□【探偵】 コウ
「何か……、何か無いのか!」
この状況を打破できる可能性を探し開くウインドウ。<エンブリオ>のスキル一覧を視界に展開する。
俺の<エンブリオ>のスキルは、偽装を見破る《奇抜な推理》と、上から見下ろすだけの《神秘を眺めて》。偽装もなにも、まずは本体を見つけなければいけないし使えない。それに、2つ目は使い方すらよく解って……いや待て、上から見下ろす……?
「! そうか。《神秘を眺めて》!」
途端に俺の視界が暗転し、次の瞬間には上から見下ろした景色に変わる。本来はそれだけの、強いて言えば全方位が見渡せるだけのスキル。
けれど。
霧の密度は確かに高い。だが、約2メテルほどの霧の中でこれを使うと、
どうやら木の位置から、俺が俯瞰できるのは自身を中心に半径20メテルといったところか。霧が濃すぎて自分の位置すら見ることはできないが、能力の特性上どうせ真ん中にいるのだろう。それは分かる。
「動きにくいのは相変わらず……だけどまぁ、それは我儘だな」
とりあえず、文字通り視界が広がったところで、次は【探偵】のスキルだ。ジョブがこれしかないので、これがダメなら打つ手は無い。周りをひたすら見回しながら歩くほか無いだろう。
えーと、【探偵】のスキルが【直感】と【真偽判定】に【読唇】、そして、【マーキング】。相手がそもそも喋るか解らない上、喋っても会話が成立するとは思えないので【真偽判定】と【読唇】は除外。直感はアバウトでよく解らないが、パッシブスキルなので放置。
消去法で。
「お、【マーキング】は使えそうだな」
【マーキング】は過去10分以内に接触した対象に魔力の目印をつけることができるスキルだ。目印とは何かというと、視界に映ればどこにいるのかが表示され、設定次第では、指定の距離まで接近されたらアラームが鳴る等のことができる。
「【マーキング・【霧鏡白獣 イルミラージュ】】」
接近アラームの指定を5
すると、俯瞰した視界の中、俺の左前方10メテル程の位置にマーキングの青い点が浮かび上がった。先程の狼やモモンガと違い一撃で仕留められなかったからか、俺を警戒するように、一定の距離を保って、ウルフの方向へ移動していたようだ。
ウルフがヘイト稼ぎのスキルを使ったらしいので、俺を警戒しつつも、気になる獲物の方へ向かうといった感じか。この移動の様子だと、霧の中でも獲物の場所を正確に知るスキルでも持っているのかもしれない。スキルの数は4つなので、別途オプションの可能性は置いても、霧、獲物の探知と、半分は割れた。
ここで、ウルフの周囲、先程のスキルにより巻き起こった風で霧が晴れた空間に【イルミラージュ】が差し掛かる。
《神秘を眺めて》の能力上そちらに注視はできないし、ウルフに止められているので近付けないが、なんとか目を凝らす。
だが、期待と、若干の恐怖が入り交じった俺の予想は裏切られることになった。
マーキングが対象のどの箇所に付くのか俺は知らない。そもそも使用したのこと自体先程が初めてだし、俺は種類問わず『攻略本』をあまり見たくないタイプだからだ。故に、霧の中で輝いていた青い光は相手の体の中心かもしれないし、スキルの条件的に接触した場所かもしれない。実は【イルミラージュ】はとても小さく、そして【マーキング】は対象全体を発光させるスキルなのかもしれない。
だが、それらは今、検証のしようがない。あぁ確かに、ウルフの周囲の霧は晴れている。全身が出ればその謎は解けるだろう。
でも違う。そうではないのだ。【イルミラージュ】が霧の中からウルフに攻撃したわけでもなければ、俺の視界の外に出たわけでもない。
──ただ、その姿が透明で見えないだけ。
そのマーキングは宙に浮いていたのだ。
たとえるならそう、もし人魂が見えるならこんな風になるのだろうという感じ。地面から1メテルと少しほどの高さに浮いたそれが、不規則に揺れながら進んでいる。
透明化するスキルなのか、元から透明なのか。後者は無さそうだが、正直セオリーというものが解らないので判断のしようが無い。
濃い霧に隠れ、更に霧を吹き飛ばしても透明とは。
このモンスターを作った人間は、余程攻撃を当てさせる気が無いと見える。霧は風魔法か何かで飛ばすにしても、透明化されては結局見つけることができない。
