全く進まない!!
何故かって?
5つ掛け持ってるからァ。バカかよ俺!
失礼取り乱した。
俺が厳しい世界にうんざりしていると、チェシャが話を続けた。
「まー盗難対策等は追々自分で頑張ってね。──次は初心者装備一式だねー。どれにするー?」
チェシャは椅子から飛び降り、てくてくと、馬鹿みたいにある本棚の中から一冊引き抜いた。見ると、それはカタログの様になっていて、あらゆるジャンルの服装がそこに載っていた。
SF映画のラスボスの様な真っ黒な戦闘服にマスク、レーザーソードでも持てば完璧そうな服まである。
……弱そうに見えるのはなんでだろうか。
「んー……じゃあ、これかな」
選んだのは特にこれといった特徴のない、フツーの服だ。違和感がするほど現実味のあるものでもないし、反対に目が眩むようなほどファンタジーな服装でもない。強いて言うなら俺達日本人が外国へ行く感覚で選ぶ服。
配色は明るく、爽やか。先のような草原しかり、中世のような街しかり、剣や槍を持っても違和感の無い服だろう。
「無難だねー。にしてもコウさー、結構オシャレさんなのー?」
「いや? 普段来てるようなやつで、それっぽいのを選んだだけだぞ。それに、元の服も妹が選んだヤツだし」
「仲が良いんだねー」
「自慢だからな。もうちょっと素直になれば言うこと無しだ」
チェシャは「羨ましいねー」と言いながら、カタログの次のページを捲った。
「服装はオッケー。じゃあお待ちかね。初期武器はどれにするー?」
「お待ちかね?」
「あれれー? 男の子はみんな、武器って興奮しないかなー。特に剣とかー」
「ちっさい時から
ほぼゲームしてないし。と付け加えると、チェシャはフワフワの手でカタログの隅を指した。
「なら、僕はやっぱり無難にナイフをオススメするよー。まー、あくまでオススメだから何か気になる武器があればそれでも良いしねー」
カタログには、おおよそ戦闘には向かないであろうパチンコや釘バット、扱いが難しいどころではなさそうな鞭などもあった。
「釘バットって………」
「なんたって『自由』だからねー。………ま、流石の僕も釘バットは無いかなーって思うよー」
文句になるので失礼だが、このゲームを作った人は、困った時は『自由』と言っとけば大丈夫だーとでも思ってるんじゃなかろうか。
少なくともチェシャは思っているらしい。
「まぁ、オススメにあやかってナイフにさせてもらうよ」
「りょうかーい。じゃー装備と武器を……とりゃー」
なんとも気の抜ける掛け声と共に俺の姿が変わっていく。
さっきカタログで選んだ服とナイフを身に着けている。
腰の裏に付いていたナイフを恐る恐る抜いてみると、案外怖くはなかった。思ったよりちゃちな、ありふれたナイフだ。これなら大きさの同じフォークの方が武器としては有能そうなほどだ。悪魔みたいだし嫌だけど。
「はい姿見ねー」
「あ、あざます」
ふと気づくとチェシャの揺椅子の真横に立っていた等身大の鏡には、変貌した俺の姿が写っていた。
色素の薄い見た目に、現実風のファッションが結構合っている。
この腰のナイフさえ無ければ、このままニューヨークあたりの街にでも繰り出せそうなスタイルだ。
「あそうそう、忘れないうちに……はいこれー。最初の路銀だよー」
『忘れないうちに』って何だ、忘れることあるのか……? 忘れられたら無一文スタートだが。
そんなことを思っているとチェシャから、5枚の、銀色の硬化を手渡される。
「銀色のお金なのか? 500円?」
「あーもしかして銀貨知らない感じ? ホントにファンタジーに触れてこなかったんだねー」
半ば呆れるようにため息を吐かれる。
なんかイラッときたが、確かに、その方面で俺が無知なのは認めざるを得ない。
「銀貨?」
「そー、単位はリル。銀貨五枚で5000リルねー。ちなみにおにぎり一つで10リルくらいだよー」
「って言うとえーと、1リル大体10円くらいかな。……てことは5万円!? こんなに貰って大丈夫なの!?」
「ヘーキヘーキ。精々破産しないように気をつけてねー。君たちが富豪になるのも破産するのも、借金するのもまた『自由』だから」
「………『自由』の重み軽すぎないか?」
……絶対に俺は破産しないからな。
チェシャが苦笑いしつつ、けれどこれまでで一番テンション高めに口を開く。
「さて、いよいよだけど<エンブリオ>を移植するねー」
「お、ようやくだ」
「説明要る?」
「いや大丈夫。妹が、それはそれは丁寧に教えてくれたから。正直、もうお腹いっぱい」
そう言うと、チェシャはまた「仲良いねー」なんて言いつつ、腕……と見せかけて尻尾を、弧を描くように大きく振った。
その瞬間俺の左手の甲に、淡く輝いている宝石が現れていた。
「うぉ……これが……」
