本作でも全力でジュリアの魅力をお伝えできれば、と。
どうか、皆様の貴重なお時間をほんの少しでも分けていただけるのなら光栄です。
撫音
「今日は暖かいって言ってたのに。春は嘘つきだよな」
彼女の髪は夕焼けの中に溶け込む。
あざやかな
「そう思わないか?」
手摺りに背を預けた彼女。風に髪があおられ、それを左手で押さえている。彼女は左利きだった。
「歌っていれば、すぐにあったかくなるか」
日が長くなってきたな。とぼんやりと思う。少し前までは、この時間になれば辺りはすっかり闇色に染められていたはずなのに。
「早く夜にならないかなあ」
彼女は笑う。
「性に合わないから」とずっと短いままでいた髪を、彼女が伸ばし始めたのはいつからだろう。
「――お前ほど嘘つきな奴には、一生お目に掛かれないと思うよ」
「それじゃあ、同罪だな。あんたも大概さ」
「だけど俺は同時に、お前ほどまっすぐな奴にも出会ったことがなかった」
「……ああ。あたしもだ」
彼女はまぶしそうに目を細めて、僕をみつめる。
僕はそんな彼女の瞳が好きだった。
生真面目で、挑戦的で、ちょっと子供っぽい、あの日と変わらぬ、強い光を宿した瞳。
――誰かを想ってこそ発揮される力って……あると思うんだ。
いつしか彼女が言った言葉が、すぐ耳元で蘇る。
「夢を語ろう、夢を実現するために」
これはそんな、歌と星と、夢を愛する、一人の少女が紡いだ心の物語――――。
――――――――
――――
不思議なことというのは連鎖する。
あるいは運命というものが存在する。
「……一年か」
今日は福岡に生まれ、福岡に没した祖父の一周忌である。
四十九日、初盆、年末。初めは苦痛でしかなかった祖父の墓参り。少しは慣れてきたけれど、穏やかな気持ちになれるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
各々の花立には色とりどりの共演があり、故人を偲ぶ尊い想いが伝わってくる。が、祖父の墓石の前でもそれを覚えるのは想定外だった。
「……これ、薔薇だよな」
既に献花がされていたのだ。
形が崩れないよう、優しく指でつつく。それは文字通り棘がある綺麗な花だった。
そう珍しい花でもない。四季咲きと呼ばれるほどに、年中見かけることのできる品種だ。確かに献花に薔薇とは滅多に聞かないが、それ以上に気になったことがある。晶也の目を引いた所以は色にあった。
その薔薇は、杏子のような薄い橙をしていたのだから。
「見慣れない色だな……」
口にするとふと、とある光景が脳裏に蘇る。やけに鮮明に思い出される記憶。
――やあねえ。なんなの、あの髪は。
――最近の若いもんはマナーがなっとらん。
その日、
参列した親戚の、無数の棘がある言葉の数々。指は差さずともひそひそ話している気配伝わってきたのを今でも憶えている。確実にその子にも伝染していたと思う。正直、晶也は気を揉んだ。
後方に席を宛がわれた彼女はすなわち一般会葬者だった。そもそも、親類縁者以外の若者は彼女だけだ。相当肩身が狭かったに違いない。
まだ僧侶がいない開式前のこと。彼女とは少しだけ話をした。
静かにこちらを見ていた澄んだ瞳に敵意はなかった。
生前の祖父に恩がある。彼女は言った。縮こまっていたわりに、やけにはきはきと喋る女の子だと思った。が、晶也の記憶はそこまでだ。それ以外は何も話さなかった気もする。
「……何て名前だったっけな、あの子」
呟いて線香の束に火を点ける。くゆる煙に追悼の念を乗せる。
幼い頃から祖父が大好きだった。弛みを帯びた目元。嗄れていても力の籠った声。いつもいつも撫でてくれた筋くれ張った細長い指が、温かな手のひらが、今でも容易に甦る。思い出すたびに――今でも、胸が締め付けられる。
あの日から、晶也の時間は止まっている。世界は彩りを失っている。
墓石から垂れた水が、砂利を黒く染める。その様子を眺めながら晶也は、いつかあの朱色も真っ黒に染まってしまうのだろうか。そんなことを考えていた。
☆☆ ☆☆
運命というのは、このことを云うのだろう。と、晶也が
ジャ――――――――ン
駅前通りが近づくほどに歩行者の影は密になっていく。墓参りを終え、天神駅に向かう晶也が差し掛かる警固公園。その場所で鼓膜を震わせたのは、空気を二つに切り裂くようなエレキギターの音。
メリハリのある音に、ふと、晶也は脚を止めてしまった。
今年の梅雨明けは早かった。夏の気配が近づく群青の空。ちらほら浮かんだ星影を仰いで――路上ライブか。口の中で呟いてみる。
再び晶也の耳に突き刺さったのは、歌声。若い女性のものだった。
でも、ただの歌声じゃない。
絶えず空気を振動させるダイナミックなエレキギターの音に、引けを取らない力強さがある。
