『あたしがジュリアでいるうちは』   作:撫音

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 今日は何か楽しいことがあったはずなのに思い出せないな。


     対峙した果てに(2)

 

 

 ジュリアが目を覚ましたのは十七時を過ぎて間もなくしてのことである。

 それまでの彼女は酷く(うな)されていた。悪夢を見ているのだとすぐに分かった。二日前の夜と、全く同じ。眠りに就いても安息はないのだろうか。見守ることしかできない自分の非力さを呪う。

 目覚めた彼女は自分が涙していたことに気が付いたのか、自嘲めいて笑っていた。晶也は見ていない振りをした。

 

 そんな彼女と共にシアターを後にしたのが十八時半。落ち着くまで、と思っていたが殊のほか(くつろ)いでしまった。別に何をしたというわけでもない。そこにあった最新号のアイドル雑誌『ViDaVo』を読んだくらいだ。765プロのページでは爽やかなブルーのスカートを履いた美希がほんのり扇情的に微笑んでいた。

 裏口まで見送ってくれた美咲に丁重に頭を下げ、「すっかり、遅くなっちまったな」と空を見上げる。季節はあっという間に冬だ。寒くてたまらない。

 早く暖房の効いた部屋に、冷たい風を凌げる屋内に入りたい。――というわけで室内。

 室内は室内だ。家じゃないというだけで。何処、って、それは……。

 

「へえ……。ラブホん中ってこんな感じなんだな」

 

 扉を閉めた後、なかなか動けずにいる晶也の一歩手前で、ジュリアは何気なく言った。

「監視カメラとかあったら、ヤバいな」

 自分で唆し、誘ったくせに。晶也がため息交じりに、彼女はつんと聞こえないふりをして靴を脱ぎ始める。手間がかかりそうなパンクブーツ。慣れればそうでもないらしい。

 晶也はもう一度、大きく息を吐いた。

 言い包めらてしまった。……と言うのは、少々卑怯だろうか。

 

 ことの経緯は極めてシンプルだ。

「寄り道しない?」

 シアターを出た直後、いつもと変わらぬ口調でジュリアが言った。

「寄り道?」

「そ」

 二人にとっての寄り道とは基本、スーパーまでの道中にある公園を指す。住宅街の一角。買い物の帰りに、気分転換と称して寄るのがここ数か月の定番と化しているからだ。

 そう広い公園ではないが、ベンチに荷物を置いて少しだけ身体を伸ばす。ブランコを漕いだり、ダイエット器具に似た、乗るだけの揺れる遊具に乗ったり。もう少し暖かい季節の昼間であれば、昼寝をするサラリーマンがいるのかもしれない。

 夜の園内はいつも貸し切り状態だった。砂場には、大抵子供の作った山と、プラスチックの赤いスコップがある。備品なのか、誰かの忘れ物なのか。公園の外の歩道を、大きなハスキー犬を連れた老人が通りかかると、その日は()()()だったりして……。晶也はそういう日常のちょっとした出来事でも好きだ。

「ってことは、何か買いたいものが?」

「いや、もっとちゃんとした寄り道がいいな」

「ちゃんとした……ねえ」眉を顰めながら応じる。「ギターもあるし、俺は制服。人の多いところなら却下だからな」

「ん。楽器も置けて、誰からも見られない、ぴったりな場所があるじゃないか」

 なぞなぞのヒントでも出すように、ジュリアの顔は遊んでいた。そんな場所あったっけ。えーっと、密室密室……。

「ああ、カラオケか」

「そっちじゃないかな」

「他になんかあったっけ!?」

 時として非常に大胆なことを言いだすのがジュリアだ。ラブホテルを提案された時、晶也は戸惑いのあまり沈黙した。それからたっぷり五秒悩んで、

「――熱でもあんの?」

 と訊いた。すると彼女は「いつもそれだな」といたずらっぽく笑うのである。

 

 

 シアターがあり、広い公園、見晴らしの良い海があり、これからの時期ライトアップされそうな豊洲。集客の見込まれそうな立地だが、意外にもラブホテルは存在しない。スマートフォンを片手に、「ないのか」と呟くジュリアの隣で、実は安堵していたのが晶也だ。初めは、確かに二の足を踏んだのである。

 ――仕方ないさ。ほら、帰ろうぜ。家帰ってからでいいだろ?

