『あたしがジュリアでいるうちは』   作:撫音

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    妖精の情炎(2)

 ()()

 それは、広くヨーロッパの民間伝承で語り継がれてきた超自然的な存在。人型で、小さく美しいというのが一般的なイメージで、また幻想的な人物の比喩的表現として用いられることもある。

 

「『FAIRY(フェアリー) STARS(スターズ)』……。妖精……ですか。随分と定義が曖昧なテーマなんですね」

 初めてのレッスンの日。開始前のミーティングにて。企画書に目を落としながら零した北沢(きたざわ)志保(しほ)は、ストイックかつ現実主義的な性格の持ち主である。

 歌手を目指すジュリアとは異なり、彼女が志すは演技の道であるが、それに係る物事には並々ならぬ熱意を見せる。芯が強く日々の仕事に着実に集中するその姿勢から、学べることは非常に多い。

「そうかな~。アタシは良いと思うな。なんか、可愛らしくないっ?」

「まあ……そうですけど。絵本に登場するのも、大体そんなイメージですし……」

「絵本?」

「な、何でもありません」

 と、同時に年相応の可愛らしい印象を植え付けられる。そんな、同期の一人。

 

 一方でジュリアはしばらく表紙の『Fairy』チームのマークを眺めていた。フェアリースターズのイメージカラーは青。ひし形を六つ繋げたようなそのマークは雪の結晶のようにも、そのうちの四つを羽に見立てると妖精の姿のようにも見える。

「こけら落とし公演の時のコンセプト候補から取ったって言ってたな。これ、提案したのシズだっけ?」

「あ、はい。幻想的というよりは、神秘的で、人々が憧れるような……そんなイメージですけど」

 ジュリアは「なるほど」と返事をしながら、視線をぐるりと一周。メンバーの共通点を探す。

 最上静香。所恵美。ロコ。天空橋(てんくうばし)朋花(ともか)。北沢志保。舞浜歩。二階堂(にかいどう)千鶴(ちづる)真壁(まかべ)瑞希(みずき)百瀬(ももせ)莉緒(りお)。永吉昴。周防(すおう)桃子(ももこ)。白石紬。

 ()()()のグループ分けのことを思い出していた。

 というのも、グループ分けは初めてのことではないのだ。ミリオンスターズは一度、『ヴィジュアル』『ダンス』『ヴォーカル』の三グループに分けられたことがある。一目でわかる特徴――すなわち()()()()()といった要領で。当時ジュリアは当然ながら『ヴォーカル』チームの一員であった。

 

 事務所が今回改めてチームが分けをするに至った原因は、 善かれ悪しかれその選定基準にあった。元のグループが悪かったわけではない。寧ろ、似通った優れた能力を有したメンバーが更に磨きを上げることで、それに特化したグループになる。質の話をするならば、それが相当なものになっていただろうことは容易に推測できる。

 続行されなかったのは、ただ、それが765プロの方針とは異なるからであった。

 プロデューサーの説明が彷彿とされる。事務所がアイドルたちの方向性を固めてしまうことを彼らは好く思わなかった。様々な可能性を試し、選択肢を、視野を広げて欲しい。せっかく歌にダンスにトークに――色々と使える舞台なのだから、と。

 

 

「イメージカラーはブルー。……クールな雰囲気かと思いきや、この曲はなかなか情熱的ね」

 歌を自らのものにするための解釈の場。

 莉緒の言葉に一同は頷く。『FairyTaleじゃいられない』――それがジュリアら『Fairy』チームに用意されたテーマソングである。

 

 フェアリー(妖精の)テール(物語)。主としておとぎ話を意味するその言葉。

 ――それでは、居られない。

 

 一見してコンセプトを否定するようなタイトルだが、その本質は「夢物語では終わらせたくない」という熱いハートにある。

 キーワードは、『願い』と『情熱』。この身果てても叶えたいものがある。全てを懸けてもこの手でつかみ取りたい。夢を、夢のままでは終わらせない――。

 身を焦がすほどの想いは、ジュリアの懸けるものに通ずるところがある。

「……あたしは、好きだな」

 だから、言葉が口を衝いていた。頬杖をついたまま、しかし挑むように。歌うのが楽しみだと思う。

 

 

「ちょっ、ずるいです! ジュリアさん! 私も好きに決まってます!」

 その時、ばん、とテーブルに両手をついて立ち上がったのは静香だった。それは場違いなほどに大きな声だった。

 ――へ?