背中が急に冷たくなり、全身に鳥肌が広がってゆくのを感じていた。動悸が早まり、膝の内側が熱く、走りたがる。
きっと後からいくら考えたところで、やはり運命だとしか言いようが無い。
そうじゃないなら、
「――あの子だ」
そんな声が洩れ出たのは、我知らず動いた身体が、瞳が彼女の姿をとらえた時。遠目からだけど見間違えるはずがなかった。
なんせ、
でも、そんな色のせいじゃない。
彼女にはそんな外見以外の、他の誰にも似ていないユニークさが存在していた。
自信が溢れている、とでも言えばいいのだろうか。彼女の歌い方からはものすごいメッセージ性を感じたのだ。強い理想と信念を内在するかのように、鋭く攻撃的な歌い方。
胸に込み上げるものがあった。気のせいで済ませられないほどの魂の高鳴りを覚えていた。
「ありがとう――――」
ぎゅいいん。
ワイルドなユニゾンチョーキングで締めくくった彼女。あっという間に二曲目も終わってしまう。
深いお辞儀にワンテンポ遅れて、拍手の渦が彼女を包んだ。晶也が来た時の倍以上のギャラリーが半円状に彼女を囲っている。それをぐるりと見回して彼女は、にっと笑った。
「今日はここまでだ! サンキューな!」
額に滲んだ汗が両頬に流れ、そこから覗く輝かしい笑顔。それは歌っていた時に見せた緊張感などは微塵も感じさせない、子供っぽい無邪気なものだった。
きっと、それだけでも十分に周囲の人を惹きつけることができるのだろう。しかし何よりも、感情豊かで人情味を感じる彼女の声が、晶也にはうんと馴染んだ。
その時思ったことがある。
こんな烈しい瞳をした人に、俺は今まで出会ったことがない――と。
園内が見る間に日常を取り戻す中、しばらく晶也は動けなかった。興奮を通り越して感動さえしていた気がする。……すげえな。
しばらく立ち竦んでいると、ギターと機材とを片付ける彼女の側に近づく人がちらほら目に映った。見初めたか元々のファンなのかは分からない。
しかし彼女はその一人一人に丁寧に頭を下げると固く握手をしながら、照れ笑いを浮かべていた。やはり人懐こそうな表情だ。
さらに数分が経って、最後の一組と思しき二人との会話が終わった。行くなら今だ――と躊躇っていたら、スーツ姿の男性が彼女へと歩み寄っていた。
「……おっと」
若い男だ。黒縁の、ちゃんと度の入っていそうな眼鏡に、短髪。きちんとネクタイを締めたまっすぐな姿勢。誠実そうな印象がする。
しかし晶也は訝しんでいた。彼もまた、晶也同様並ばずに最後の一人になるのを待っていたからである。
彼女に
二人の横顔をしばし眺めていると、身振り手振り、彼女が興奮していることが伺えるようになった。どうやら悪い話ではなさそうだ。今にも男と手を取り合わんばかりの笑顔が咲いている。
やっぱり知り合い?
晶也は自販機の側のベンチに向かい、そこで彼女と男性が話し終わるのを待った。
やがて男性は「それじゃあまた」と言わんばかりに右手を上げて去っていく。終始会話の内容は聞こえなかったものの、晶也は高らかに立ち上った喝采と拍手を思い出していた。
ひとときの道草に満たされた気分になっていると、
「さて……。最後はあんたの番だ、待たせたな」
一年前と同じ、綺麗な瞳が晶也を映していた。
歌った余韻を引きずっているのか、彼女の声は弾んでいるように感じる。
「……気付いてたのか」
と、心密かに動揺しつつ返事をした。決して少なくない衆目の中、晶也の姿を捕捉していたらしい。しばらくの間、熱い視線を送っていたことを思い出すと恥ずかしくなる。
「ああ」と、少し鼻にかかった、これもまたあの時と変わらぬはきはきとした声。
「ちょうど、会いたいと思ってたからな」
彼女はぺろりと舌を出す。自分もちょっとそんなことを考えていただけに、思わず瞬きを止めてしまった。
だけど、やはり彼女も憶えているのだ。だから「久しぶりだな」と、安堵を含んだ声が出た。
大袈裟に肩を竦めてみせたら、彼女はよかった、とはにかむ。
「すぐ答えないから、焦ったよ」
「髪型変えてたから、最初驚いた」
「ん? ああ、ホントはこっちが基本なんだ」
「そうなのか」と短く返事をする。すると葬儀の日は彼女なりに気を遣っていたのだろう。
というのも彼女の髪型はかつて見たものと異なっていたのだ。今日の彼女は左目側の髪の毛を全てかき上げている。施されたメイクと、左頬に貼られた青い星型のタトゥーシールとも相まって、喩えずともロックミュージシャンそのものな風貌だ。
以前の、外ハネをミックスしたショートボブの時は同い年程度の印象だったのに、こうして見る彼女は自分よりも一回り年上に思える。目元を縁取るアイラインの影響が強い。もっとも彼女の本来の年齢を知らないのであくまで推測であるが。
