デルムリン島・洋上――
この日この海域はひどく荒れていた。 少なくともこの辺りを縄張りにしている漁師なら、今日は海に出るのはあきらめるだろう。
しかしそんな中を悠々と…いや、エッチラオッチラとよろけながら進む一隻のボートがあった。
「おやポップ、また針路が逸れてますよ?いけませんね~、BADです。」
海を渡るには全く似合わないボロいボートの先端に直立し、漕ぎ手に注文をつけているのは、これまた全く海の似合わない男だ。
年の頃はかろうじて青年…少なくとも壮年と呼ぶには早すぎる。
派手な真っ赤なつなぎに大きめのメガネ、これまた目立つ襟足のカールされた髪。
ここまでだと大道芸人かと思うが、腰には明らかに実戦に使うと思われる剣を差しており、意外に整ったその顔には戦う者特有の鋭さが見て取れる。
「おやおや、もうギブアップですか?相変わらず腕力がたりませんね、着いたら腕立てを100追加しましょう。」
「えーっ、勘弁してくださいよー!」
突然難題を振り掛けられて、ポップと呼ばれた少年が悲鳴を上げる。
こちらも男とは別の意味で海の似合わない少年だ。
華奢な身体は厚手の魔法衣で覆われ、手袋・ブーツで完全防備。
唯一外に出ている顔は幼い…まだ14・5といったところか。
少しクセのある珍しい黒髪は短めに切りそろえられており、額をおさえるバンダナの下の黒く大きな瞳はどことなく理知的だ。
肌の白さも相まって、全体的に少女めいた印象を受けるが、スッと通った形よい鼻梁の下の、ツンと生意気そうな唇が少年らしさを演出している。
「アバン先生『バギ』使っちゃダメですか~?」
細い腕でオールを漕いでいたポップが甘えだす。
しかしアバンと呼ばれた男は涼しい顔で提案を却下する。
「君の魔法が優秀なのは認めますが、すぐに頼るのはいけませんね~。
いいですか?魔法使いというのは…おや!?」
何やら説法を始めた男が、不意に前のめりになる。
前方の島――デルムリン島でなにかあったようだ。
「先生、何か見えるんですか?」
「どうやら大変な事になっているようですよ。ポップ、急ぎなさい。」
「はい、先生。」
ポップの目には何も見えないが、アバンの言葉を信じ、オールを漕ぐ手に力を込めた。
岸に近づいてくると、ポップにも『大変な事』の正体が見えてきた。
なにやら岸辺で人間の少年と鬼面道士(+空飛ぶ金のスライム)が揉めている。
はじめは少年がモンスターに襲われているのかと思ったが、会話が聞こえてくると、事態はよりややこしいものだった。
「―――早く島を出るんじゃ、ダイ!
このままではわしらはお前を殺してしまうかもしれん!!」
「でも…!」
…とりあえず、鬼面道士は敵ではないようだが、だいぶ込み入った話のようだ。
「先生どうするのかな?」などと呑気に思っていたポップの視界に、とんでもないものが飛び込んできた。
島の奥から砂煙をあげて向かって来るのは――モンスターの大群!!
もちろん岸辺にいる少年たちも気付き、鬼面道士――ブラスは慌てて用意していたボートに少年――ダイを乗せようとする。
「急げ!ダイっ!!」
「いやだ!!じいちゃんやみんなを置いて俺一人だけ逃げるなんて出来ない。
そんなの勇者のすることじゃないよ。」
意を決しダイが叫んだ時…
「その通り…いいことを言いますね君は…ダイ君!」
絶妙のタイミングでアバンが割って入る。
「だ…だれ?何で俺のなまえを?」
突然の登場に目を丸くするダイに、アバンは「この場は私に任せてください」
と剣を鞘ごと構え、地面に突き刺す奇妙な構えのまま、モンスターに向かっていく。
「ああっ、危な――へっ!?」
思わず叫ぶダイの首に、背後からポップの細い両腕が絡まる。
「心配すんなって、先生はすげぇんだから!」
振り返ればダイの不安を見抜いたかのように、自信たっぷりな表情でこちらを見ているポップがアバンを指差している。
指摘されるままにアバンの方を向けば…
「ほ~~~っ!!」
なにやら奇声を発しながらモンスターの群れに突っ込み…
かっぱ~ん!!
