恥ずかちい
報告くれた方ありがとう
ピオリム・スクルト・バイキルト
ポップは物理攻撃に際し有効とされる呪文を自身にかけていく。
ただし、元の攻撃力の低い魔法使いが、これで戦士相手の肉弾戦で渡りあえるかと言われれば『NO』だろう。
呪文の底上げがあった所で、物理面での火力はダイどころかマァムにだって及ばないのが現状だ。
もちろん防御力・すばやさだって心許ない。
それでもヒュンケルに『ゲンコツ』を当てるなら――やはり呪文に頼るしかない。
そもそもあの鎧がどうやって攻撃呪文を弾くのか?
ポップは魔剣の正体を仮定してみる。
ヒュンケルは『攻撃呪文を弾き返す究極の鎧』と称したが、魔法に対する対処法は現実には少ない。
攻撃魔法への代表的な対処法は
1,避ける
2,跳ね返す
3,無効化する
4,耐える
の四つに限定される。
このうち1,は除外・攻撃自体は確かに受けている。
2と3も違う
魔法やアイテムで跳ね返せば呪文は使い手のポップに返るが、そんな現象は起きていない(そもそも戦士は呪文を使えない)
無効化したなら火炎呪文着弾後の爆炎すら起こりえない。
これらの状況から導きだされる魔剣の正体は――
(完璧に近い魔法防御能力を持った鎧!)
要は分厚い装甲に物理攻撃が効きにくいのと同じで、あの鎧は魔法に対する装甲が厚いのだ。
それならやりようはあると、仮定をもとに『魔法が効きにくい』戦士相手に有効な戦術を即座に組み立て、実戦に移る。
「バギ(初級風系呪文)!」
得意のゼロ詠唱の初級呪文。ただし本来は真空の刃を当てる術をアレンジし、ヒュンケルを中心に風を展開する。
「何度やっても無駄だ!」
これが効かないのは承知の上――ポップはバギの効果が打ち払われる前に『次の』術を完成させる。
「メラ!」
「――何!?」
ヒュンケルが瞠目する。
多少時間差があったとはいえ、複数の呪文を同時に放って見せたのだ。
「ウ・・・オオオオッ・・・!?」
ヒュンケルの足元に着弾した炎は、今だ纏わりつく『風の渦に』吹き上げられさらに激しく燃え上がる。
「どうだ!?」
「ぐああああっ!!?」
巻き上がる炎に囲まれ、激しく悶えるヒュンケル。
鎧が魔法そのものは封じても、所詮『中身』は普通の人間。
炎の渦の中で空気の密度が急激に低下し、酸欠から意識が遠のく。
もちろんこれだけで倒せるとは思っていない。続けざまに魔法を放つ。
「メダパニ(精神錯乱呪文)!」
酸欠から意識が復活する隙を与えず、ポップは次なる手を打つ。
精神に作用する魔法が、あの鎧に対して有効かは五分五分といった所だが――
「小癪な・・・!!」
ヒュンケルは何もない場所ばかりを狙って、しゃにむに剣を振り回し始める――敵味方の区別や位置関係が錯乱する、典型的なメダパニの症状だ。
かかった!後は一撃を当てるだけ!
ただし『何処に』当てるのかが一番の問題。
フルアーマーの戦士相手に、非力な魔法使いでもダメージを与えられる場所は二つ。
鎧の関節部分、もしくは――
「イオッ(初級爆裂呪文)!」
ドゴンッ!!
放ったイオは敵の足元に着弾した。
つま先まで丈夫に出来ているようで、この攻撃もヒュンケル自身にはかすり傷も与えられないが、代わりに彼を支える大地がごっそりと抉られる。
「な・・・にぃっ!!?」
平時ならばともかく、メダパニの効果で前後不覚に陥っているヒュンケルは、均衡感覚を失い膝をつく!
「――!おおおおっ・・・!!」
チャンスを逃さず杖を手に駆ける。
狙うは一点!
防御力の高いフルアーマーでも、視界や呼吸の関係で装甲が薄いであろう顔面めがけて渾身の一撃を見舞う。
ガキ――ンッ・・・!!
「があっ・・・!!?」
ポップの持つ杖と鎧――金属同士がかち合う鈍い音が響き、ヒュンケルが数歩分吹っ飛ばされて――ヨロヨロと大地に手を付き動かなくなる。
バイキルト付の金属の杖による打撃攻撃。
攻撃呪文が封じられているに近い状況で、ポップに出来る最強の物理攻撃・・・!
