自由な世界の探偵事務所   作:水無月 驟雨

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ばちぼこ遅れました。何があったかは活動報告の方に書き殴っておりますので一読お願いします。昨日割烹のあとに投稿しようと思ってたら寝落ちたんですよね

あと、間空きすぎたので読み返しを推奨します。まだ17話なので、多分1時間もあれば読み終わると思いますし。


遁走と推理と疑念

 あとどれくらいで倒せるかは知らないが、このままなら大丈夫だろう。

 ……なんて。

 

 ──そう考えたのがいけなかったらしい。

 

『GRRRRRRRAAAAAAA!!』

「なんだ!?」

 

 突然【イルミラージュ】が身を捩り、俺達の包囲から抜ける。ウルフは動けず、俺は抑止力にはなれない為逃げられる。

 そして【イルミラージュ】は、霧へ帰る前に最悪の行動を残していった。

 

「──! マジかよ!!」

 

 【イルミラージュ】がまた透明化したのだ。

 咄嗟に《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》を発動して睨みつけるが、碌に回復していないSPでは突破できず。

 恐らくは霧の中へ逃げ込んだんだろう。結局振り出しに戻ったまま、逃走を許してしまった。

 少し前に【マーキング】の効果も切れている。つまり、MPもゼロに等しい量だ。

 

「んにゃろっ……!」

 

 霧の中へは入らない。悔しいが、ウルフが動けない今、深追いすれば俺が返り討ちにあってしまう。

 ただ。

 意地というか、諦めの悪さというか。

 咄嗟に地面の岩を数個拾う。一つ一つが拳ほどもある岩を、装備によって常人よりほんの少し高いSTR(腕力)で拾い上げ──前方にバラ撒く。

 

 別にダメージには期待してない。ただ、当たった音などからどの方向に逃げたかだけでも把握できないかと思っただけだ。

 透明になろうと質量はあるわけで。地面には、あの巨体に踏まれたのであろう草がひしゃげていて、そこを通ったことは判る。ならと岩をバラ撒いたのだが──

 

「……聴こえない?」

「──にゃ! ウルフの意識帰還したにゃ!」

「うおわっ!」

 

 聴こえない衝突音を探し耳を澄ませてしばらく経つと、突如真後ろで叫ばれて盛大に肩が跳ねてしまう。振り返ると、両手をワキワキさせて体の自由を確かめているウルフの姿が。

 

「《フィジカルバーサーク》の効果切れたから戻ってきたにゃ! そん代わりSPはゼロだけど……。あ、あとこれまでの光景は全部見てるから説明は不要にゃ。──ん? どうしたにゃ?」

「なんかウルフが喋ってると緊張感無くなる」

「ぶにゃっ!?」

 

 よく見るとナックルから伸びた爪も無く、ウルフの身を包んでいた赤い光も既に失われている。装備もところどころボロボロで、誰の目から見ても消耗しているのは明らかだ。

 

 この世界では戦闘による消耗と意識の清濁は関係ないので調子が狂うが。

 

 ふざけたやり取りもそこそこに、今しがた【イルミラージュ】が逃げていった方向を見る。

 

「すまんウルフ、逃げられちった」

 

 すると、ウルフは少し不満そうに口を開く。

 

「もー、すまん、じゃあーないだろにゃ?」

「え?」

「キャロルさん! ウルフはあれ(スキル)使う前、ウルフがタゲ取ってる間にキャロルさん助けろって言わなかったかにゃ!?」

 

 深々とため息を吐かれる。──確かに、そんなことを言われたような記憶がしっかりとある。

 

「……何か言い訳は?」

「いや、見てたら【イルミラージュ】が透明だったから、それじゃウルフが倒されちゃうなって、心配になって、咄嗟に」

「…っ」

「なんか…………ごめん」

 

 俺が頭を下げると、沈黙が帰ってきた。足元だけ見えるウルフは怒っている風ではなかったが、こちとら指示を無視して突っ走った身なので大変居心地が悪い。

 

「……ウルフ? どうした?」

 

 そっと下げた頭を上げて様子を伺う。

 

「……なんでもないにゃ。今も絶賛ピンチなティアンさんより、どうせ蘇る〈マスター〉を優先したことがちょっと意外だっただけにゃ」

「は、はぁ……」

 

 引っかかる言い方だったが、言いたいことは分からなくもない。というか、実際俺もそう思う。あのときはティアンを優先するべきだったのに、ウルフを優先してしまった。

 

(でも、所詮はゲームだしな…)

 

