今回特別長ったらしかったかもしれません。歌についての見解は本当に諸説あるので流してくださって構いません。ほんとに今回のところは色々力及ばずごめんなさい。
――俺がギターを弾いていたことを知ったら、ジュリアはどんなことを思うだろう。
どうしてこのタイミングで、進行形で
なぜならすでに俺は、ジュリアの身に起こった事件を知ってしまっているのだから――。
練習中にジュリアが倒れた。そのことは晶也を驚かせた。
「は……!?」
その着信を、迷惑電話だと決めつけずにちゃんと受けて本当に良かったと思う。帰りのホームルーム明け。開放的な空気の漂う教室を、半ば転がるように飛び出した晶也。
ここ数日、ジュリアの調子が良くないことはなんとなく感じていたし、彼女が無理をしやすい性格であることも予てから承知している。それでも上手く、自分で自分のペースを調整できるのがジュリアだと思っていた。だからこそ。
青葉と名乗る若い女性の声。声色から彼女も相応に焦燥していることが伺え、晶也の不安はますます掻き立てられる。その半分は動揺だったみたいだけれど。
――間もなく豊洲です。ホームドアにご注意ください。出口は右側です。
どんなに味気のない声でも、無事に到着することができたと思うと少しだけ安心するものらしい。シアターまでの単調な道のりを駆ける。
電話の印象とたがわず、彼女はしゃっきりとした女性だった。汗がだらだら流れる晶也の顔を見て、
――わあ。そっくりですね~。特に目元なんて!
そっくり……ねえ。俺とジュリアとの間に血の繋がりなんてないのに。姉弟だという先入観からか、人の印象なんていい加減なものだ。
微笑んだ美咲の後に続き館内を進む。明らかに関係者専用の扉。この場合は十分自分もそれに当たるのに、やけに緊張した。
「――一度目を覚ましましたが、しばらく休みたいと言ってまた……」
最終的に通されたのは医務室で、いかにも清潔感のある部屋だった。細い足のベッドにジュリアが寝かされている。ベージュ色のタオルケット。髪、ぐしゃぐしゃじゃないか。
椅子を勧められ、詳しい説明をしてもらった。沈んだ声色だった。美咲がジュリアの身を案じていてくれていることが再度伝わり、晶也は頭を下げる。
短い一過性の意識消失、つまりは失神だと美咲は言った。なんでもジュリアの同期、すなわちシアター組の中に元看護師のアイドルがいるらしく、その場で適切な処置を施してくれたらしい。
その彼女が言ったそうだ。脳の血流不足を引き起こす主たる原因は過労、長時間の立位、脱水や空腹、痛み、それから――強い感情。
「強い……感情……?」
それは精神的なショックやストレスに因るもの。美咲は黙って頷いた。
一概に断定はしないが、それが原因である可能性が極めて高いらしい。メンタルに起因する何か。一端の事務員がアイドルの内面にまで踏み込むわけにはいかず……と美咲は首を捻っていたが、心当たりがあるとも言った。
――プロデューサーさんや、シアターの、ごく一部の人は知っているみたいなんですけどー……。
――僕は、本人が話してくれるまで待ちますよ。
度重なるレッスンによる疲労が結果だということも否めない。明日にでも病院で診断を受けさせることを約束し、晶也は再びジュリアの寝顔に向き直る。
「ところで……」と、ジュリアとの関係について改めて尋ねられので美咲の顔を見る。そっちのプライベートの話題はいいのだろうか。親権者への報告を……と言われた時には正直かなり慌てた。「僕から伝えておきます」と、しきりに頷いてしまった。
ジュリアがかつて捏造したあれこれに色を付けて語ったのだが、ちょっと天然っぽさを感じる美咲は聞き上手なのか、話していて妙に気持ちが良かった。不思議な安らぎを得て、これが彼女の魅力なのかもしれない、と思った。
閑話休題。ここからだ。
事務室に戻らなければいけないという美咲を「俺一人で大丈夫です」と見送って、そのままジュリアの寝顔を見つめること一時間。晶也は「面倒くさいからいいや」で済ませることのできない生理現象に襲われていた。
すなわち――近くにトイレあるかな。