 今日は休んでほしい。そのくらいの理性も、彼女を言い包めるだけの自信もある。……あるはずだった。

 

 しかしジュリアは、強く反駁した。警戒心のようなものを浮かべた瞳で。

 ――誤魔化されないぜ。

 ――何が。

 ――だってあんた、家着いたらなあなあにしそうだ。

 そのまなざしに臆することはなかったが、途端に晶也の旗色は悪くなる。「バレてんのか」白状し視線を逸らす。名も知らぬ鳥の群れが弾け、空に灰色を重ねた。すっかり見透かされているみたいだ。

 どうやら現状、自分は食物連鎖の最下層にいるらしい。なんなんだろう、将来尻に敷かれるタイプなのだろうか。

「ま、あたしが晶也の立場だったら、きっと同じように言ったと思うよ」

 ジュリアがはにかみ半分でこちらを見た。晶也は首を捻る。

「だったらなんで」

「あたしの体調はあたしが一番分かってる。だからその」

「色々溜まっている、と」

「は……っ!? あんたが心配してるようにまた倒れたりはしないってことだよっ!」

 わーわーわー。失礼しました。

 

 曰くその提案は、何か新鮮なことをしたいと考えた時に思い当たったことらしい。要するに、そこに晶也が考えていたほどのやましい動機は無かった。

 脳は新しいことが好きだ。そしてジュリアは刺激を求めるパンクな少女。自分の心が弱っているときにも意識が外に向いていることが、彼女らしいというか……。一方で、それが気を紛らわせるための、彼女なりの逃避行為なのかもしれない、そんなことを思った。

 

 というわけで、結局、電車を乗り継ぐこと十分余り。幅の狭い廊下を歩くこと一分足らず。

 種類は異なるものの、美咲から報せを聞いた時と同じくらい心が逸っていたことが、情けない男の性かもしれない。嗚呼、無力なり。

 とはいえ、今日は今までのように有無を言わせぬ勢いで押し切られたわけではない。

 

 

 その部屋の第一印象といえば、強烈な桃色一色を想像してたけど、思いのほか快適そう……ってことだろうか。

 一日なら余裕で居られるな、とか。でも、窓が少なくてどことなく閉塞感がある、とか。特に芳しいわけでもないのに、安心する匂いだな、とか。

 耳に届くクラシック。荘重で華やかなオーケストラの音楽……。これ『フィガロの結婚』だ。さすがに聴いたことあったわ。でもこれ、処女権を巡った話じゃねえか。うわぁセンス無え……。とか。

 またしてもしょうもない思索に耽っていると、ジュリアが口の端で笑った。

「なにそんなとこで固まってんだよ」

「思うところがあってな」言葉を濁した。

 ジュリアは詮索してこなかった。

 

 二人で交互に手を洗う。鏡に写る姿。こうして身長差を感じるのは大型ミラーならではだと思った。ジュリアの背後から正面を見ると、ちょうど頭一つ分。ちょうど香る彼女の髪の匂いにそそられて、後ろから優しく腰に手を回してみると、鏡越しに合った瞳に微笑まれた。

「その気になった?」

 イエスかノーかの二択を迫られれば間違いなく前者だ。が、いや、と晶也は短く返した。極力感情を滲ませずに。

「そ? まんざらでもなさそうな顔してるけど」

「どうだろうなあ」

 歌のワンフレーズのように呟いた。

「おんなじ顔している奴に言われたくないけどな」

「う、うるさいな」

 

