『あたしがジュリアでいるうちは』   作:撫音

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     対峙した果てに(3)

 

 次の朝限りは、ジュリアと向かい合う勇気がなかった。

 目覚まし時計が鳴るよりも早く、目が醒める。夢は見ていなかったと思うけど休まった気もしない。頭が特に。

 こんなに重苦しい朝も、滅多にない。音を立てずにカーテンを引き開け、晶也は外の暗さに白い息を吐くことになる。まだ五時じゃねえか。が、再び布団を被ったところで、到底二度寝ができる気もしなかった。枕もとの電気のリモコンを手に取る。

 

 昨日はまさかあのまま行為の続きができるはずもなく、晶也は無力感に襲われていた。直前までの熱い何かが、急激に冷めていく感覚。

 目と鼻の先にある、愕然としたジュリアの表情。裏打ちされるは驚愕の他に微かな軽蔑。はじめ晶也がはぐらかしたでせいでもあった。

「俺が? そんなはずがねえよ」

「晶也」

 冗談ごかして笑っても、薄い紅をさした彼女の唇は笑わなかった。感情の一切を欠落させたような瞳。もはや、晶也の知っている照れ屋な彼女の面影はどこにもなかった。心底呆れられているようにも見える。

「考えてみれば……そうだよな」

 なんで気が付かなかったんだろう。彼女は呟いた。

「……おじいちゃんが奏いてて、あんたが奏いてない訳がない――」

 ジュリアは相も変わらず無表情。これで、演技をしているのだとしたら、とんだ大物役者だ。

 ――本当に知らなかったのか……?

 

 ふと捨て鉢な気分になった。自嘲と惨めさとが交錯する。申し開きの言葉は嫌というほど思い浮かんできたものの、何を言っても届かない予感。感情を繕う気にもなれず、晶也は「隠す気はなかったんだけどな」と消え入りそうな声で言った。

 そういったなりで、後の言葉が続かなかった。それも更に歯切れの悪い印象を与えてしまったのかもしれない。彼女は体を起こすと、声を荒げる。どうして、と。

「なんで言ってくれなかったんだよ……!」

 言ってくれれば、好みのCDの共有ももっと沢山できただろうし、一緒に楽器屋に行ったり、読んでる音楽雑誌の話も沢山できたし、セッションもできたのに。

「半年だぜ!?」

 今にも何かが崩れてしまいそうな予感。それが何かは解らないけれど。

 

 そうかもな。彼女の言う存在した可能性のある過去。晶也とて望んだことは一度や二度ではなかった。

 ――どうして。

 どうしてってそりゃあ、そんな単純な話じゃないからだよ。弾いている、じゃないから。弾いていた、だから。

 それでも答えられなかった。答えることが恐ろしいことのように感じて。

 

 ねっとりと重たい沈黙に追い立てられるように小さく首を振ると、そんな晶也の顔にあきらめの色が浮かんだのを認めて、彼女は忌々しげな顔をした。うんざりって感じのジュリアである。

「隠す気はなかった、ってなんだよこの……」

 

 ――――嘘つき。

 

 

 思い出すと、こめかみのあたりが冷たくなる。

「情けねえな……」

 布団を剥ぎ棄て呟いた。嘘つきか。彼女の言う通りだ。万事身から出た錆。全て己の心の弱さが招いたことである。

 所詮は時間の問題だった。この関係がいつまで続くものなのか、晶也は知らないが、いずれこうなることは解っていた。解っていたが、覚悟が出来ていなかった。

 言いようのない慙愧の念が込み上げて、身体が震えた。思えばこんな自分が、ジュリアの心情の何を知ったように振舞っていたのだろう。最悪なのは、自分だ。そのままふらふらと洗面所に向かう。蛇口をひねり、顔を上げてみる。

 鏡に映る自身の顔。苦笑か自嘲の笑みを浮かべようとして、けれど、どちらも巧くいかなかった。右の頬にだけ僅かにえくぼができた、どっちつかずの中途半端で酷い顔。本当に情けない。ふらりと風に煽られるような眩暈がした。

 もう一度ため息が出た、水が出しっぱなしになっていることなど、どうでもよかった。

 

 ホテルでのこと。フロントに連絡し、解錠をしてもらったのは入室してから三十分も経っていなかったのではないだろうか。スタッフは、随分と忙しないカップルに思ったかもしれない。まあ、二度と行くことはないだろうさ。

