その紋章を見て、ハッキリとハドラーは怯えていた。
(ハドラーは心当たりがあるのか?)
それはポップの知らない紋章だった。
アバンの弟子として、魔法使いとして、様々な知識を叩き込まれてきたが、それらすべてを紐解いてみてもその紋章はポップの記憶に存在しない。
「爺さん・・・あれ、何だ?」
「わ、わしもよくは知らん。
じゃが、かつてレオナ姫が島に来られた時、戦いの中で強大な魔法を使ったことがあった・・・
あの時にもダイの額にあの紋章があった!」
ブラスなら知っているかと思ったが、返ってきた情報は半端なものだった。
(てことは・・・あれはダイが拾われる前から・・・アイツの出自に関するものか?
・・・ダメだ!情報が少なすぎる!?)
身体の自由がきかないなら、せめて現状打破の戦術を組み立てなくてはならないのに、ダイに関しての情報さえ少なく的確な判断がし辛い。
分かるのはダイの突然のパワーアップとあの紋章は、確かに関連があるという事だけだ。
「・・・よくも先生を・・・許さないっ!!」
激しく身を震わせていたダイが叫ぶ。
その瞳には怒りと、大粒の涙が浮かんでいた。
「図に乗るなッ!小僧ォォッ!!」
「うおおおおっ!!」
駆け出すハドラーのコブシとダイのナイフが打ち合う。
ドガァッ!!
「ぐあああっ!?」
「やった!ハドラーを傷つけたぞ!!」
先程は指一本で返された攻撃は、今度はハドラーのコブシにめり込んだ。
「こんな筈はないっ・・・こんなチビに、俺様が押される筈がなああいっ!!」
傷ついたことで、さらに逆上したハドラーは両手にヘルズクローを構え、ダイに切りかかる。
「死ねえっ!」
袈裟懸けに振り下ろされた爪が、手短な岩をバターのように切り裂く!
その後も両腕を駆使して、コブシを振るう。
一見ムチャクチャの攻撃だが、歴戦の戦士たるハドラーに隙はなく、たった三日の勇者修行しかしていないダイは防戦一方になる。
「うっ・・・!?」
薙ぎ払った爪が胸元を掠め、ダイがのけ反る。
もちろんその隙を逃すハドラーではない。
「今だ!喰らえ・・・イオラ(中級爆烈呪文)!!」
「!!?」
ドオォーーンッ!!
態勢を崩したダイは避けることもできず、ハドラーの一撃をまともに受けた。
「ああ!ダイーー!!」
「ど・・・どうだ!今のが残されたすべての魔法力を込めた呪文だ!!
この俺が負けるわけがないのだあっ!!」」
爆炎の中へと消えたダイを見て、ポップの中で何かが弾けた。
(チクショウ!俺は何の為の魔法使いなんだ!!
こんな時こそダイの力にならなきゃいけないのに!!)
動け!動いてくれ!
――強い思いは、ポップにも一つの奇跡を起こした。
「マジャスティス(魔法効果解除)!!」
ポップの全身が魔法力の輝きに包まれ、隈なく覆われていた魔法物質が消滅した。
「アストロンに掛かっている人間が、呪文だと!?」
アストロン中は呪文とて使用は不可能なはず。
そんなハドラーの驚愕をよそに、ポップの術が完成する。
「ベホマ(上級回復呪文)!!」
上位の賢者が使う癒しの力が、ダイの元へと向かい爆炎と緑光が巻き上がる。
「あ・・・あ・・・あぉ・・・う・・・!!」
徐々に収まる爆炎の向こうから、ダイの姿が見え、ハドラーは言葉を失う。
「負けるもんか!お前なんかに!!」
着ている物こそ多少焦げ付いているが、ほぼ無傷のダイが立っていた。
その額に燦然と紋章に、ハドラーは心から恐怖する。
「うおおおお!くたばれぇ!!」
その恐怖を払うかのように、ハドラーはヘルズクローを構え高く飛び上がる!
「・・・受けてみろ・・・!」
ダイは地に突き刺さったアバンの剣の元へ走ると、それを引き抜く。
「先生の技がどれだけ凄いか・・・!」
「・・・そうだダイ!教えてやれ!!
俺達の先生がどれだけ強かったか!!」
剣を逆手に半身を捻る独特の構え・・・アバンが教えてくれた最強の技を放たんとするのを見て、ポップも詠唱に入る。
――兄弟子として、ダイ君を導いてあげて下さい・・・
――真の勇者になって下さい!
ポップとダイの胸に、師の最期の言葉が蘇り同時に叫ぶ!
「バイキルト(攻撃補助呪文)!!」
「アバンストラーーッシュ!!」
ゴオォォォオッ!!
「おおおああっーー!?」
青と緑の閃光が上空のハドラーへ襲いかかる。
押し寄せる衝撃の凄まじさに、腕を組み防御の態勢をとるが、それも長くは続かない・・・
ドシュッ!!
「ぐはあああっーー!!?」
高密度のエネルギーが両腕を切断し、胸に新たな傷を刻まれ完全に戦う力を失ったハドラーは、そのまま吹き飛ばされていく。
「お・・・おのれ!忘れんぞ!!
この屈辱を・・・貴様等の名を・・・!!」
怨嗟の叫びと共に、どこからかハドラーの目の前に羽飾りが出現し、唐突に燃えてしまう。
「必ず殺してやる!ポップ・・・ダイっ!!」
フゥッ・・・!
