□【探偵】 コウ
当たり前だが、〈ノズ森林〉は森だ。木々が鬱蒼と──まではいかないものの、両手剣ほどのサイズの武器は振り回しにくそうなぐらいには密集している。
だから、こうやって森の外から見るとほとんど奥は覗けないのだが……先ほどから、森の奥に目をやると、その木々すら判別できないほどの濃霧が立ち込めているのがわかったのだ。
──と、ここいらに生息しているモンスター【ティールウルフ】が、森の奥、つまり濃霧の方へ歩いていった。
ディルガルドさん曰く、本来は群れで行動するモンスターらしいのだが、この【ティールウルフ】は一匹だけだ。
なにやら迷った様子の【ティールウルフ】が霧の中へ足を踏み入れ、濃霧により若干見えにくくなった瞬間、【ティールウルフ】の姿が掻き消え、代わりにキラキラと光る何かが見えた。その輝きは数十分前、山賊たちの要塞へ向かう最中に何度か見かけた光。
その、命が失われた光だった。
「──死んだ…? の、かにゃ?」
恐らくは、物凄く隠密性の高いモンスターか<マスター>がその上で更に霧に紛れ、殺したのだろう。
……というか正直、ゲーム知識が無さすぎてそれ以外浮かばないのだが。
それをウルフに伝えると、ウルフもゆっくりと頷いた。そして俺に聞いてくる。
「にゃあオニーサン」
「……なんだ?」
「オニーサンが探してるキャロルさん? って人、ここに居るって言ってたよにゃ」
「……あ、あぁ」
──と、目の前でまたしても。
モモンガの様な見た目のモンスターが霧に近づく。モモンガ(仮)は飛んでいるので、地上2メテルほどしかない霧に入ることは無かったが、その霧の上を通過する。と、今度は
霧の奥にナニカが居るのはどうやら確定らしく、そのナニカは積極的に狩り、もしくは敵意を撒き散らしているらしい。
キャロルさんは本当にこの中に居るってのか?
とはいえわざわざ<マスター>に探してもらったのだ。あの<マスター>と俺は面識が無いので、あの人が悪者だとは言えないが、にしても騙すメリットは無い……はずだ。
「────ぁ」
「? どうした?」
ウルフがか細く、震えた声を出す。
視線は霧の方より若干左下だから、あの霧に【看破】でも使ったのだろうか。
にしても、そんなに震えるなんてなにがあったら──
「…………ジュ】」
「なんだって?」
聞き返すと、途端弾かれたように、ウルフはウインドウを俺の眼前に開いた。
そのページには見慣れない──見慣れてはいけない文字列。
「【霧鏡白獣 イルミラージュ】……! あの霧、<UBM>だよ!」
◇
<UBM>。
それは『ユニーク・ボス・モンスター』の略称で、文字通り特別な、一体しかいない強力なモンスターのことらしい。
もちろん、強い分見返りもあるのだがその話は置いといて、ここでの問題は2つ。
1つ目は、今まで見た狼やモモンガの様に、既にキャロルさんが殺されてしまっている可能性。
だが、俺達は<マスター>。死んでも死なないのだから、その可能性に賭けるにはリターンが大きすぎて笑えてくる。そんなものは無視だ。
2つ目は、虹架から聞いた話通りなら、俺とウルフの2人では勝ち目が薄い──いや、ほとんど無いだろうこと。
ウルフは
それでも、理論上なら、レベルゼロでも倒せるはずなのだ。うだうだと言い訳はしていられない。
「──そうだ、そんなこと言ってらんないだろ……! ウルフ、【看破】で<UBM>の能力とか分からないか!?」
「流石に無理だよ……! 私はそんなに看破に特化してないから、精々名前とスキルの数が限度! あでも、スキルは4つ持ってる! ……にゃ!」
謝れと言ったときには外れなかった猫語尾だが、やはりこうも焦ると忘れてしまうらしい。そんなどうでもいいことを思いながら、俺はキャロルさんの身を案じる。
