風は勇者たちに吹いているかに見えた。
しかし――ダイ達の波状攻撃を受けながらも、ヒュンケルは決して後手には回らなかった。
自身を劣勢に追い込んでいるのはただ一人。
――あの賢しい魔法使いさえ抑え込めれば残る二人は敵ではない・・・
自分にはまだ打つ手がある!
それを成功させるために、ヒュンケルはあえて他の攻撃を全て受ける覚悟でポップに特攻を仕掛けた。
「うおおおおっ!!」
(何だ!?)
突如無謀にも見える突進を仕掛けてくるヒュンケルの意図をポップは掴み損ねた。
互いの距離はまだあるので、てっきり自棄を起こしたのかと思ったのだ。
圧倒的有利にある自身の状況に、ポップは余裕の動作でさらに彼との距離を開こうとして――背筋に冷たいモノが走った。
「――え!?」
足が動かない!
正確には『誰か』がポップの両足を拘束している。
詰めの甘いポップは完全に失念していた。
ヒュンケルは『不死騎団長』であり、ここは彼のテリトリーである事。
「ウソだろ・・・!!?」
地面から生えた白骨の『手の部分』がポップの両足首をしっかりと掴んで離さない!
無論いつものポップなら、こんな程度の拘束は苦も無く外せる。
いつもならば――
だが眼前にヒュンケルが迫る状況下で、ポップの判断力に一瞬の空白が生まれる。
そしてその空白は、致命的な隙となってヒュンケルに好機を与えてしまう結果になった。
「寝てろっ!!」
ドゴォッ・・・!
「があ・・・ぁっ・・・!?」
繰り出されたコブシは、見事にポップの鳩尾に埋まった!
(ダ、ダメだ・・・!?)
意識が急速に遠のき、視界が赤く染まっていく。
たった一撃だが防御力の低いポップには致命的だった。
ヒュンケルの胸に倒れ込むと、そのまま完全に脱力してしまう。
「「ポップ!?」」
瞬く間に敵の手にオチたポップに、二人が同時に叫ぶが、先に行動を起こしたのはマァムだった。
「――!ポップを放しなさいっ!!」
ドウッ・・・!
敵の手にオチたポップを救出するため、マァムが魔弾銃を放った。
詰まっていた魔法は――マヌーサ(幻惑呪文)!
「むう!?」
直撃した精神系魔法がヒュンケルに幻覚を見せる。
マァムがこの魔法を選択したのはポップに被害を与えない為と、先程メダパニが効いた事を受けてだが、ポップの意識があったなら絶対に止めたろう選択ミス――
二度も同じ攻撃を受ける程ヒュンケルは甘い男ではない!
「おのれ・・・小癪な・・・」
何の幻覚を見ているのか、しばらくヒュンケルは視線を彷徨わせたが、やがてそれらを厭うかのように瞳を伏せてしまう。
それをチャンスと見たのか――マァムは背後からポップの元へと駆け寄るが・・・
ドスッ!!
「ウウッ!!」
今度はマァムの鳩尾に肘が刺さった。
「心眼を頼みに気配を探れば、マヌーサなどに惑わされずにすむ・・・アテが外れたな。」
「くっ、うう・・・!?」
キレイに急所に決まった衝撃に起き上がれないマァムに一瞥をくれると、最後の一人――ダイに向き直る。
「形勢逆転、だな?」
「くっそ~・・・ポップを返せっ!!」
先程まであったアドバンテージが消滅し、ダイはポップを取り戻そうと遮二無二敵に襲いかかる。
「ああ、返してやるさっ!!」
腕の中で動かなくなったポップを投げてよこす。
「――!ポップっ!!?」
まさかそんな返され方をするとは想像してなかったダイは、慌てて親友の下になり受け止める。
だがそれは、敵の目論見通りだった。
ヒュンケルは剣を持つ腕を後方に引く『突き』の構えをとる。
「喰らえいッ!!」
ドウッ!!
ただの突きを繰り出すのではなく、捻りも加えた衝撃は、ポップを抱えて身動きが出来ないダイに真っ直ぐ向かう。
「あっ・・・危ないっ!!」
ズガアァァン・・・ッ!!
放たれた衝撃は凄まじい威力でポップ達のいた空間を破壊しつくす。
単調な振り抜きから放たれたとは思えないほどの攻撃は、そのエネルギーの余波が広範囲に及び、それまであった神殿の二重の外壁に、およそ剣で穿たれたとは思えない巨大な穴がポッカリと開けていた。
「これこそがアバン流刀殺法を打ち破るために、俺が独自で編み出した――
必殺剣『ブラッディースクライド』だ!!」
卒業の日――ヒュンケルはそれまで隠し続けた恨みと、修行で身に着けた力のすべてを持ってアバンに挑み、返り討ちにあい、結果として敗走した。
その後魔影参謀ミストバーンに拾われ、魔王軍の兵士として剣の腕を磨き続け、今やこの技はアバンストラッシュをはるかに超える技のはず・・・そうヒュンケルは勝利を確信したが――
「ぐああ・・・」
「!!?」
視線を巡らせば、ダイが少し離れた位置に、ポップを庇うように身を伏していた。
「く、くそお・・・!」
直撃を何とか躱したようだが、必殺剣の余波でダイは立ち上がるのがやっとの様子だ。
「バカが・・・あのまま心臓を貫かれればラクに死ねたものを・・・!」
返す言葉もなかった。
これが本来のダイとヒュンケルの実力差――これまでの優勢はポップの作戦と魔法があってはじめて成立していた事実を、まざまざと見せつけられた。
だが、それは裏を返せばポップさえ復活すれば、まだ勝機はあるということ・・・
考えなくては――ポップなしで、マァムも自分も満身創痍で、それでもこの窮地から脱する方法を・・・
「もはや貴様に打つ手など無いはず・・・
情けだ、次の一撃で決めてやろう・・・!」
しかし、敵は考える時間など与えてはくれない。
ヒュンケルは何気ない仕草で、左手をダイに向かい突きつけた。
「え!?」
「ぬうう・・・闘魔傀儡掌!!」
掲げられた腕から、暗黒の闘気がダイを拘束する!
