□<境界山脈>
「──おっ……と。怖い怖い」
足元の岩が崩れ落ち、咄嗟に壁にしがみつく。落ちた岩の落下音は──聞こえない。
──そんなことをするメリットも、できる勇気も無いのだけど。
代わりに、強がって怖い怖いとだけ軽い感じで呟いてみるが、その音は激しい吹雪にかき消され、すぐ目の前の仲間の耳にすら届かない。
気温はとうの昔にマイナスを超し、激しく吹雪く視界は、霧や砂塵よりも厄介。
切り立った山道は、いや、山道なんて優しいモノは無く、正直、崖を歩くという意味不明な登山方法だ。
──<境界山脈>。アルター王国とドライフ皇国の国境にそびえ立つ、天竜たちが支配する絶死領域。
厳しい環境、凶暴かつ強大な天竜種。そして、彼らを率いる【天竜王】。
生半可なパーティでは……いや訂正しよう。超級職が数人程度、そんなものでは集まってもものの数に入らない攻略難度だ。もちろん、ほぼ全ての<マスター>が攻略対象だなんて思っちゃいないが。
ようやく、何度と続いている崖がまた一つ終わり、吹雪を
耐寒性能極振りのコートを脱ぎ捨て、アイテムで焚き火を設置する。
溜め込んでいた疲れを一気に吐き出し、このクランのオーナーである黒髪の女性──マルニは、対面に座っている私に話しかける。
「いやー……ほんと助かったよ。攻略もなにも、私達だけなら登ることすら出来なかったんだからさ。ありがとう、
それを受け、私──アーチは、軽く伸びをして、コートを脱ぎながら応える。焚き火の火よりなお赤く長い髪が大きく
「いえ……私は、強い竜が居る山に行くって
私を説明するなら──そう、赤かった。長い髪に瞳、そしてその装備品の数々。強いて言うなら、腰の裏に付けた青い二振りの剣と、左腕の装備は赤くない。──まぁ、染色方法も確立された今となっては、ちぐはぐな色の装備の方が珍しいのだが。それに、
ちぐはぐな装備と言えば、どこぞの国の決闘ランキングトップに、当たり前のように特典武具を
──とはいえ、私も2つ持っているんだけどね、特典武具。
私の横に座った友人──ゲームの中の、だけど──であるローレスが、今更ながらに呆れつつ零す。
「……ったくアーチさ、何回も言ってるけど、絶対に【天竜王】に喧嘩売らないでよね。そんなことしたら縁切るから」
「もちろんそれくらい分かって──あれ?」
「どした?」
「ひぃ、ふぅ、みぃ…………さっきまで6人だったよね。──
「「「「え!?」」」」
驚いた彼女らは狭い洞穴の中で立ち上がり、先程まで確かに一緒に居た仲間を探す。探すが、どこにも見当たらない。
<境界山脈>には強大なモンスターがうようよ居るが、
「
「まぁ仕方ないよね。あの吹雪じゃ悲鳴も落下の音も聞こえないし、キラ最後尾だったし……それに、アーチも1回落ちかけた崖だし」
「えっ、そーなの? アーチが?」
「そーそー。ちなみに、危ない瞬間は5回じゃきかなかったね」
「ははは……」
アルミンがうはははと笑う。見透かされていた私は苦い顔だ。……だって仕方ないでしょ。慣れない環境と緊張感どころか、こちとらリアルですら超の付く運動音痴。その体幹も恐ろしいものだし。死なないだけ僥倖ってことだよ。
落ちた少女はキラという、引っ込み思案な性格の子だった。恐らくは私と同い年か、もっと下。
皆、私も含めて死んでしまうのは織り込み済み、とでも言うように仲間の死を受け入れている。
別に悲しんでいない訳ではない。ないのだが、すぐ死んでしまうような環境と、何より──
「あーあ。
「言うなアルミン。それはフラグというやつだぞ」
「まーまー分かってるって〜。全く、フラグとか気にせず場を盛り上げなきゃ、この緊張感じゃやってられないよ〜? ポーラーはお堅いんだから〜」
それよりも相変わらず、いつ見てもアルミンとポーラーの仲は悪い。能天気なアルミンと堅物のポーラー、確かに相容れない性格だろうな。
リーダーのマルニは「2人は君とローレスと引けを取らない仲良しだ」って言うけど、それってほぼ親目線ではなかろうか。
「──にしてもさー……。運悪いよねー。あたし達さ? いったい前世でどんな悪いことしたら『クエスト難易度:十』なんてクエスト受けさせられんのよ」
「ホントそれー。えーなになに? 【万病を癒やすと言われる【
──【お遣い──天竜王の涙 難易度:十】
正直言って、馬鹿な内容だ。
まず前提から
事の発端は──今はさておき、こんな下級<エンブリオ>も交ざったパーティで何をどうしろと。
「全くさー。あのオッサンも、私達が<マスター>で
「ま、まぁアルミン……。それに、ジョール君は友達でしょ?」
「そうだけど……。所詮はティアン──NPCじゃない」
依頼主への愚痴が止まらない。それもしょうがなくはあるのだが、こんな無茶でも挑戦はする。彼女達にとって、それくらいには仲の良い子供だっ
いや、まだ死んではないけれど。
「けど心底、ローレスが居て良かったと思うわ」
「自分のことだけど、そればかりは賛成。私も、こんなショボい<エンブリオ>で良かったって今は思えるよ」
