登場人物使い回しだが、分かるように書いてみた。
もちろん、他の作品との世界線は別。
プロローグ
□2044年7月下旬
東京都のとある街、とある一軒家のとある一室。
……いや、別に俺はツンツン頭ではないし、右手に幸運を打ち消す力を宿してなんかもいないのだが。
部屋はモノトーン調。特に珍しいものは無いと思う。──白い地味な勉強机、家具量販店に幾らでもあるようなベッド、すかすかで、もはやラックになっている本棚、壁に埋め込まれたタイプのクローゼット。そんなものだ。
生活に最低限の家具しか……独り暮らしじゃないので、本当にこの程度で充分なのだ。
ともあれ、俺はこの部屋で過ごしてきた。こんな質素な部屋でも、思い入れの1つや2つあるのだ。
「………」
胸にチクリと走った小さな痛みに顔を
いっぱい泣いて、けどいっぱい笑いあえた。
殴りあって、雨の中馬鹿みたいに転がった。
皆で集まって、尊く輝く日々を過ごした。
そのどの記憶にも俺は映り、俺も、もうかなり『大丈夫』なのだと実感できる。
(まぁ、やっぱ知らないヤツは怖いが…)
そんな人見知りのようなことを呟いてみても状況は変わらず、部屋の外からは依然として、まるで猫が構ってほしそうにしているかのように「………ねぇ」と延々繰り返し
「──はぁ……。何度言えば解るんだよ」
この部屋の主──俺は、一つ嘆息。ドアの外にいるらしい訪問者に声をかけた。
「……なんなんだ、
「お、お願い、ちょっとだけだから!」
部屋の外からは少女──妹の虹架の声。
休日である今日の朝、突然部屋をノックもせずに訪れ、休みのくせに騒ぎ始めたのでとりあえず放り出した(文字通り)のだ。というのも。
「お願い!
恥も外聞もかなぐり捨て……いや、はじめからそんなもの持ち合わせていない自慢の我が愚妹は、突然堂々とした土下座を披露してみせた。
その、『いんふぃにっとでんどろぐらむ』というのが、何かのゲームのタイトルなのだろうことは
が、もちろん判ることと貸すことは当然別。
ポケットから取り出した携帯端末をに素早く指を走らせ、軽く検索をかける。──すると、どうやらこのゲーム、初期費用やら環境やらの費用に1万以上もかかるらしい。
「いや、払ってられるか」
「え、でもお兄ちゃんってお金何かに使ってたっけ。私の中で金欠のお兄ちゃんって想像できないんだけど」
土下座状態から顔を上げた虹架が、つけ入るでもなく、普通の疑問として問いかける。
「そうでもない。案外と『普通の大学生』ってのは入り用なんだ」
「むぅ……。──私、あれプレイできないんならグレる。不登校になって悪事を働くかも」
「このご時世に、それもお前を一番近くで見てきた一人である兄に、そんな脅し通用すると思ったかよ。──ほら、解ったらさっさと出ろ」
と、親ライオンよろしく首根っこを掴み、相変わらず軽いままの印象の妹を廊下へ放った。
◇
──それが、
普通に鬱陶しいので部屋に入れてやると、我が妹は何やら画策しているらしかった。
「どうすれば買ってもらえるか考えました」
「要求の内容、『貸して』から『買って』に変わってないか」
「そんなもの、些細な差ですよ。──ほら私、お兄ちゃんの
ニタァと、恐らくは、彼女の思いつく限りの悪人面をしてみせた虹架。
会話の内容だけなら考えものだが、相手が虹架なら特に臆する心配もない。
「──ほう、言ってみろ」
「……えっ?」
「言ってみろって言ったんだよ。何か俺がバラされて不都合なことあったか? ………いや、無い……よな?」
「発言の内容に一貫性を持て兄よ」
まぁ考えた感じ、思い当たる節は無いはず。
