□【探偵】 コウ
俺たちは最後の木の根を飛び越えて、久しぶりの陽の眩しさを感じる。辺り一面の霧は無くなり、見晴らしの良い草原が姿を見せる。──間違いなく、【イルミラージュ】の霧及び<ノズ森林>からの脱出だった。
「よしっ! 戻ってこれましたよ! ありがとうございます!」
「あぁ、本当に良かった。──ただ、まだ撤収しない。中に仲間が居るんです。……ソイツを回収したらトンズラだ」
「はい!」
子供なら飛び跳ね駆け回りそうなテンションで、ガッツポーズしつつ全身で嬉しさを表している。それは俺も同じ気持ちだ。ただ、俺の方はウルフを回収しなきゃまだ終わりとは言えない。
「えーと、『外に出れた。頑張って戻って来い』……っと」
そうメッセージを飛ばす。どうせ電話みたいな遠距離通信用のアイテムもあるんだろうが、渡されていないということはそういうことだ。とにかく脱出完了の報告が伝われば良い。
さて、あとはウルフ待ちだし、万が一【イルミラージュ】が霧の外に出てきても大丈夫な様に揃って霧から離れる。俺は芝の上に座り込み、安心しきって大の字に寝転ぶ彼に話し掛ける。
「一応何があるか分からないので、まだ気を抜かないで下さいね?」
「あぁ。昨日から寝てなくて純粋な眠気で気を失いそうだが……心配には及ばない。霧が無ければそれなりの働きはできる」
そう言って腰の剣帯にある騎士剣を叩く。そういえば【騎士】だったな……と思い尋ねた。
「ヤツとは剣を?」
端的な問いだが意味は伝わったらしい。すると、彼は恥ずかしがる様に一瞬顔を背けたが、観念からか、大人しく口を開いた。
「俺は……この年で情けないが、レイス系のモンスターが苦手でね……。もちろんヤツの雄叫びは獣のそれだったが、如何せん最初にヤツに出くわしたのは夜で、辺りは霧に包まれていて。──恐怖から逃げてしまったんだ。──た、ただ安心してくれ。今は昼間だし、ここなら霧も無いからな。さっき言った通り、それなりの働きはできるつもりだ」
「あぁー……」
レイスが苦手、つまり俺たち風に言えばお化けが怖いんだろう。
とはいえ、実際のヤツは霧が本体推定で、ウルフ曰く獣ではなくエレメンタル系モンスターらしいが……まぁ、言っても得は無いので黙っておくとしよう。
実体が無いエレメンタルは確かに幽霊と言っても差し支え無いだろうし。
「そ、そういえば、貴方の名前を聞いていませんでしたね。よろしければお教えいただけないですか?」
さっさと話題を変えた彼に、軽く会釈をして自己紹介する。
「俺はコウ。敬語が譲れないらしいけどファミリーネームは無いから。コウって呼び捨てにしてくれ。ジョブは……一応【探偵】を取ってる。ま、レベル4だからほぼ無職だな」
「あぁ。分かったよ。よろしく、コウ」
「そしてボクはディルガルド。〈月世の会〉所属のマスターでコウくんのお友達。ちなみにメインジョブは【繰糸王】なのでよろしく」
「あぁ、よろしく。ディルガ──ってうわっ! 誰!?」
「えぇぇディルガルドさん!? なんで!?」
背後から聞こえた声がナチュラルに自己紹介してきていたが、そんな異変を俺たちが見逃すわけもなく。というか、さすがに気づく。
振り返ると、案の定ディルガルドさんが、森に視線を向けて立っていた。
「なんで!?」
「酷いなぁ。『先に行ってて』って言わなかったかい? 思ったより
「いやそうだけど……あ、ちょうどいいや、ついでにウルフを助けてきてくれませんか?」
「やっぱり中にいるんだね。助けてって、あの子がこのモンスターにやられそうなのかい?」
さすがディルガルドさん、話が早い。既に【看破】かなんかで事態を把握しているのかもしれない。
「そ、そうなんすよ。面倒な<UBM>が居て……ウルフが言うには、負けないけど勝てない千日手になってるんだーって。だから、頼みます」
すると、俺の言葉を聞いたディルガルドさんは了承……するかと思いきや首を傾げた。俺が「UBM」と口にした部分で。
「……ちょっと待ってくれ。というか、色々ボクとキミで
「ど、どういうことですか?」
サイ? サイって違うって意味のあの差異? それも何個か?