ローレスの<エンブリオ>は声帯置換型。声と想いを、普通なら届かない遠くへ届けることができる。他にも色々出来るのだが、かの【天竜王】にたかが人間風情が会いに行くには必須の能力だ。そして、メインジョブである
──もちろん、【天竜王】にも。
◇
数日前、私が皆と合流した時、既に対話という名のお願いは始まっていた。
貸し切られた部屋の中心にローレスが目を瞑って立ち、その周りの椅子やベッドに他のクランメンバー約十数名が見守っていた。
緊迫感がすごかったが、対話の内容はこうだったらしい。
「あの……と、突然のお伺い、申し訳ありません」
「え? 交信の方法……ですか? えっと、これは私の<エンブリオ>で……あぁじゃなくて──」
「──あ、はい、そうです! ──はい。ほ、本日は、貴方様にお願いがあってお伺いさせて頂きました」
「──そうでございます。私達にとっても、みすみす喪う訳には……。……ですので、是非ともお力を……」
「──えっ! 本当で! ……本当でございますか!? それは嬉しい限りです!」
「──? じょ、条……件。で、ございますか?」
「…はい、…はい。あぁ、でしたら大丈夫です。こちらからお願いしている以上、それくらいの条件など無いに等しいですので」
「──はい。明後日から登山を始めるのですが、何分山の高さが高さですので……。あっ! それでしたら! はい、ありがたき幸せにございます!」
こういう訳だった。
というのも、奴さんの条件は私達に3つ、そして、交信したローレスに幾つかあるらしい。だが、ローレスへの条件は他の人に話さないよう要求されているらしい。
とはいえ、私達にも条件が課されたことに変わりない。
①『
②『最大でも、
③『
──の3つだ。①は、悪戯か試練かは知らないが、『何匹かは天竜種がそちらへ向かう』と遠回しに言っているようなものだ。
②と③に関しても、結局まだ信頼はされていないのだろう。当たり前だが。
ちなみに、ローレス曰く入学面接より気を遣ったらしい。【地竜王】の件もある為、無礼をはたらいた際の報復は──「入学面接なんてゴミに見えるだろうな」とはマルニ。
◇
「何度も言うけどさ? 天竜種なんてチートじゃないチート。あれだって、というかそもそも入山の時点からアーチが居なくちゃ即全滅だったわよ」
「オーナー、それホントに何度も言ってるよね……。まぁ私もそうだとは思うけど」
マルニとローレスが同時にため息を吐く。だが、それは買い被りなのだ。
「いやいや、あれは私と相手方の相性が良かっただけだし」
そう自己弁護しておくと、何故か白い目で見られる。
「……まぁそう言うとは思ってたけどさ? 過度な謙遜は失礼にあたるわよ、アーチ」
「そうだよー。だって襲って来たヤツ、刺客も何も<UBM>じゃん! しかも
「そ、そんなこと言われても……ど、どうだ! すごいだろ!」
「「それはそれで腹立つ」」
「なんで!!」
緊張感も大分和らぎ、私達がきゃいきゃいと騒いでいると、虚空からポーラーが
「……あ、ポーラーが
「次、アーチがログアウトする番だよ」
「ふー。じゃ、夜ご飯食べたらすぐ戻るからー」
「「「「どうぞー」」」」
そういえば、お兄ちゃんはどうしているだろう。無事ログイン出来ただろうか。PKに絡まれたりしていないだろうか。
ログアウト中のおぼろげな意識の中で思う。自分から誘った以上、楽しめるように
「──ま、それならそれでPK如き、パパっと捻っちゃうんだけどねー」
──そして匂わせただけ。
挿絵は新キャラ、アーチでした。ただし、純粋な新キャラじゃないことは伝わっているはず……!
……ま、何気に初、おまけのコーナー。
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ローレス
メインジョブ:【従魔士】(下級職)
合計レベル126
<エンブリオ>:【万能声器 セイレーン】
TYPE:テリトリー(到達形態Ⅲ)
《蠱惑の歌声》
パッシブスキル。
自身の声を聞いた相手は、その声から意識を逸らせなくなる。どんなに何かに集中していても、何故か意識を割いてしまうようになる。
《心侵の魔声》
アクティブスキル。
このスキルを使って発した声は、本来届かない距離まで声を届けることができ、また、周りの雑音、遮蔽物を気にせず鮮明に聞こえる。方向を絞ることで範囲拡大可。最大、人間1人分の幅の直線で500キロ。
《特別な誘声》
対象の名前、種族、大まかな位置(誤差1キロ)を知っていることで、どんなに遠くの場所にも声を届けることができる。発動時間と距離に比例して莫大なSPを消費する。
特に理由は無く、ストーリー上作ったメタエンブリオです。
ローレスは歌手志望のケモノ大好きっ子。ふわふわが特に好き。ちなみに、このエンブリオがストーカーに渡れば、耳を塞いでも聞こえる上に無視できない声が永遠に相手を苦しめます。やばいですね!