この中に居るのなら、この中に居る<UBM>がティアンすらも無差別に攻撃するのなら、その生存率は限りなく低い。
今、この瞬間にも可能性は、その数字は────
そう思った瞬間、自分の背に氷が触れた様な、脅威的なほどの悪い予感がした。悪寒、というやつか。
俺の脳裏には、霧の中で<UBM>に襲われ光の塵となり消えていく蒼髪の男性、そして、泣き崩れる母娘の姿。
「────ッ!」
気づいたら、俺は思考で重い頭を振り駆け出していた。
俺の貧弱なステータスで何が出来るのかわからない。あの霧に入り──いや、近付いた瞬間に殺されるかもしれない。けれど、今ここで動かなきゃ、どんな結末になろうと後悔するだろう、そう思った。
思えば、【探偵】を始めたのも人の役に立つ為。キャロルさんの捜索を引き受けたのも、帰りを健気に待ち、自己を顧みず探しに行こうとしていたルルちゃんの為。
手柄は確かに欲しかったが、もうそんな物はいい。
ただ、命が助かれば。家族が笑えれば、それでいい。いや、それじゃなきゃダメだ。
何も皆が幸せで、なんて理想論を語るんじゃない。手が届く範囲に居た、普通の家族を助けるだけだ。たとえ相手が<UBM>でも、もう生きている保証が無くても。
もう死んでしまっている──そんな運命なんてクソ食らえだ。
後ろに置いてきたウルフには悪いが──と。
「よっ……と。オニーサンオニーサン。覚悟、決まったのにゃ?」
俺の400倍のAGIを持つウルフが並走してくる。それも、全く苦しくなさげに。心なしか嬉しそうにも見える。
──あぁもう。これだからゲームは。
努力が必ず報われる世界なら、たとえ本物そっくりなVR世界だって足掻けばきっと、運命は変わるから。
「はぁ…覚悟? …………はぁ、そんなもんはよぉ……!」
「ん、元からあったって?」
「──今! たった今決めてやったっての!」
「……
ウルフが俺の目を見て、微笑んだ。俺も、震える足を動かして強引に笑う。これから醜く
その後思い出したというように、ウルフが俺にある物を渡してくる。
「ホラこれ。【身代わり竜鱗】だにゃ。この先は未知のナニカだからウルフの分もやれないのが残念だけど、2枚。これで生きて、迷子さんを連れ戻してこいにゃ」
「……あぁ、サンキュ。はぁ……世話ンなりっぱなしだな……」
「そんなこと無いにゃ。先行投資ってやつにゃ。オニーサンはきっと強くなるから。今の内に恩を売っとくのにゃ」
「仇で返すと思うけどな!! ──霧に入るぞ!」
俺と、俺の速度に合わせて喋っていたウルフの前に、もはや白い壁と言うべき濃霧が立ち塞がる。
霧自体は俺たちの頭より少し高いほどしか無いものの、数歩先すら見えず、未だ肝心の本体すら見つかっていない。
──が、躊躇う理由には軽すぎる。
【身代わり竜鱗】を装備して、無意識の内にウルフと手を繋ぐ。ウルフは左、俺は右手が封じられるが、その分状況把握は楽になり、なによりお互いを見失わずに済む。
霧に入る。視界は全て白く、思ったより更に二段階ほど濃い。数歩先どころか、自分の足元さえ確認できないほどだ。
どこか冷たく湿っぽい霧の中、ウルフの──人間の温かさが手から伝わってくる。それだけで、こんな霧の中でも不安は無い。
その直後。
全く感知できない速度で、俺の左前から丸太の様な何か硬いものが思い切り打ち付けられた。
「ぐっ……! ──左前!」
覚悟はしていたものの、圧倒的なステータスの違いに、体が浮く。
そのまま吹き飛びかけたが、幸運なことに近くの木に叩きつけられただけで済んだ。手を繋いでいたウルフには攻撃は向かってなかったようで、俺の何十倍とあるステータスで受け身でもなんでもとっているだろう。少なくとも、繋いだ手は離してないが、派手に転倒したり声を上げてはいない。