…そのまま何事もないかのように群れを弾き飛ばした
「ちょえええ~~!!」
その後も剣を突き立てたまま、怒涛の勢いでアバンは島中を駆け回る。
ポップ達の元へ戻ってきたとき、大地に刻まれたのは五芒星――破邪を司る文様だ。
「邪なる威力よ退け!
――マホカトール!!」
「力ある言葉」を解き放ち、大地に魔法力を込めれば、島中の空が晴れ渡り、それまで正気を失っていたモンスター達の瞳に、理性の光が灯りはじめる。
「こ…これは…奇跡か?」
それまで全身を駆け巡っていた邪気が、急速に薄れていく感覚にブラスは感嘆する。
「あなたは一体…?」
「申し遅れました、私、こ~ゆ~者でございます。」
問われて、アバンは懐から一枚の巻物を取り出すと、ダイ達に開いて見せた。
そこには『勇者の育成ならお任せ!アバン・デ・ジュニアール三世』と書かれていた。
「勇者育成行…ひらたく言えば、家庭教師です。」
「勇者の家庭教師!?」
「そう、正義を守り悪を砕く平和の使徒!
勇者・賢者・魔法使い!!
彼らを育て上げ、一流の戦士に育て上げるのが私の仕事なのです!」
力説しながら、アバンはポップをそばに呼び寄せる。
「この子が弟子ポップ。魔法使いです。」
紹介され、少しはにかみながら挨拶をするポップを見ながら、ブラスはふと『アバン』の名に聞き覚えがあることに気が付いた。
しかし、結局思い出せず…尋ねたのは別のことだった。
「それで…その家庭教師がなぜこの島へ?」
「もうお気付きでしょうが、魔王が現世に再び復活してしまいました。」
「やはり…」
元魔王の配下であるブラスには、自身の内に溢れる魔王の邪悪な意思をハッキリと感じていた。
「私はパプニカ王家に頼まれてここに来たんですよ。
デルムリン島にいるダイ少年こそ未来の勇者!
一日も早く、一人前の勇者に育てて欲しいと…」
「レオナが…」
ダイの脳裏に、懐かしい友人の少女がよみがえる。
「ダイ君、私の修行を受けてみますか…魔王を倒すために!
もちろん修行はムチャクチャハードですが?」
「やる!!レオナがピンチなら助けに行かなくちゃ!
それに、魔王を倒さない限り、じいちゃんたちも平和に暮らせない!」
ダイは迷うことなく決意をする。
「俺を鍛えて下さい!
そして本当の勇者になって…魔王を倒す!!」
「よろしいっ!
では…」
ダイの返事に満足したアバンは、再び懐から一枚の紙を差し出す。
「では…この契約書にハンコを!
あっ、サインでもいいですよ!!」
アバン以外の全員が、シリアスな雰囲気が明後日の方へと飛んでいくのを感じた。
キィィィン!!
「!?」
「なんじゃ、あれは!?」
突然上空に異変を感じ、全員が振り返る。
そこに見えたのは――
「ガーゴイルだ!!」
ガーゴイル・・・所謂、鳥人間だ。
それが二匹「殺せ!殺せ!!」と口々に叫びながら、こちらに接近してくる。
しかし、
ドガァッ!!
先ほどアバンが張った結界に激突し、侵入することはできない。
「どうやら魔王軍の偵察隊のようですねぇ。
マホカトールがある限り入ってはこれませんが、このまま帰られても面倒ですねぇ?
どうしましょうかねぇ?」
「…はい、俺が行ってきマス」
言外の圧力を受けて、ポップが結界の外に出ていく。
「おい、カラス野郎!
俺が相手してやるから降りて来い!!」
「こっ、このガキが!
笑わせるなー!!」
あからさまな挑発に、一匹が剣を振りかぶる!
しかしポップは慌てる事もなく、手を軽くガーゴイルへとかざす。
「メラ(初級火炎呪文!)」
ポゥ!
「へ?」
見ていたダイが、変な声を漏らしてしまう。
それも当然、ポップが生み出したのは、小さな…魔法が苦手なダイが見ても『しょぼい』炎の塊だった。
(ポップって、大した事ないのかな?)などと思わず心配したのが間違いであることは、直後に証明された。
ドオオンッ!!