 咄嗟に彼女の顔を仰ぐ。ちょっと奮然とした表情だ。

「アタシもっ」と、次に立ちあがったのは恵美だった。誇らしそうに胸を反らしてにゃははと笑う。

「オレも好きだぜ! なんか熱くなるよな」

「ロコもです!」

 ――なんだなんだ?

「全く」と、すましている志保には、

「志保ちゃんは嫌いなのかしら?」すかさず莉緒が突っ込む。

「ちょっ……からかわないでください。私も、良いと思いますけど」

 ジュリアの言葉を皮切りにした、次から次へと賛同の声。それはいつの間にか「好きな歌詞」の議論へと発展し、公演への意欲を一層高め、やがて大きな笑いとなり楽屋を包んだ。

 

「なんで張り合ってんだよお前ら……」

 

 きっと、チーム『Fairy』の共通点はそのプライド。ちょっと素直じゃなくって、本当は誰よりも一途で。譲れない何かを胸の内に秘めた者たちの集まり。

 (はや)るのはジュリアとて同じだ。多少浮ついてるくらいの方が、前向きでちょうどいい。

 

 

        ☆☆ ☆☆

 

 

「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン……ターン!」

 ――ここで野球ダメ絶対!

 そんな張り紙が張られているシアターのダンススタジオ。学校の教室の倍ほどの広さだが、壁一面の鏡のせいでずっと広く感じる。

 

 コーチが不在の自主練では、根っからのダンサーアイドルの歩がその代わりを務めていた。兄の影響で幼い頃から踊りの世界に魅了され、デビュー前はアメリカに留学してダンスの腕を磨いていたという彼女。そのスキルは事実シアター組の中でも突出しており、先輩アイドルの菊地(きくち)(まこと)と比べても遜色ないレベルまでの仕上がりを見せている。

「うんうん……オーケー! みんな動きはちゃんと頭に入ってるね!」

 カチ、という音と共に昔ながらのCDコンポが黙ると、途端に疲労が押し寄せた。

「……はぁ……はぁ」

「歩さん……全く息切れしてないね」

「……ホントですね」

「さすがは本場仕込み……」

「キレが違うわ……」

 疲れていると会話の枝葉は削げ落ちて、言葉が短くなってしまう。

 ジュリアも肩で息をしていた。下を向くと、額から汗が滴った。一〇〇日が経った今でも、特にダンスへの苦手意識を拭いきれていない。こんなんじゃダメだ。前も向いて左側の髪を、もう一度かき上げる。

 

 最上静香。北沢志保。所恵美。ジュリア。白石紬。

 チーム『Fairy』の選抜メンバーに抜擢されたのは以上の五人である。ジュリアも、選ばれていた。

 説明の通り、あくまでこのメンバーはお披露目公演ためのユニットであり、それ以降はフェアリースターズ全員でステージに立つこととなる。そのため最初期から全てのレッスンを全員で受けることが命じられていた。プロデューサーが何度も念を押していたことなので、未だ誰一人として遅刻や欠席をした者はいない。

 テーマソングとはつまり、自分の曲であり、そのチーム全員のための曲でもある。その歌を構成するにあたって誰一人として欠けてはならない。

「とはいえ」千鶴が口を開いていた。

「自分のことで精一杯ですのに、これを全員で合わせて、歌も歌うだなんて気が遠くなりますわね……」

「あははっ、一区切りついたし一旦休憩にしようか」

 

 再来週を初めとして土曜日に三週連続のお披露目公演。三つのグループのうち、ジュリアの属するフェアリースターズの公演が先陣を切ることになっていた。それを決めたのはプロデューサーもとい事務所ではあるが、つまり事実上レッスンに充てられる時間は、他の二チームに比べて一週間以上少ないということだ。

 ともあれこのチームをトップバッターに据えたのは、静香に志保に、比較的しっかり者が多いためだろう。

「全く……。いくら休憩時間とはいえ、そんなに呑気にしないでください。あんまり時間が無いんですから……」

「も~。志保は相変わらず真面目だな~」

 妖精たちの活動方針。

 ステージではどんなことをやりたいか。ド派手な演出をあれこれ考えるフェアリースターズの前に、毅然な声を落とされる。前のめりになった気持ちをしっかりと引き戻してくれるのが志保だった。

