笹井は陽の光を感じて目を覚ました。
――……ああ? んだここは? 天井があるじゃねえか……。それにシャンデリア……? 何つー豪華さだよ……。
目を覚ました笹井は思わず飛び起きた。
そして周囲を警戒する。
そうしていると、少しずつ、今までのことを思い出してきた。
――確か、あの嬢ちゃんを助けた後、俺が仕事を紹介してくっれつったら、ここを紹介されたんだったか。
とりあえず危険がないことが分かった笹井は、ベッドから離れ、用意してあった服に着替え廊下に出た。
――……金持ちってのはすげえなあ、おい。
廊下に出た笹井が見たのは、先が見えないぐらいの長さのある廊下。
モノクロのカーペットが敷かれていた。
そしてところどころに規則正しく置かれた壺などの嗜好品。
――模範的な金持ちだわなあ……。こんだけ長ぇんだったら、いっちょ走ってみっか。
「カカッ。そ~っれっと!」
笹井は最初から全力で走り出した。
――カカッ! 窓から射す光が心地いいぜぇ!
全力で走ること数秒、案外呆気なく端までついてしまった。
「……ケッ。思ったより狭ぇな~」
「何やってるんですか、笹井さん……」
いつの間にか側にいたハヤテに、笹井は呆れられていた。
「おっ、ハヤテじゃねえか。お前も走んねえか?」
「いやいや!? 僕に雇われ先でいきなり全力疾走する勇気はありませんよ!」
「カカカッ! まあ、そんなもんか」
そして笹井とハヤテは、適当に話しながら歩いて、屋敷の中を散策し始めた。
「かあ~! ほんっとに、ここは広ぇなあ……。一度でいいからこの屋敷の主になってみてえもんだぜ」
「ですね~。……僕は明日の身も保証できないので、ちょっとアレですけど……はあ」
「そういやお前借金あるんだったか。幾らなんだ?」
「……一億、五千万です……」
「……お、おう」
予想以上の額に、笹井は思わず足を止めた。
「流石の俺でもそこまでの額はねえな」
「笹井さんも借金したことあるんですか?」
「おうよ。ああ、後、俺のことは一条でいいぜ。笹井さんってのは言いにくいだろ」
「あ、じゃあ一条さん」
「そうさな~、確か一億はいってたっけか」
「僕とあんまり変わらないじゃないですか!?」
今度はハヤテが驚き足を止めた。
そうやって話し続けていたため、あまり屋敷の散策は進まなかった。
「あれ? もうお二人とも起きてたんですか」
背後から声がかけられた。
二人は振り向く。
「おっ、おはようさん。今日から働かせてもらうぜ。ああ~……確か、マ、マ……」
「マリアさんですよね。よろしくお願いします」
「お、そうそうマリアだマリア。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします。ハヤテくんと……笹井さん、でいいのかしら」
「一条でいいぜ」
「では一条さん。早速仕事をお願いしますわ」
マリアはそう言って、二人に後をついてくるように促した。
そして、ある部屋の扉の前で止まった。
「ハヤテくんにはこの部屋を、一条さんには右隣の部屋をお願いします」
「分かりました!」
「了解っと」
「終わりましたら声をかけてください。では」
マリアはそう言うと去って行った。
「んじゃ、各々頑張ろうぜ、ハヤテ。ここまで来たら一蓮托生だ。失敗すんじゃねえぞ」
「任せてください! 掃除は得意ですから!」
ハヤテはいい笑顔で言葉を返した。
そして二人は部屋に入っていった。
――さあて、やれるだけやろうかねえ。
―――――――――
マリアは二人に仕事を伝えてから、ナギと話していた。
「本当にあの二人を雇うんですか?」
「ん? 何か問題があるのか?」
「いえ、今まで使用人三人だけでもなんとかなっていましたし、いきなり二人というのも。それに執事として」
「前々から姫神の後任として執事が欲しいって言ってたじゃないか。クラウスが」
「まあそれもそうですね。そこらへんはクラウスさんに任せましょうか」
「うんうん。それがいい。そういえば二人はもう働いてるのか?」
「ええ。先ほど仕事を伝えてきましたから。見てきますか? 場所を教えますよ」
ナギが二人の掃除している部屋に行くまで、あと少し。
―――――――――
「やりゃあできるもんだな、こりゃ」
笹井は掃除しながら呟いた。
掃除用具は部屋に置いてあったものを使っている。
マリアが置いていったのだろう。
――順調なのはいいが……如何せん一部屋がでかいぜ。
「……まさか俺が真剣に仕事するたぁな~。これもあのガキ共に会った影響か? ……カカッ、らしくねえなぁ、おい」
そんなことを言いながらも、棚を拭く手は休めない。
なんだかんだ言いながら、仕事はやるのだった。
「おおっ、結構いいじゃないか。見かけによらず掃除が上手いな!」
「ああ?」
笹井が大きな声に振り向けば、雇い主のナギがいた。
「んだよ、嬢ちゃん。邪魔しに来たのか?」
「むう……そういう言い方はないだろう。これでも私は主なのだぞ」
「主ぃ? 誰が、誰の?」
「私が、お前の」
しばしの沈黙。
――……まあ、俺の雇い主であるわけだから、間違っちゃいねえんだが……。こいつのはなんかニュアンスが違う気がすんだよなぁ。
ナギはこの沈黙を肯定と受け取ったのか、話を続けた。
「お前は私の執事にすることにしたからな。ハヤテもそうだぞ」
「執事ぃ!? この俺が!?」
「うむっ!」
ナギは胸の前で腕を組み、少し仰け反った。
すごく偉そうである。
実際偉いのではあるが。
――こいつ今執事とかいったか、おい。
「給金は弾むぞ」
「やらせてもらうぜ!……はっ!」
「くくく……言質は取ったぞ。さらばだ!」
そう言って、ナギは去って行った。
――……ま、金が入るんならいいか。それより掃除だ掃除。終わらせちまわねえと。
―――――――――
「出ていけえ!」
大声が館内に響き渡った。
――なんだ?