静かに扉を開け、左右を見渡す。右手側の通路に、『W.C』の案内があることを見つけ、一安心。女性アイドル事務所だから男子便所はあるのか……なんて杞憂に終わったもの。
そそくさと事を済ませ、戻ろうと、取っ手に手を掛けた晶也は視線を感じた。それからすぐに、囁くような声がしたのである。
「――だれ?」
甘ったるい、癖になりそうな声だった。
はっとして振り向いて、瞬時に分かった。
レイヤーとシャギーを駆使した長い金髪。若草色のつぶらな瞳。淡い紅をさしたふくよかな唇。すらりと伸びた手足。誰もが知っている、765プロダクションにおける超一流アイドル――。
「――星井美希」
「ミキのこと知ってるの?」
「……はい。えっと……その、ご存じかどうか分からないんですけど、俺、ジュリアの家族の――――」
「あはっ。ミキ、わかったよ。ちょっとウワサになってたパスケースの人だね」
「ええ。たぶん」
晶也は冷笑した。パスケースの事情はジュリアから聞いている。歯切れの悪い返答をしたのは、本来の噂がプロデューサーとのものだからだ。曰く未だに弁解のできていないメンバーもいるという。
もっともこの様子だと、美希は釈明済みでいいのだろう。
ややあって、彼女が口を開いた。
「ねえキミ、名前教えて?」
「志吹晶也です」
「ふうん。晶也クンね。ちょっと似てるところあるかも、可愛い顔してるの」
「なっ……」
美咲の時は冷静に躱すことができていたはずのそれを、今回は正面から受けてしまった。不意打ちを受ける方はたまったもんじゃない。
美希が小悪魔系とも呼ばれる所以を目の当たりにしたというか、何というか……。
晶也がぎこちない笑みを返すと、「ねえ」と美希の口が動いた。
「――晶也クンはジュリアのこと、どう思う?」
再び言葉を見失うことになるとは思わなかった。しかし今度は、また別の理由。
雰囲気が変わったのだ。
ちょっと迷ってから、晶也は美希の顔を見た。端正な顔立ち。どこか威圧感を持ったような瞳で晶也を見透かそうとしている。
――どうって。
「……凄いと思ってますよ。努力家で、一途で。頑張ってるよな――――って、そういうことじゃなさそう、ですね」
咄嗟に言い替えたのはそんな美希の表情に翳りが差したように見えたためだ。気のせいではないと思う。失望に近い兆候。思いがけず何かを掘り当ててしまったのだと、悟った。
星井美希というアイドルは極めてマイペースな性格である。いつしかバラエティ番組で紹介されていたものを見た記憶があった。が、今相対している彼女は非常に鋭く輝く目をしていた。先の小悪魔的な態度といい、
――本当に年下なのかよ……。
晶也が息を殺したように反応を待っていると、やがて暗い声がした。
「うん。あなたも他の人たちと同じなら興味はないかな」
それは抑揚のない、冷めた声。
時が止まったようにその場がしんとした。
会話をしていたのだから返事をしなければ沈黙は当然に訪れる。けれども、この空間を支配しているのは美希のように思えて仕方がない。彼女の持つ、不気味な強制力。
ぞくりと背筋に冷たいものが走ると、
「…………同じ」
咄嗟に声が洩れたらしい。自分の顔から笑みが引いていくのが分かった。喉が引き攣り厭な味のする唾を飲み下す。豆粒のように小さな何かが芽を出した。そんな、まさか。
頭がぐらついた。そのまましゃがみ込んでしまいそうなのを、ぐっとこらえる。
――そんなのは自分が一番分かってるよ。所詮俺は凡人だ。言われるまでもねえ。
才気煥発なジュリアをこの五か月余り、誰よりも近くで見てきたんだ。日々新鮮なものに触れ、目に見えた成長を遂げる彼女。自力で曲を完成させ、苦手な料理にすら挑み、それさえ自分の魅力にして。当初危惧した嫉妬のような醜い感情が一度も芽差すことがなかったのは、そんな内憂すらねじ伏せられるくらいジュリアが凄い奴だったってだけで。
同じ土俵に立っているわけじゃないけど、さすがに敵わないなって思う。特に心かな……人としての。
みるみるうちにその芽は育つ。再び美希が何かを言った気がしたが、頭には入ってこなかった。
――待てよ……?