「う・・・ああああ・・・!!」
全身を締め上げる力に、呼吸すらも困難な苦痛が襲いかかる。
「この技は暗黒闘気によって相手の全身の自由を奪う・・・!
本来は骸どもを操るのに使う力だがな・・・これでもうお前は俺の操り人形も同然!」
「くそぉ・・・ま、まだだ・・・っ!」
「・・・諦め時だぞ・・・ダイ!」
「ぐああっ!?」
それでも剣を振るおうと抵抗するダイの戦意を削ぐかのように、更なる力で剣を持つ右腕に負荷がかかる。
ギリギリと締め上げられ、ついに剣が手から離れてしまう・・・
「今度こそ最後だ!!」
ヒュンケルの空いた右手が引かれる――ブラッディースクライドだ!
「死ねッ!ブラッディースクライド!!」
(ダメだ・・・!!)
眼前に迫る剣先に死を覚悟した――
ドバァッ!
「え?・・・ああああっ・・・!?」
肉の裂ける不気味な音――しかしそれはダイの身に起こったワケでは無かった。
「バカな・・・!?」
ダイの代わりに己が剣を、その身で受け止めた巨大な影を確認しヒュンケルも驚愕の声を上げる。
「獣王、クロコダイン・・・!!?」
悪の組織に身を落としながらも、戦士の誇りを持ち続けた、尊敬に値する男が、ヒュンケルの前に立ちはだかっていた。
「な・・・何の真似だ、クロコダイン!!」
「・・・フフフッ、み・・・見てのとおりだ・・・ダイ達は殺させん・・・!!」
「バカな!
気でも触れたかっ――ウウッ!?ぬ・・・抜けない!!?」」
みなまで言わせず、クロコダインは腹を貫く剣に手をかけると、強力と分厚い筋肉に抑え込まれ、ビクともいわなくなる。
クロコダインはヒュンケルの動揺を余所に、腰元に手を差し込むと『魔法の筒』を取り出した。
「デルパアッ!!」
ボンッ!
「クワワアッ!!」
呪文と共に筒から解放されたのは、ガルーダと呼ばれる巨鳥タイプのモンスターだ。
「ダイ!こいつでポップを連れて逃げろっ!!
この状況ではヒュンケルには勝てん・・・逃げるのだ!」」
「ええっ、でもマァムが・・・!?」
「心配いらん・・・このヒュンケルという男は、間違っても女に手をかけるような奴ではない・・・
あの娘は俺が何とかするから、ポップと共に体制を立て直せ!!」
「だけど・・・クロコダインはどうするんだよ・・・!?」
「かまうな!行けぃっ!!」
ウオオォォン・・・!
「う、あああっ!?」
高らかな雄たけびに反応し、ガルーダはその巨大な羽を広げると、まず動けないでいるポップを、さらにダイをその鉤爪で回収し舞い上がる。
「ま、まって!
ダメだよ、マァム・・・クロコダインっ!!」
ジタバタと抵抗するが、ガッチリとした巨鳥の鉤爪はビクともせず、瞬く間にダイ達の姿は大空へと溶け込んでいった。
「クロコダイン、さっさとこの手を放せ!
俺はダイ達を負わねばならん!これ以上妨害するというならば、お前のこの身体を貫くぞ・・・!」
「・・・俺とて軍団長の意地がある!
いざとなれば、刺し違えてでもお前を止めて見せようっ!!」
「――何故そこまであの小僧共に拘るのだ?お前ほどの男が・・・
奴らは、我らが魔王軍の敵なのだぞ・・・!」
「”我らが魔王軍”・・・か・・・フフフッ」
「な・・・何がおかしい!」
「俺にはお前が魔王軍の為に戦っているようには思えなかったぞ・・・
お前はまるで、人間に対する恨みだけで戦っている様に・・・見えた」
「!?」
そのセリフにヒュンケルが反応した。
見せた事の無いはずの心の奥底、を覗かれたような不快感に身を固く構える相手に構わず、獣王は続ける。
「俺もそうだ!人間どもを、ひ弱な、つまらん生き物だと軽蔑していた・・・
だが、俺はザボエラの奸計にかかり、その”つまらん生き物”相手に敗れる事で目が覚めたのだ!
――つまらぬは魔王軍の方であったと!!」
「フンッ、敗者の弁か・・・獣王も落ちたな・・・」
「違う!
あの戦いで俺は嫌というほど分かったのだ――互いに信じ合い、高め合う戦友を!
破壊と権力に酔うのではない、全てのものを救わんと投げ打つ事の出来る勇気こそが、武人の本質であったのだと・・・!!」
「・・・だ、だまれぇっ!戯れ事はよさんかっ!!」
聞いてられぬとさらに力を込めるが、獣王の意思に呼応するかのように、剣はその身に埋まったまま動かない。
動揺するヒュンケルに噛んで含める様に、クロコダインは言葉を口にする。
「俺は・・・このままでは、終われんのだ!
目先の勝利に狂い、道を外した俺の魂に『武人の誇り』を取り戻させたあの少年に報いるためにも――俺は奴らに勝利を掴ませると誓ったのだっ!!」
力を誇示するでもない、権力に阿るでもない・・・
それは魔王軍六団長の一人が死に、名もなき一人の戦士が新たな信念と共に生まれた瞬間だった。
頑張れおっさん!当て馬ヤムチャは卒業だ!!