ネイル村の村長宅の裏手――けして広い訳ではないが、『魔法の特訓をしたい』と近くに適当な場所はないかと聞いた所、『ならここを使いなさい』と貸してもらい、ダイはポップの指導の下、特訓に励んでいた。
「いいかダイ・・・魔法力の流れを感じるんだ・・・!」
「むむむ・・・!?」
ダイは指示されるままに集中し、魔法力を高めていく。
「むうううっ!!」
ぼうっ!!
「おお!いいぞ!!」
「その調子だ・・・!」
人の頭ほどの火の玉がダイの手に生まれ、一緒に特訓に付き合ってくれている村長の声にも熱が入る。
・・・なにしろ半日近く同じ事を続けて『はじめて』魔法らしい完成を見せたのだ・・・ポップも感動に涙しそうだった。
後は撃ちだし、離れた的に当てられれば成功なのだが・・・
「『メラッ』!!」
ストン・・・
「!?」
ダイの放ったメラはその手を離れた瞬間、力を失い地へと落ちる。
「あ~あ!またダメか・・・!」
ぐったりと項垂れるポップを余所に、ダイは何かを思いついたのか――
「・・・いや、まだだ!!」
と構えると――
「たあああっ!!」
なんと『落ちた炎』を思い切り叩く。
ボオオオッ!
炎は見事に木と藁で出来た的に命中した。
「や・・・やった・・・!」
「非常識なやつだな・・・火の玉投げちまいやがった。」
「うむ!見事じゃ、ダイ君。」
「やったあ!!
ついに自分自身の力で呪文を成功させたぞおっ!!」
「なぬ!?」
妙な言い回しに、村長が疑問の視線をポップに投げかける。
「どういう意味じゃ!?」
「俺もよく知りませんけど・・・以前額に紋章が現れて、突然強くなったことがあったんです。
――その時は妙に強い呪文が使えるようです。」
そういえばあれは何だのか?
今まで忘れてい互いに、それを聞いて村長もまたポップにぼそりと語りかける。
「大昔に耳にした話じゃが、額に紋章を抱く者は、あらゆる武術と呪文を使いこなす『最強の騎士の一族』だという噂を聞いた事があったの・・・」
「・・・本当ですか?」
「まあ・・・本当に『噂』じゃと思うがな・・・」
呪文の成功に子犬のように駆け回るダイを、二人とも『まさか』と眺めていた。
「・・・しっかし、なんつう力技の呪文だ。
あれでも成功した内に入るんですかね?」
「ほっほっほっ・・・要は敵に当たりゃええんじゃ。
自分の弱点を工夫で補う・・・大した子じゃないか!」
自身は魔法の専門なので、イマイチあの当て方に疑問が残る。
もう少し成功させるためには如何したものかと、次のプランを考えていると背後からマァムが声を掛けてきた。
「なあに?ずい分楽しそうね。
特訓もいいけど、そろそろ休憩したら?」
やってきた彼女の手には、コーヒーの乗ったトレイが乗っていた。
「サンキュ!マァム。」
そういえば朝食の後は何も口にしてないなと、ポップ達は早速マグカップを手に取る。
「どう?はかどってる?」
「まあ、ナントカ形にはなったよ・・・」
見ればダイは顔を顰めながらコーヒーをすすっている。
お子様の舌には苦かったようだ。
「じゃあお昼の準備して来るから・・・また後でね!」
「あっ!?
俺も手伝うよ。」
「ホント!?たすかるうっ!」
マァムは村の数少ない『男手』として仕事が多いため、ポップの申し出は渡りに船だった。
「母さんも忙しいから、なかなか手が回らないのよ。
・・・でも一人で作れる?」
「任せとけよ。
先生の仕込だぜ!」
「そうね・・・それなら安心だわ。」
暇さえあれば凝った料理を作る師を思いだし、どちらともなく笑顔になる。
「ダイ!