 駅へ向かおうとすると、ジュリアは「あたし、寄るところがあるから」と言った。

「お前、安静にしてろって青葉さんに――」

「うるさい」

 それが昨日最後に聞いた彼女の声。刺すような拒絶が混じっていることが、よく分かる声色だった。

 

 その後ジュリアがどこへ向かったのかは知らない。結局、帰ってきたのは十時頃だ。晶也も自室に居たので扉の音を聞いただけで、顔は合わせていない。ジュリアはそれからずっと部屋に籠っていると思う。ホテルでシャワーを浴びていてよかったな、と黒い感情が浮かんだ自分に一層厭気が差した。

 リビングに戻る。

 昨晩ラップをかけて置いておいた彼女の分の夕食に、手を付けられた痕跡はなく、朝になった今も一ミリたりとも動いていない。二号半の米を炊くことがすっかり習慣染みてしまっているからな。再び変な笑いが洩れる。

 もしこの生活が幕を閉じた時に、それが抜けなかったら寂しくなるのだろうか。ふとそんなことを思った。

 

 

 昨日シアターで美咲と約束したことだ。ジュリアは今日、大事を取ってシアターには行かないことになっている。病院が優先だ。

 すなわち普段通りの時間に彼女が起きてくるとは限らないが、今顔を合わせるのは限りなく気まずい。おにぎりを四つ握ると、そのうちの二つを鞄に放り込む。

 学校の向かいの通りに早朝から開いている喫茶店があったはずだ。午前六時。晶也は逃げるように家を出ていた。

 今まさに、こうして向き合わなければいけないことを避けている自分こそ、意気地なしにも程がある。

 楽器。今までも、そうだったか。時間に解決を委ねようとするなんて、確かに、ろくでもない。

 ため息をついて、地面をけった。

 

 

        ☆☆ ☆☆

 

 

 午前中、何度ノートを取る手が止まっていたことだろう。気がつけば昼休みに突入していた。

 気の早い女子生徒が放課後の予定を話し合っているような、課題の終わっていない男子生徒が友人のプリントを丸写ししているような、弛緩した時間。

 小学生の頃は皆、多少天気が悪くてもチャイムが鳴るなり外へ駆け出していたのになあ。どうでもいいことばかりが思考回路の大半を占めてしまいそうな今日の晶也。そうでもしないとジュリアと楽器のことをあれこれ考えてしまうから。

 とりあえず……購買行くか。

 

 寝不足の身体に鞭打って教室を出る――と。

 廊下で出会ったのは昨年度のクラスメイトの七里(しちり)千波(ゆきは)。健康的に焼けた肌色に、邪気のない笑い方をする男。あんまり誉めても調子に乗るだけだ。そんな奴。

「よう」だか「おう」だか。一言だけの、極めて軽いご挨拶。それが今年に入ってからの二人の日常だった。クラスが変わればこうなってしまうのは、どこにいたって変わらない。

 さりとて今日はそれだけに止まらなかった。すれ違ったかと思いきや、千波が振り返り、呑気な口調で呼び止めてくる。

「あ、晶也ぁどこ行くの?」

「購買。昼飯足りなくてさ」

「ちょっと待ってて。俺も行く」

 見れば千波は教科書と筆箱を抱えている。移動教室から戻ってきたところらしい。一緒にいた二人の男子生徒に「先戻るわ」と声をかけいそいそと二年三組の教室へ入っていく千波の背を眺めていると、ふと、彼との出会いが蘇ってきた。

 千波は晶也が高校に入学して、一番最初にできた友人である。昨年度のクラスメイトと紹介したが、七里と志吹……出席番号が前後だったのである。入学式前こそまだ会話を交わさなかったものの、式後、教室で配布物を回す流れで自然に話すようになっていた。随分と調子の良さそうな奴だと思ったが、悪い奴でもないと感じたことも事実。

 その時感じた不思議な親しみが、勘違いではなかったと分かるのはそのすぐ、翌日のことだ。

 