それに、剣や爪などといった斬撃ではなく、何かしら殴打によるダメージだったこともあり、そこまで体は損傷していない。
──まだまだ、戦える。
その代わり、1枚目の【身代わり竜鱗】が砕ける。一応貰った防具でHPが多少増え150と少しあったので、ダメージ9割減の【身代わり竜鱗】で耐えることができた。
ただし減少させた上で、俺の受けたダメージは120ほど。……これでは3回目には確実に死ぬ。
すると、ウルフがいる右の方向から声が。
「《クイックヒール》」
ウルフは回復魔法を習得してないらしいから、ということは【ジェム】を使ったのだろう。回復魔法の【ジェム】は需要が多く値段も高いと聞いたが、それを俺に使ってくれるくらいにはウルフも本気でいてくれているのだ。
そして、喰らってばかりでは勝てるものも勝てない。
ウルフの方から確認が飛ぶ。
「オニーサンHPは?」
「80%喰らったけど全快した。……【竜鱗】があっての話だけど、コイツ意外に攻撃力高くない」
「あー多分あれにゃ。リソースこの霧がかなり持ってってるんだろーにゃ」
「敵見たか?」
「見る前に逃げた。だいぶチキンな<UBM>もいたもんにゃあ」
事務連絡のように簡潔なやり取りを交わし、そして、その間にしっかりと立ち上がる。
「……あー、大丈夫。傷痍系状態異常ってやつも出てない。──まだ動ける」
それは、ほとんど自分へ向けた言葉だった。まだ戦える、動けると。そう言い聞かせ、絶対に諦めない為に。
<UBM>という理不尽に、挫けない為に。
俺がもう一度踏み込もうと足に力を入れた時、遠くから声が聞こえた。
それは人間の男性の声で、助けを求める声だった。
キャロルさんの声を俺は知らないが、怯えた様なその声は、木々を超え更に真っ直ぐ進んだ方向から聞こえてくる。
「おーい! 誰か、誰かそこに居るのか!? 助けてくれ!」
「いや、あのバカ……!」
霧とはいえ、声なんかを遮断するような魔法的なものではないらしく、声は普通に聞こえる。恐らくは、今の戦闘音とか、俺とウルフの会話が聞こえたんだろう。
だが、隠れているのか知らないが、自分から声を出してどうするのか。それじゃあ【イルミラージュ】に襲われるのは分かっているだろうに。
──いや、あるいは、それすら考えられない程に鬼気迫っているのだろうか。
「オニーサン」
「ん?」
「いまから、ヘイト稼ぎと防御力アップ、ついでに光るにゃ。その代わりウルフは動けないから、その隙になんとかアイツを助けてくれにゃ」
「でもそれは! ……いや、わかった」
ウルフが死んでしまう……というその言葉は呑み込んだ。それくらいはウルフも承知だろう。その上で、壁役を買って出ると言ったのだ。
俺が返事を返すと、繋いでいた手が解かれる。次いで離れててと言われ、近くの木に背を預ける形で距離をとった。
霧の向こうから、ウルフの声が響いてくる。
「頼むにゃ。────《
俺の目の前で風が巻き起こり、隠れていたウルフの姿が顕になる。直後、ウルフのその身を包む様に赤い光が渦巻き、主武器なのだろうナックルから緑色の光でできた爪が伸びた。
バーサークとは確か、理性を失い暴走するスキルだったはずだ。だが、目が虚ろになっているものの、ウルフがこちらに襲いかかる気配は無い。──というか、
ウルフのことはウルフに任せ、俺は俺にできることを考える。
俺のステータスは絶望的。所詮は動けるだけマシな石ころに過ぎない。攻撃力はナイフ、防御力は鎧があるのでそこいらの初心者より多少はマシだが、霧はなんともできないので、死角から襲われれば守れないし反撃も出来ない。ならば、次はスキル。