まだ警戒しているらしく、ゆっくりとウルフに近づく。ただし、当の【イルミラージュ】も隠蔽力に相当自信があるらしく、着実に歩を進めていく。
「ウルフ! 敵は右前、透明だ!」
必死で叫んでみるが、『バーサーク』状態のウルフの耳には届かない。そしてウルフは敵の位置を把握できていない様で、我を失った様な表情のまま、視線をあちこちに彷徨わせてナックルの甲を打ち鳴らしている。
「……くそっ、ウルフ!」
彼我の距離はまだ5メテルと少しある。動けない様子のウルフなら、たとえ見境が無くなっていても俺に攻撃はできないだろう。
「俺が攻撃して、なんとか透明化を剥がさなきゃいけないな……!」
アイツがウルフに攻撃する前に見える様にして、
元から透明説はどうしようもないので一時保留として、問題はあれがどこまでの透明化なのかということ。視覚に察知されないだけの透明化なのか、物理的にも全てすり抜け、自身を攻撃する際にだけ解除される透明化なのか。……これも結局斬りかかってみなくちゃ分からないか。
何はともあれ攻撃を……そう思い、歩きにくいので《神秘を眺めて》を解除。まぁマーキングがあるから視界を広げる必要も無いか。
前回と同様視界が急に戻り、倦怠感の様なものが目に溜まるのを感じた。
これは慣れなくては治らないんだろうなと思いつつ腰裏の鞘から短剣──ディルガルドさんに貰ったもの──を抜き、全力でマーキングの光へと走る。予想に過ぎないが、どうせ霧の中の動きは感知されるのだ。どうせバレるなら急いだ方が幾らかマシ。不意を突く意味でも有効だろうと思った。
走る際の、地面を蹴る音が森に響く。その音が聞こえた様で、またも「助けてくれ!」と男性の声。【イルミラージュ】ほどじゃないにせよ、何かしらのモンスターを呼び寄せてしまう恐れがある為、何度も呼びかけてくるその声に怒鳴り返す。
「後で向かう! 今は安全を確保して、静かに待機しててくれ!」
「…わ、分かった!」
焦っていても流石にそのくらいの判断は出来たらしく、それ以降男性の声は聴こえなくなる。その静けさが、逆に男性が大丈夫かと不安にさせる。今は仕方ないんだと必死に自分に言い聞かせ、全力で足を動かし駆け続けて光を追う。
想定通り光の移動が止まり、こちらに向いた……のかは分からないが、光が左側を軸に180度旋回した。同時に、5メテル以内に接近したため、【マーキング】のオプションであるアラームが俺の頭の中でけたたましく鳴り響く。
そしてこちらを迎え撃つ様に光が掲げられ、俺が光の前まで来たその時。横薙ぎに、俺から見て左前から真っ直ぐ光が俺へ向かってきた。
どうやらマーキングの位置は接触面だったらしい。だから、先程俺を殴った腕か何かが光っていて、今も俺に向かっているんだろう。
俺を狙っている光の速度は凄まじい。激しくブレていて、まるで素人から見た卓球選手の球の様に、目を凝らしてようやく追える速度。
──だが、それでも遅い。
確かに速い。ゾッとするし、諦めて身を投げ出したくもなる。だがよく考えれば、いや比べるまでもなく、ディルガルドさんの攻撃や、さっき乗っていた【ケリュネイア】の方が断然速い。あれはもう次元が違うというか、『速い』という言葉ですら足りない。身を持って体感した俺には解る。──これは遅い、と。
それでも、いくら諦めず立ち向かったとして、俺に戦闘の技術は無い。そもそも見えない攻撃に受け止めたりカウンターしたり出来る筈もない。
だが。
今の俺は、何もコイツを倒そうとしている訳でもないのだ。ただただ、一撃当てるだけ。なら何も、馬鹿正直に真っ向から受け止める必要は1ミリすら無いのだ。
光が高速で俺の頭へ向けて迫る。喰らえば即死かもしれない。……が、逆に、少し頭を下げれば躱す事が可能だ。相手はマーキングのことを知らないのだから、どうせ必中だとでも思っているんだろう。その慢心につけ入り、でも追撃されない様に、光が俺の頭へ直撃するギリギリ。タイミングに合わせて身を屈め、スライディングをした。
ここは森林で、足元が土だったためよく滑る。顔の少し上あたりを、見えなくても判る風圧が通り過ぎて、それと同時に光も視界の外へ流れていった。直後に背後の木に何かが打ち据えられる音。