なぜなら晶也はこれでもかってくらい考えているから。考えて、考えて、そのさなか、にわかに胸がざわついた。頭の片隅で、何かが
『ジュリアのこと、どう思う?』
そうだ。俺が。
あいつのことについて。
――俺が唯一、他の人と相違したことがあったじゃないか。
足元がすうっと冷えていくような感覚があった。あれは、そうだ……一月前の公演で。晶也が味わった本当に些細な、しかし大事な違和感。
格好つかないけれど、恐る恐る口を開いた。
「……もしかして……あいつの、歌い方のことですか?」
「ふうん。気づいてるの」
美希が間髪を容れずに答えた。
確信に変わった瞬間だった。じわりと胸が熱くなる。謙遜するか迷ったのち、晶也は「いつも見てますから」と答えることにした。一目、扉に視線を送りながら。
ジュリアがすでに目を覚ましていて聞き耳を立てていることはないと思うが、美希に向き直り小さく頷く。彼女にはそれで十分。「こっち」と、扉から離れ行く美希のすらりとした背中を眺めながら、いい人だな、と思った。
進んだ先には大きな窓があった。見晴らしの良い景色。西日がシアターの中までも橙に染めているところで、美希が立ち止まってこちらを見る。
「でも、だったらわかるよね。今のジュリアじゃ、絶対にトップアイドルにはなれないって。ううん、トップどころかアイドルも無理だと思うな」
口調の割に言葉は鋭い。どうやら歯に衣を着せぬタイプであるらしい美希を前に、しかしながら晶也は安堵に似た心地を覚えることとなる。
――この人は、ちゃんとわかってるんだな。
差し込む陽射しに目を細めながら、言った。「……少しだけ、安心しました」
数週間が経過した今でも、あの日抱いた小さな違和感を晶也は拭えずにいた。時折、脳裡には切り取られたドラマのワンシーンのように蘇るのだ。あの光景が。……あの表情が。
しかし、それを共有できる相手がいなかった。ジュリアと生活を共にしていることは依然として友人には話していないし、話せない。話したいとしても、一人くらい。況してやジュリアに対して晶也と同等以上の興味を持っている同級生はいないだろう。
だからといってインターネットの掲示板やSNSで言及したところで、恐らく画面の向こう側の彼らは何の違和感も抱かないはずだ。単純に、こう感じる人もいるんだな、と考えるだけ。共感などされない。
というか、現状普通の人は表舞台に立っているジュリアの姿しか見ることができなくて、イメージばかり膨らむのは仕方のないことだと思う。
「安心?」
美希が訊いた。はっきり頷く。そう、これは紛れもない安心。自分の感じたそれが勘違いに終わらなかったことに対して。そして――
「シアターに、ちゃんとあいつを見てくれている人がいることに」
端的に告げた。ある意味、ジュリアを案じていた晶也の宿願は、この時点をもって十分に果たされたともいえる。
なぜって、「どうしたらいいのか」と問われても、晶也はそれに対するどんな答えも持ち合わせていないから。
なぜって……彼女の手を引くことができるのは、俺じゃないのだから。哀しいことに。
なんて、感慨と自嘲を半分半分に味わっていると、ここで初めて、新たな謎が浮かび上がっていることに気がついた。
「もしかして今のこと……あいつに言ったんですか?」
一昨日の晩。――新しい企画なんだけどさ、ダメだった。苦く笑ったジュリアに上手く声を掛けることができなかった。なんて言おう、こんなふうには言わない方がいい。あれこれ悩んだ挙句、素知らぬ様子を突き通した。だから何があったのさえ知らない。しかし、心因性だとすれば、この可能性は大いにある。
「青葉さんが、シアターの一部の人は何かを知っていると」
そして、この人はそれに該当に違いない。言い添えると、晶也が先を急かしているのに気付いたのか、美希はきっぱりと答えた。
「言わなきゃいけないことしか言ってないの」
そのまま先を促すまでもなく、
「ジュリアはアイドルじゃない、って」
前触れなく、言い澱みもせずに続きを言ってくれたのだが――それはあまりにも衝撃的な言葉だった。足元めがけて鉛玉が落ちて来たような感覚がして絶句した。重い響きに耐え切れずふらふら二歩後ずさると、背中が壁の感触を捉える。……これは、マジか。