「おまたせ」

 足音と共に飛び込んできた千波の声に思考が中断させられる。「惣菜パン残ってるかな」

「……人気らしいもんな、あれ」

「珍しいよな、お前が購買行くの」

「そうなんだよ、今朝はちょっと色々あってさ」

 厳密に言うと昨日だが、そもそも引っ越しのことすら伝えていない。千波の記憶の中ではまだ晶也は母と二人暮らしのはずだ。――って考えるとまずいな。

 肩を竦める晶也。あたかもその中身を訊いて欲しそうな言い方をしてしまったが、千波はドライな声で「へえ」と頷くにとどめた。代わりに彼が興味を持ったのは別のことのようだ。五時間目なに? と訊かれた。

「科目?」首を傾げる。「それなら古文だけど」

「杉山?」

「そう」

 教師名まで言い当てられたところで、千波の意図が読めずにいる晶也。「なんだよ」と唸る。

「じゃあ平気だな」

「平気って何が」

 しれっと、しかしどこかしら満足げに千波は頬を緩めた。

「帰ろうぜ。カラオケでも行こう」

 

 

 七里千波という男はサボりに躊躇いがない。これは初めて知ったことだ。

 晶也が教室で鞄に教科書を詰めていると、すでに千波の姿が隣にあった。こいつ、試験前だというのに置き勉十割じゃあるまいな。ましてや教師の許可など取っているはずがない。

 クラスメイトの視線が痛い中、友人の一人に早退を言付けた。間違いなく週明けに反省文だ。

 やはり千波はそれをものともしない態度で、職員室に一番近い階段(それが最も下駄箱にも近い)を下ってゆく。

 もっとも晶也自身、後ろめたさこそあるものの、サボりの経験が無いわけじゃない。今年度だけでも二度。一周忌法要は土曜日なのに、祖父の命日の木曜日には福岡入りをしたこと。ジュリアを迎えに空港まで行ったこと。

 少々怖気づきながらローファーに足を滑り込む。早退は初めてのことだが、彼の提案に二つ返事で乗ったのは、あのまま授業を受けていても一向に集中できないことが分かっていたからである。

 

 校門前の緩やかな勾配を下りながら、晶也は千波に尋ねていた。

「お前、普段もこうしてサボってないだろうな」

「なんでだよ」

「落ち着きすぎ」

 ああ、と千波はネクタイを緩めながら言う。

「普段はやらねえ。今日は金曜だから別にいいかと思ってな」

 笑いを含んだ声だった。確かに、金曜日の早退は土日を挟むため、生活指導教員の怒りも幾分か和らぐことだろう。ただ、彼が言いたいのはそちらではないはずだ。分かっているとも。

 一息ついて、ゆっくりと正解を口にする。

「…………金曜日は()()、無いもんな」

「イエス」と、千波はちょっと得意そうに答えた。

「知ってるよ」

 一日を通してどこか調子のいい千波。そんな彼と、比較的しっかり者な晶也がこうして仲が良い理由。なにも席が前後だったからだけではないのだから。

 共通の趣味は互いの距離を一度に縮める。心的な近さを感じるためだろう。

 さりとて結んだのは心に限らず、音も。そういうことだ。晶也は一年の時、彼と共に軽音楽部に入部し、そこで彼とバンドを組んでいた。

 

 ころころと表情の変わる千波の横顔を見ながら、ひとり晶也は先ほど中断した記憶を、再度拾い集めてみる。

 そう遠い話でもないのに、どこか懐かしい。クラスの自己紹介の時間が設けられたのは、入学して二日目のホームルームの時間だった。

「七里千波です。昔っからギターやってました、軽音楽部入ろうと思ってます」

 これが、晶也にとって最も印象的な言葉だ。志吹晶也の一つ前。毅然とした声で言った彼から受けた衝撃は今でも容易に思い出すことができる。音楽に興味がある連中や、吹奏楽部の友人。中学時代にも様々居たが、千波は何かが違うと感じたことも。

 ――え、お前も軽音? 仮入部(かりにゅう)始まったら一緒に行かねえ?