基本優しいディルガルドさんは当然2つ返事で助けに行ってくれると思ったのだが。予想が外れ、ちょっと困惑気味な俺。その『差異』の内容も検討がつかない。
「まぁ落ち着いてくれ。何もあの子を助けないなんて意地悪してるわけじゃない。──コウくんキミ、【探偵】取ったなら【看破】はあるだろう?」
「は、はい。ありますけど……?」
「ならまず、霧を見てみてくれよ」
「いいですけど……」
少し休んだので回復したSPを使い【看破】を発動させる。そのまま霧に目を凝らす。──出てきたのは【霧鏡白獣 イルミラージュ】の文字。ウルフが言っていた通り、文字化けしていて読めないがスキルを4つ持っている。うち2つが透明化と感知だろうか。
ウルフは数文字しか見えない的なことを言っていたが、俺は数文字どころかスキルが何文字なのかも分からないレベルだ。
ともあれ、それは別にいい。特に不可解な点はないはず。
「え、別に普通ですけど……」
「……はぁ。まぁいい。とにかく今はモンスターだ」
説明する時間が勿体無いと思ったのか話を切られる。そのときのディルガルドさんは、いつもの空っぽな顔のまま、それでも伝わってくる呆れの色を声に孕んでいた。
呆れというか……面倒なことが増えたなぁ、というやつ。
ともあれ森へ行ってくれるらしいディルガルドさんは、俺と、置いてけぼりだったキャロルさんに目をやって言う。
自己嫌悪パレードの俺へのトドメを。
「じゃあ、コウくん
「──え?」
マットさん、と呼ばれた『彼』がディルガルドさんの忠告に頷くのを横目で認めつつ、俺の頭は混乱でパンク寸前だった。
『意味不明』が頭の中を支配していく中、稲妻の如き閃き──これも恐らく【直感】かもしれない──のままに急いで『彼』へと振り返る。そして【看破】を──
「────────ぁ」
『
だってそうだ。ロズレアさんは夫のことを青い髪に金の目、私たちと真逆だと言っていた。彼女らと彩色が同じ『彼』を、無意識にキャロルさんと勘違いしていたのだ。
それだけではない。
キャロルさんを助けに俺たちは<ノズ森林>に来た。だが、助けた彼はキャロルさんではなく『マット』さん。ならば、『キャロル』さんは今どうなっているのか。
「はぁ…………」
確かにこれは、普段戯けているディルガルドさんも呆れるはずだ。真っ先に助けたいとか言っておいてこのざまか。
咄嗟に腰が浮く。……今すぐに森へ舞い戻りたい気分だ。だが、動くなと言われればそうは出来ない。第一、感情のままに飛び込んで一体何が出来るというのか。……この無力な俺に。
俺がもっと──ディルガルドさんに言われたことを無視できたり、彼我の戦力差を理解できない……そんな救いようのない馬鹿ならまだ良かった。俺の微かな──でも確かな知能にはそれが分かってしまっているから、この数分、数十分で余計に自己嫌悪が深まるばかり。
寝転んでいる彼の視線は、そんな俺を
◇◇◇
失態に気付いてももう遅い。俺に挽回の機会は残されていなかった。
数十分後、葉擦れの音に気づき目線を上に上げると、森の上、小脇にウルフと見知らぬ男性を抱えたディルガルドさんが翔んでこちらに来ているのが目に入る。
その見知らぬが、遠目でも分かる青い髪の男性にちゃんと【看破】を使えば、目の前に現れる『キャロル・バーグ』の文字。
「あの……大丈夫ですか……?」
マットさんがこちらを伺い見上げてくる。ディルガルドさんはキャロルさんに配慮してかゆっくりこっちにきているのでまだ気付いていないようだ。
正直、自分でも今の俺の表情が酷いのは自覚できる。防げたはずのミスをして、挙句その尻ぬぐいを別の人にされる始末。これはかなり辛い。
「──おーい、オニーサーンにゃーーーい」
そんなことばかり考えていると、やっと声が届く範囲に来たか、ウルフの呼ぶ声が聞こえた。関係ない人間まで巻き込むほど落ちてはいないので、心配してくれたマットさんには「走った疲れが出た」と誤魔化しておき、走り寄ってきたウルフを迎える。
30分ぶりのウルフは特に傷や異常も無く、表情も快活そのもの。
奥のキャロルさんも擦り傷などが見られるが重症ではなく、ディルガルドさんにゆっくり下ろしてもらい頭を下げていた。
そしてそれを成したのは、自分ではなくディルガルドさんだ。
……最悪オブ最悪だな。
「オニーサン大丈夫? 何かあったのにゃ?」
ウルフが俯いた俺の顔を覗き込みそう聞いた。現実なら大丈夫大丈夫と答えるところだが、ここでは【真偽判定】がある。適当に答えても、すぐにバレてしまうだろう。問題はウルフが【真偽判定】を持っているか否かだが、〈マスター〉ティアン問わずジョブの斡旋を行っているらしいウルフなら持っていてもおかしくない。