 それから、料金も変わらないことだし、と前置きをするジュリア。

「この二時間、有効に使わないと勿体ないだろ?」

 入室したのものもまた仕方がない。が、それはあのまま外で揉めて誰かに見られるよりは何倍もマシだからで。

 晶也は上着(ブレザー)を脱ぎ壁際のハンガーに掛けると、「二時間経ったら起こしてやるよ」と、抵抗を試みる。否、口先だけで躱せる相手ではない。言った傍から「じゃあせめて晶也も」と腑に落ちない表情を返されていた。

「ちゃんと寝ることを約束してくれたらね」

 まったく、厳しい奴だなあ。ジュリアの口元に滲む微笑。振り返るように晶也を見上げて、

「どちらにせよあたし、眠れないと思う」

 と言った。

「そう? 寝心地よさそうな感じがするけど」

 晶也は返事をしながら部屋の中をそれとなく見回していた。白い煉瓦調の壁紙に、真鍮の照明。ホームセンターの寝具のエリアでしかお目に掛かれないんじゃないかってくらい大きなベッド。デザインはちょっと奇抜だけど。ジュリアの収入であればダブルベッドの購入も夢じゃないよな――なんて妄想。

 

 再びジュリアに視線を戻すと、寂しそうな顔になって小さく首を振っていた。「ちょっと違うな……」

 それは独り言のようにも受け取ることができるものだったが、まさか独り言であるわけがない。晶也は少し躊躇いながら、「違う?」と尋ねた。

「ああ。今は寝たくない」

 不意に微笑をかき消すと、

「頼むよ晶也。……寝たらまた厭な夢を見ちゃいそうでさ」

 ジュリアこの日初めて、まっすぐに晶也の目を見て言った。「自分で思ったより、参ってるみたいなんだ」

 翳った声を聴いた瞬間、ようやく気がついた。目を覚ましてからのジュリアの笑顔が、ただの気丈な振舞いに過ぎず、自分の中の平穏を保つための作り笑いだったことが分かってしまった。……今更気がつくなんて、遅すぎる。

「というわけで、その……。しばらく寄り添っててほしいんだけど……ダメか?」

 言われなくてもそのつもりだけど……。やけに素直な彼女を見つめる。

「は、早く何とか言えよな! あたしだって恥ずかしいんだからっ!」

「悪い、ちょっとからかった」そのくらいの元気があるのかを確かめたくて。

 ――そうだよな。

 人一倍強がりなだけだ。

 空恐ろしい程に肝が据わった少女。失意の背中を見せることのなかった彼女が初めて零した弱々しい慟哭に、身体の芯から胸が痛んだ。これから続くのであろう苦悩と葛藤を思うと苦しくなる。

 

 彼女が心のざわめきを明かしたこと自体は、何も初めてのことではない。

 しかし、これはそれらのものとは深さの異なる色を放つ憂慮。悪夢を繰り返させるわけにはいかない。みえない何かに引っ張られるように、目の前の身体を抱きしめていた。唇に軽くキスをして、微笑み合う。ジュリアが目を細めて、小さく口を開く。

「あ、湿布臭いかも。あたし」

「湿布?」

「ああ。倒れた時にちょっと打っちゃったらしくて」

 左肩、と言われたので顔を埋めてみる。なるほど、そうして初めて膏薬の尖った匂いを感じた。なんだ、晶也は笑う。

「そういうと、俺もシアターまで走ったから、たぶん汗臭い」

 しかしジュリアは不機嫌そうに頬をぷく……っと膨らませて、

「だったらあたしだって、倒れる直前までダンスレッスンしてたんだけど」

 ああそうか。そしたらえーと……。

 

 

 ジュリアがシャワーを浴びている間、晶也は改めて彼女――星井美希との会話を整理していた。

 彼女はジュリアの悩みの本質にまで辿り着いていたのだろうか。

 美希と出会ったことはジュリアに打ち明けるべきではない。何を話したのか訊かれたところで、正直に言うわけにはいかない。はぐらかすくらいなら、初めから言わなければいい。

 センスの悪かったオペラの序曲はいつの間に別のものに差し代わっている。それが有線放送だと気づいたのは枕もとのパネルを見つけた時だ。するとさっきのはオペラの番組か、モーツァルトの番組だったわけだ。