それにしても一年前に、ほんの一言二言交わしただけなのに。
「よく憶えてたね、俺のこと」
「忘れないよ、あんたのことは」
またしても涼しい笑顔で返された。「それにあんたもあたしのこと、憶えてるじゃないか」
今思えば、あの日晶也はこの少女に不思議な縁を感じていた。自分と彼女との間には何かがあるという根拠のない予感。近しい感じがするのはなぜだろう。声を掛けようと思ったのは、そのせいかもしれない。
――あんたのおじいちゃんに、恩があるんだ。
そして今日。その予感は確信へと姿を変えた。
祖父に所縁のある人物といえば、主に二通りしかいない。長く福岡で暮らしている昔ながらの友人か、音楽を介して出会った者か。
やっぱりな。
例に漏れることなく、この少女は後者だった。
その真朱の髪を揺らして駅前の広場で歌う姿は、彼女が完全に
祖父は音楽が好きだった。楽器をやっている人だったが、特に誰かの音に触れることが好きな人だった。そんな祖父の影響を存分に受けていた晶也も、当然にその世界に魅了されていた。
ギターを弾いていたのだ。だけど、
――そのことはバレないようにしないとな。
なぜなら、
「ホント! じゃあ今度聴かせてよ」
そう言うに決まっているからだ。この少女はそんな顔をしている。
それの何がまずいかって――それが過去のことだから。
祖父が亡くなって、晶也はギターを止めた。
沈黙が気に掛かったか、彼女は探るようにこちらを見た。晶也の顔は強張ったが、用意していた言い訳がある。
「……憶えてるけど、ごめん。名前まで思い出せなくって」
「たぶん、あたしは名乗ってなかった気がするな」
でも、あんたの名前は憶えてる。彼女はまた笑み崩れた。
その声は色づいて、鮮やかになる。
「あたしはジュリア。未来のトップアーティストさ。覚えておいて損はないぜ」
ジュリア。
ジュリアか。
志吹晶也にとってジュリアは運命の少女だった。
文字通り、彼女は晶也の今後を左右する存在になる。決して無視をすることのできないような、大きな影響を与える存在になる。それは大切なものを失った虚しさを埋めてもらえる関係なのだろうか。
今はまだ分からない。
しかし、いずれにしても、晶也は向き合わねばならなくなる。
音楽か、はたまた――――。
初めまして。撫音(なおん)と申します。
もしかしたらいつか私の作品に触れてくださった方がいらっしゃるかもしれませんね、お久しぶりです。
第一話をお読み下さりましてありがとうございます。なにやら大仰なタイトルとなります本作は、ジュリアをデビュー時からなぞる、解釈要素の強めな作品になります。
ここまで5,000文字余りお付き合いくださった皆様にはお分かりかと思いますが、正直至らない点が多々ございます。
またジュリアの心に寄り添い深めた物語としては、ラジラルクさんの『流星群の降り注ぐ夜に』の足元にも及びませんし、『アイル』を取り扱った作品としては、パンドさんの『誰が為のツバサ』におけるライブシーン描写の迫力、及び臨場感を味わった手前、頭が上がらないところです。
その他ミリオンライブに依る作品を手掛けております方々からも、日々刺激を受けております。ありがとうございます。
と、様々な不安がありまして。
本日更新いたしますのが、ジュリアが楽曲『流星群』を完成させるまでのシーンです。
正直、序盤はやたらと設定描写になりますので、一番書きたかったところ、という意味で七話目までを投稿いたします。※済
『星影が降る(2)』『冀求する者(1)』だけでもお読みいただけたら本当に嬉しいです。
物語の構成といたしましては、前作同様、主人公(晶也)とジュリアの視点が交互になった進行となります。具体的には奇数話が晶也で偶数話がジュリアです。
ジュリアを掘り下げるというテーマ上、どうしても晶也の理解力が高いと言いますか、やたらと考察のシーンが多くなるかもしれません。
それでも物語性を持たせ、原作の小ネタも所々拾いつつ、ジュリアを細かくお伝えできればな、と思っています。
――と、
この作品を開いてくださった皆様。こんな後書きまでお付き合いくださった皆様。そして、お気に入り登録や評価、感想をくださいました読者様。些細な工程に過ぎないのかもしれませんが、重ねてお礼申し上げます。
拙作ではございますが、もし気に入って頂けたのならばそれ以上に嬉しいことはありません。
最後になりますが、しばらくの間、よろしくお願いします!
2020/4/23 撫音 Twitter @natsune_naon
5/28 微量の修正を行いました。評価、お気に入り本当にありがとうございます。