ちっと飯の用意して来るから、ちゃんと自習しとけよ?」
「うん!村長さんに見てもらうから大丈夫だよ!!」
ポップは村長に「よろしくします」と軽く頭を下げると、彼女の案内で炊事場へと向かっていった。
***
他の家から多少離れた村長宅から、マァムの家に向かう途中、さりげなく『爆弾』が投げられた。
「そういえば、先生はダイに魔法は教えなかったの?」
『きた』と思った。
獣王戦の後、ポップは正直悩んだ。
――アバンの死を彼女達に伝えるか否か・・・
伝えないままここを去るのは簡単だ。
だが真実を知らずに暮らし続けることが出来る保証は何処にも無い。
だからポップは決めていた・・・もう一度アバンの事を聞かれたら『真実』を話そうと。
「なあ・・・マァム。
聞いて欲しいんだ・・・」
「なあに?急に改まって??」
「ホントは・・・言わないまま村を出ようと思った・・・
でも、マァムも先生の弟子なら・・・知っておいた方がいいから・・・
――だから、ちゃんと話すよ。」
俯きがちに言葉を選ぶ・・・どうすれば傷つけずに伝えることが出来るか。
そうして、ポップは苦しげに考えていた顔を上げ、真っ直ぐにマァムに向き直る。
「え!?」
あまりに強い視線にマァムの鼓動が高鳴る・・・
村ではほぼ男性のように扱われがちな彼女にとって、これほど熱を持った瞳に射抜かれたのは初めての経験だった。
これが愛の告白なら一発OKもののシチュエーションだが、生憎現実は甘さよりも『苦さ』を感じさせるものでしかない。
何かを振り切るように、ポップの唇が開かれた。
「・・・先生、死んだんだ・・・!」
「・・・今・・・なんて・・・?」
一言・・・たった一言告げただけで、ポップは再び俯いてしまった。
『アバン先生は死んだ』
たったそれだけの言葉は、これまで生きてきたどん悲しみより痛みを伴うもの――これと同じ苦しみを思い出せと言われれば、幼い頃に亡くなった父の死以外にはあり得ないほどの苦しさだった・・・
「俺達が修行してた島に魔王軍の・・・魔王だったハドラーが来たんだ。
先生もダイも――俺も戦ったけど敵わなかった・・・
俺の力じゃ、先生の力になれなかった・・・!!」
タチの悪い冗談なのではないか・・・そう思いたかったが、短い付き合いでもポップがそんな悪質な嘘をつく人物でないことぐらい理解できる。
だから、マァムは責めることも詳細を聞くこともしなかった。
代わりに・・・震える声で尋ねたのは・・・
「私は、どうしたらいい?」
戸惑うような時間が流れた。
彼女の問いに正確な答えはない――少なくともポップにマァムの決断を促す権利など無い。
「俺は、ダイと一緒に行くよ。
勇者の魔法使いだから・・・勇者と一緒に行く!
でも、マァムにはマァムの役目があるから、言えねえよ・・・!」
大きく息をつくと、ポップはもう一度顔を上げマァムを見た。
「言えねえけど、覚えておいて欲しいんだ!
俺の・・・俺達の目的を・・・!!」
それだけ言うと「先に行ってる・・・」と、マァムの案内もないままに、ポップは炊事場へと向かっていった。
一人残されたマァムがどんな表情をしているのか・・・ポップには分からなかった・・・
***
ドガァッ!!ボコオッ!!
「ぐおお~~っ!!」
魔の森の奥深くにある獣王のテリトリーの洞窟・・・
そのさらに奥で、クロコダインは猛る怒りを周囲のあらゆるモノに当たり散らしていた。
「不覚!!
