――とある公園。
その公園の草陰に、身を隠すようにして潜む影が二つ。
一人は綾崎ハヤテ。
そしてもう一人は――。
「本当に、うまくいくんですかね……」
「カカッ、この俺様、笹井一条を信じろよぅ、ハヤテ」
どこか悪人染みた笑いを上げる、怪しい男だった。
―――――――――
「は~、ったくよ~。スリは失敗するわ、強盗はやる前に仲間が全員いなくなっちまうわ、借金取りには追われるわ……。今日はどうにもついてねえなぁ、おい」
笹井は行く当てもなくふらふらと、町の中を歩いていた。
と言うのも、彼がつぶやいている通り、今日は何をやっても失敗しているからだった。
――ケッ。やってられねえな、今日は。
そう思って公園で野宿でもするか、と歩き出すと、突然、後ろから走ってきた少年とぶつかった。
「あ?」
「うわわわ……すみません、すみません! 今はいろいろヤバいのですみません!」
そう言って、その少年は急いで去って行った。
――なんだぁ、あのガキ? 随分と急いでるみてえだが……。
少し経つと、笹井にも見覚えのある奴らがやってきた。
「げえ!? お前は笹井ィ!?」
「あん? 借金取りの連中か……。ヒャッハハ! どうしたぁ? 俺から金を持ってくのかよぉ?」
「い、今はお前に用はない! お前ら、さっきの奴を追うぞ!」
「「は、はい!」」
借金取りたちは、去り際笹井をちらちら見ながらいなくなった。
――詰まんねえ連中だ。
「……ん? あいつらの言うさっきの奴って、俺にぶつかってきた奴か? カカッ、こりゃ面白くなってきたぜえ!」
笹井もさっきの少年を追うことにした。
――だが、借金取りの奴らを追ってっても見つからねえだろうしなぁ……。それにこの辺で身を隠せてかつ、野宿までできそうなとこは……公園がちょうどいいか? ま、もともと当てはねえんだ。見つかりゃ儲けもんだな。
笹井は公園に向かって走り出した。
―――――――――
そして、難なくハヤテを見つけた笹井は、二人で誘拐でもしようぜ! と、強引に誘って冒頭に至る。
すでに辺りは暗くなり、すっかり夜になっていた。
今現在二人は自販機近くの草陰に潜み、ターゲットが来るのを待っていた。
「……あ、なんか女の子が来ましたよ」
「……みてえだな。パッと見ただのガキで金にはならなそうだが……」
――あのパーティードレス……安物じゃあねえな……。これは、当たりか?
笹井が早速行動に移ろうとしたところで、邪魔な男二人が現れた。
「ね~ね~、君可愛いね」
「こんなところにいないで、俺らとどっか一緒に行かない?」
「え? へ?」
――カカッ。
「邪魔だ、ガキ共ぉ! 帰ってママの乳でも吸ってなぁ!」
その男たちにイラついた笹井は、すぐさま近くの一人の鳩尾に蹴りを入れると、そのまま二人目に突っ込んでいった。
「ヨ、ヨッちゃ~ん!? ……な、なんだよ、アンタ……」
「なんだ、だぁ? こちとら生活が懸かってんだよ! とっとと失せろ!」
蹴り飛ばした男をひるんでいる男のほうに投げ飛ばし、笹井は威嚇した。
「う、うう……ヨッちゃ~ん、こいつ怖ぇよお~……」
泣き言を言いながら、もう片方の男を肩で担ぎ去って行った。
――けっ、骨のねえ奴らだぜ。……はっ!
「あ、あの、ありがとう。助かったよ」
笹井はターゲットにお礼を言われていた。
――……カカッ。……いや、笑えねえ……。
笹井が草陰にいるハヤテに目を向けると、どうやら驚きのああまり固まっているらしかった。
――こりゃあ完全に俺の失敗だな……。本当に今日はついてねえぜ……。
「……別に俺ぁアンタを助けたわけじゃあねえよ。……ったく、予定が狂っちまったぜ……ハヤテェ! 別の奴見つけんぞ」
草陰にいるハヤテに声をかけ、次のターゲットを見つけようと、笹井は公園の出口に向かっていった。
そんな笹井に、後ろから声がかけられた。
先ほどの少女だ。
「あ、あの……何か、お礼がしたいんだが」
「ああ? お礼? この俺に?」
少女はこくんと頷いた。
――……はあ。お礼、お礼ねえ……。正直もうこのガキに興味はねえんだよなあ。
笹井は数秒考えると。
「じゃあ俺のことはもう忘れてくれよ。これで俺とアンタは何の関係もない赤の他人ってこった……はあ」
「あっ、お、おい」
笹井はそれっきり振り返ることはなく、そのまま公園の外に出た。
ハヤテはこそこそと笹井の後をついていき、同じように外に出た。
―――――――――
――さて、これからどうすっかなあ。
笹井は公園から出てから途方に暮れていた。
ハヤテも同様に。
「さっきは悪かったな、ハヤテ。調子に乗った結果がこのざまだ……」
「い、いえ。僕もあのままだったら、このイライラをあいつらにぶつけてたと思いますし……」
「……そうか……。つまりは元から成功するはずがなかったってわけだ」
「「……はあ」」
笹井とハヤテが同時にため息をついた。
――……あ、そういや。
「お前は何で追われてんだ?」
「あ、え!? 知らなかったんですか!? いきなりあんなこと言ってきたから知っているものだと」
「いや、借金取りに追われてんの見たからよ。なんかあんのは分かってたが、それが何かまでは分からねえよ」
「そうだったんですか……」
少しの沈黙の後、ハヤテは口を開いた。
「……実は、親から莫大な借金の代わりに、その、売られまして……」
「……ほほう。その親ってのも、なかなかに悪人みてえだな。んで、お前はそれが嫌で逃げてきて、俺に会ったってわけか……」
「笹井さんは?」
「俺か? 俺はだな……」
笹井が話し始めようとしたところで、聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてきた。
「誰かーーー!」
「くっ、うるせえ!」
「とっとと乗りやがれ!」
「ぐっ、くそ、離せ!」
――ん? あれはさっきの……。
先ほど自販機の前で笹井が助けた女の子が、二人の男に車に乗せられそうになっていた。
どうやら縄で捕まっているようだ。
「さ、笹井さんっ! あの子、さっきの!」
「分かってるよぉ! 先に見つけて諦めた獲物だがなあ、他の奴にとられるってのは気に入らねえ……一丁、助けるとすっかぁ!」
そう決めたところで、車が発進したのが見えた。
――さ~て、啖呵切ったのはいいが、どうするか……。
「……ん?」
――こりゃちょうどいいぜ。
笹井の視線の先には、ママチャリを引いている一人の女性が写っていた。
「大変! あの娘ったら誘拐されてる!」
その女性は、その誘拐されいる現場を見つけてそう言った。
――おいおい。こいつはマジで運が回ってきたんじゃねえか?
