言っときたくて来た」
「な、なにゆうてますのん。演出って、なんのことです?」
ほんのかすかに動揺の色を浮かべたミキに、俺はつい呆れとも失笑ともつかないため息をついた。やれやれ、商才は桁外れでも、嘘の才能はリオ並みだな。
「まあいいさ、ただな、SLDFに合流しても、ノヴァキャットはノヴァキャットのままさ。まあ、それくらいは見て取れたと思うけどな。で、いい記事は書けそうかい?」
「さあ、うちにはなんのことやら……・・・」
無意識に目を泳がせる彼女に、俺は今ようやく、彼女に対する警戒を解くことにした。この程度なら、放っておいても何も問題などない。
「ナガサワ・ラインと言えば、始祖がジャーナリストだしな。それに、あんたの顔と名前は、前に何度かメディアで見たことがある。もっとも、あの頃は、メガネなんてしてなかったけどな」
少しカマをかけるつもりだったが、このお姉さん、見ていて面白いほど顔色を変えている。赤くなったり青くなったり、信号機じゃあるまいし。中枢に致命的命中ってとこか、やれやれ。
「ま、そんなことはどうでもいいさ。それに、商人としてのあんたは結構気に入っている。気が向いたら、また面白いものを仕入れて商売に来てくれ。うちのチビ介と待ってるから」
「………はははっ、やっぱりクルツはんにはかなわんなぁ。せやけど、うちもクルツはんのことは嫌いやないでっさかい。今度は値切りたくても値切れんような、ごっつええもんもってきますによってな?」
「ああ、楽しみにしてる」
「せや、楽しみにしたってな。でもって、デェトのほうも、よろしく頼んまっせ」
「考えとくよ」
「よっしゃ!うち、ごっつやる気出てきたわ!」
まあ、ウルフの連中ならともかく、氏族の探りなんてこんなもんだろう。それに、俺が彼女に言ったことも、本当のことだ。
「ほいじゃ、クルツはん。元気でな」
「ああ、お前もな」
再会の約束の握手をして、ミキはとんとんとタラップを駆け上がっていく。そして、ハッチをくぐる寸前、彼女は俺の方を振り向くと、あの屈託のない笑顔で手を振った。
「クルツはん!ほなね!」
「ああ、またな」
彼女の小さな姿が機内に消えて、ハッチが閉まる。そんな光景を、俺は何となくほっとした様子で見送りつつ、万一の時は使えとアストラから借りたスナブノーズの入ったポケットから手を出す。そして、離陸音を響かせるドロップシップの音を肩越しに聞きながら、宿舎に帰るためエプロンを後にした。さてと、明日もまた仕事だ。労働とは尊きものかな。