 ルルちゃんやロズレアさんにああは言ったし、バッドエンドは大嫌いだ。ただ、どうしてウルフを優先したかと言えば無意識としか言いようがなく、強いて挙げるならその差だった。

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ウルフが装備の消耗具合を確認しながら聞いてきた。

 

「どーするにゃ? 居なくなってた人、叫ぶくらいには体力とか結構余裕ありそうだし。その人助けたら一度帰って、討伐依頼だけだしてはい終わり、でもいいにゃ」

 

 肩を竦めながら、ウルフがそう提案する。確かに俺達の消耗具合じゃ再発見は厳しそうだし、ここは人命救助を優先して一度討伐は後まわしにした方が懸命だろう。

 

「そうだな。いざとなったらディルガルドさんが居るし。それに幸い、キャロルさんの居場所は判ってるし」

「そだにゃ。じゃ、今度こそ助けに行くかにゃー」

 

 俺の言葉にウルフが頷く。なぜもう居場所が判るのか? 簡単だ。地面の跡から大体の位置関係は解るし、あとは来た道を戻ってみて声がしていた方向へ向かえばいいだけだからだ。

 

 恐らく人間が遭難したらこれくらい必死になるんだろうなというくらい叫んでいたのを思い出しながら、俺が来た方向を加味し、大体の場所を割り出す。手でその方向をウルフに教えて、一緒に駆け出す。

 

「そういえば、逃げたアイツがまた襲ってくるとか、人質取られるとかは無いのかにゃ?」

「いや、多分無いと思うぞ」

「なんで?」

「アイツは俺達のMP、SP残量を知らないし、時間が空けば回復するのは俺達も一緒だ。それに、あの人があんなに叫んでたのに襲われてないってことは、獣には見つけられないところなんかにちゃんと隠れてるって証拠だろ?」

 

 方向を見失わない様顔は背けずに説明してやると、ウルフからの返事は無かった。俺が先導している形なので後ろのウルフは見えない。はぐれたかとも思ったが、不思議なことに足音は聴こえる。

 

「……どうした?」

「いや……。意外に──探偵っぽいことしてるにゃー、と思って」

「はぁ?」

 

 何を今更言ってるんだ。

 

 人命を優先しているので振り返ってツッコんだりはしないが。

 まぁまだ探偵と名乗るには実績が足りてなさすぎるんだがな。それはある。────と。

 

 

 咆哮。

 

 

 まるで狼の遠吠えのような、耳を劈く大音量の轟きが森に響き渡る。

 

「にゃっ!? ……耳がッ…」

 

 驚き、咄嗟に耳を塞ぐ。

 森の中に響きわたったのは獣の咆哮。威嚇する様な、獰猛なもの。

 その後、焦る俺達を置いて、再び静寂が訪れる。

 

 そして、霧で見えない視界の中、唐突に静寂を破り、ナニカが来た。気がした。

 

「!」

 

 霧へ向け、咄嗟にウルフが【ジェム】を投げ込むと途端、何らかの魔法の風が巻き起こり、霧を吹き飛ばす。……だが、確かに気配は感じたはずなのに、そこには何も居ない。

 

「? 気のせいか……」

「うーん、なんか居た気がしたんだけどにゃぁ……」

 

 2人して首を撚る。疾駆音がきちんと聴こえたわけじゃないが、明らかに接近する気配を感じた。はずだった。

 そう。俺達の五感は正常だった。

 

 

 ──ただ、目には映っていないだけで。

 

 

 俺の視界の端、ウルフが唐突に──倒れた。

 

「ウルフ!?」

「に、2割減、左手損傷、傷痍系なし!」

 

 咄嗟に横に転がり不可視の攻撃から逃げつつ、焦っているのか素の話し方のまま、これまた焦って俺に伝わるか分からない事務連絡のような簡潔な報告をする。恐らく、今のが仲間と強敵に挑むときのやり取りだろうか。

 幸い俺は意味を浅いながら汲み取り、ウルフのHPが2割減って、左手が痛む。でも状態異常とかは特にない──くらいだと理解した。

 ただ、それがわかったところで、事態は好転しない。

 

 何かに襲われた? いや、何も見えなかった。恐ろしく速いとか…………いや。

 いや違う。

 

「──透明なんだな!?」

 

 脳裏に浮かんだのは、つい先程まで相対していた雪男の様な巨体。

 先と違い【マーキング】が無いので、ウルフの周囲を睨めつける。

 

「くそっ、こんな早く来ると思わなかったぞ!」

 

 だが、やはりヤツの姿が現れる気配は無い。場所も把握できてない上、ロクにSPも回復していないのだから。

 