いかに強敵とはいえ、あのような小僧に片目を奪われるとは・・・!!」
あまりの迫力に配下のモンスター達は、怯えて遠巻きに眺めるだけだ・・・
「お・・・おのれぇっ~~!!!」
ボウ・・・
「荒れとるな、クロコダイン・・・」
「ムッ!?何者だ!!」
怒りに我を忘れて、あやしげな妖気が辺りに満ちている事に獣王は気付かなかった。
「キヒヒヒヒッ・・・まあ無理もないわな、たかが数人のガキにそのような傷を負わされてはのう・・・!」
ボウウゥゥ・・・
シワガレ、悪意に満ちた声が辺りに響き、妖気は徐々に一人の老人の姿を浮かび上がらせる。
その老人を見て、獣王の顔が嫌悪に歪む。
「妖魔司教・・・ザボエラ!!」
「久しぶりじゃな・・・獣王殿・・・」
「貴様!!俺の負傷をどうやって知った・・・!?」
『横』の繋がりなど無いに等しい魔王軍において、他の軍団長の戦況など簡単に知りえるものではない。
だが獣王のそんな疑問など、どうした事もないとザボエラが得意げに語り出す。
「戦場の見張り役『悪魔の目玉』は、本来我が妖魔士団の一員・・・このワシに知らぬ事など無いわ。」
なんの事はない――勝手に覗き見ていたのだ。
不快感を隠しもせず、さらに顔を顰める獣王を気にすることなく、ザボエラはこれまた人の不快感を煽る不気味な笑いと共に話しかけてくる。
「お前さんの危機を知り、助力しようと駆けつけたんじゃよ~~~」
「貴様が・・・俺の手助けを!?」
全くあり得ない話だし、そもそもクロコダインはザボエラを信用などしていない。
他の軍団長なら信用できるわけでもないが、このいやらしい笑みを浮かべる老人は、その中でも断トツに信用できない男だ。
自分の手を汚すことなく他者の陰に隠れ、手柄だけを奪っていく知将・・・
それだけでも十分に信用ならないザボエラが、無償で自分に手を貸すなどあり得ない。
何を企むのかと警戒する獣王に、老人はそっと囁きかけた――想像を絶する『卑怯な手』を・・・
「・・・なんだとおっ!!
貴様・・・この俺にそんな卑怯な手を使えと言うのか・・・!?」
この卑怯な男が真っ当な作戦を立てるなど考えてはいなかったが、あまりに汚い手を囁かれ、元来武士道精神に溢れる真っ直ぐなクロコダインは怒りにさらに声を荒げる。
「ふざけるな!
貴様ごとき卑怯者の手を借りずとも、俺は正々堂々と戦って奴らに勝ってみせるわ!!」
「どうかな?
あのポップとダイとかいう小僧ども・・・なかなか侮れんぞ・・・・」
当然のように跳ね除けられた返事に気を悪くすることなく、ザボエラは皺だらけの顔をさらに悪意に歪めていく・・・
「それに・・・万に一つ、次に奴らを仕留めそこなったら・・・
――魔王軍に居場所がなくなるぞ?」
「!?」
その一言にクロコダインがダイに傷つけられた左目を手で覆う。
その表情は明らかに『失う』ことへの恐怖を張り付けていた。
「小僧共の実力を知るハドラー様はともかく、他の四団長がなんというかの~~?」
自分の言葉に思うままの反応するクロコダインを、さも面白い見世物のように眺めながら、ザボエラはさらに彼の不安を煽る。
「・・・獣王クロコダインは小僧の首一つ満足に取れんうつけ者であったのか・・・と・・・」
「なっ何を・・・!!」
「悪い事は言わん・・・『コレ』をつかえ!」
ザボエラの手には、気味の悪い装飾の施された箱が握られていた。
もはや完全に自分の支配下に堕ちている獣王に、ザボエラは最後の『毒』を仕込んでいく・・・
「お主とて、今の地位・・・失いたくはあるまい!?」
「・・・・・・」
クロコダインは、ついにその箱とザボエラの悪意を受け取る。
小柄な老人の手にはあまる箱は、クロコダインの大きな手の中では恐ろしく小さく見えた。
だがその箱は、この先の彼の運命を変える程の力を秘めていた・・・
***
ネイル村の朝は、思いの他穏やかだった・・・
「バイバイ!ゴメちゃん!」
「ピピ~~!」
たった一日ですっかりゴメちゃんと仲良くなったミーナが、名残り惜しそうに・・・だが晴れやかな笑顔で別れの挨拶を交わす。
「ポップ兄ちゃん!ダイ兄ちゃん!
