ハリーポッターと今際の異邦人   作:そうしよう

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未来を知ってるタイプの主人公出るのでそれが大丈夫な人だけ進んでください。


〝はじまりの約束〟
第1話 おわりとはじまり


 カランコロン、と。店の扉が客の訪れを知らせた時、私の体はぐるりと回った。

 

 

 ◇

 

 

 代わり映えのない日常は、ある一定のリズムを持っている。それをバックミュージックのように聞き流すのが人生だ。……と、言う人もいる。知らないが。

 私に関していえば、少なくとも、英語の授業においてこれが当たるようだ。

 

 英語は苦手だ。

 その上、将来になにかしら役立てようと思うアテがない。故に学ぼうという気概が一切沸いてこない。英語を日常的に使うグローバルな会社に勤めるつもりは毛頭なく、かといってこれと言った将来なりたいと思う夢もない。とにかくそこには "英語が嫌い" という純然たる事実のみが存在していた。

 

 けれども今この世の時勢でよい仕事に就職しようと願うなら、一般教養として絶対に英語を履修しなければいけないと私は理解している。

 どんなに他の教科を頑張ったところで、国語数学と並んで重要科目とされる英語が出来なければよい高校、よい大学に進学することは出来ないのだ。

 世知辛い世の中である。

 

 外国に旅行に行きたいという願望もあいにく持ちあわせていないし、なにより国外は怖い。水道などの整備がしっかりしてるか分からない。食事が口に合うか分からない。どんな犯罪に巻き込まれるかも分からない。銃火器が合法になる国とか考えるだけ最悪だ。

 それに、日本食が食べられなくなるなんて考えたくもない。

 

 綺麗な風景、美味しい食事、清潔な生活。幸福に当てはまる条件、それら全ては国内で解決されてしまうのだ。

 

 けれども私は内申とテストの得点を上げるため、この勉学に励まなくてはいけない。

 

 お経でも聞いているように私の耳の右から左へと見事に流れ出ていく英語知識は私を睡眠へと誘う。

 

 時々途切れる意識の中、ひたすら黒板を見つめてノートに書き写す。

 

 中学校三年生の春。高校受験までの一年をすでに切っていた。

 

 このままではいけないと思いつつ、楽をしたいとも思う。人間の性か、離反した二つの意識は一つの結論を導き出した。

 

 

 

 夏になったら本気出す。これが真理。

 

 

 抗えない睡魔に襲われ眠りの世界に沈む。

 

 このままの成績で高校に行ければいいのに、勉強とはままならないものだ。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ふわふわ、と。ずっと空を漂っているような気分で目的地へと進む。ただあちらに行けばいいという直感のみで動いていたけれど、どうやらそれは正解だったらしい。長いことこうして過ごしていたが、やっと終わりが見えた。

 ああ嬉しいと思いながら進むそんな霞の視界の中、なにか間近で恐ろしいものが見えた、ような気がした。目指すその向こうにある何か。それをよく見ようと目を凝らして……

 

 

「……op! st……」

 

 

 

 微睡みの中。遠くで悲鳴が聞こえる。何かが潰れ、焼かれるような、吐き気を催すような臭いが軽く鼻腔をついた。

 

 甲高い声は命乞いをしているようにも聞こえる。

 

 だんだんと、だんだんとそれらは近付いてくる。違う、私が近づいているのだ。私の意志とは無関係に、それに近づかざるを得ない現状に舌打ちする。安眠とは程遠いその光景に思わず眉がよった。ひどいグロ画像を無理やり見せられているような不快感。ゴール目前で邪魔されたような、そんな気持ち。

 いい気分でいたのに、それは邪魔するのは、何? 

 

 

 

 

「──ぁがッ?!」

 

 

 突如、形容し難い熱が、痛みが上半身を焼き焦がした。頭ががんがんと熱したフライパンで叩きつけられたように痛み、強制的に浮上させられた意識に混乱しながら声にならない叫びをあげる。意図せずキツく閉じた瞳からぼろぼろと涙が溢れるのを感じた。

 

 なに? 一体なにが? 