「笹井さん!」
「おうよ! 分かってるってぇ! おい、そこのアンタ。そのチャリ借りるぜ!」
笹井はママチャリを引いていた女性から、半ば強奪する勢いでとった。
「も、もしかしてあの娘を助けてくれるんですか?」
「さあな。行くぞハヤテ! お前は自転車漕げ!」
「了解です! 笹井さんは?」
「お前の肩に乗る」
「……え」
―――――――――
一方車で逃げている誘拐犯たちと少女。
「へへっ、うまくいきやしたね、兄貴」
「一人になってくれて助かったぜ」
「……で、これからどうするんですか兄貴」
「今考えているぞ弟よ。まあとりあえず身元がわからんとな」
その様子を後部座席で見ていた少女は一言。
「空気が汚れるから、しゃべるのをやめてくれないか?」
「な、なんだとこのガキ!」
「待て弟よ! 殺しちまったら金も要求できなくなるんだぞ!」
少女の一言に怒って、少女に手を出そうとする弟に、兄は忠告する。
「だったら、こいつの体に直接教え込むだけだぜ」
「……え、お前いつの間にそっちに……」
弟は後部座席の少女に近づく。
「くっ、やめろ、こっちに来るな! 人を呼ぶぞ、馬鹿者!」
「馬鹿はどっちだよ嬢ちゃん! ここに助けに来てくれる奴がいるとでも思ってんのか!」
着々と近づいていく男の手。
少女は、ただ願う。
――誰か、助けて。
その願いが届いたかのように、一人の男がボンネットに現れた。
「ヒャッハハハハッ! 助けが来ねえとでも思ってたのかよぉ!」
「うおお!?」
運転していた男は、突然現れた笹井に驚き、ハンドルを切った。
「落ちるわけがねえだろ!」
だが笹井は落ちない。
ひたすらしがみついていた。
そして車は止まった。
「く、くそ!」
「さあて、壊させてもらうぜえ!」
笹井はボンネットに立ち、フロントガラスを蹴り続ける。
「は、はん! そんなので壊れ――」
「ねえわきゃねえだろ!」
フロントガラスは数回目の蹴りで呆気なく割れ、中の誘拐犯たちに降り注いだ。
「ぎゃあああ!?」
「うおお、い、痛ぇ! 刺さってる、刺さってるって!?」
「うるせえんだよ! ……ったく。おい嬢ちゃん、無事か」
笹井はボンネットから降り、後部座席のドアを無理やりこじ開けた。
あまりの出来事に呆けていた少女は、その声に気の抜けた返事をした。
「おいおい、大丈夫かよ……まあいいや。とっととここから離れんぞ。警察が来ると厄介だからな」
そう言いながら、まだ呆けている少女を脇で抱える。
「う、うわ!? 何をする!」
笹井は少女の声には耳を傾けず、外で待たせているハヤテのところに向かった。
―――――――――
そしてまた公園の入り口に戻ってきた四人。
先ほど笹井が自転車を拝借した女性もいる。
「よ~し。上出来だハヤテ。お前は予想以上の逸材だ。いい悪人になるぜ?」
「それ……褒めてるんですか……?」
「あ、あの、ありがとうございます。この娘を助けてくれて」
「いえいえ。当然のことをしたまで――」
「ええそうなんですよ。私たちはその娘を助けたわけで」
笹井はハヤテの言葉に割り込んで話した。
「こっちも善意だけでやるってのは、さすがに、ねぇ」
(笹井さん、口調まで変わってるよ……)
ハヤテは、笹井のその態度の豹変に呆れたような視線を送る。
「は、はあ」
「で、実はですね。私たちは今仕事がなくなってしまって……そこらへんをどうにかこう、できればと」
「そんなことでいいのか?」
それまで黙っていた少女が、笹井に話しかけた。
黙っていたというより、叫び疲れて休んでいた、と言ったほうが正しいだろう。
「なら、三千院家で働けばいい」
「あ?」
「へ?」
これが、これから長い付き合いとなる、三千院ナギとの出会いだった。