「まー、念の為説明するけどその宝石が<エンブリオ>ねー。第0形態はそんな風にくっついているだけなのだけど、孵化して第一形態になったら外れるからー。第一形態になると紋章の刺青になるよー。それがこの世界でのプレイヤーの証明書みたいなものだからー。じゃないとプレイヤーとの見分けつかないからねー」
「へぇー。結構ちゃんと住み分けされてんのかな」
「んーまー、プレイヤーだからって理由で害をなされることは基本的に無いねー。個人的、家系的な恨みならあるかもしれないけどー」
さっきの法の時にも思ったが、最初感じていたよりキチンとした世界らしい。
「あと紋章には<エンブリオ>を格納する効果もあるよー。用事がないときは左手にしまっておくのー。このゲームをプレイする限りはずっと一緒ですのでー。大事に扱ってくださいねー」
「了解しましたー」
俺だけの<エンブリオ>……。どんな風に、どんな形に孵化するのかは全く検討がつかないけれど、これから先共に居るのなら、大事にしようっと。
右手でそっと撫でると、多角にカットされた宝石は、まるで返事をするようにキラキラと輝いた。
「じゃあ最後に所属する国を選択してくださいねー」
「国かー……。あんま
チェシャの座る揺椅子、その横に置いてあった机の上で、チェシャが古びた地図を広げる。
一見普通の地図だったが、広げ終えると変化が起きた。
地図上の七箇所から光の柱が立ち上り、その柱の中に、それぞれの街々の様子だと思われる光景が映し出されている。
「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子ですー」
それぞれの光の柱の周囲には、国の名前や説明が光の文字となってご丁寧に浮かんでいた。
───────────────
白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み
騎士の国『アルター王国』
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桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭
刃の国『天地』
───────────────
幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間
武仙の国『黄河帝国』
───────────────
無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市
機械の国『ドライフ皇国』
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見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ
商業都市郡『カルディナ』
───────────────
大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地
海上国家『グランバロア』
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深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園
妖精郷『レジェンダリア』
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「ぉ……おぉ………これはすげぇ」
さすがに、凄すぎて言葉が紡げない。圧倒されるとはこういうことなのか、とも自然に納得できるくらいのスケールだ。
「迷うなぁ……」
──初心者だし、こういうときは変に捻らずに王道っぽいアルター王国が良いのだろうか。
見たところ無難でシンプル、かつ程よい活気と治安が見受けられるし、パッと見の貧困差もあまり無い様に見える。
──王道っぽいと言えばレジェンダリアだ。エルフや妖精くらいなら、王道ゲームにあまり触れて来なかった俺でも聞いたことは全然ある。
それも秘境という感じの雰囲気で、個人的に印象が良い。問題は交通の便が無さそうなことか。国として、きちんとした移動方法はマストだろう。
──天地もザ・日本という感じで、親しみがある分惹かれやすい。風景も綺麗だし、ファンタジーよりはいくらか馴染みやすいだろうな。
だけど気のせいか? あれは……大通りで野試合が行われているような気がする。物騒だなぁ。先も言ったが、治安と移動方法は絶対だぞ。移動方法は……そもそもこの世界、ワープとかもあるのかもしれない。
──だがやはり、男子としては、剣と魔法の世界にロボがあるというのは、それなりにポイントが高い。ゲームの普通をあまり知らないが多分、大体のゲームには無いだろう。