 ――俺も誘おうと思ってさ。

 そんな彼とはすぐに意気投合した。放課後は駅前のハンバーガーショップで四方山話に花を咲かせたが、話題の中心はやはっり音楽だった。お互いがその世界にのめり込んだ理由や、好きなアーティストの話をして、陽が沈んだ頃に解散した。

 仮入部期間が開放されるや二人して音楽室に駆けた。初日から自分の楽器を持っていくのは()()()出て痛いかな、なんて憂慮も二人揃えば全く気にならなかった。

 

 

「ほんで、どこ行く?」

 購買で買ったカレーパンにかぶりつきながら千波が言う。漂う独特なスパイスの香りに、食欲がぐいぐい刺激される。晶也も出かけに握ったおにぎりを二つ取り出すと、片方の包みを剥いで一口齧った。

「ん、お前ん()アルミ派なんだ」

「ああ。ジュ……じゃねえや、テレビで前にアルミホイルで包んだ方が味が長持ちするって見かけてさ」

「へーえ」

 いつもながらやる気があるのかないのか判断しかねる受け答えで千波は返事をした。「(うち)はラップだ」

 どうでもいいさ。もう一つのおにぎりをいたずらに掌で遊ばせながら、晶也は話を戻す。

「カラオケ行くんじゃねえの?」

「んにゃ、単に外出たい気分だっただけだから、どこでもいい」

 だったらわざわざ早抜けせずとも放課後で良かったんじゃないか。声には出さずに千波の顔を見た。ひとまず駅を目指しているらしい。日々往復している道を往く。

 晶也の表情から言いたいことを汲み取ったか、

「まあ、お前とこうして歩くの久しぶりだからいいじゃん」

 視線を前に向けたまま、なおも平坦な口調が続く。「俺も五時間目退屈な授業だったし」

 

 そんな彼の言葉に何かしらの感情が込められたことがありありと伝わったのはこの次。

「……一年と半年か」

 赤信号で立ち止まった時だった。いつまでも楽しいシーンの回想だけに浸れない。今までの会話が瀬踏みに過ぎなかったことなど、初めから分かっていた。

「お前、結局あれから一回も――」

 下に続く言葉は「弾いてないのか?」である。ずっと尋ねたかったのだろう。

 答えるべきかどうか迷ってから、「どう思う?」と呟いた。

 

 短い人生にとってはもうとっくに過去になったものだが、晶也には確かに千波とバンドを組んでいた時期がある。

 といっても、所属していたのはたったの二か月間だ。ちょうど二か月。説明するまでもなく祖父の命日に退部を決めた。部活動を必須としない高校で、晶也はそれ以降はずっと帰宅部を続けている。

 

 晶也がリズム・ギターで、千波がリード・ギターだった。衝突することもなく分かれた。メロディを弾くパートがリード・ギターだが、なるほど「カッコいいから」という理由で楽器を始めた千波らしい。華やかだし、メロディーラインが奏けた方がまず楽しい。声に張りがあるとボーカルも彼が担うことになって。

 ――オーケー。そしたら俺がサイドだな。

 ――あ、お前そのサイド・ギターっての、止めてくんねえ。上下関係あるみたいで嫌いだから。

 ――陰ながら支える感じだからいいだろ。ええと、じゃあバッキング・ギターって言うか。

 ――止めろ、そしたらお前の方がなんかカッコいいじゃねえか。普通にリズム・ギターでいい。

 注文の多い男だ。恐らく彼は上手(かみて)ギターや下手(しもて)ギターといった言い回しも快く思っていないに違いない。晶也は笑った。

 そんなやり取りから始まった二人の軽音楽生活。ベースとドラムもすぐに見つかった。ゴールデンウィークに入っても、中一日平日を挟んだためでもあるが、福岡には帰らず、大半を彼らと音を重ねることに専念した。今は……してしまった、と言うべきだろうか。

 福岡に、祖父のもとへ帰らなかった。楽器をすっぱり辞められた理由には、そんな後ろめたさもあるのだから。

 

 

「どうって……そりゃあ、あれだけ言っても揺らがなかったんだから、ないよな」

 釈然としない面持ちで千波が言うので、晶也は渋々と頷いた。「バレたか」

 期待させやがって、と悪態をついた千波だが、本音そのものという声色ではない。カレーパンの包みを器用に袋に仕舞うと、不満そうに鼻を鳴らす。

「つーか、思い出したように弾き始めてたら殴るわ」

「どちらにしてもキレてるな、お前」

「たりめえだ」

 吸いもしない煙草の煙を吐くように、少しだけ空を仰いで彼は白い息を吐いていた。どこか安堵の入り混じったような、力抜けをしたような。ほう、っと息を吐くと同じように靄が生じた。今の自分の胸裡みたいな。底冷えするほどの季節になりつつある。