 

 懸命に見開いた目で痛みの原因を探す。涙のせいか視界がぼやけて良く見えず、光が涙に反射して皮肉げにキラキラと輝いている。混乱と混乱がぐるぐると周り、正常な思考は出来なかった。

 

 だというのに、その原因はすぐに見つかった。正しく言うならば、それは目の前にいて視界に入らずには居られなかったのだ。

 

 酷く錯乱した様子の、殺意と恐怖が入り混じったような目をした男が黒く艶のある杖を握り私に向け、呪文を呟く。

 その瞬間痛みが、見えない鎖が体を縛る。縛るでは生ぬるい。刺のついたもので締め上げられているような奇妙な、そして酷く残酷な感覚が激痛を招く。

 頭が痛かったのも薄れるほどの全身の痛みが体を仰け反らせる。

 

 逃げ場所を必死になって探した。ただ、その杖の向いていない方向へと逃れたかった。

 

「あがっ、あうっ、ぃぁ」

 

 しかし体が思うように動かない。口も思うように回らない。けれども諦めきれない。頭を左右に大きく振って男の目と杖の先が届かない場所を探す。私が体を動かしたことが癪だったのか、刺の鎖は更にぎちぎちと締めあげる。

 

 痛みで思考回路が正常に機能しない中、少しだけ残った冷静な部分が現実を模索する。しかし、脳髄からほとばしる焼き付くような痛みが混乱に拍車を掛け、空回りするばかりだ。

 

『なぜ』と『痛み』だけが頭の中を占めていた。

 

 なぜ、痛い、なぜ、熱い、なぜ、苦しい、なぜ、嫌だ、なぜ、死ぬのは、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ? 

 

 

 

 ㅤ 、死ぬのは嫌だ

 

「いッ、──ァァァァ!」

 

 

 

 舌がもつれ、自らが発した言葉の意味さえ理解できない。思うようにならない意識でひたすら痛みから逃れようと体をよじる。ただ何も考えず、痛みから逃れるために体をよじり続け、そしてまた刺の鎖はきつく締まっていく。

 頭が痛い、首が痛い、腕が痛い、足が痛い、お腹が痛い。

 痛みと混乱と恐怖が入り交じる。

 

 

 久方ぶりの感覚に、これはあんまりではないか。

 

 

 ……逃げたいと思った。この痛みを許容することは到底できない。痛みを、消さなくては。

 ああ怖い。どうすればいい。痛い、痛い、痛い痛い痛い! もういやだ。逃げたい。防ぎたい。いなくなって欲しい。

 

 

 私は知っていた。痛みを取り除く方法を知っていた。経験ではなく知識として、何度も何度も繰り返して、何度も何度も見てきたその方法を知っていた。

 

 私を死に至らしめるその存在を遮断すればいい。その存在から自信を守ればいい。

 遮断する力を、跳ね返す方法を、私は知っている。けれど私は、次に襲ってくる呪いは知らなかった。

 

 だから私は護った。

 ただ私自身を生かすために、私を護ったのだ。

 

 

 

 黒い杖の先から緑の光が出ようとするのを見た時、ぎゅっと目を瞑った。

 その瞬間不思議な暖かい感覚に包まれた。すっと痛みが消える。おそるおそると目を開ける。まず初めに目に入ったのは、半透明に輝く銀色のヴェール。私を護る銀の膜。 緑色はもう見えない。

 ああ助かった成功した、思った通りだ……とほっとしてそのヴェールの向こう側に倒れる影を見た時、心の底から形容のない憂鬱と後悔の混じったそれが湧き出した。

 

 

 ──あ、

 

 

 先程まで私に殺意と恐怖の視線を向けて殺そうとしてきたその男が、まるで糸の切られたマリオネットのように仰向けに倒れている。外傷は見当たらず、けれども生気を感じさせない開かれた瞳孔。口はだらしなく弧を描いていて、そこに呼吸の開閉は認められない。

 そしてなによりも、私自身の胸が引き裂かれるような痛みが、その黒い男が死んでいることを指し示していた。

 

 銀色のヴェールが消えた。

 

 暖かいそれが消えたと同時に聞こえたのは、若い女性の、消え入るような泣き声と小さな悲鳴だ。

 

 

 疲れきっていた私は、その倒れた男に倣うようにことりと眠りに落ちていく。

 

 

 ─ああ本当に、眠い。

 

 

 ▽

 

 

 

 

 赤ん坊はふっと上昇する意識のままに目を覚ます。誰かに抱き抱えられている心地がした。布越しの感覚ですら分かる痩せぎすな細腕の中にすっぽりと収まる自身にぎょっとして目を見開くと、疲れきった顔でその小さな体躯を抱きしめる女性と目が合う。

 

 固まる。

 

 女性の目は、その枯れ木のような姿とは対照的にギラギラと輝いていた。

 

 赤ん坊が目を覚ましたことに気がついた彼女……というより目を覚ますのを今か今かと待ち望んでいたその女性は、大袈裟過ぎるほどに赤ん坊の目覚めを喜んでその顔に喜色を滲ませる。その様子は明らかに常軌を逸していて、微笑ましいというよりはそら恐ろしさを感じさせた。

 

 赤ん坊は思った。

 

 まって。ねぇまって。

 だれ!?!? どこ!?!? 