すぐさま手を着いて立ち上がると、そこは既に霧の外だった。ウルフが俺に気づき、両手の爪を振り回す。
流石に届かないが、動かなくしている方のスキルが解けたりしたら同士討ちという最悪の結果になるのでさっさと手を振り、旋回するときに軸となったであろう場所へと短剣を振るう。
型もなにも無い滅茶苦茶な斬撃だったが、適当な分振るった範囲もなかなかだ。
そして。
……カンッ。
「っし、当たった!」
絶望的な程の音に阻まれて刃は刺さらなかったものの、何も無いはずの空中で弾かれる感触。──
「っと! 危ねえな!」
歓喜も束の間、頭上に光が移動する。振り下ろしだと予想し、咄嗟に横っ飛び。
その数瞬後に地面が抉れ、先程同様風圧に乗った土が飛び散り、軽いクレーターが出来る。威力は低いが、あくまでもそれは<マスター>基準。鎧を着込んだ人間とただの土では耐久力に差がありすぎる。頭では解っているのだが、それが今更に、燻っていた俺の恐怖心を煽った。
「────ッ」
攻撃を察知したわけでもウルフの攻撃射程圏内に入ったのでもなく、純粋に恐怖で俺は後ずさった。
狼に襲われたときも、盗賊団に囲まれたときも、ここまで怖くはなかった。──いや、盗賊団の際はディルガルドさんが居てくれたのだが、何にせよ、俺の本能が『死』を察し遅すぎる警笛を鳴らす。
実体があることは確認できたものの、依然透明化は解除できていない。ならば理性を失っているウルフは【イルミラージュ】を知覚できず、攻撃できない。俺の攻撃力ではまるで足りず、このままでは全滅の一途のみ。
森に入る前は焦りからか、ルルちゃん達家族の命のことしか考えていなかった。だが、ここにきて力の差を目の当たりにし、押し殺していた恐怖心に火がついてしまったのか。
もちろん、これはゲームだ。解ってはいる。だが、若干泥濘んだ足元、湿気た空気、手の中の鉄の感触に、繋いでいたウルフの掌。これらを俺は、本当に偽物だと断言することができないかもしれない。
それは、俺が初ログインから散々目をそらしていたこと。違和感であり懸念であり、違ってほしいと思う願い。
端的に言うなら──本当に死んでしまうかもしれない。
俺は痛覚設定をオフにしているし、この世界で死んでも現実の俺のベッドで目覚めるだけだろう。──だが、死んだことには変わりない。
たとえ出血死、即死、自殺でも、死は死。その記憶は消えてくれない。
『死ぬと24時間のログイン制限』というペナルティが、余計にその気持ちを加速させる。
すると、HPやMP、SPなどの下にある文字が表示された。
それは【恐怖】。
──その2文字に、俺は苛立ちを覚えた。
お前は怖がっているのだと、あからさまに指摘された気がして。
当然否定できない有様な俺だが、他人様に、それもこんな陰気なモンスターを作りやがった運営にシステムとしてお前は怖がっていると断言されることに、どうしてか腹が立った。
俺の性格の話だが、どこか捻くれているところがある。「俺は〜なら何でも分かる」と言われれば知らない単語を引き出したくなるし、心理テストなんかで「お前はこういう奴だ」と言われれば無性に否定したくなる。
それと俺の人付き合いとは別の話だが、【恐怖】という状態異常、その文字に煽られた俺は、若干のやる気を取り戻した。
「あぁ……、捻くれてンのは
覚悟を決めたその時、俺の頭の中にアナウンスが響く。
『<エンブリオ>が第Ⅱ形態に進化しました』
この時は気にしている余裕などなかったが、ログインしてから現実時間でまだ2時間。この速度での進化は異例だそうだ。
だが<エンブリオ>の進化には、持ち主の覚悟、成長によって時期は前後するらしい。もっと早く進化してくれよ……と思いつつも、戦場にはいっそい不釣り合いなほど嬉々として駆ける。
何のアテも無いのに、先程まで恐れていた無駄死にになるかもしれないのに。
戦意を喪失した俺には既に興味が無いのか、はたまた戦力的に無視できると判断されたのか、【イルミラージュ】はウルフに向けてまた進んでいた。ウルフとの距離は数メテル。既に両者の射程圏内。マーキングの光が高く掲げられ、そのまま地面に叩きつけようとしている模様。だがウルフには【イルミラージュ】の姿が見えていない為、このまま俺が何もできなければウルフが──
「……なんだ?」