笹井はもう終わりの見えた掃除を一度中断し、廊下に出た。
だが人影は見当たらない。
――結構遠くか?
そのまま笹井は隣で掃除しているはずのハヤテを見に行く。
何か今の大声の理由を知っていないか、程度のことだったが、部屋に入って状況は一変した。
「いねえ……。もしや……」
笹井は部屋の窓に近づき、屋敷の入り口を見た。
――おいおい……。
ハヤテはこの屋敷を追い出されたらしかった。
そして最悪なことに。
――借金取りの連中のお出ましか。
ハヤテは屋敷前に置かれていた車に乗せられ、どこかに連れ去られていた。
普段の笹井なら、このまま見捨てて掃除を続けるはずだったのだが。
――一蓮托生つっちまったしなあ……。嘘は言いたくねえんだよなあ、俺。
「はあ……仕方ねえ。嬢ちゃんに頼むか……」
―――――――――
――とある港。
そこにハヤテと借金取りの連中は居た。
「あ、僕急に用事を思い出しました……というわけで帰ります!」
「逃がすわけねえだろ!」
「やっぱりぃ!?」
ハヤテは逃げ出そうとしたが失敗。
目つきのやたら鋭いチワワに噛みつかれていた。
「大丈夫。殺しはしねえよ……多分な」
「多分!? いやだー! 誰か助けてー!」
「はっ、そんな叫んだって誰も――」
「とぉころがどっこい!」
突如借金取りとハヤテの後方から、声が聞こえた。
そう笹井である。
――昨日からこんな役目ばっかだな俺……。……ああ、悪人としてお俺がどんどん消えて行っちまうぜ……。
辟易しつつもしっかりと助けに来ている笹井。
片手には銀色のアタッシュケースを持っていた。
笹井は静かにハヤテに歩み寄る。
「よう。助けに来たぜ相棒」
「い、一条さん!? どうやってここに……」
「ま、そこらへんの話は無事帰ってからにしようや」
それだけ言って笹井は、周りに集まってきた借金取りの連中に目を向ける。
「……何の用だ、笹井。今お前に用はねえぞ」
「お前らに用っつったらこれだけだろうがよ」
笹井は持っていたアタッシュケースを前に出す。
「それは?」
「金だ」
そう言ってアタッシュケースを開くと、ボトボトと、たくさんの札束が落ちてきた。
「その小僧の借金をお前が払うってのか? ……なんか裏があるんじゃねえだろうな」
「そんなかには俺の分も入ってる。それに、今のアイツは仲間だからな。仲間に嘘はつけねえんだよ。悪人としての俺の矜持だ」
「……けっ。行くぞお前ら。金さえもらえばもう用はねえ」
借金取りたちは金を集め、車に乗って帰って行った。
「あ、あの一条さん……ありがとうございました……死ぬかと思いましたよ……」
「礼を言われるのは俺じゃあねえよ。とっと屋敷に帰んぞ」
「で、でも僕お嬢様に追い出されちゃって……」
「馬鹿かハヤテ。お前の借金返したの誰だと思ってやがる」
「え?」
「ちゃんと帰って礼言えや。まだ待ってるだろうしよぉ。あの嬢ちゃん、思った以上にお人よしだ」
笹井は振り返らず港を後にした。
笹井には、後ろから足音が聞こえてきた。
どうやら、ハヤテも帰りたかったようだ。
――カカカッ。儲けた儲けた。ハヤテの借金ってことで俺の分まで返しちまえた。ナギの嬢ちゃんには感謝しねえとな。
笑いが出るのを我慢しながら、笹井は夜道を歩く。
――とりあえずは、後ろのこいつと執事でもやるとすっかねえ。