何分、こういった心理戦のようなものは基本虹架は苦手だ。……ある状況を除けば、だが。
だが、予想に反し、虹架はふふん、と何故か自慢げに胸を張ってみせる。
──いくら妹といえど
「──1つだけあるよ」
「……本当か?」
若干の動揺を隠しつつ、それでも弱みとやらが存在したことに多少驚く。
虹架は自らのポケットへと手を入れ、そして『それ』を引っ張り出した。
俺は『それ』を認めた途端、生存を脅かすほどの盛大な悪寒がした。
アレはやばい。逃げたくなるが、それをしては弱みだと自ら言いふらす様なものだ。
虹架は満足げに『それ』を広げ、名誉な賞を賜った学者かの様に、それはもう高らかに読み上げた。
──そう、ここはあくまで平静を装い、通用しないと錯覚させるのが得策だろう。
必死にそう、自分に言い聞かせ、迎え撃つことにした。
「『おにいちゃんが、にじかのいうこときいてあげるけん ──きげん、おにいちゃんがにじかをきらいになるまで』」
「あー………やっぱ無理だ、耐えんの」
誰しもが経験したことあるだろう。母の日や父の日、勤労感謝の日を迎えたはいいものの、特に渡すものを見繕うことが出来なかった際の最終手段、『肩たたき券』を。
それだ。つまり『言うこと聞いてあげる券』なのだ、あれは。
倒れそうなほどの頭痛を感じ、半ば無意識に財布を取り出した。
──この時点で、俺は認めざるを得ないのだろうか?
◇
くだらないことを話すが、どうやら俺はシスコンらしい。特に甘々でも過保護にもしている気は無いが、俺の知り合い曰く、『妹限定の天然たらし』なのだそうだ。
俺としては「何をそんなデタラメを」という感じだった。
はっきり言おう。大切には思っている。だが、それはどの家族どの兄弟でも同じはずだ。
何故俺がこうまで言われなくちゃいけないんだ……。
そもそも、たとえ周りから見てシスコンだろうと、俺にその気が無い以上、いや、それ以前に兄妹間の恋愛なんて成立するのか。
それに、もちろん虹架も、俺をそういう目では見ていないだろうし。
ともあれ、俺がシスコン呼ばわりされるのはいかにも不服だった。
◇
──はい。そんな時期が俺にもありました。
しかも、わざわざご丁寧に期限が、『俺が虹架を嫌いになるまで』と来た。ここまで来て否定するのも逆に辛くなってきたな……。
「ね、これがあるのに? ねー買って買って〜」
どうやら虹架は、弱みというより強制を働くアイテムとして認識しているようだった。危ない、もし弱みとして持ってこられたら、あれがこの世から消え去るまで永遠に妹の奴隷になるところだった……。
気を許している連中だからからかいも流せるのであって、知らん奴らにシスコン呼ばわりされるのは絶対に避けたい。……それもトラウマを呼び起こしそうだ。
色々と負けの言い訳を考えていた俺は、結局、7月7日の虹架の誕生日プレゼントの分。という言い訳に落ち着いた。つまり、決して弱みを握られて訳ではなく、あくまで俺は
「………分かったよ。諦めよう。──この前の誕生日の分があるし、何かプレゼントしてやろうと思ってたしな」
「え? ホント!?」
「あぁ。……てか、もう無理。俺にはもう色々と体力が無い。正直これ以上記憶を掘り出すと、俺の身体と精神が無くなる」
「無くなるって……」
「……まぁなんだ、1万くらいなら買ってやるよ。こちとら5年間分の貯金があるし」
1万くらいなら、とさっきと真逆の事を抜かしつつ答えると、虹架が分かりやすく顔を
「買ってくれるの!? やった! お兄ちゃん大好き!」
「──…うっ……」