 好奇心をそそられチャンネルをあれこれ変えていると、やがてオルゴール・クラシックのチャンネルに辿り着く。テンポが円舞曲っぽいな。

 ピアノの詩人の作品をオルゴールで愉しむのもいささか非礼だろうか。

 そんなことはない。別の楽器で奏でると違う世界が見えることもある。ロックギタリストがバッハをロック奏きしているように、クラシックギターという優しく佇んでいるような音色のギターがあるように。

 オルゴール用にアレンジをした人物も、当然解釈に努めただろう。そして、この上品で優しい音色に巧く落とし込んだはずだ。だってほら、原曲の深遠さを感じさせなくとも、素直に染み渡るような温かさがある。

 まさにヒーリング。憩いの響き。

 

 慰め――か。

 精神的に不安定なジュリア。

「……俺くらいは、あいつの逃げ場になってやらなきゃな――」

 口に出して、言葉にしてから思う。果たして、自分は彼女の逃げ場になれるのだろうか……と。

 彷彿とさせるのは当然美希の言葉だ。他の人と同じ。結局のところ彼女の真意は別のところにあったとしても、ジュリアに出会った日すでにそれは晶也の心の奥底で鎌首をもたげていた。そして今も、自分が何も持っていないという事実は変わらない。

 芽差さなかったってのは語弊があるな。醜い感情――それは釣り合いなんて言葉へと姿を変えただけに過ぎない。

 自分が彼女の成長の妨げにはなっていない、そのことは大変喜ばしいことだ。もちろん恋愛がタブーの業界に於いてヒミツを抱えているというのは、枷以外の何物でもないのかもしれないが、ここで問われるべきはそっちではない。

 それでは、自分が刺激になっているのかというと――微妙なところだ。

 

「あの人には啖呵切ったけど、俺にできること……か」

 晶也が普段してあげられることといったら、朝起こして、飯作って、珈琲淹れて、話し相手になって――。

 話し相手なら、お互い様か。そもそも東京に越してからというもの、家にいる時間の大半を一人で過ごしてきた晶也にとって、特別用事がなくとも誰かが居てくれるという環境は新鮮かつ安らぐものだったわけであり。いざ想起してみると彼女と交わした会話なんてどれもこれもとりとめのないものなのに、自然と頬が緩む。

 おかしな話だ。ジュリアとの生活の中で、側に居てくれるだけで十分――そんな夢物語のような感情があることを初めて知った。

 本当におかしな話だ。そして彼女の心に触れた時、それと同じ種類の温かさがあったことに驚いたのである。

 

 ――晶也なら埋められるんだよ。

 常にジュリアは晶也を必要としてくれる。時に過剰なほどに構ってくる。

 気を遣われているとか、遠慮をされているとかではなく、純粋な好意がそこにはあった。彼女もどこか、側に居てくれるだけで

「嬉しいけど、よく解らないよな」

 どうしてこんなにも好いていてくれているのか。

 恋心。そもそも、それ自体に納得のいく理屈が存在しないことなら分かっている。誰かを好きになるのに理由は要らないことも。妙な偶然だけで成立してしまうことがあることも。恋そのものに明確な定義などないことさえも。

 

 いつの間にかシャワーの音が止んでいた。

 結局、浴室から戻ってきたジュリアに尋ねる。

「なあ、本当に俺で良かったの?」

 彼女はきょとんと丸い瞳でこちらを見つめてきた。「飲み物余ってない?」

「俺の鞄の中に」シアターで美咲に貰ったお茶のペットボトルがあるはず。

 

 ジュリアは喉を潤わせる程度にそれを呷ると、

「それで、何だって」

「ジュリアにとって、俺は何なんだろうと思ってさ」

 ジュリアはやはり、目を瞬いた。疑いと探るような色がないまぜになっている。

 晶也は捕捉しようか迷ったが、待つことにした。すでに

「何か、昔を思い出すな」

「昔?」

「ファミレスで似たようなこと言ってただろ?」

「言ったっけ……? ああ、そういえば」

 晶也が記憶の蓋を緩めている間にジュリアはベッドに乗り込んできた。パリッとしたシーツを膝で踏みつけながら近づいてくる。崩れた髪の毛を解くために、頭まで洗って来たらしい。化粧気のない睫毛なのに、長く物憂げな印象。