「あのな、そりゃあ再開してほしいとは思うさ。まだ十分取り返せる時間だろ」

 ――時間ね。晶也はちょっと躊躇った後、答えた。

「弾くだけならまあ、な」

 左手を前に、指先を見つめながら。

 楽器が身体に馴染んでくる頃から、毎回同じ指先の位置で弦を押さえられるようになる。決まった箇所に負荷がかかることで硬化した指先の皮膚。ジュリアにバレた原因――ギタータコだ。

 ペンダコがそう簡単に消えないのと同じ。時間をかけじっくり育て上がったそれは、一年やそこらじゃ無くならない。本来は努力の証たるものだが、昨日に限っては裏目に出たな。たぶん、唯一といっていいくらいのデメリットだ。

 

 

 楽器を辞めることに一番反対したのが千波だった。今思えば、ひどく執拗に引き留めてくれていたのだが、晶也はその全てを拒んだ。あれにも拒絶という単語が最適だったと思う。もう以前のようには奏けない、と。

 晶也の脱退により、バンドが壊滅状態に陥ったわけではない。所詮は二か月。経験者が寄って集まっただけのグループだったし、まだ正式な名前も本格的な目的もない時期だった。新しいギターもすぐに見つかったという。

 ただ、千波とは顔を合わせづらくなった。ちょうどその頃クラスで初めての席替えがあり、休み時間の会話も次第に減ってゆく。クラスの女子たちはそんな二人の態度を「音楽性の違い」などとひそひそ噂した。

 千波は長い夏が開けるとついには何も言ってこなくなった。これ以上言っても無駄だと諦めたのか、休み中のライブを経てバンド内の絆がより深まったか。あるいは、その両方だったのか。

「なあ晶也」

 千波が吐き出す息で名を呼んで、「あの頃はホント、無駄な時間だったよなあ」と零した。

「マジでとっとと仲直りしときゃ良かったぜ」

「俺が一方的に悪いだけだろ」

「だから来てくれたんだろ?」

 二人の仲は一年前の文化祭時まで拗れることとなる。きっかけというのが、晶也が彼ら……かつてのメンバーの文化祭ライブを観に行ったからという至極単純なものであったが、一度すれ違った関係の修復はそう優しくない。

 千波との間には、依然顔を合わせてもどこか気まずい空気が流れていた。その正体もまた簡単至極、晶也が未だ楽器に触れることを拒んでいるからだ。互いをあからさまに避けることはなくなったが、以前のように会話が弾むわけでもない。

「そもそもあれ、仲違いだったっけ?」

「分かんねー」

 

 お互い、「もう気にしていない」という想いを相手に伝えた。しかし音楽を介して通じた仲だ。それを失うと、どうしても――。

 まあ、いざこうして話してみると思いのほか大丈夫で拍子抜けしそうになるんだけど。それはひとえに彼の性格のお陰なのだろうか。二つ目のおにぎりも食べ終えて、一呼吸。

「つーか俺、さっきの購買も若干気まずかったんだけど」

「ハハァ。クラス変わってから遊んでねーもんな。最近お前忙しそうってか充実してるっぽいし。また女でもできたか。俺は寂しいぜ」

「またも何もないだろ……」

 ため息交じりに空を眺める晶也に対して、

「よしっ。目的地が決まった!」

 続けざまに千波は、鬱々とした空気を払拭するような明るい声を出した。わざとらしくて、白々しい。それが意図的なものだと見抜けてしまうのもまた、彼の人の良さが伺えるから晶也は好きだった。

 だから一拍置いて、彼の創り出した穏やかな空気に声を混ぜる。「どこにでも付き合うさ」すでにサボった(よしみ)である。なんせ、週明けに説教と反省文が待ち受けているのは免れないのだから。

 

 

「別に音楽に触れることまでが嫌になったってワケじゃないんだろ?」

「――ん?」

「久々に行こうぜ、ギターショップ」

 予想外の回答に、しかし努めて声を励ました。なるほど、良くはないけど「悪くないね」

 

 





 どの作品に於いても主人公の友人枠というのは非常に好きな存在です。自分で書くといつもどこかお調子者が出来上がってしまうのですが。

「千波」で「ゆきは」と読むのですが、執筆時は「ちなみ」で変換しているので頭がそうなっています。読者の皆様も恐らく「ちなみ」読みになると思います。

 主人公の名前が一目で分かる「晶也」になった理由でした。

 2020/5/28 撫音
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