いかに兜を装備してようが、衝撃までは殺せなかったようだ。
「よっしゃっ!『きつ~いゲンコツ』終了!!」
ゲンコツと言いながら凶器を不正使用しているが・・・そこは非力な魔法使い、大目に見てもらおう。
とはいえ、まだ油断は出来ない。敵がいつ復活しても問題ないよう戦闘態勢を解かずにいると――
「ぽっぷ~~っ!!」
「ピ~、ピピィ~~ッ!」
ドスッ!
「ぐえっ・・・!?」
謎の衝撃にポップが潰されたような声を絞り出す。
「すげぇやポップ!」
「・・・っの、バカ!!」
衝撃の正体――しがみ付いてきたダイとゴメちゃんを確認すると、一発ゲンコツ(今度はコブシ)を振るう。
「イテッ!?何すんだよ、ポップぅ~~・・・?」
「『何すんだ』じゃね~よ!
まだ終わりじゃないんだ・・・油断するなっ!」
それでも腰にしがみ付いて離れない、丈夫なお子様勇者にキツめの一喝を入れてやるも、ポップの戦いぶりに感激したダイは浮かれ放題だ。
「――大丈夫だよ!
あんな風に顔面入ったら、しばらく頭が『ぐわんぐわん』して動けないよ?」
「『ぐわんぐわん』・・・て・・・?」
たぶん脳震盪の事だろうが、語彙の貧弱なダイではこの程度の表現力が限界のようだ。
「残念だけど俺の力じゃアレが限界だ。
――ほら、もう復活して立ち上がってら・・・!」
指差す先では、膝を支えながら立ち上がるヒュンケルの姿。
「ウソ!あんなにキレイに決まったのに・・・!?」
「別に不思議じゃね~さ・・・
奴が丈夫なのもあるが、そもそも魔法使いの腕力じゃ決定打には遠いんだろ?」
肩をすくめて見せながら、ポップは器用に呪文を詠唱し、それに呼応するようにダイの身体が一瞬輝く。
「それでもやり方次第じゃ魔法が有効なのは確認できたんだから、今度はダイが殴ってやればいいさ。
――『説得』はどつき回して縛り上げた後でも問題ないだろ?」
向けられる微笑みにマァムの不安が晴れていく。
もしかしたら互いに分かり合えないまま離れていくのが怖かったが――ポップも基本的にはヒュンケルと戦うのは避けたいのだ。
「そうね・・・!
ここで落ち込んで、倒されてあげるわけにもいかないものね・・・!」
力無い正義もまた無力――師のくれた言葉を今一度胸に刻み、マァムも魔弾銃を構える。
「それじゃ覚悟も決まったところで、第二ラウンドと参りますか?」
「うん!」
勇者の力を最大限に生かすため、補助魔法を仲間達に重ねがけていった。
細腕の少年にどつかれた『二重の』ショックから立ち直った剣士が、「これぞ殺気」と睨みつけてくる。
「まさかこれ程の使い手だったとわな・・・たかだか呪文使いと侮ったのは詫びねばならんようだ・・・
よかろう、貴様もアバンの後継者に相応しい力があると認め、この手で屠ってやろう・・・!!」
「いや・・・そういう認め方は、してもらわなくてもいいんだが・・・」
心底ゲンナリ辞退を申し出る。
先程の攻撃が妙なスイッチを押してしまったようで、彼の『殺すリスト』に追加登録されたようだ。
「――おのれ!嘲るか・・・!!」
先程殴った顔面に手をかける。するとその部分から頭長あった飾りがはずれ、鞭のようにしなやかにポップに襲い掛かる。
・・・どうやら鎧モードのときは、剣はそこに収納されていたようだ。
「うおおおっ・・・!!?」
完全に頭に血の上がったヒュンケルが、猛然と向かってくる迫力に、さすがのポップも面食らう。
防御力が紙のポップでは、補助呪文の助けがあっても一撃喰らったら戦闘不能になりかねない。
「ちょっと挑発しすぎたかな?」と青くなるポップに迫る剣先は、寸ででダイの剣に弾かれた。
「今度は俺が相手だ!!」
補助呪文の効果か、今度は力負けせずヒュンケルの剣を受け止めたダイに、「でかした!」とその場を任せて急いで距離をとる。
実質魔法は効かない状況では、攻撃の要になるのはダイの剣技のみ。ただし真っ向勝負では相手にならないのも実証済み。
残る二人は自分の役目を理解し、迅速に行動に移る。
「イオっ!!」
以前クロコダイン相手に行ったのと同じ攻撃――ゼロ詠唱の爆裂呪文を敵の眼前で『炸裂』させる。タイミングを誤れば相手を失明させかねない危険な攻撃だが、実際には微弱な風系呪文が同時に発動しており、爆撃はヒュンケルまでは届かない。
