自由な世界の探偵事務所   作:水無月 驟雨

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ちょっと重い話というか、シリアスが湧きました。
けれど、僕の中では軽い方です。重いのは一般論。


ウルフの話と<エンブリオ>

「もーダメにゃー。コイツ放って帰るにゃー」

 

 嘆息してテーブルに伏せたウルフを宥めていたが、俺の思考は彼方。もの思いに(ふけ)っていた。

 

 ──職業(やりたいこと)、か。

 

 小さい時は親の為、子供の頃は桃花(好きな子)の為、大きくなれば家族とカズ(幼馴染)の為で、今は皆の為に生きている。いや、別にカズも昔から仲良いけど。

 生まれてこの方、誰かの為に理由を持ってしか生きてこれなかった俺は、こんな『自由』な世界に放り出されて、何をすれば良いのだろうか。

 ここではいつもの皆は居ないし、虹架は居るには居るが、恐らくあいつなら、俺の手助けなど必要ない程の高みにいるだろう。寧ろ足を引っ張ってしまうまである。

 

 高校進学のときもそうだ。母さんや父さん、先生に将来何をしたいか聞かれたが、()()()の俺の心は虚無で反抗的だったのもあって、結局カズの進路に着いていく結果になった。

 そのお陰で今の俺があるのも確かだが、そもそも、こんなゲームの職業1つ決まらないようじゃ先が思いやられる。

 

「ウルフは、さ」

「ん? なんにゃ改まって」

「なんでそんなこと(記者や、そのロール)やってるんだ? 理由っていうか、理念みたいな」

「んー。どーしよっかにゃ〜。……んまぁ、突然重い話することになるだろうし、遠慮しとくにゃ」

「いや、重い話を俺にすることに遠慮があるんなら、それは大丈夫だから。教えてほしい。ウルフの、思いを」

「そ、そうかにゃー……」

 

 突然の問いに、けれど真摯に答えてくれる。

 案外、こういうところは良いやつだな。

 

「にゃー……。ウルフは、人の役に立ちたい……のかにゃ?」

「いや、俺に聞かれても」

 

 ウルフは、少し考えたあと、笑いながら「すまんにゃ」と謝った。

 ウルフの纏う空気が変わる。言い難いが、少し強張るような、でも、何かが解れて弛緩したような、そんな空気。

 

「──ぶっちゃけ、自分でも分かってないんだよね……。こんな話していいのか迷うけど、ウルフ……()()、リアルじゃ『要らない子』なの。誰の役にも立てなくて、誰かの邪魔になってばかりで」

「……そうか」

 

 口調が変わる。1人称は私へ、語尾の猫語も無くなる。当たり前だが、()を曝してくれたのだろう。

 だからこそ、この話を聞いて……聞いた上で。『かわいそう』と、本人の前で誰が言えるのか。

 過去に何があったのかは知らないし、聞く訳も無いが、俺の葛藤なんて知らずに時間は進むのだから嫌いだ。……本当に。

 

「──だから、皆に好かれたくて……役に立ちたくて。情報を集めて、他のマスター達に尽くして、笑いながら『私、役に立つでしょ?』なんて威張るの。笑えるでしょ……?」

「じ、自分を誤魔化してるだけだって、思わないのか」

 

 正直、この質問をしていいのか迷った。迷ったが、ウルフが真摯に応えてくれた以上、こちらも、遠慮は無しで向き合うしかないだろう。

 俺の質問を受けたウルフは、少し悩む素振りを見せた。だが、その逡巡を俺は見抜いていた。考えているのではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。この話が始まった時から、喋るウルフの表情は思い出しながら、という風だったから。

 

「思うよ。思う。……でもさ、()()、何か事情がありそうだけど、そんなこと(理由)で良いんだと思うよ。所詮はゲーム。たとえリアルで自由でも、そんな理由で良いんだよ」

「……バレてたか? 俺が『何かある』って」

「職業の話を振った時、すぐにね。まぁ、似たような人種のことだから解っちゃうだけだよ。『何があったか』は知らないけれど、そんな人が『どうなる』のかは身をもって知っているからね」

 

 ウルフが纏っていたのは、空気というより仮面だった。

 今、俺の前で素顔を晒してくれて(仮面を外してくれて)。──でも、俺は何か言えるのだろうか。

 気を遣う、安心させる、認める。言葉は色々あって、思い浮かぶが、それを俺が、彼女に言う資格があるのか。

 

 否が応でも、想起する。何より心に刺さった言葉、記憶。

 

 

『──貴方は何も解ってない。たとえ貴方の苦しみが私より酷く、恐ろしくても、私の思いは私の物なのよ』

 

『私の痛みは私にしか解らないし───解られたくない。……そんな、知った風な口を勝手に利かないで』

 

 