晶也でさえ、ここまできたのだから、ジュリアはきっとそれを心臓のあたりに撃ち込まれたのだと思う。この人のことだから、その時も忽然と言ってのけたはずだ。――あいつ、こたえただろうな……。
「ジュリア、怒りました?」
どうして、という言葉は飲み込む。掠れ声と共にやっとそれだけ言うことができた。
「ちょっとはね。でもそれより、ショックだったみたい」
かっと頭に血が上って、立ち上がってどうこう、ということはなかったらしい。しかし、ジュリアの様子を顧みるに、無みすることもできなかった。それが意味することは、一つ。
「あいつ自身……身に覚えがある」
「無自覚だとしても、ね」
確認を求めるような上目遣いに頷き返した。美希の言葉が不調の引き金になったとしても、それ以前からジュリアの心は不安定だった。迷いのある音色。内側で人知れず大きくなった何かが、彼女を苦しめている。
「俺は、ジュリアがアイドルじゃないとまでは思いません」
正直、どうして美希がそこまで強い言葉を使ったのかは分からない。しかし彼女が無神経に他人を傷つけようとする人ではないことなら、なんとなく。もし仮に美希がジュリアを貶す目的で動くのならば、もっと別の手段を取るはずだと思う。彼女の口調からはどこか誠実さを感じるから。
……というか、実は口下手だったりしないかな、この人。さっきの「同じなら興味ない」も、実際は「同じならこれ以上話すことはない」だったわけだし。
すると晶也は興味を覚えた。この人と、共有してみたい――という。
「……俺が考えていること、言ってもいいですか?」
「うん、いいよ」
美希は二つ返事をくれた。
確かにジュリアの歌は上手い。聴者に好き嫌いはあれ、巧拙を問われれば皆口を揃えるはずだ。
ただ、歌というのはもっと自由でいいはずだと思う。端的に言うと、今のジュリアには余裕がない。
凝り固まっている心から生み出される創造性の範囲なんてものは限られたもので、表現や感受性も偏ったものにしかならないということだ。
ただ自己の内面を表現することだけを目的に、自分一人で詩から曲まで全てを手掛け、自分を表現したい相手のみに向けて、一人だけで歌って届けることは恐らく可能だ。だからあるいは片想いの曲であれば、今の彼女でも存分に歌い上げられるのかもしれない。
「ただ、アイドルのステージはそれだけでは成し得ない」
……んだと思う。美希を前にすると、断言しないといけないような気がして、つい。
たかだかライブを一度見たきりの自分が、アイドルのなんたるかを語る資格はないかもしれない。でも間違ってはいないだろう。本人がいて、観客がいてこその表現者だ。
歌唱に於いて、「感情を込めて歌え」というアドバイスは、厳密には正しくない。
伝えること。聴いている人の心に届くかどうかが優先されるべきことだからだ。
曲の背景を理解していれば、勝手に心が籠る。例えば、哀しい歌を哀しそうに歌う必要なんてないということだ。普通に歌って、それで聴者に哀しく聴こえればいいのだ。感情を込めることを意識してしまったら、寧ろ届かないことさえあるかもしれない。
「もちろん表現技法の一環として心を込める……ということ自体は間違っていないと思います。ただ、少なくともジュリアの場合は、意識的にそんな歌い方をしたことはなかった」
晶也がそれまで触れてきたジュリアの音は常に素直だった。音だけじゃない。仕草も、言葉も、もちろん歌声も。何より、ジュリア本人があまりにも正直で、まっすぐだったから。歌うことが好きで、歌っていたら自然と付いてきたんだ……ってくらいシンプルかつストレートに伝わるものがあった。
「なんて言えばいいのか……ジュリアの歌声って、音楽を心から楽しんでいて、その喜びを直接伝えてくれるもので」
好きだとか、楽しいだとかじゃ限界があるだろう、って俯いてた俺に、そんなことないよって思わせてくれて。
「でも……その中に、迷いが生じてしまった」
先ほど凝り固まった心といったが、芸術家が誰かに強要されたりするものではないことは皆が分かっているだろう。
例えば嫌々描いた絵が、誰かの心に響くとは考えにくい。歌も全く同じだということだ。いわゆる負の感情。そういう気持ちというのは案外出てしまう気がするから。