 

 ◇

 

 

 《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》のSP消費の方法は、通常の【看破】などとは違う。

 通常、多くのスキルは毎秒、少量を消費するのが一般的だ。もしくは、発動した瞬間に一定値を消費。だが、《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》に限っては、発動するだけならノーコストだ。時間によって消費が増えるわけではない。看破が成功した際のみSPを消費するのだ。

 ただし、看破自体は成功したものの、出力が足りない場合。たとえば、対象の偽装が《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》の出力を上回っている場合などはそうではない。

 

 出力で上回られている場合には、一定時間ごとに自動で連続発動し、効果を重ねがけする。《叡智の解析眼》のような判定になるのだ。故に最初、【イルミラージュ】に《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》を使った際に、SPがほとんど持っていかれてかつ、看破までにまぁまぁな時間を要したのだ。

 

 

 ◇

 

 

 現在、見えないがどこかにいるはずの【イルミラージュ】は、執拗にウルフのみを狙っている。

 

(ちっ、もう尽きたか……)

 

 何故ウルフを執拗に狙うのか。俺を無害だと判断したのか、また透明化を暴かれるのを嫌がったのかは知らないが、とにかく俺は少しでもウルフが楽になるように探していた……のだが、今しがたSPが切れてしまった。

 切れたことを【イルミラージュ】に悟られないよう感情を顔に出さないようにしようとしたが、堪えきれない悔しさが静かに吐き捨てられた。

 

(ダメだった!)

 

 虚空に向かって斬撃だの蹴撃を繰り出しているウルフへ、控えめに左手を振る──先程決めておいた合図で、“SP切れ”──。一瞬だけ目が合い、何をされたのか大きく仰け反ると、直後動きの反動を利用してこちらへ跳ねてくる。

 

「シュタッ、にゃ!」

「うぉい! もっと普通に来いよ!」

 

 とりあえずツッコミを入れてウルフと背中合わせになる。そのウルフの様子は思ったより酷くない。HPがそこまで減っていないのはバーを見れば分かるが、さっきの奇襲で損傷したらしい左腕は大丈夫そうだし、こうやってなんだかんだ言ってる間に、ポーションによりウルフのHPは9割五分ほどまでに回復した。

 それを確認したあと首を回し、さもスキルを発動しているかのように周囲を見回す──《奇抜な推理(トゥルー・ダウト)》にはエフェクトらしいエフェクトが無いのでハッタリにはなる──か。やはり向こうは俺のスキルを警戒しているのだろう、なかなか襲撃は無い。

 

 警戒は怠らないように、けれど後ろのウルフに小声で話しかける。

 

「なぁ、ウルフはあとどれくらいSPやらある? そういえばお前、【看破】持ってるんだろ?」

「う、うん……。SPは多少あるけど……」

 

 なにやら歯切れが悪い。無言で先を促す。

 

「もちろん、最初に【看破】を使ってみたにゃ。でもおかしいのにゃ。……どの方向を向いてもアイツの名前が表示されるのにゃ。逃げてた速度を見た感じ、常にウルフの視界に入るなんてそんな速いわけないだろうし。にゃ」

「どの方向にも? 本当か?」

「……うん。────あー、今もそうみたいだにゃ」

 

 言いさし、恐らく【看破】を使用したんだろう。ウルフがキョロキョロと辺りを見回す気配がした。

 どうやってもステータス等が表示されないのなら相手の耐性が高いんだろうなという思考に行き着くんだが、どうやっても見えてしまうってのは一体どういうことだ?

 まさか、分身でもして全方位に立ってる訳でもあるまいし。

 

 そこで、ウルフが背中を小突く。

 

「にゃ」

「え?」

「ほら、推理たーいむ。にゃ」

「えぇ……」

 

 んな無茶な……と思いつつ、必要に迫られているのもあるので必死に頭を回す。

 

 意識を無理やりに切り替える。視界が急速に色を失っていき、すぐ後ろのウルフの気配すら遠ざかっていく。

 冷えた頭で、冷静な思考で、相手をバラしていく。

 

 俺は【探偵】。アイアムディティクティブ。ガンバル。

 ……冗談はさておき、正直ウルフがアテにしてきたのは少し嬉しいので本気で頑張る。

 

 そもそも【探偵】を選ぶ時点で頭を使うことはもちろん考慮していたし、こういう思考には多少自信があるのだから。

 

 

 ──透明化。

 ──衝突音がしなかった石の投擲。

 ──全方位どこでも表示されるその名。

 ──そして、【霧鏡白獣】という名。

 

 

 …………霧の、獣。

 

 

「……あ」

「にゃ? ───あ」

 

 声を零した俺にウルフが反応すると、途端ウルフの体が殴られたようにグラリと揺れた。

 ように、じゃなくて……殴られた!