「でも……北沢さんの言う通り、課題が多いのは事実だと思います」

 瑞希が考え込むような表情で賛同している。それに、歩が続く。

「アタシもそう思う。……まずアタシから、ダンスについて言えばサビの初めの手の動き。次からは伸ばしきることを意識してほしい。それから、『待ってるだけじゃ』のところなんだけど、若干、体幹が弱い人が目立つかな」

「うう……それロコかもしれないです……」

「別に責めてはないって。今から意識すれば、十分間に合うよ」

 急く者。制す者。教える者。教わる者。

 各々の意識の根底にはしっかりと団結の二文字が刻まれているのだ。

 

「午前中は歌のレッスンだったけど、気になったことはある? ()()()()()()()()()()()

 その言葉が自分に向けられたものだと理解するのに若干の時間を要した。つい、腑抜けた沈黙が保たれる。

「……ジュリア?」

 先日の企画説明の時からぽつぽつ頭を過ることがあった。

 同期は皆、ジュリアの歌への熱意を高く評価してくれている。それは非常に喜ばしいことだ。また、此度の企画を提案したのも五人の選抜をしたのも社長だと聞いている。何かしらを認めてくれてはいるのだろう。

 しかし、ロックシンガーから転向したジュリア。自身の歌い方がどうしても()()()()()になってしまうことを気にしていた。それが自分の個性たるものだとは分かっている。ただ、アイドルとは一線を画したようなそれをこのステージで出していいものなのかと、時に不安に思う。

 アイドルはロックな存在だ。ただ、音楽ジャンルとしてのそれではない。

 

 ――そういう歌い方しかできないあたしに。

 アイドルらしい歌い方ができないあたしに、できるアドバイスなんて、あるのだろうか。

 

 

 

「……ジュリアさんも、あんまりプロデューサーさんの写真なんかで浮かれていないでください」

 そんなジュリアの思考に歯止めをかけたのは意外にも、志保の死角からの刃。またも、パスケースの写真の話だった。

 だが、しかし。

「だから! パスケースの話は――――って、プロデューサー?」

 いや、ちょっと待て。彼女は今、「プロデューサーさんの写真」と言ったか。彼の、志吹晶也とのプリクラではなく。

「な、なあシホ。今の」呼び止めるように声をかけると、「あれ?」恵美が横から軽く口をはさんだ。

「だって、ジュリアってばプロデューサーの写真をパスケースの中に入れてるんでしょ?」

 ジュリアは口を半開きにしたまま、固まった。ぷ、ぷろ、プロデューサー……。

 かっちんこっちんに、一秒、二秒。瀕死の魚みたいに口をぱくぱくさせてから、更に二秒。

 

 ついに絶叫した。

「はああああああああっ!?」

「わっ。びっくりした」

「なっ、なんだその根も葉もないウワサは!?」

 あたしが?

 バカPの写真を?

 そこで、はっ、とする。

「……真美が言ってたウワサって、もしかして、あたしがパスケースにプロデューサーの写真を入れてる……ってことなのか?」

「そうですけど……違ったんですか?」

 肩に真っ白なタオルを乗せたまま静香が答える。困惑気味だが、冗談を言っている様子ではなかった。

 違ったも何も……。唇の間から、声がこぼれた。「ンなもん入れてないって」顔の前でひらひらと手を振る。姉弟の写真のどこが面白いのか分からなかったが、そういうことか。

 ――いくらなんでも真美のヤツ、流すウワサが鋭すぎるだろ……!

 本当に捏造だろうな。実はこのツーショットを見たけど、流石にマズいと思ってプロデューサーに替えたりしていないだろうな。

 

 少し複雑な気分になりながらも、ふ、と息を吐く。

「それはそうと、歌の話だったよな。みんな歌い方の土台はできてるし、ただ歌うだけなら大丈夫だと思う。だけど、この曲は激しい動きが多いだろ? ダンスと合わせた時にはいい姿勢が出来るとは限らない。そこを今後どう調整するかだけど――」

 自分から注意を逸らすためにも声を励ます。しかし、

「あれ? じゃあ本当は誰の写真が入ってるのさ」

「げっ」

 引き抜いたはずの矛先が、再び突き立てられることになった。入っているのは本当だよね? 釈然としない恵美の口ぶり。先日の慌てようから推測しているのだろう。興味津々。目が爛々。ジュリアは軽い眩暈を覚えた。余計なことを……。

 

 どういなしたものかと唇を曲げていると、

「ジュリアの鞄ってこれだよなー? 星型のチャームが付いてるから判りやすいぜ」

 昴が興奮気味に声を上げる。――ん?