「自由じゃなかったというか、どこか引っ掛かりがあるように感じたんです。……俺には、この前のジュリアがどこを見ているのか、分からなかった」
依然として激しさはあるのに、それはどこか、気丈な振舞いにも見えて――。
そこまで一気に口にして、ようやく一拍おいた。随分としどろもどろな説明になってしまった自覚がある。話している最中にも、あっちこっちに色々な可能性や記憶が顔を出して、混乱させてくるもんだから。
違うんだよな。心の中で呟いた。
違うんだ。
色々と理屈めいた技術云々以前に、ジュリアはステージから見た照明と、客席に浮かぶ溢れんばかりの光が好きだと言っていたのに。アイドルは、彼女にとっての希望だったはずなのに。
――なんであの場所に立って、あんなに苦しそうな顔をしていたのだろう。
「ここまで偉そうに推し量っといて恥ずかしいんですけど、俺はその正体まで見抜けていないんですけどね」
美希はその内容を肯定することはなかったが、否定もしなかった。代わりに、眠そうに、一度だけ瞬きをした。
「んー。晶也クンはどうしてそれに気づいたの?」
「おおもとのきっかけは『流星群』です」晶也は遠慮がちに笑った。「正直、さっきまで確信はありませんでしたけどね」
「あの日も、周りが誰一人として疑いなんて抱いていないように感じて、逆に俺が間違ってるんじゃないかって不安でした。……ただ、こうして振り返ったおかげでその理由は分かりました。『流星群』は、あいつが自身で手掛け、一人で歌った。だから、さっき言った曲の解釈の段階をすっ飛ばすことができる。だって、あいつ自身がオリジナルなんだから……初見の人に、ズレなんか分かるはずがない」
しかし晶也は『流星群』を知っていた。楽曲としてのそれではなく、ジュリアがそれに込めた想いそのものを。だから、いち早く「何かが違う」ことに気づくことができた。その仮定の通りなら、『FairyTaleじゃいられない』も、観る人によってはジュリアの箇所だけモヤモヤしたのかもしれない。
そう訊くと美希は「そうかも」と肯定してくれた。
「じゃあ次だね。『流星群』を知ったのはどうして?」
「それは俺がジュリアと話したから」
「うん。もっと遡ると?」美希は、眉一つ動かさない。
「ええっと……俺がジュリアを見てきたから? ジュリアのことをこれまで意識してきたからで――――あっ」
たて続けの質問に若干戸惑ったが、すぐに回路が繋がった。先ほども、同じ答えを言ったじゃないか。
「気がついたね」と、小さく笑った美希。
「今のジュリアは中途半端に揺れてる。……ジュリアがこのままだと、時間をかけてジュリアを応援している人たちがみんなそんなふうに感じるようになると思うよ。晶也クンみたいに。その正体なんて見えなくたって、ヘンだなって思われちゃったらダメなんだよね。アイドルって、みんなに笑顔とか元気とか、不思議な力を与えられる
――自滅する。
文字通り、時間の問題で。
「あ、でもね晶也クン。ジュリアのこと見てるのは、ミキだけじゃないよ? シアターのみんなも、なの。たしかに気がついてる人は少ないけど……」
「――まだ、半年ですしね」
駆け出しという言葉があるほどだから、今はそれでいいと思う。
ジュリアからも聞いたことがある。「アイドルの自主性を重視する」のが765プロの方針であると。そのおかげで積極性やバイタリティなどは相応に養われているのだろう。公演の際に披露される『Brand New Theater!』でも、歌詞の中に「セトリ決めなきゃ! MCどうしよう?」といったフレーズがみられるのも、きっと。
そんな765プロの方針を否定するつもりはない。寧ろそのスタイルこそ、かつてジュリアが言った『新しいアイドルの可能性』を試すことのできる絶好の舞台であるはずで。
美希がジュリアへの指摘を短く済ませたのも、そんな信念に由来していると思ったからだ。壁や問題が目の前にあったらそれは自分で乗り越えるべきというか。周りの助けを得ても、最後は自分の努力で解決することこそが成長に繋がるというか……。
美希が担ったのは、周りの助けの部分……ここでは「気づき」とでも言っておこう。