 部屋をオレンジ色にぼんやりと照らしている照明。彼女の髪色もそのせいか若干赤みが強く感じる。

「あの日からあたしの答えは変わってないさ」

 ジュリアは、両手で晶也を引き寄せながら言った。

「晶也はあたしにとって大事な人だ。世界中の誰もがあんたを嫌いになっても、あたしだけはきっと」

 だからその大事って感情は、どこから来たんだよ。でも。

「よく分からないけど、嬉しいのは確かだな」

 ジュリアはふふん、と鼻を鳴らした。「よく分からないものを説明できる魔法が、この世界にはあるからな」

 なんだろう、ロックかな。

 

 

 しばらくお互い無言でいると、やがて焦れたようにジュリアが口を開いた。

「……それで、どうしよっか」

「……ずるいな、お前」

「いいじゃないか。いつもみたいにあたしのカンガルーになれば」

 今やぬいぐるみを抱いて眠ることを隠さなくなっていたジュリアが、笑いながら手招く。本当にずるい。

 布団カバーの冷たさを言い訳に、ジュリアの熱を求める。広い布団の中で柔らかな身体が自分の身体へと預けてくる体温を、晶也は拒絶しなかった。できるわけがない。

 彼女の身体に覆いかぶさり、互いの脚と指を絡めて深く。

 息が荒くなり、体温が上がる。唇までの距離が短い。

「初めは渋ってたくせに、すっかりその気だな」

「まあ、な」晶也は苦く笑った。「でも具合悪くなったらすぐに言えよ」

 優しく弛んだ彼女の口元に唇を重ね、二度三度。思考力と判断力が奪われていくような感覚。左手の中指でジュリアの首筋を撫でると、彼女はくすぐったそうに肩を左右に揺らしていて。

 

 ――と。

 一連の判断自体が間違っていたのだろう。

 この時、晶也は気づけなかった。あとで冷静になって考えてみれば、どれもこれも危険極まりないことだったのに。

 何となく浮ついた、しかし果てしなく穏やかな時間は、長くは続かなかった。

 

 それは、本当に何気ない言葉だった。

「……あんたの手って、意外と硬いよな。手というか指先かな」

 まさに、ぽんと浮かんできた感想だったに違いない。「何かスポーツでもやってたの?」と訊きたげな声色。するりとジュリアの口から出た、何の含みのない言葉はしかし、晶也の心のある一点を鋭く突くこととなる。

 咄嗟に手を引っ込めてしまった。そんなことをすれば、自分から後ろめたいことがあると言っているようなものだ。瞬時に「マズい」と思った。……思ったときには、もう遅い。

 ジュリアの顔に、はっと息をのむ気配が走った。同時に時も止まったような心地がした。

 

 動揺で鼓動が激しく打つのを感じる。彼女にそれを悟られないようにするので精いっぱいだった。

 ジュリアはきつく唇を結んで、晶也を、いや、晶也の心の裡を睨みつけてきている。

 息が詰まりそうだった。晶也はすでに劣勢へ回っている。万事休すとはこのことか。後ずさることすらできない。

 重い沈黙が続く中で彼女の二つも三つも感情を含んだ視線に耐えていたが、やはり、逸らしてしまった。

 ――無理だよな。

 

 否でも応でも思い至るだろう。なぜなら、彼女も()()()の持ち主なのだから。

 耳元でする声は、小さく震えていた。

 

「……もしかして晶也、弾いてたのか――――?」

 

 俺の世界が動き出し、彼女との時が止まった。

 一連の判断自体が間違っていたのだろう。……最初から。

 その時初めて、晶也は後悔した。なにも、こんな時に。……最悪だ。

 

 





 奏いてきた者の勲章。ギタータコ。
 磁界は晶也の過去の回収を、と思います。
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