半秒にも満たない時間ながら言い淀み、
「あぁ。ケガは無いよ。ウルフは?」
「大丈夫……にゃ」
やや不安そうだったが、それ以上追求されることもなくウルフはマットさんの方へ向かった。
「──さて」
無事を確かめ合うウルフとキャロルさん、マットさんを微笑ましく見ながら、ディルガルドさんが俺の横に立った。
それを見て、俺もウルフたちを見ながら表面上は穏やかに、だが内心大荒れで話しかける。
「……まず、ありがとうございます」
「
ディルガルドさんはニコニコとそう言った。本心なんだろう。付き合いはまだ数時間だが、そういう人だ。
それよりも、と俺は体をディルガルドさんへ向ける。
「ところで、教えてくださいよ」
「何か、あったっけ?」
とぼけているのか、本当に忘れているのか。──いや、「素直に言えるのは」とつけたということは、そう言うことに心当たりがあるということ。
そこまで理解が追いついて、だから、続く言葉の予想外さに驚いた。
「キミ、ロズレアさん……だっけ。彼女の話ちゃんと聞いてた?」
「え?」
どうしてその名前が今、と考えていたが、すぐさま答えは齎された。
「『行方不明になっている衛兵たち』。最初の内容は、そんなところだろうね」
「…………!」
「安心してくれ。2人だけかと思い辺りを探したが、幾つかのスキルにも反応は無かった。あるいはもう──だろうね」
最初の──それこそディルガルドさんがいなかったときに説明されたロズレアさんの話を言い当てられる。一応ディルガルドさんにも合流時点で事態の説明はしたが、ざっくり「行方不明になった人探し」としか言っていないはず。
キャロルさんを探しているのにマットさんを連れていた俺を見て、探す対象は1人じゃないと考えたんだろうか。
実際は俺がマットさんをキャロルさんと思い込み、更に捜索対象が2人以上居ることすら忘れてしまっていた訳だが。
ゲーム出来る人は頭が良いなーと思いつつ、そしてウチの妹はそうでもないなと認識を改めつつ、どう言葉にして説明しようかなと思う。
思考は纏まっているし納得もしているが、口に出せばこれ程愚かなことはない。
い、いや、俺も忘れていたわけじゃない。ただ、行方不明だったのがキャロルさん1人であることを失念して──いや、これも忘れたというか。
言い訳になってしまうけど、事実だ。
俺の……悪癖だ。
その思考に数秒費やし、ようやく口を開いて──
「……俺ってこう、目の前の人を──」
「その人しか目に入ってない。聞いたよ。
「…………!」
──言葉を引き取られた。意味を理解しバッとウルフの方を見てしまったが、幸いウルフは自身の手当をしているようで、こちらに気づいていなかった。ティアン2人も同様に。
内心胸を撫で下ろしていると、ディルガルドさんからふぅ、と息が漏れる音がした。
さっきディルガルドさんが行く前と同じ、呆れたような雰囲気で。
内心を読み取られ、悪癖を突かれ、言葉まで引き取られるほどに読まれていて、この人には敵わないなと感じる。こんな大人は珍しい。それはある意味……俺を理解してくれる人種だから。
長いローブを気にしているのか芝の上に座らないが、代わりに空中に腰掛ける。
というか……いや、もうディルガルドさんには何をされても驚かないことにしよう。キリがない。
足を組んだディルガルドさんは、今度は教師然とした話し方で話す。
「ただそれと、間違えたこととはまた別だよ? コウくん。ところで──」
「……はい。で、でも、俺が間違えて自己嫌悪してるだけで済むなら……」
「──どうして、<
「え?」
俺は今日だけで、何回この返しをするんだろう。
「ちょっと待って、『
視線をディルガルドさんから外し横にズラすと、その奥には未だ霧の立ち込める〈ノズ森林〉が。
いかなディルガルドさんでも人を2人抱えながら、しかも姿の見えない敵の相手をするのは無理があったらしい。
だが今はそれはいい。今だって【看破】を使うと────出た。
【霧鏡白獣 イルミラージュ】。間違いなく<UBM>のものだろう。表示はさっきと何一つ変わっておらず、姿を捉えずとも霧さえ見えれば【看破】が可能なのも変わっていないスキル欄も変わらず。
「これの、何が嘘だって言うんですか」
さっきの失態の手前強くは言えないが、これに関しては間違っていないだろう。
ウルフも、というかウルフが最初に<UBM>だと言い出したのだし、デンドロの経験が長いウルフが言うなら……ん?