俺の苦悩を知ってか知らずか、にへらっと笑い、真正面から強く抱きついてきた。俺は椅子に座っているので、必然的に虹架が屈む様な態勢になり虹架は緩いTシャツ姿で………あれだ。
その問題を除けばただただ鬱陶しい愚妹なのだ。今だから言うがこういうスキンシップも俺達2人の間では普通だ。大体は俺が頭を撫でたり、虹架が後ろからぶら下がったり程度だが。
色々な諸問題を差し置いても、普通に首が苦しくなってきたので、またも虹架の首根っこを掴み、引き剥がす。
「うわわっ、……っと。──よし、じゃあ、私出てくるから! 買っといてね! じゃ!」
虹架は部屋を出て、よほど嬉しかったのか台風のような勢いで向かいの自分の部屋、一階へと降りて恐らくリビングへ。開いてある窓から、玄関から飛び出して自転車に跨り、そのまま遠ざかっていく虹架の姿が見えた。
「……騒がしい奴め」
そんな自己中心的な考えをしているから
だから、出掛けていく虹架の頬や耳が朱く染まっていることも、知ることはなかった。
◇
俺が某家電量販店から帰宅し、二階へと上がっていると、上から声がかかる。
そこには、腕を組んで仁王立ちの虹架の姿があった。
「やぁお兄ちゃん。例のブツはあったかい?」
「あぁ、あったよ。部屋持ってくか?」
軽く腕を上げ、でかでかと店のロゴが入った紙袋を見せる。
すると何故か、虹架は首を横に振った。
「いや、お兄ちゃんは部屋に居て。荷物も一緒に。私もちょっとしたら部屋行くから」
「…は? 別に良いけど、誰もお前を部屋に
「もうっ、変に頑固にならなくていいんだから。……そりゃ、一人で居たい気持ちは知ってるけど、妹くらい……私くらいはいいじゃん」
後半はぼそぼそと言っていて、距離も相まって聞こえなかったが、表情からして
──誤解は解いた方が良いな。
「違うんだ。いや──純粋にうるさい」
「もーなに! 蒔菜さんには優しいくせに!」
「知ってたか虹架、蒔菜はお前以上にウザい」
「と、に、か、く! 待っててね!」
ガチャバン! ガチャガチャバン! と連続してドアの開閉音がし、直後何やら物音がしだしたので、呆けた頭を動かして残りの階段を上り、自分の部屋のドアを開く。
「「あ」」
そこには何故か虹架の姿が、またも何故か俺のベッドに寝転がっていた。
そっと扉を閉める。
直後、ドタバタと大きな物音が。
「わぁぁ待って! 今の誤解! 絶対何か私に不都合な勘違いした! ごめん待っ……ちょ!? 開かな……! ……あ、開けておにーちゃーん!」
俺の、というか
「お兄……はぁ…ちゃん…? …ぜぇ……お互い疲れて……はぁ…疲れてるでしょ? ……も、もう不毛な争いは……はぁ…やめにしよ……?」
モップの柄と戦っているお前の方が不毛だ。
──とりあえず、取り乱し方具合から誤解であることは分かったので、柄を足で外す。
ドアノブを押さえたままドアに
「……あれ…? お兄…ちゃん? なんか余裕そうだね……。いつからそんな体力が…?」
「馬鹿言うな。そもそもお前の体力が無さ過ぎなんだ。どうせ碌に体育も受けてないんだろ」
こいつは極度の運動音痴で、なにせ走ると5秒以内には確実にコケる。その他にも運動全般にセンスが無さ過ぎて、中学の頃から碌に体育を受けていない。ちなみに虹架は俺の二つ下で、高校2年生だ。
……とまぁその運動音痴の為に体育を受けず、当然運動をしないので体力がつかず、ほんの十数秒モップの柄と格闘しただけでこの息の上がりようである。
また自他共に認める廃ゲーマーであり、昔から帰宅しては夜中までゲームばかりしていた。
