退廃的TS百合   作:三白めめ

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もうすぐ終わります。


「二人分の幸せが」

 悪夢を見た。ひどくちっぽけで、今となってはなんてことのない。そんな過去の後悔だ。

 

 

 他のTSウィルスの発症者と違って、その研究の副主任だったシノブは自分の変化に対してもある程度は冷静だった。そうなるかもしれないという心づもりはしていたし、そうなったときの準備もしていたおかげで、発症しても普段と大して変わらない一日だった。

 

 二人とも食事が必要なくなったとはいえ、では食べるのを止めましょうというのもなにかすっきりしない気分になるので涼香は朝食を作っていた。コーヒーにはミルクを一杯。目玉焼きは両面焼き。いつも通りのレシピを作ってシノブを待つ。

 

「おはよう、涼香」

 

 コーヒーに口を付ける。シノブが不思議そうな顔をした。何故だろう、なにか嫌な予感がする。

 

「味を変えたのか?いや、俺の味覚が変わったのか」

 

 

 飛び起きた。またこの夢だ。

 別に一喜一憂するほどのことではない。なにかのきっかけで味の好みが変わるなんてよくあることだ。

 

「過敏になりすぎているのでしょうね」

 

 シノブを信じていないなんてことはあり得ないけれど、どんなことがあっても大丈夫だと無邪気に思えるほどものをしらないわけじゃない。

 

「このままシノブがすべて変わってしまったら……」

 

 テセウスの船という思考問題がある。一隻の船の部品を全て取り換えた時、それを同じ船と呼べるかどうかというものだ。

 シノブの情報の受け取り方が今までと変わってしまったと知った時、それでも私を愛してくれるのだろうかと思ってしまった。TSする前は涼香を愛していたのだから今も愛するべきだ。そんな風に思われているのなら、私ははたちまちのうちに狂ってしまうだろうと涼香はそう思っていた。

 

 だから涼香は彼を歪めたのだ。快楽で、思想で。言い方を変えれば洗脳だろう。涼香に依存させたことで、シノブは幼児退行気味になってしまっている。以前のように理知的な姿はあまり見られなくなった。それでも。

 

「私は、二人分の幸せが欲しいの」

 

 シノブには幸せになってほしいが、涼香自身の幸せを諦めるつもりもない。彼の心が読めないのなら、読めるような思考に変えればいい。そうすれば幸せかどうかが分かると身勝手な論理で涼香が取った行動は、当然の結果として実を結んでいた。

 自分は罪悪感に蝕まれながら、二人で幸せなままに死んでいく。涼香のその決意は揺るがない。

 

 

 寝室を出ると、すっかり夜も更けていた。昼に研究所から帰ってきてシノブの身体の火照りを収めていたら、涼香自身も眠ってしまっていたらしい。今日はかなり体力を使ったのだ。シノブは朝まで起きないだろう。

 

「久しぶりに、散歩にでも行きましょうか」

 

 夜の散歩は、涼香にとって中学生の頃からしていたことだ。一昔前は深夜に居酒屋を渡り歩く会社員や若さを持て余した不良なんかがそこらじゅうにいたらしいが、涼香が生まれたころにはめっきり見かけなくなっていた。

 

 夜の街は、都会といえど灯りのついている店は少ない。仕事は最低限でいいので深夜まで営業している職業は少なくなった。ウィルスが全国に広がってからは24時間営業のコンビニがなくなったのは涼香の記憶に新しい。

 

 結局のところ、変わらないものなどないのだ。TSウィルスが無くても人の細胞は常に新しいものになるし、何かしらの創作物や出来事で思想が決定的に変化することもある。何度も疑問を抱いて、何度もその結論に至ってきた。だからあの夢も、ただの再確認のきっかけにしかならない。涼香が後悔などするはずがないのだから。

 

「あと一年か」

 

 あと一年で自分たちは死ぬ。死体は塵となって消えるから、この国に人の死骸は残らないだろう。それが涼香の愛の結果ではあるが、一体いつから自分はこんなにも執念深くなったのかと涼香は考える。

 研究所でシノブが女性とする会話が増えた時かと思ったが、それより前から計画はしていたと思いなおす。そうだ、もっとずっと前、それこそ幼稚園の頃くらいだった。

 大人になったら結婚しようとシノブが言ったのだ。それからは家も近かったので、毎日どちらかの家に泊まりに行っていた記憶がある。

 決定的なきっかけは、十二歳の時だ。涼香の家庭の事情で中学校は別々のところに通うことになったのだ。当然離れたくないと泣きついたが、涼香は一人では金を稼ぐことのできない小学生だ。引っ越すことを取りやめさせることはできなかった。

 そうして他県の中学校に通うことになった涼香は、シノブがいないとどれだけ寂しいかを体感した。二度と離れなくていいようにしようと決意したのだ。

 

 思い返してみると、案外微笑ましい思い出だった。高校で再会したときはシノブも会いたかったと言ってくれたから、考えていることは同じだったのだろうとクスリと笑う。

 

「そろそろ帰りましょうか」

 

 目の前の信号が青くチカチカと点滅し始めたのを見て涼香は呟いた。あと三十分もすれば日が昇る。そろそろシノブが起きるかもしれない。その時に自分がいなければ心配をさせてしまうだろうと涼香は帰り道を急いだ。

 

 

 家に帰ると、シノブはまだ寝ていた。銀色の髪は手触りがよく、いつまでも触っていられる。頬に軽く触れると、無意識ににへらと笑うのだ。涼香がそのように刷り込んだ行動だが、本当に可愛い。

 

 台所に行き、朝食を用意する。食パンにはジャムを多め。片面焼きの目玉焼きに、コーヒーはミルクを沢山。味の好みがどれだけ変わっても、シノブが好きな人は変わらない。ならそれでいいかと涼香は思考する。妥協ではなく、二人の幸せのために。

 

「束縛しすぎたら、嫌われてしまうわ」

 

 シノブの思いも自分が決めつけたものだと理解して、涼香はそれでもそれが二人の幸せになっていると信じている。




間違いなく純愛です。
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