 熟考を始めたときと同様、一瞬で視界に色が戻る。咄嗟にウルフへと手を伸ばそうと──したのだが、ウルフは俺の焦りを他所に、倒れた反動を活かして虚空へ蹴りを見舞う。何も無い空間へ振られた脚は、ナニカにぶつかり、盛大に衝突音を響かせた。

 

 これは放置してても大丈夫そうだな……ってげんなりしつつ思ったが、あんまりポーションなどを消費させても悪いので気付いたことをさっくり説明する。

 

「最初俺達が森に来たとき、モモンガ擬きが霧の上で撃墜されてただろ?」

「? それがなんなのにゃ?」

 

 ……まだ根拠も無いので説明を焦ってしまった。キチンと伝わるように、丁寧に説明し直す。ウルフは周囲に気を配っている。

 

「ウルフが森の外から【看破】を使ったとき、視界に【イルミラージュ】は居ないはずだ。霧しかなかったはず。……なのに、ヤツの名前が表示された」

「つまり……? ──あぁ」

 

 霧に阻まれ決して見えないのに、あの雪男は見えていないのに、見える。

 そう。つまり、

 

「アイツは、────この霧そのものが本体なんだよ」

 

 まだ予想だが、そう、言い放った。

 

 

 瞬間。

 

 

「!! ───こいつ、人の言葉解すのかよ!」

 

 

 ウルフは大丈夫だ、と安心した直後に腹部に衝撃。ボディーブローか何かなのか、吹き飛びはしないものの軽く体が宙に浮く。

 お、図星か? と一瞬推理に自信を持てたが、死に体の俺に追撃を叩き込もうとしているのを本能的に感じ取る。……が、もちろん避けることも防ぐこともできない。見えないし。

 

「オニーサン屈んで!」

「無理!」

「【飛爪緋双】!」

「話聞けえぇぇぇ!?」

 

 こちとら宙浮いてんだよ! という俺の抗議つーか状況をガン無視して紅いエフェクトがバツの形に飛んでくる。スキル名は焦っていて聞こえなかったが、恐らくは飛ぶ斬撃的なアレだろうな。まあ、俺は躱せないけど。

 

「アッパーボーーーーール!」

 

 斬撃(多分)の進路がグイッと強引に変わる。上に。俺の頭上へと。

 何も起きないまま俺が背中から地面に落ちると、なぜかバンザイしたポーズのウルフが睨んでくる。

 

「だから屈んでって言ったのに……」

「だから無理だって言ったのに!!」

 

 ウルフの攻撃は何にも当たった気配が無かったが、ともあれ追撃を受けずに済んだのは大きい。俺のHPでは軽い一発すら死に関わるからだ。──というかよく生きていられるな俺。

 緊迫してそうでその実割と緩いウルフを尻目に、再び周囲を警戒しつつウルフの元へ戻る。

 

 そういえば、今の腹への一撃で2枚目の、最後の【竜鱗】が砕けてしまった。

 ディルガルドさんからもらった鎧には50以下のダメージを無効にする効果があったが、こんなことなら5%軽減とか万能に使えるようなのが良かったなーと身も蓋もないことを思う。

 まぁそもそも、これが軽減でなく無効であったおかげで、狼の群れの中心で突っ立っても無傷でいられたのだ。

 ──数秒後には降ってきたディルガルドさんにぶった斬られていたので結局軽減でも変わらなかった気はするが。

 

「……?」

 

 その時、ふと思考の隅に何かが引っかかった。その疑問を頭の中で反芻してみるが、さっきの様な疑問は感じなくなっていた。

 なぜかは分からない。だからどうという話でもない。初心者な俺には、分かったところで何かが見えるとも思えない。

 

 ただウルフが余裕そうだったから何となく聞いてみた、くらいの疑問。

 

「なぁ」

「ん?」

 

 声音で真面目な話だと察した──訳では多分ないだろうな。そんな頭良さそうな空気の読み方はしないだろうし。

 

「なんか今更なんだけどさ」

 

 それは、本当に今更で、純粋な疑問。

 

「さっきウルフ、リソース振ってるから攻撃低いとか言ってたじゃんか」

 

 その問いに、ウルフが「言ったね」と頷いた。

 

 

 

 

「──にしちゃあさ、コイツ、半端じゃないか?」




更新は3〜5週間を目安にしておいてください

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