そのくせ虹架はあまり太らない体質らしいのだが、やせ細っていることに関しては俺が誰かを言える立場ではないので黙っておく。それに、見えないだけで体重は増えてるらしいからな。俺からすれば軽いけど。
「分かった分かった。……分かったって、こら、無言で服引っ張んな伸びるだろうが。ほら早く部屋に入れ。あんましうるさいとお隣さんに聞こえるぞ」
その後ようやく心身共に落ち着いた虹架は、それでも俺を軽く睨みながら部屋に入った。
◇◇◇
□二科虹架
狂った様に早鐘を打ち続ける心臓の鼓動が、その波を収めていくのを感じた。やはり私の体力ではすぐに息が上がってしまう。
運動……すべきだろうか。ランニングでもしなくては。キツそうだなぁ…。まぁ、別にジョギングでも……いや、最悪ウォーキングでも………。
「んで、結局何がしたいんだ」
お兄ちゃんの部屋に入ると、開口一番そう問われた。
私の返事は決めていたので、お兄ちゃんのベッドへ向かい──あぁ、また心臓が。落ち着け、自分──そこに置いておいた物を取り出す。
それは、いわゆるヘッドギアと呼ばれる物。
頭に装着し、スイッチを入れて『ゲーム』へ没入する為の道具。
これは私ので、さっきお兄ちゃんに買うよう頼んだのもこれだ。
「……え? それ……俺が……ん?」
当然ながら、お兄ちゃんは首を捻り、自分が持っていた紙袋の中身と私の持っているヘッドギアを見比べる。
特に違う部分がないことに気付いたらしいお兄ちゃんは、なんとも嬉しいことに、私の目的にも気付いてくれた。
「またか……」と零し、呆れたような、感心するような表情を見せたあと、私に向き直った。
私はブラコンじゃないけれど、この時は思った。『さすが、私のお兄ちゃん』と。
「虹架、…………久々に一緒にゲームするか」
「うん! する!」
◇◇◇
「まぁ私はもう始めてるんだけどね。ほんっとに楽しいよ<Infinite Dendrogram>。1年前から」
「は、はぁ!? そんな前から!?」
まぁ当然の驚きだろう。驚きを通り越して呆れている。
「お兄ちゃん、私が一日中部屋から出なかったり、突然「肉は食べたくない」とか言い出したの覚えてる?」
「一日中部屋でゲームしてんのは5年以上前から変わらないとして……あぁ、あったなそんなこと。しかも一時期頻繁に」
「あれ、私デンドロしてたの」
広いダンジョンの攻略にリアルで10時間掛かったことも何回かある。肉の件はまぁ……ちょっと色々あってね。
「はぁ。……略称はデンドロか? 確かそんな花なかったっけ」
「あーうん、デンドロビウムだね。つつじみたいなやつ」
「関係あるのか?」
「いや、今のところは無さそうだし、そもそもデンドロビウムじゃなくてデンドログラムだから、一生関係無いと思うよ」
「ふぅん」
お兄ちゃんは深読みし過ぎな癖がある。お世辞にも決して頭が良いとは言えないくらいの成績だけど、論理的思考ってやつは得意らしい。
けれど大体の場合は考え過ぎって感じ。私もゲームの攻略とかに関しての考察なら大歓迎なんだけど。ま、こっちは目的が決まってるから大抵当たりなんだけどね。
「それにしても、二人でゲームなんていつ以来だろ」
「少なくとも俺が中学2年より前だな」
「てことは最低5年くらいか〜。……楽しみだなっ」
「ある程度は店で聞いたんだけど、どんなゲームなんだ?」
お兄ちゃんは優しい。今だって、私が楽しみなのを見越して会話を弾ませようとしている。
「あのね〜、私は今レベルが───………」
………。
……………。
…………………。
──ほんと、優しすぎてダメになりそうだ。
長々とすみません。
思ったより長くなったな。
不定期。