はじまりは悲鳴からだった。
泣き・叫び・逃げ惑う人々が『自分の上』を通り過ぎていく・・
瓦礫に挟まれ身動きできない自分には、それらを見送る事しかできなかった。
ここはドコ?誰かいないの?おなかすいた!怖いよ!!
ただ一つの本能に忠実に叫び続ける時間は、ふいに終わりを告げる。
『親に見捨てられたか・・・哀れな・・・』
暖かかった。
たとえそれが人間の輪から隔絶された世界でも、心休まる、穏やかな時間は確かにあった。
『・・・思い出を・・・あ・・・り・・・が・・・と・・・う・・・・・・』
父さん!?父さ~んっ!!
悲鳴が聞こえる、悲鳴が混じる・・・もう、悲鳴しか聞こえない・・・
逃げ惑う者の・自分の・殺してきた者たちの悲鳴・・・
だから、終わらせるのだ。
父を殺した男の――その証の悲鳴を最後に何もかも・・・
「―――っ!!」
男の喉から叫ばれたのは、言葉にならない思いだった。
***
パプニカの港は風光明媚で知られる。
以前ポップがアバンに連れられてやって来た時には、その前評判通りの美しい光景に圧倒されたものだ。
だが、今目の前に広がる光景と、かつての記憶は何一つ重なることはなかった。
「こ・・・これが風光明媚で知られるパプニカの港町とは・・・!!」
見渡す限り廃墟と化した世界に、ポップ達をここまで送ってくれたロモスの船の船長は愕然とその後の言葉を失う。まさに惨状である。
ダイは船から飛び降りると船長に礼を言い、ここから離れる様に忠告する。
帰りの船はなくなってしまうが、こんな危険な地に呑気に停泊させておくワケにもいくまい。
船長も事情を察し「気をつけろ」との激励を残し別れとなった。
「あ!ダイ・・・待ちなさい・・・!」
船が動き出すのとほぼ同時に駆け出すダイに、ポップ達も慌ててついて行く。
目的地は一際大きな丘の上――そこにはパプニカが『魔法王国』であることを象徴する大神殿があったはずだ。
だが辿り着いた場所は、港と同じく廃墟でしかなかった。
「レオナ~~っ!!」
大事な友人の名を叫び、ダイはそのまま地に頽(くずお)れた。
ポップもマァムもそんなダイを見つめる事しかできない。
この惨状ではとてもではないが、楽観的な希望を口にして慰められるものではない。
ダイには悪いが、生き残りはいないだろう・・・
間に合わなかった現実に打ちひしがれるダイを、どうなだめようかとしていると、周囲に不穏な空気が満ちる。
「何だあ!?」
ズゴオッ!!
「!!?」
「ば・・・化け物!」
「コイツらね!不死身の軍隊って・・・!!」
瓦礫を押しのけ現れたのは、まさに『化け物』と呼んで差支えない異形だった。
骸骨兵士――アンデッドと呼ばれる不死系のモンスターの中で最もポピュラーなものだ。
あまり強くは無いが、とにかく群れて登場する上、元々『死んでいる』為、相当念入りに叩かないと何度でも復活する難儀な敵だ。
今回も御多分にもれず、そこら中から次々に湧いて出てくる。
正直まともに相手をするのは体力の無駄だし、ここはサッサと退却が賢い選択だが――
「・・・コイツらがこの国を・・・!」
敵の登場に完全に目の座ったダイが、ロモスで貰ったばかりの鋼の剣を抜く。
「落ち着けダイ!どう見たって多勢に無勢だぞ・・・!」
ポップからしてみれば、これほど意味のない戦いもないが、大事な友人の国を壊滅させた怪物――たとえ雑兵だとわかっていても冷静になれるわけがない。
「・・・しょうがねえ・・・やるしかねえか・・・」
ポップとて友人を思うダイの気持ちが分からないでもない。
多少八つ当たりめいているが、自分の勇者が戦うと決めたなら反対する理由もない。
命無いアンデッドを完全に滅するため、自身も貰った杖に魔力を込める。
ジリジリと距離を詰めてくる敵に向かって魔法を放たんとした、その時――
ドガアァッ・・・!!