 高校の時に不知火(しらぬい)に言われたことを思い出す。いけ好かない奴だったが、言ってる言葉は正論で、俺の心によく刺さった。

 あの時俺は、彼女(不知火)にどうすれば良かったのか。今俺は、彼女にどうすれば(どう接したら)良いのか。

 

 俺のしょうもない頭じゃ何も思いつかないし、そんな中途半端な頭で思ったことを言う権利も無く。ウルフの言葉に、ただ俺は無言で頷くだけだった。

 俺の首肯を受けて、ウルフは恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「君、結構図々しいよね。聞いといて、何も言ってくれないなんて」

「悪いな。『お前の気持ちを完璧に理解してあげてるぜ』って(おもんばか)るのは、嘘なのは(騙すことは)、そんなのは優しさじゃない」

「……綺麗な考え方だと、…思うよ。もちろん万能とは言えないだろうけど、それで救われる人も居るはず。──私みたいに」

 

 花が咲くように微笑む。アバター(外見)や声はウルフと一緒だが、一瞬現実の、本当の彼女(ウルフ)が見えた気がした。

 対して俺は、ウルフの話をしていたのに突然俺が褒められる流れになったこともあり、少々困惑。

 

「あぁ。──っと、人が増えて来たな。もういいんじゃないか?」

「───………い、いや〜、恥ずかしいところをお見せしました()()! でも、これは正真正銘の本音だけど、()()()の問題だから。別に気を遣って貰わなくて結構にゃ!」

 

 照れ隠しをしてしまった。話は終わっていたからまだマシだが……なんか照れた。

 

 ウルフは気にした風も無く──()()()()()()()()()に──そう言い切って、腕を組む。思いっきり上を仰ぎ、堂々たる様相だ。

 自慢げに、誇らしげに。秘めた思いが見えない様に。

 その目の涙が、溢れない様に。

 

 その時、ふと、思いついた。俺が、困っているのなら、困っている人の気持ちが解ってやれないのなら、何が出来るか。

 俺は本来そんな(がら)じゃないが、()()では、()()()()()俺は俺じゃない。二科鏡介は──コウなのだから。

 

「──俺さ、判ったよ。自分のしたいこと。ウルフがウルフな様に、俺も、望む俺になれば良いんだ」

「え……? どういうこと……にゃ?」

 

 涙を手で、それでもさり気ない感じを装って拭いながら、ウルフが聞いてくる。

 

「なぁウルフ、【騎士】があるんなら、【警察】ってジョブはあるか?」

「そもそも、この国に来てまで選ぶのがそれ(警察)じゃあ、王道ファンタジー(アルター王国)が聞いて呆れるにゃ。就くやつなんか居ないにゃ。けど──」

「けど?」

 

 遠回しに、もっとファンタジーしろと言われた気がした。

 だが、俺の気持ち(同じ奴のこと)が解るというのは、本当なのかもしれない。

 会ったのは……まだたった数時間前か。その割に、随分見透かされてるな、と思った。

 未だ俺達の間の机の上に開きっぱなしだったジョブ一覧の一点を指差し、ウルフは笑う……いや、ウルフとして、嗤う。

 

「人の役に立つのは公的な……それこそ、警察や騎士だけじゃにゃい。例えば……そう、【探偵】もあるのにゃ!」

 

 

 ◇

 

 

「お前、こんなに人脈あったのか」

「失礼にゃー。我を誰とこころえておるのにゃ〜。……というか〝世界派〟の<マスター>にティアンの知り合いが居るのも、別に珍しくないにゃ」

 

 善は急げ、と俺達は早速店を出て、ギルドに向かうことにした。予想通りにまた理解不能なほどの路地の道をウルフに着いて行き、案外早く到着。

 と、ギルド内に居た男性がわらわらと集まって来た。完璧に俺のことを邪魔虫扱いしている目だったが、ウルフが俺のことを『クランの新人だ』と説明すると大人しく引き下がった。

 その後もよく<マスター>、主に男性に絡まれ、その中にはティアンの姿も、<マスター>には及ばないながらも一定数は居た。

 だが、話の内容が勧誘やお誘いではなく仕事関連ばかりだったところも、ウルフがいかに優秀な記者なのかを表しているだろう。

 

 なにはともあれ、俺は無事【探偵】のジョブを取った。

 今は、人混みを避けつつ大通りを歩いている。ウルフの片手には肉串だ。

 

「──探偵については自分で調べて自分で育てるよ。もうだいぶ世話になったし」

「いえいえー。別に、ウルフは自分の記者としての仕事をしたまでですからにゃ〜」

 

 実に誇らしげ。そして、やはりそれがウルフに似合っている。

 

「にゃんか、出会ってまだ数時間だにゃ。かなり打ち解けた気がするのに、変だにゃ〜」

「本当にな。俺としても、怖いくらい話せる」

「ところでオニーサン、<エンブリオ>はどんなのにゃ? 探偵業をするにしても、ある程度補助になるような能力なら便利だと思うにゃー。……あ、別に無理に教えて貰わなくてもいいけど」