「グワアッ!!」
ガーゴイルに触れた『しょぼい』炎は、その瞬間、並みの魔法使いが放つであろう『メラゾーマ(上級火炎呪文)』クラスの業火となり、敵を影も残さず焼き尽くした。
(今のが初級呪文じゃと!?
まだ少年にもかかわらず、なんと強い魔力の持ち主か!
あのアバンという男…やはりただ者ではないわ!)
凄まじい光景に、ブラスはアバンに驚愕の視線を送る。
…もっとも、鼻をいじりながら、高みの見物を決め込むその姿には、威厳もヘッタクレもあったものではないが…
「きっ貴様!」
「へっ!
次はおまえを焼き鳥にしてやるぜ!!」
もはやどう見ても、ガーゴイルに勝ち目はない――しかしその余裕が、ポップに油断を生んだ。
「くらえ!『マホトーン!!』」
「あぐっ…?しまった!!」
てっきり剣で挑んでくると思っていたポップは、あっさり敵の不意打ちに引っかかる…どうやら詰は甘いタイプのようだ。
「未熟ですねぇ。
ガーゴイルはマホトーン(魔封呪文)が得意だと教えたでしょう?」
呑気に弟子の失態をたしなめるも、これでポップは戦闘不能。
「このまま葬ってやる!」
勝機と見たガーゴイルが一気に詰め寄る。
ガシィィンッ!!
「なんだ!このガキ!?」
ポップに切りかかる直前で剣撃を受け止めたのは――ダイ!
「魔王の手下めぇ…この島からでていけえっ!!」
ズムッ!!
「ゲエッ!!」
空いたこぶしが敵の腹に突き刺さる。
「うぉぉぉっ!!」
突きに怯んだ隙を逃さず、ダイは次々にナイフを振るう。
しかし、初めこそダイが押していたものの、徐々に押し返されていく。
「危ない!ナイフなんかじゃやられちまうっ!!」
マホトーンから回復したポップが、加勢に向うもアバンが無言で止める。
そして腰に差してあった剣を抜き、ダイに向かって投げた。
ガキンッ!
「!?」
突然目の前に剣が突き刺さり、ダイが飛んできた方へ視線をやれば、アバンが茶目っ気たっぷりにこちらをみている。
「貸してあげます――由緒正しき伝説の名剣ですよ。」
聞くが早いか、ダイは一気に剣を引き抜き――
「たぁっ!」
「!!」
敵に一閃を振るう。
これで両者の武器によるハンデはなくなり、しばらく睨み合うことになる。
「くおおおおっ!!」
裂帛の気迫を込めて、ダイが剣を掲げる。
それを見て敵も一瞬引くが――そこは魔王軍正規兵、
相手はあくまで素人の子供と見抜きこちらも勝負をかけてくる。
「舐めるなよっ、チビぃっ!!」
敵の攻撃が迫るその瞬間――ダイの額が一瞬光る!
「ずああああっ!!」
ビシュッ!!
ダイの剣閃が敵の眼前で振り下ろされた!
そして…
「…な、なんともねえじゃねえか!」
別段影響が無かったことに気を良くしたガーゴイルに、ポップがあきれて声を掛けてくる。
「いいから、ちょっと後ろ、見てみ…」
「??」
ザザザザザッッ!!
最期にガーゴイルが見た光景は、自身の背後で『真っ二つ』に割れる海だった。
「かぁっ…あぁぁっ!!」
この時になってようやく、ガーゴイルは自分がすでに『死んでいる』事を悟り、絶命した。
「…やった…やったぞおっ!!」
「ピピィ~!」
勝利を確信し剣を掲げるダイの下に、金のスライムをはじめ、島中のモンスターが祝いに集まる。
「さっすが、伝説の『なまくら剣』!!
まさか海まで割るなんて、すごいですねぇ!」
「ハハハ…さすがに武器屋の倅は誤魔化せませんねぇ。」
実はこの島に来る前に10ゴールドで買った安物なのは、弟子に見抜かれていたようだ。
(これは…すごい逸材を見つけてしまったようですねぇ!!)
これでやっと念願が叶うと、アバンは久々の手ごたえに胸を躍らせた。