骸達の立つ大地が爆発した。
「この太刀筋は・・・アバン流刀殺法『大地斬』!!」
放たれた太刀筋をダイとポップが見抜く。
攻撃が放たれた方向に視線を巡らせば、破壊された神殿の――おそらく二階部分に一人の男が抜身の剣を手に佇んでいた。
それは…美しい男だった。風変わりな銀糸の髪に、これまた珍しい紫の瞳。
鍛え抜かれた長身は彼が歴戦の戦士であることを無言で伝えてくる。
あえて欠点を上げるなら、視線――だろうか。どこか冷めた印象を与える目つきで、男はこちらを凝視していた。
「間違いない・・・あの技は先生の技だよ!」
「じゃああの人もアバンの使徒・・・私達の仲間なのね!
――・・・ポップ?」
「どうかな・・・」
釈然としないポップ。
マァムがどうしたのかと声を掛けるより先に、件の男がフワリ・・・と少し離れた場所に降り立った。
お礼を言わなきゃと、警戒心ゼロのダイがトコトコ男に近づいていく。
「助けてくれてどうもありがとう!
あなたも・・・あなたもアバン先生の弟子なんですか?」
「・・・おまえ達は・・・!!?」
それまで表情に歪み一つ見せなかった男が、『アバン』の名に片眉を反応させた。
ダイは胸元に手を差し込むと、”アバンの印(しるし)”を取り出す。
その印を確認すると、男は剣を一旦鞘へと戻す。
ポップはその剣から――男から目が離せない。男の何処となく冷めた雰囲気や、その手に持つ剣の禍々しさもそうだが、色々と不審点の多い男を疑いの目で見ない訳にもいかない。
だがハッキリ敵だと確信も持てないので、どうしたものかと悩んでいると、それまで寡黙を貫いていた男が口を開いた。
「確かに俺はアバンから剣を教わった。
アバンの弟子という言い方をするなら、俺はその最初の一人ということになる。」
「えっ!?・・・じゃあ一番弟子?」
ダイとマァムは無邪気にはしゃぎ出す。
「・・・この国は・・・一体どうしたの・・・?」
「魔王軍の不死騎団によって、二日前に滅ぼされた。」
「不死騎団!?あの骸骨共ね・・・!!」
「レオナは?この国の姫はどうなったか・・・知りませんか!?」
「・・・さあな・・・?俺が知りたいぐらいだ・・・」
矢継ぎ早に問われる質問に、事務的に答えを返すその姿にポップの男に対する違和感は否応なしに増していく。
この国の戦士であるならば、男は滅んだ地で何をしているのか?
落ち武者の類にしては着ている装備は汚れ一つついていない。
では自分たちのように余所からきた者だろうか――それも『否』だ。
このホルキア大陸は海に隔たれた独立した大地である。
隔絶された激戦地で、『たまたま同じ日』に弟子同士がコンニチハするなどありえない。
何より男自身が言っていたではないか・・・この国は『二日前』に滅ぼされたと!
なら少なくとも男は二日以上はこの地にいるのだ。
「あなたに会えたのが不幸中の幸いだったわ・・・」
不審点だらけの男にポップだけが疑念を抱くも、そうした猜疑心と縁のない二人は男を兄弟子だと疑わない。
「これからは私達と一緒に戦いましょう・・・!」
共に来てくれるだろうと手を差し出すマァムに、ポップはついに耐え切れなくなる。
「ちょっと待った・・・!