「なっ、ば、バカ昴!」

 部屋の端にあるスチールラック。白く焼付塗装された四段のそれが、ダンススタジオにおける荷物置き場だ。シアターにはロッカー室も当然あるものの、貴重品を含み女の子には携帯すべきものが多い。……が、今度ばかりはそれが裏目に出てしまったということ。

「ナイスですスバル!」

「見せて見せて~!」

 へへん、と昴は腰に手あてて満足そうだ。してやったり、と心の声が聞こえてきそうな顔をしている彼女の側へと駆け寄る同期が一人、二人、三人……。

「す、すみませんジュリアさん! 失礼します!」

「って……シズもかよ!」

 失礼するなっ!

 ――さては、この前未来を制しながらもすっごい気になってたな。

 自由奔放な彼女らを統制する(かなめ)たる静香がこうでは、もはや太刀打ちできそうにない。あきらめムードの口調になるジュリア。ほら、ちょっと遠巻きに見ている桃子や紬の瞳にまで滲む好奇心が見て取れるのだ。

 まあ、新たな疑念を晴らすチャンスがいきなり舞い降りた……って考えればいいか。

 

 どれどれ、と首を伸ばす面々。そんなに気になるところがあるかってくらいにしげしげと見つめてから、顔を見合わせる。やがて、歩が代表するように口を開いた。

「……えーっと、だれ?」

「そりゃそうだよな」

 不可解そうに揃って眉を寄せる同期。当然の反応だ。ジュリアは少しだけ自嘲めいた。

 みんなして、ジュリアが何か言いだすのを待ち構えている。「もしかして彼氏?」

「ま、まさか」喉の奥で整えてから声を出すまで、しかし、少し時間がかかった。「……あたしの、弟だ」

「弟?」

「ああ。事情があってずっと別居中だったんだ。こいつはずっと東京に住んでてさ。あたしのデビューが決まって、一緒に住むことになって。……そうだな、ラジオとかでも一度も話したことなかったから驚いただろ?」

 弁解するように、一息に喋る。常々自分に言い聞かせている経緯なのに、口にすると全身が硬くなった。

 通常、隠し事を打ち明ければ心は弛緩するものだが、愛想笑いになる。難しい。

 

「ふうん。だから寮にいないのか」

「うーん。姉弟って言われれば、まあ、似てるかも?」

「歳はジュリアちゃんと近そうね」

「でも、プリクラだとそのへんはよく判りませんね……」

「仲良しなんだね」

 無論、硬いのはジュリアだけだ。緊張の解れた場は和み、不思議な安堵感に包まれている。

「あんまり慌てるから、本当にヤバいものでも入ってるのかと思ったよ」

 好き勝手に言う同期たちに向かって、ジュリアは「秘密だからな」と、息を吐き出す。途端にダンスレッスン以上の疲労を感じ、ジュリアはその場にへたり込んでしまった。全く……。

 ぼんやりとミラーを見ていると、不意に晶也の姿が蘇ってきた。こういう時には、自分の顔を見て自己嫌悪に陥らずにはいられない。半ば浮かれてパスケースに仕舞った自分を叱咤しつつ、気持ちを落ち着かせる。大丈夫。彼に迷惑はかけない。

 

「さ! 続きと行こうぜ!」

 

 

 

 さらに数日が経って、『FairyTaleじゃいられない』の完成図が見えてきたとある日。

 ジュリアは晶也を公演に招待してもいいと思った。

 そもそも同期にバレた以上、関係者席を彼に宛がうのは容易いことだ。

 

 ジュリアは『流星群』に込めた数々の想いと、自分が最も大切にしている「諦めない気持ち」を、あんなに短い時間で彼が理解してくれたことが、とても嬉しかった。自分は幸せだと思った。

 

 ――なかなかアイドルらしくなったあたしに、晶也のヤツ、驚くだろうな。

 

 




 一応かつての『Vi』『Da』『Vo』の区分にも触れておこうと都合の良い理由付けをさせていただきました。

 解釈と言ったら怒られるくらい甘い『FairyTaleじゃいられない』、少しだけ触れました。文字におこすとジュリアが『Fairy』属性なのも自明な気がしてきて嬉しいですね。6th福岡最高でした。
 拾う程の元ネタはございませんが、強いて言えば「多少浮ついてるくらいの方が」や、志保が引き戻してくれるのはコミュ由来です。

 前回に引き続きウワサの回収です。にゃはは、
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