お仕事終わったら、必ずまたこの村に来てね。」
「うん!きっと来るよ!!」
「楽しみに待ってな!!」
ポップがミーナの頭を撫でてやると、ミーナは嬉しそうに笑う。
「気を付けてな。」
「頑張るんじゃぞ!!」
次々とかけられる激励の言葉に、ポップとダイは一つずつ丁寧に返事を返す。
そうして村人との別れを交わす最中、ダイは少し離れた所で自分達を見つめるマァムに気付いた。
「じゃあね、マァム・・・色々ありがとう!」
「・・・ごめんね、本当はついて行ってあげたいんだけど・・・」
マァムの声は暗い・・・あれから彼女がアバンの死をどう受け止めたのか、ポップには分からない。
ただ申し訳なさそうに二人を見つめるだけだ。
そんなマァムの様子をどう思ったのか、ダイはことさら元気よく声を出す。
「大丈夫さ!ちゃんと森の地図ももらったしね!!
さよなら、マァム・・・いつかまた、必ず来るよ!」
「・・・その時は俺もな。」
「ダイ・・・ポップ!」
村中の「頑張れ」の声援をうけ、二人はネイル村を後にする。
――なんだかデルムリンを出る時のモンスター達の激励を思いだし、二人とも顔をあわせて微笑んだ。
時折振り返り、大きく手を振るポップ達が見えなくなるにつれ、村人たちの声も小さくなっていく。
「偉い子たちじゃ・・・
あんなに小さいのに魔王軍と戦おうとは・・・」
「本当に・・・無事でいて欲しいですな。」
日々の暮らしを守るのが精一杯の自分達・・・
それが悪いとは思わないが、あの二人のような子供が戦地に赴く現実にしんみりとしていると――
「・・・どうしたの、マァムお姉ちゃん?」
異変に気付いたミーナの声に振り返れば、そこには静かに涙を零すマァムが立ち尽くしていた。
(ダイ・・・ポップ!!)
二人とも命がけで先生の仇を討とうとしているのに、どうして自分は身動きできないのか・・・?
――自分たちの目的を覚えておいて欲しい・・・
絞り出すように訴えたポップの言葉がマァムの胸に甦る。
考える時間はあった・・・彼が本当に自分に伝えたかった答えも分かってる。
それでも、村のみんなを置いて旅に出ることは躊躇われる。
それは、許される事なのだろうかと――
「マァム・・・行っておあげなさい。」
「母さん!?」
必死に耐えるマァムに、レイラがそっと声を掛ける。
――その手には旅荷とマァムの武器が握られていた。
「ポップ君達の手助けをしてあげたいのでしょう?
私達のことは構わずお行きなさい・・・」
そっと旅支度を手渡すと、レイラは優しく娘を説得する。
「私もね・・・傷つきながらも戦い続けていたアバン様や父さんを見かねて、この村を飛び出して行ってしまったのよ・・・」
「母さん・・・!」
自分の娘だからしょうがないわと、微笑むレイラに村人たちの激励が重なる。
「今まで世話になったお返しだ、村は俺達で守るから!」
「ゴメちゃん達を助けてあげて、お姉ちゃん!!」
次々に上がる彼らの誠意をうけて、村長が進み出る。
「マァムや・・・この村の事なら大丈夫じゃ!
わしが何とか踏ん張って見せるわい!!」
「長老様・・・」
「いやあ!ダイ君達の頑張りを見とったら、まだまだやらにゃあと言う気になってきたわい!!」
おどけた物言いに、一斉に笑い声が起こる。
その朗らかな空気を受け、マァムは決心を固める。
「・・・みんな、ありがとう・・・
ありがとう!!」
まだ少し未練はあったが、それを振り切り、マァムは先に行く弟弟子達の元へ駆けて行く。
まだ分かれてさほど経っていないのだから、二人はすぐに見つかった。
「ダイ!ポップ~!!」
それでも早く気付いて欲しくて、マァムは大きな声で呼びかける。
振り返るポップとダイの表情が驚きと、喜びに輝くのが嬉しかった――
(私も行くわ!!)
僧侶戦士マァム――まだ先の何も見えぬ過酷な旅に、彼女が正式に加わった瞬間だった。