やっぱり胡散臭いぜ・・・その男!」
「何を言ってるのよ、ポップ!」
「そうだよ・・・先生の弟子でなけりゃ『大地斬』が使えるわけないじゃないか?」
無条件で男を受け入れる二人には悪いが、だからこそ自分だけは冷静でなくてはならない――これほどアヤシイ出会いを『大地斬』一つで引っくり返せるほどポップは無邪気ではない。
だからポップは男に求めた――
「先生の弟子なら俺達と同じアバンの印を持ってるよな?・・・悪いが見せてもらえるか?」
アバンの弟子であることの証。
それがなければ、目の前の男が決して無条件に信用できる人物ではないと二人を納得させられる。
――しかし男の反応はポップの推理を否定した。
先程ダイがしたように胸元に手を差し込むと、男は当然のように涙型のペンダントを差し出す。
「・・・本物だ・・・」
「ほら見なさい!やっぱり私達の仲間じゃないの・・・!」
疑いようがない。
「先生の一番弟子ならこれ以上心強い味方はないわよ!」
少なくともダイとマァムの喜びを否定する要素は何もない。
「お願いします!
俺達と一緒に戦ってください!魔王軍を倒すために・・・!」
「そうだわ・・・まだ名前を聞いてなかったわね!
あなたなんていうの?」
それでもポップの中で警告音が鳴りやまない。
油断なく構えているポップを、それまで無表情だった男がハッキリとした意思を持って見返してきた。
「な・・・何だよ・・・!?」
明らかな興味を持って射抜かれる視線。それだけでポップの背に冷ややかなものが止まらない。
「・・・ク・・ククク・・・!!」
「何がおかしいの?」
「いやなに・・・」
軽く肩を震わせながらも、男の視線はポップから離れない。
「おまえ達の頭の中があまりにもメデタイので拍子抜けだったんだが・・・賢いのもいるようで安心したよ。」
「なんですって!?」
それまで大人しく話を聞いていた男は、右手を軽く振り上げる。
「ダイ!マァム!何かしかけてくるぞっ!?」
ポップが警告するも、男の技の方が完成が早い。
上げた手で何かを『すくい上げる』ようなしぐさを取った瞬間――
ズボ・・ボボッ・・・!
「ウウッ!?」
「ピピ~~ッ!!」
男の動きに『吊り上げられた』かのように、瓦礫の下から骸骨兵士が次々姿を現す。
「カカカカ~~ッ!」
声帯もないのに不明瞭な笑い声を上げ、骸骨兵士達は『男を』守るように立ちはだかる。
「どういうことなんだ!これは・・・!?」
「だから言ったろうが!やっぱり『敵』なんだろ!」
「でもアバンの印が・・・」
「大方ニセ物かなんかだろ・・・たぶん・・・」
男が敵なのは間違いないが、すると新たな疑問が生じる。
『兄弟子』を騙り油断を誘う敵――それにしてはやり口が荒いし雑だ。
それこそ騙しきって後ろから斬ってしまえばいいのに、何ゆえこれほど簡単に正体を晒すのか?
その答えは男自身によってアッサリ晒される。
「ニセ物ではないっ!」
キッパリと断言する声に淀みはない。
男はそれまでとは一変した強い意志をもって語り出す。
「アバンの弟子全てが師を尊敬し、正義を愛する者ではないということよ・・・!」
男は語りながら胸にかかるペンダントを手慰みのように揺らす。それはアバンの印に向かって語りかけるかのようだった。
「中には暴力を愛しその身を魔道に染めた者もいる・・・正義の非力さに失望してな!!」
「そ・・・そんな・・・!?」
およそアバンの教えを受けたとは信じがたい思想を語る男に、ダイもマァムも心底驚きを隠せない。
「俺の名を知りたがっていたな・・・教えてやろう・・・俺はヒュンケル――」
まるで疑うことは許さないとでもするように、ヒュンケルは高らかと宣言する。
「魔王軍六団長の一人・・・不死騎団長ヒュンケルだ!!」
この日、ポップ達は新たな敵と最悪の形で出会う事となった。