晶也は、彼女の観察の鋭さに終始驚いていた。
「……でも、どうして貴女は――」
自分以外のアイドルのことにまで、意識が向けられるんですか。貴女だってまだ。尋ねようとしたその口を彼女は言葉で遮った。
「ミキは天才だから」
なおも口元に微かな笑みを浮かべながら。
――へえ……。
晶也も、ついに含み笑った。「仲間だから」なんて浮ついた返事はないだろう、とまでは予想していたが、ここまでか。
でも、ほんの少しだけ、ジュリアと似た雰囲気を感じて嬉しかった。圧倒的なまでの自信に満ちたそのまなざし。晶也が、何よりも好きなもの。
実のところ星井美希というアイドルについてなら、この業界にそれほど詳しくなかった半年前ですら知っていた。
昨年度のアイドルアワードを獲得した天海春香と並ぶ、今やアイドルの代名詞たりうる少女。同級生の間でもアイドルと言えば、すぐに名前の挙がるほどの存在。多彩な才能を持ち、その能天気な口調とは裏腹に運動神経は良くダンスのキレも凄まじい。
天才を自称するのも頷けるほどのスペックの持ち主。加えて、スタイルが抜群だ。生まれながらに何の辛抱もなく備えている美貌。自分の魅力を理解し、惜しげもなく最大限に利用することができる、天性のアイドル。
――だけど、ジュリアはこの人にだって負けない。そうだよな?
気が付けば、口を衝いて出た。
「ジュリアは絶対こんなところで終わらない。……俺が、躓かせません」
まるで、勝負を受けたような気分だった。
「ふうん、ちょっと妬けちゃうの」
「そんなでも、ないですけどね」
――って、ヘンだな……。俺、さっきまで自分には無理だとか言ってたはずなのに……。
美希が、少し誇らしげな笑顔でこちらを見ていた。晶也は意外そうな顔になった。
「あふぅ。話し疲れちゃったの……。じゃあミキ、もう行くね」
ゆっくりとした瞬きと共に、踵を支柱に体を翻した美希を晶也は呼び止めていた。なぜなら晶也は新たに湧き出た疑問を隠すことができなかったから。
「あの、星井さん。……最後にもう一つだけ、いいですか」
「なあに?」
それ、あくびなんですか? ……じゃなくて。
「……貴女にとって、アイドルって何ですか」
ジュリアのために得ようとしたものでもなかった。
正直、物凄く失礼な質問だったのかもしれない。こんな一端の男子高校生が、超有名芸能人である彼女にそれを尋ねるなんて――。
それでも、美希は答えてくれた。
「うーん、アイドルはアイドルだよ? あ、でもね。
目を細めながら。力のある瞳が、こんな印象的に――。
「あ、そうだ晶也クン」
本当の最後には美希が、晶也を呼び止めた。
「なんですか?」
「ミキのことは
くすっと笑って半回転。「たまには、うしろを見ることも大切だよね」
うしろ? まさか、ジュリアが起きて――って、居ないじゃねえか。
再び前を向くとそこに美希の姿は無かった。何だってんだ、一体。
あ、でも……。お礼、言いそびれちゃったな。次会えた時は、直角に頭を下げよう。
彼女が消えてしまった後も、しばらくの間、柔らかい香水の薫りが漂っていた。
星井美希にとって、アイドルとは何か。
美希は特に、誰かと共に在ることで成長をするアイドルだと思います。
彼女が意識を傾けるその誰か、とは基本的にハニーであることが多いですが、仲間のことを考えた行動も少なくない。
「みんなの先にひとりを見ている」のは、ステラステージの詩歌から学んだことでした。みんなの一番になれなきゃ大切な人の一番にもなれない、って言葉が好きなので今回はこちらをお借りしました。
個人的にライバル視という点ではプラチナスターズが好きなんですよね。合宿所というストーリー自体には若干の物足りなさを感じたものの、プロデューサーと共にという意味で一番好きでした。なんか初々しいし。
昨日までの自分を越えることが大事だと律子……さんも言ってたの。
天才だから、という言葉は「全部選ぶ」ことができる彼女から。なぜかアイマス2の印象が濃い。でも誰かのために怒るのは彼女がいた覚えもあります。
「一人じゃないことを気づかせてくれるもの」
きっと、彼女が本気になれたものが、アイドルだったのでしょう。
2020/5/16 撫音