完全に威嚇用の攻撃だが、呪文の正体を知らない者は爆風と熱エネルギーにアクションを取らずにいられない。
同じ攻撃を一度見ているマァムが、ポップの真意を理解し敵に飛び込む。
無防備な目を爆風から守ろうと手で庇おうと生じた隙に、マァムがスピアを振るう。
ヒュンケルとマァム。
戦士としての実力は、マァムも彼にはとても及ばないが、それでもそこは彼女もアバンの教えを受けた者――自分の持つ武器と敵の耐性を考え、最も有効な攻撃を繰り出す。
「たあああっ!」
「こ・・・のぉっ!!?」
スピアは鈍器。魔弾銃よりはマシだが、全身鎧にダメージを与えるには役不足。
自身の姿を敵が見失った事を確認すると、低く構え、彼の足元――急所の甲を狙って一撃を放つ。
鍛える事が不可能な部位への攻撃は、いかに鎧を纏おうとも衝撃を殺しきれるものではない。
「ぐああっ・・・!?」
「うわ・・・いったそ~・・・」
滅多に痛める事はない部位に走る痛みというのは地味に効くものだ。
痛みを想像して一瞬顔を顰めるも、立て続けに彼女に指示を出す。
「マァム!炎だ!!」
「OK!!」
飛び退きざま規格外メラミの詰まった弾は、無事ヒュンケルに着弾。もちろんこれでダメージそのものはなし。
固いのをいいことに、魔法の衝撃を気にすることなく、こちらに突っ込んでくるのに合わせて、ポップも魔法を放つ。
「ヒャダルコ(中級氷系呪文)!!」
「何度やっても無駄だっ!!」
ものともしない頑丈さ――しかしポップは意味ありげな笑みを一つ残し、振り下ろされる剣閃を飛び上がることで躱すと、敵の肩に手を置き反対側へエスケープする。
「何だ・・・とおっ!?」
驚きは魔法使いに攻撃を躱されたことではなく、彼と『入れ違い』に飛び込んできた少年に対するものだ。
「――大地斬っ!」
ガキンッ・・・!!
先程はさほど効かなかったはずの攻撃が、今度は胸元を掠め、その部分の装甲を砕いた。
「ううっ!・・・こんな事が・・・!?」
ダイの持つ剣は、ロモス謹製とはいえ、実態は鋼の剣だ。
丈夫ではあるが、大魔王から下賜された『鎧の魔剣』とは比べ物にならないほど、武器のランクは低い。
そんなチャチな武器で装甲を砕かれたことは、ヒュンケルの自尊心を痛く傷つけた。
ダイ自身の力ではない――元凶の少年を視界に収めれば、すでに距離をとり、小憎らしい余裕のウィンクを返してくる。
ダイの攻撃がヒュンケルにダメージを与えたのは、簡単なカラクリ――炎と氷の寒暖差によって金属の劣化した現象だ。
言っても金属。魔法に関する万能を謳っても、何でも無条件に防ぐワケでは無いのだろう。
どうやらヒュンケル自身も気づいていない『弱点』がチラホラ存在するようだ。
これはヒュンケルが甘いのではなく、ポップが常識外なのだ。
普通魔法使いが攻撃となれば、『仲間の背後に隠れて強力な呪文をぶっ放す』がオーソドックスだし、魔剣はそうした作戦を無力化するための道具。
もちろんポップがその気になれば、あの鎧の耐性を超える火力の術を放つことは可能だろう。
しかしポップは普段からあえて、上位の術を使うこと避ける傾向がある。
魔力の温存の為もあるが、『魔法の真価は火力よりも、戦略の幅』と言うのが持論だからだ。
――『魔法の通じにくい相手』の対策の一つを、今回は惜しみなく使っているだけ。
もっとも、ヒュンケルからすれば、ダイやマァムならともかく、『呪文の効かない鎧』を『呪文で』劣勢に追い込んでくる魔法使いなど理解の範囲外にある存在だ。
ある時は様々な魔法の効果で、思いもよらぬフェイントをかけてくれば、またある時は自ら囮となって突っ込んでくる。
ポップを中心に組み立てられる作戦は次々当たり、そのサポートを受けるダイとマァムの物理攻撃は、面白いようにヒュンケルの体力を削っていく。
(いかんっ・・・このままでは!?)
もはや『タコ殴り状態』に陥ってしまった剣士だが、それでも彼には『奥の手』がもう一つ存在した。
・・・子供相手にこの手を使うことになるとは――しかし、背に腹は代えられない。
ヒュンケルは賢しい魔法使いに見抜かれぬよう、苦境から脱するために、右手に力を集中させた――