その言葉を最後に、ハドラーは忽然と姿を消した。
「――ポップ!大丈夫!?」
「・・・まあ、なんとかな・・・」
ダイはすぐさまポップの元に駆けつけるも、ポップは思ったより元気なのに安堵する。
見れば腹にあてた手が、淡く輝いている――どうやら自分で呪文が掛けられる程度に回復したようだ。
シュウウゥゥ・・・!
「おおっ!」
「ピピイ~~!」
ようやくアストロンの効果が切れたブラスとゴメちゃんが、ダイ達の元へ駆けてくる。
「じいちゃん!ハドラーは!?」
「・・・残念じゃが逃げ帰ったようじゃ・・・
キメラの羽を使うのが見えたわい・・・」
「そうか・・・」
あと一歩まで追い詰めたのに逃げられた悔しさと無念さがダイ達を覆う・・・
だが戦いの興奮が収まると、別の『無念』が押し寄せてくる。
「うっ・・・ううっ・・・」
ポップが突然頽(くずお)れた。
その手元には、壊れたアバンのメガネがあった。
ポップの大きな瞳から大粒の涙があふれている。
「先生・・・先生ぇ~~・・・!!」
「ポップ・・・!」
それを見たダイも声を震わせる・・・
「うわああ~~んっ!」
「うわああああっ!!」
それは、まだ子供のポップとダイがはじめて知る近しい者の死――
外聞もなく泣き叫ぶ二人の声は、泣き疲れて眠るその時まで島中に響き渡った。
***
旅立ちの朝――
昨日の死闘が嘘だったかのように、デルムリン島はさわやかに晴れ渡っていた。
「やはり行くのか・・・ダイ?」
「うん!」
浜辺にはポップとダイを見送る為、島中のモンスター達が集まっていた。
「すまんの・・・ついていってやりたいのじゃが、わしは一歩でもこの島から出れば魔王の配下になってしまう・・・」
本当に申し訳なさそうにうつむくブラスに、ポップが明るく声を掛ける。
「大丈夫だよ、ブラス爺さん!
このポップ様が責任もってサポートするからさ!
必ず魔王を倒して、ダイと土産を山ほど持って帰るから、楽しみに待ってな♪」
「ポップ君・・・」
持ち前の明るさでダイの肩を抱き、ブラスを安心させようと気を配る優しい少年の瞼は赤くはれ上がっていた。
どれほど気丈に振る舞っていてもまだ十五才・・・そんな子がさらに幼いダイを助け、魔王を倒す覚悟を決めてくれたのに、自分は何も出来ないことがブラスには心苦しい。
「じいちゃん、この島でみんなと待っててよ!
ポップと一緒に必ず大魔王を倒してくるからさ!!」
「ダイ・・・!!」
昨日までの悲壮感を何も感じさせないダイの晴れやかな笑顔にブラスの涙腺が緩む。
「そういや・・・ゴメちゃんは?」
「おお!そういえば見当たらんな・・・
大方別れがつらくて隠れとるんじゃろうて・・・」
「そっか・・・ちょっと寂しいね・・・」
「うむ・・・」
島で一番の友人を見ないで行くのは心残りだが、何時までもこうしている訳にもいかない。
「行こう、ポップ。」
「・・・別にゴメを探してきてもいいんだぜ?」
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるんだから!!」
そう、すぐに帰るのだから――そう告げると、もうポップは何も言わずに浜に用意してあるボートを押し出し飛び乗った。
「ほら!ダイ!!」
「うん!」
優しく差し出された手に掴まり、ダイもボートに飛び乗る。
「じゃあねぇ~!みんな!!」
「す~ぐ帰って来るからなあ~!!」
ウオオオオオッ!!
島中のモンスターの激励が雄たけびとなって島を震わせる。
そうして、遠く小さくなっていく島を眺めながらダイが訪ねる。
「まずはどこに行くの?」
「ん~?とりあえずロモスだな・・・
このボロボートじゃパプニカまでは行けないし、金も装備も貧弱すぎるから、ちっと経験値稼がなくちゃなあ?」
チラリとダイは持ち出した荷を確認する。
確かに、これから魔王と戦うには驚くほどの貧弱装備だ。
「武器に、防具に・・・たぶん薬草もたくさん必要だよね?
お金ってどうやって稼ぐのかなあ?
俺、どうやって手にするのか知らないんだよね・・・
ポップは知ってるの――
・・・ポップ??」
足りない物を指折り数えながら、ふとポップが静かになったことに気が付き彼を見ると――
「ポップ・・・」
ポップはデルムリン島を・・・いや、空を見ていた。
アバンが舞い上がった空を・・・
表情は見えないけれど、きっと泣いているのだろう。
長くアバンと一緒にいたポップの悲しみは、きっと自分も及ばぬほど深い。
そんな事を感じさせないほど明るく振る舞ってくれたのは、自分のためだと思うとダイは辛かった。
ドンッ・・・
「えっ!?」
背中に軽い衝撃・・・見ればダイの両腕がポップの胸にしがみ付いていた。
「ポップ・・・俺、強くなるから・・・!」
ポップの背に顔を押し付けながら、静かに・・・強くダイは誓う。
「絶対に強い勇者になるから!!」
こんな悲しい別れを二度と繰り返さない為――強い筈のポップがもう泣かなくてむ為に・・・
そうして、静かにその誓いを聞いたいたポップの背が、軽く揺れた。
どうやら・・・笑ったようだ。
「待ってるよ・・・お前が強くなるのを、ずっと待っててやるよ。
俺は『勇者の魔法使い』だから・・・」
旅はまだ始まったばかりだ・・・