退廃的TS百合   作:三白めめ

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だいぶ短めですが、続きです。


「私たちの人生は」

 家から少し出ると、世界の変わりようは分かりやすかった。なにせ出歩いているのは十代の少女しかいないのだから。とは言え最初のころに比べれば随分と落ち着いた光景だ。数か月前はぶかぶかの服を着た少女たちが右往左往していたのだから。事情を知らない人間からしたら大変だったのだろうが、事情を知っていた涼香からすれば、微笑ましいというのが最も適した感想だった。

 

「結局のところ、自分の死後も世界が続いているっていうのは最も恐ろしいことの一つだと思うの」

 

 死人に口なしというのは生きている人間の視点であり、死にゆく者からすれば、死後に何を言われようと反論することができないのだからと。

 

「だから今の状況が理想だと?」

 

 シノブは問いかける。そこに非難の意思は込められていなかった。ただ気になったから聞いただけのその問いは、何時もと同じ笑顔で返された。

 

「私たちの人生は私たちのものでしょう。ただ知っているだけの誰かに好き勝手語られては堪らないわ」

 

 涼香は腕を更に強く絡める。こうした愛情表現もまた珍しくなくなった。街中では彼女は自分のものだと言わんばかりに腕を絡め、手をつなぎ合わせている少女たちが多く見られる。皆が美人になったからか、いわゆるナンパも増えているのだ。

 

「幸せな世界、か」

 

 町には諍いも怒鳴り声もなく、ただ笑顔が満ちていた。身体の変化によって食欲も性欲も娯楽になり、利益を独占する必要もなくなった現在はある種の理想郷とも呼べるだろう。

 

 TSウィルスは様々な恩恵をもたらした。癌や血管の異常などの病気はすぐさま治るようになり、体は健康な状態に容易く回復するようになった。そして──

 

「こうしてみんなが穏やかな性格になってしまっている。自分のせいで」

 

 涼香が言葉を繋げる。考えていたことが口に出ていたのかと顔を赤くするシノブに涼香は慈しむ目を向ける。

 

「あなたはそうやって自分を責める癖があるもの。深く考え事をしているときは特に」

 

『宿主の保全を優先するため、ウィルスは発症者の脳に干渉。状況に適応できるよう無自覚に思考を改ざんする』

 

 二人だけが知っている、TSウィルスの最後の効果。これは身体機能が急激に衰えた男性に多く作用した。

 静香が言っていた通り、女の子としての年齢差が上下関係を決めるというのは科学的にも証明されているのだ。

 

「ねえ、今度研究所に行きましょう。取りに行きたいものがあるの」

 

 涼香が取りに行きたいものは、端的に言えば薬物だ。媚薬や麻薬といった類のそれは、今や一般的に使用されるものとなっていた。

 TSウィルスによってあらゆる病気は治療をしなくても一日たてば必ず治っているのだから、どんなにそういった薬を投与したとしても依存性もなにもかもが解消されて副作用もないのだ。

 故に純度や効果の高い薬を買おうとサービス業が未だに続いていて、そのおかげで社会は回っているのだからそれはそれでいいことなのかもしれない。

 定期券を改札に通して、都会から離れていく。昼間からわざわざ郊外に向かう人間は少なく、涼香たちが乗っている車両には、他の客はいなかった。天井から吊り下げられている週刊誌の広告には『総理の失策』だとか『早急な政権交代を』といった文句とともに様々な少女の姿が並んでいた。

 そういった広告を一通り眺めた後、二人はただ寄り添って、口づけを交わしていた。

 

 研究所は郊外の端の方、山の麓にあった。何かあった時の感染防止のためだろう。それは意味を成さなかったのだけれど。自分たちのIDカードを使って施設内に入る。そもそもがTSウィルスの研究のために建てられたものだ。顔の認証は意味がなくなるかもしれないと最初から備え付けていない。

 エアロックだのといったものはもはや必要なくなっている。かつては未知のウィルスの解明のために使われていた高度な機材は、今や高純度の薬物を精製するためだけのものになり果てていた。

 

「主任としてはどう思うんだ?この状況」

「そもそも私はあなたがいるからここの主任になったんだから、この施設や研究には思い入れなんてないわ」

 

 涼香は精製された薬物を回収しながら答えた。もとは顕微鏡がズラリと並んでいたところを押しのけて空き場所を作ると、薬を少し舐めたりしながら質を確かめている。

 一通り確認したところで涼香は部屋の外に出る。

 

「どこに行くんだ?」

「私の自室。置きっぱなしだったものを思い出したの」

 

 一人で外に出た涼香は持ってきた媚薬を空調のタンクに流し込む。即効性ではあるが、そこまで強力なものではない。落ち着かなくなる程度の効果だが、それだけで十分だ。未だに慣れない感覚に戸惑っているシノブの姿は愛らしいし、二人の家に帰るまでそわそわと興奮しているのが収まらなければ、シノブは涼香を頼るだろう。

 

「涼香、大丈夫だった?」

 少し蕩けた目で見つめてくるシノブの頭を撫でる。いつもなら子ども扱いをするなと怒られるが、今のシノブはただ身体をびくりと震わせただけだ。

 

「大丈夫。さあ、帰りましょう」

 

 手をつなぐ。ここに来る前より温かくなった手を引き、ゆっくりと帰っていく。

 

 これでよかったのだろうか。涼香の脳裏に思考がよぎる。TSウィルスの最後の効果は、当然シノブにも作用しているはずだ。結局自分は、理想のシノブを作りたかっただけなのでは?今の幸せは独りよがりの人形劇なのでは?

 

「ねえ、あなたは今幸せなの?」

 

 虚しい問いかけだ。答えは幸せに決まっている。そうなるように日々を過ごしてきたのだから。それでも、万が一違うと答えられたら、涼香は狂ってしまうだろう。今は狂っていないとは言い切れないけれども。だから、これまで一度も訊きはしなかった質問だ。

 

「涼香と出会った時からずっと、俺は幸せだよ」

 

 嘘偽りなく言われたその言葉は、涼香をとても安心させた。

 

 ずっと怖かった。シノブが他の女に取られてしまうのではないか、シノブが私を捨てるのではないか。

 だから、国だろうと大切な友人の幸せだろうと切り捨てて、今の幸福を選んだ。

 世間一般からすれば、涼香は間違っているのだろう。それでも涼香はよかった。自分の愛を、最期まで貫き通しかったから。

 

「ありがとう。私の大好きな人」

 

 どうしようもなく身勝手な、私の心中に付き合ってくれて。




オチはないです。
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