強いて言えば黒煙だらけで健康被害とか、環境省に国ごと訴えかねられないところか。まぁ正直、治外法権だろうしな。
いちいち要らん考えが付いてくる気が……。落ち着け俺。ここはもう日本じゃ……地球じゃないんだ。治安や治外法権がなんだってんだ。
俺の様な初心者が砂漠や海洋国家なんて行っても野垂れ死ぬ可能性が高いし、何より地域限定の消耗品がありそうだ。砂漠では水袋、海では潜水道具とか。
黄河帝国は………、普通に偏見だが、いち一般日本人として、あまりその手の国にいいイメージを抱いていないのは確かだ。主に某角刈りの核兵器一族のせいなだけで、その実普通に良い国なのだろうが。
……と、一部社会的かつ個人的な見解が入ったものの、おおよそに、今言ったアルター王国、レジェンダリア、天地、ドライフ皇国のどれかにしようと思う。
「うーん…………」
「大丈夫ー? 絞れてないかんじー?」
「いや、絞れてはいるんだけど、その先からが決まらないっつーか」
「ふむふむー。ならいっそランダムで決めてしまえばいいんじゃないかなー」
「ランダム?」
「僕がスロットでもサイコロでも用意するし、なんなら靴を飛ばしてみても良いんじゃないかなー。たまには要ると思うよー、運任せ」
「そう……かな」
チェシャが机の方へと目を向けるので、釣られて俺も見ると、その机の上にはご丁寧に手のひらサイズのスロットと、少し歪なサイコロがあった。歪、というのは、よくある立方体じゃなくて正四面体だからだ。いや、正四面体は歪ではないかもしれないが。
少し考え、お世話になってるし、素直にチェシャの言う通りにしてみることにする。
「……いや、靴でも投げてみるよ。正位置ならアルター王国、右に倒れたらレジェンダリア、左に倒れたら天地、裏返ったらドライフ皇国かな」
「ファイトー」
気の抜ける応援を受け──いや別に応援される程気を張る必要も無いんだが──ながら思う。こんな子供っぽいことをするのはいつぶりだろうか。
寄り合わせ、靴の踵部分を踏み、つま先だけで履く。膝を使い、周りの本棚へぶつからない様に靴を飛ばす。
放物線を描いた俺の靴はゆるりと多方向へ回りながら最高点に達して落下、トンッと音を立てて落ちたあと、そのまま少し転がり──
「──よし、じゃ所属国家はアルター王国で」
「オッケー。……ねー? たまには運任せでも」
「あぁ。自分が責任を持たないって、なんか気が楽だな」
「あははー。……じゃー、そろそろお別れだねー」
「もうか」
「……この世界では、戦うのも平和に過ごすのも、家に住むのも放浪の旅をするのも、もちろん富豪になるのも破産するのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも『自由』だよ。出来るなら何をしたっていい。──例えそれが善意の親切な行動や、褒められたことじゃなくても」
先程までの間延びしていた喋り方ではなく、真面目なものへ。雰囲気が一変し、一段、いや、三、四段重くなる。
──まるで何かを指し示すように、まるで何かへ誘うように。
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
その言葉を聞き終え、俺がその返事をチェシャに返すことは無かった。
なぜなら。
「───へ?」
俺の周囲にあった一切合切のモノ──机や各国の地図、揺椅子に周りの本棚、果ては目の前のチェシャと床さえもが、消え去った。
下を向くと、どうにも見覚えのある地形が。
俺は上空から、さっきの部屋で地図を見ていた、同じ位置関係で大陸を見下ろしていた。
いや、正確には──落ちていた。
俺の体は、ファンタジーになっても変わらない重力という不変の力に引っ張られ、真下の、先程俺が選択したアルター王国へと向かって────高速で落下していった。
「────覚ッえてろよあのクソネコ科謎生物がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
鏡介改めコウ、<Infinite Dendrogram>の世界に来ての最初は、グランドキャニオンなんかが可愛く思える高さからの自由落下だった。
やっとチュートリアル終わった………。
なんか、原作である程度のチュートリアルの内容読んでるし、今更後出の二次創作で細かく書いてもしょーがないのかなーって思ったり。
まぁ、後出なのは他のが忙しかったーとかメモアプリの底に沈んでたーとか理由は様々。
俺の悪い癖なんだけど、キャラメイクが苦手で使いまわしてる分、突然重い話になったり、突然変な説明ゼリフ入ったりするけど許してください……。
(ちなみに最初の作品は恋愛小説)