ふと、うなじあたりがピリつく感覚がして俺は首を傾げる。その瞬間に推理とも予想ともとれず、だが根拠無いながらも半ば確信のある思考が浮かんだ。
笑みを浮かべ、ある言葉を口にする。
「──《奇抜な推理》ッ!」
透明化を単純に説明するならば、それは背景色との同化、つまり『見た目の偽装』。今回は違ったが、たとえ相手が物理無効の幽霊だとしても。
そして、相手が偽装ならば、こちらには対処の方法が1つある。それが《奇抜な推理》。隠蔽への対策を捨て、偽装の突破に力を注いだチカラ。
このうなじに感じた感覚が【直感】によるものなのかは分からない。だがそんなことすら、色々吹っ切れた今の俺にはどうでもいい。
薄いカーテンを風が靡かせるかの様に何かが見えかけて……また消える。
まるで、いや拮抗しているらしい偽装と俺のスキルは、だがほんの少し、俺が上回っていたらしい。恐らく進化していなければ突破できなかっただろう。代わりにSPがすっからかんだがまぁ良い。真実を隠していたカーテンは今全て剥がされ、その向こうを顕にするのだ。
そしてとうとう見えた、<UBM>の全容。
──それは、何か形容しがたい生物だった。
さっき見た【ティールウルフ】は、大きさこそ桁違いながら、その姿は紛う事なき狼だ。ウルフの<エンブリオ>の【ケリュネイア】も全身機械みたいだが、こちらも見た目は鹿だった。
だが、コイツは違う。立ち姿こそ人間なようだが、立ち上がったゴリラかのように毛むくじゃらで、そして、霧と同化するかの如く毛と肌が白い。強いていえばイエティという雪男の『UMA』未確認生物、そのイメージ図が近い。
思った以上の、そして後ろ姿でも十分伝わってくる威圧感に舌を巻く。先程は見えなかったから相対できていたが、この立ち姿を前にして先のスライディングや攻撃をしろと言われたら恐らく無理だ。
【イルミラージュ】は自信の透明化が無効化されたことに気づいた様子も無く腕を振り下ろす。一方、バーサーク状態のウルフは突然目の前に現れた人型のモンスターに全く怯むこと無く、ノータイムで攻撃した。
「ふッ……!」
ナックルによるアッパーと、そこから生えた爪による連撃。
『GYAAAOOOOOOOOO!?』
バレなかった筈の居場所が突き止められ、そしてかなり痛そうなダメージを受けて嘶く【イルミラージュ】。だがそれでも攻撃の手は止めず、その丸太の様な真っ白い腕を振り下ろす。バーサーク状態で防御の「ぼ」の字も無いウルフにその攻撃がクリーンヒット、頭を直撃し、威力に関わらず即死する──かに見えたが。
「ッ! あれは……ケリュネイア!?」
相手の攻撃を受けたウルフの頭にある紋章が浮かぶ。それは何回か見た、ウルフの左手にある<エンブリオ>の紋章だ。
まるでその紋章がウルフを攻撃から守ったかのように光の塵となって砕け散る。同時に、同種の光と破砕音がウルフの左手からも昇る。
「……お、おぉそうだ。俺も攻撃に参加しなくちゃ」
あの障壁があればウルフが無事かとほっとしていたが、どうやらあれは一度しか使えないものらしい。苦しみながらも【イルミラージュ】二度目の攻撃を放つと、今度はウルフもまともに受け、大きく仰け反る。同時に装備していた竜鱗が砕けていたので、今度こそ、ダメージを受けているのは間違い無いようだ。
なので、ウルフがやられてまた一対一になる前に加勢すべく走り、無防備なその背中にザクザクやる。まぁ正直、ダメージ的にはチクチクといったものなんだが。
斬りながら(刺しながら)気付いたが、予想以上にウルフは強い。バーサーク状態だから技術どうこうは言えないが、攻撃を3、4回喰らってもHPが3割しか減ってない。途中からは【イルミラージュ】の体を挟んでいたので何枚【竜鱗】を消費したのかは知らないが、攻撃の最中にも【イルミラージュ】の腕が振るわれると撃ち落としたり、足を攻撃して膝を突かせたりと、耐久力と共に攻撃の威力もかなり高い様だ。そして、攻撃の撃墜、相殺と態勢の崩壊は、そのまま相手の攻撃回数の減少にも繋がる。
攻撃は最大の防御、とはよく言ったもんだな。
あとどれくらいで倒せるかは知らないが、このままなら大丈夫だろう。
……なんて。
(=ↀωↀ=)<『旗』は英語でー?
( ̄(エ) ̄)<『フラグ』クマー
(この2人の会話やってみたかった)