「<エンブリオ>の能力? まだ分かんないよそんなの」

「にゃ? でも、もう孵化してるでしょ?」

「え?」

 

 ウルフがそう言って俺の左手を、既に何も刺さっていない竹串で指す。その手を見ると、確かに俺の手に付いていた宝石はいつの間にか紋章に変わっていた。

 

「え゙っ嘘、もしかして気づいてなかったの? 孵化した時に通知来たでしょ」

「え……、ああ、いや、見てなかったかも。──てか、驚き過ぎて素が出てるぞ」

「……ま、まぁ、ここまで忘れてて出てこないってことはメイデンやガードナー系統じゃないっぽいことは確かにゃね」

「ここまで忘れててって、いつから孵化してた?」

「にゃ? 少なくともウルフが会った時にはもう孵化してたにゃ。相手のステータス確認云々はもう職業病にゃ」

「おいおい……」

 

 紋章は……眼鏡と火の点いた棒。これは……煙草(たばこ)か? 見た感じ、あまり直接戦闘向きではなさそうだが。

 

「にゃ? 眼鏡と煙草かにゃ? 全く想像つかないのにゃ。てか、出してみた方が手っ取り早いにゃ」

「大丈夫かな」

「<エンブリオ>が初期からヤバイことは基本無いにゃ。数ヶ月前に火のエレメンタル(小さい火の玉)の<エンブリオ>で木造建築が三軒燃えたのは見たけど」

「十分ヤバイじゃねぇか」

「まぁ外だし大丈夫にゃ。ほらほら、出てこい出てこい」

 

 ステータス画面を出す時などと同じく心の中で念じると、紋章が光る。飛び出した光が顔の周りに集まる。

 

「うぉ、(まぶ)(まぶ)い」

「いいから動くにゃ。形が定まってないにゃ」

 

 眩しかったので思わず仰け反ったが、ウルフに肩を固定されたので大人しくしている。

 そして、俺の<エンブリオ>はしばらくすると、その光を眼鏡に変えて俺の顔に収まっていた。

 

「お? おぉ! オニーサン結構眼鏡似合うにゃ!」

「あ、やっぱ眼鏡だよな。自分じゃ見えないから似合ってるかは分かんないけど。───お?」

 

 自分の<エンブリオ>を知覚したことでようやく感覚が仕事をしだしたのか、はたまた身に着ける系の<エンブリオ>はそういう仕様なのか、何もしていないのにスキルの効果と使い方が本能的に解る。

 

「にゃーにゃ、どんな感じにゃ?」

「えーと……《神秘を眺めて(サテライト)》……ッ!?」

 

 サテライト。『人工衛星』の意味を持つが、同時に『見下ろす』という意味も込めた言葉。

 そのスキルを使った瞬間、俺の視界は瞬転、俺とウルフ、そして道、周りを歩く人々を結構な高さから見下ろしていた。

 

 咄嗟に眼鏡を外そうと右手を上げると、視界の中の俺も右手を上げる。

 <エンブリオ>の能力がこれ。パッと思いつく使い方といえば……

 

「……ウルフ」

「なんにゃ? なんかビックリしてるけど、なんかあったかにゃ?」

「俺の後ろに立って、グーチョキパーどれかを出してみてくれ」

「? 別にいいけど、それ後ろにも目がつくって<エンブリオ>だったら気持ち悪いからお断りにゃ」

「そんなんじゃない。いいから、なんか出して」

「んとじゃー──はい」

「…………」

 

 若干そんな気はしていたが、ウルフは両手でハートを作っている。体は傾けられていて、手以外もポーズしている。恐らくだが、バッチリとウインクも決めているだろう。

 

「さ、ウルフはグーチョキパーどれを出しているでしょーか、にゃ()

 

 答えがだだ漏れだ。

 

「そんなことだろうと思ったよ……。ハートだろ。ご丁寧に全身でポーズ決めやがって」

「んじゃーこれは?」

 

 ウルフが俺(の体に)に背を向け、俺と反対の方向へピースする。これなら、例えば本当に俺の後ろに目がついていた場合、見ることはできないだろう。

 だが、そんな気持ち悪い<エンブリオ>ではない。

 

「後ろに向けてピースだな。性格悪いぞ」

「にゃふー。バレたー?」

 

 ある程度判ったので解除すると、唐突に視界が元に戻り、またもビックリして少しよろめく。

 そして、ステータス画面を開くと<エンブリオ>の能力を見れるそうなので、早速見ることにした。

 

 




だいたい毎話3500〜4500で収めようとしているのですが、今回はやたら長く、次回はやたら短くなります。その代わり明日、投稿プラスちょっとしたおまけ。
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