 

 自身を放り出して今にも踊り出しそうな危なっかしさに手近にあったその枝のような腕にしがみつくと、今度は小さな体を潰さんとばかりに抱きしめられる。……勢いだけは強かったものの、元々の筋力がそれほどないのか、さほど苦しくはない。

 

 この時になってようやく、赤ん坊は自身の置かれた実に奇妙な状況に疑問を見出した。

 

 ……果たしてここは何処なのだろうという滅多にないが素朴な疑問と、一体なぜ私は赤ん坊になっているのだろうという非常識で不可思議極まりない疑問。

 

 

 ……いや、いやいや落ち着け。落ち着け私。落ち着いて素数でも数えるんだ2 3 5 7 11 13 17 19……

 

 多少冷えた頭で大真面目に考察する。私はさっきまで英語の授業を受けていた。そして当然のように居眠りを始め……ミミズがのたくったような字で板書をノートに写していたことは覚えている。そして? そして、なに? 眠って起きてみたら、謎の赤ん坊になって謎の女性に抱き抱えられていたと? 

 

 

 はて。

 

 

 赤ん坊となってしまった少女はどうにかして現状を打破しなくてはいけないとは思う。けれども相変わらず自身を抱きしめ続ける女性を頼りにするのはなんとなく嫌だった。ロクなことにならないと第六感が告げている。

 自分でどうにかしなくては。

 少女は女性の肩口からひょっこりと顔を出して部屋を見回す。モダンとは言えない古い雰囲気が、明らかな外国の情緒を持っていてついつい気遅れしてしまうが、ともかく情報が欲しい一心で目星いものを探す。

 

 右手には大きめのドレッサーがあり、そこには新聞が置いてあった。少し距離が離れているので当然読めそうになく、早々に目を離す。

 代わりに左の方に目を遣る。

 

「あ」

 

 ……ソファに寝かされた男性が毛布をかけられた状態で寝息も立てずに横たわっているのが見えて、息が詰まった。そして唐突に、目覚める前の出来事が稲妻のように思い出された。

 

 

 痛い。鮮烈な痛み。その元凶たる男は明らかに事切れていて、けれどもその姿は寝ているそれにかなり近い。

 少女が男を見ていることに気がついた女性は微笑むような音を喉で鳴らす。そしてどこからともなく取り出した杖を……杖? 杖というか、謎の木の棒? をふわりと振る。

 信じられないことに、男にかかっていた毛布が少し浮いて、まるで寝相が悪くて毛布を蹴飛ばしてしまう子供にかけ直すように男の顔の方に毛布が寄せられた。

 

 ……それが全く意味の無い行動であるにも関わらず、それはそれは嬉しそうに、女性の異様な光を放つ目が弧を描く。

 それは、木の棒によって引き起こされた奇跡よりもずっと少女の気を引いた。当然、ドン引きという意味で。

 

 ……あの寝ているような男は、ほぼ間違いなく死体だろう。昨日の人形のように四肢を投げ出した男の姿を思い出して、そう結論付ける。

 目の前に死体があると言うのに少女は冷静だった。まだ現実感がないからだろうか。それとも、少女よりも取り乱し、狂った人間がこの場にいるからだろうか。

 

 少女を抱きしめるこの女性は、男をまるで生きているかのように丁重に扱う。それはとても、とても恐ろしく感じられた。きっとこの女性は正気を保っていない。

 

 

 恐ろしさからその遺骸を視界に入らせないようまた顔を右に向かせる。自然とドレッサーの方を凝視する形になり、ドレッサーに目を楽しませるほどの要素がなければ矛先は新聞紙へと向く。

 じっと目を凝らせば、大見出しの写真のちょっと頭髪が残念なことになっている男性が、くしゃりとしかめっ面を動かしてにやけた気持ちの悪い笑いを浮かべた。

 また別の写真では、変なローブを身にまとった奇妙な集団が一斉に万歳をして、梟を飛ばしているという謎の儀式が行われている。

 

 少女は思わずまじまじとそれを見つめる。

 ……写真が、動いている? 

 

 電光石火のごとく出版社の名前を探すものの、英語で書かれている上文字が小さくて読むことができない。そんな中、一際目立つ位置に、一際目立つ大きさとフォントで見出しを飾る『HARRY POTTER』という文字が目に入った。

 

 少女はその名前を知っている。

 

 

 

 

 ……ハリーポッター……

 

 

 

 え!? ハリーポッター!? 

 

 

 

 

 

 

 

 

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