「んー? どういうことだ?」
そうだった。経験がどうという話をするならそれはディルガルドさんも同じ。どっちがより長いのかは知らないが、嘘であるという理由にはならない、か。
ただ、自分の意見に自信があるのはディルガルドさんも同じようで、困ったように頭を掻くと、口を開いた。
「んーと、<UBM>の命名法則を知っているかい?」
「え、妹に聞いた話ですけど、漢字3,4文字にカタカナの名前でしょう? 直接見るのはこれが初めてですけど」
漢字とカタカナ。ちょうど<エンブリオ>のように。
まぁ<UBM>のこういうステータスを見るのは初めてなので、どこか違うのかもしれない。ディルガルドさんのレベルでないと見抜けないほどの隠蔽が噛んでいる可能性もある。ディルガルドさんは500レベルを超えているようだし。
いや、虹架がああ言ったのならそれも違うか。
まぁ俺、いや、俺やウルフ、虹架ですらそう認識していたのだが。
俺がハテナを量産しつつ霧とディルガルドさんを交互に見ていると、彼が見せた感情は、無理解だった。
それは、なぜ嘘をついたのかと問われるより予想外で。
「カンジとカタ…カナ?……
「え? 漢字とカタカナが……あー、そういうことか」
俺と同じ結論に至ったのだろう。ディルガルドさんがおずおずと尋ねる。
「そうだな……僕はフランス人だ。フランス語……とまぁ英語を使う。良ければ、コウくんはどうなのか教えてくれないか?」
「やっぱりね……。俺は日本人。日本語です」
「そういうことか……。うん。ボクは日本語さっぱりだ」
というか、恐らく今の会話もフランス語で言っているのだろうが、デンドロというゲームの自動翻訳が完璧すぎてまるで違和感が無かった。
最初に会った喋る猫、ウルフにディルガルド、冒険者ギルドにいたウルフのファンらしき人たち。これまで出会った〈マスター〉は皆、会話がキチンと成り立っていたし、そのせいか今の今まで海外にもあるゲームだという記憶がすっぽ抜けていた。
ん、待てよ、ならティアンの彼ら彼女らは何語で話しているんだろうか。
ま、今はいいや。終わったあとで誰かに聞こう。
ディルガルドさんはさっきと同じような仕草でため息を吐く。ただし、それがさっきと同じ意味でないことは容易に分かった。
というか、多分俺と同じ気持ちだ。
「……ところで、ディルガルドさんにはなんて見えるんですか?」
俺としては、特におかしいところは何もない。まぁ<UBM>のこういうステータスを見るのは初めてなので、どこか違うのかもしれない。そう思って聞いてみる。
「ボクにはアレは、多分キミと同じように表示されているよ。ただ、ボクはフランス人だから、その『カンジ』と『カタカナ』は分からない。結果、表示はされるけど何も読めないんだよね」
「ははぁ」
俺が納得して相槌を打つと、「だから」と続けて、
「十中八九、クリエイトモンスターだね」
でもそれ、大量製造して都市の中で出したら簡単にテロができないか? ティアンのほとんどは戦闘能力ないし。
「<UBM>に見せかけたモンスターを野に放って悪さしようとした……ってことですか?」
「悪さ、か。そんな可愛いもので済めばいいけど。とにかく、あのモンスターを作ったときに、ボクたちと同じく、色々な国籍の人がいることを考慮してなかったんだろうね」
それはそうだろう。こんな騙す為だけに名付けられたモンスター、何らかの悪意が絡んでいることは明らかだ。
結局半端でバレたものの、その目論見は、半分成功だったはずだ。事実俺たちが騙された。
「て、ことは?」
問いかけるとディルガルドさんは、笑みを浮かべた。
分かりやすく笑顔で、初めて見たかもしれないディルガルドさんの感情で──獲物を見つけたハンターの表情。
空虚な器に注がれた興味の色。
能面を剥いだ狂言師の如く、本性を開幕見せて。
「<UBM>に誤魔化すってことは偽装だね。偽証で、騙す気だね」
言葉を切り、
「────うん。悪いヤツだね」
○クリエイトモンスター
当然、スキルを強くしたり多く積めばステータスが下がる。
ちなみに【霧鏡白獣 イルミラージュ】のスキルは、
①自身をUBMへ偽装する
②透明になるアクティブスキル
③霧を凝縮して実体を作り、物理攻撃を可能とするスキル
➃霧(自身)の中に限りあらゆる生物の居場所を感知、異言語でも解することができる
の4つ。積んだ結果、ステータスが初心者すらワンパンできないクソザコに。
○製作者
舞台は我らがレイ君がデンドロを始める1年前なので、原作では超級の人も超級ではない場合があり、少なくともこの【イルミラージュ】に関してはフラ姉さんの仕業ではない。
……というか、【KOS】しかりフラ姉さんのモンスターは次元が違う。