『あたしがジュリアでいるうちは』   作:撫音

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     こどもみたいに(3)

 

 最悪なスタートを切った練習が、一筋縄でいくわけがない。

 全体曲、ユニット曲。順調に仕上がってゆく定期公演の全容に対し、依然として『流星群』の仕上がりは悪かった。初日ほどの衝突は減ったものの、翼が素直に従ってくれることも少ない。時間がないと焦れば焦るほど、ギターを鳴らす指の動きも悪くなってゆき、悪循環とはこのことかと覚えていたジュリア。

 あの日、なんとなくだと言い放った翼の、何を当たり前のことをと言わんばかりの表情は今も脳裏にくっきりと刻まれていた。その言葉自体も不吉な予言のようにジュリアの鼓膜の内側を震わせているのだ。翼のことを気にして自分の演奏が疎かになっていれば本末転倒だ。山積みの課題。こんなユニットでは、きっとそのうち問題を引き起こすに違いない……。

 されども時間は残酷である。改善策も見当たらぬうちに本番は翌日に迫り、迎えるはリハーサル。そしてこの日、ただでさえ余裕の無いジュリアの苛立ちが、とうとう沸点に達する出来事が起こった。

 

「遅刻ってどういうことだよ!?」

 

 それは開始時間の十分前のこと。

 いつまでも舞台裏に現れない翼にしびれを切らして電話をかけると、思いがけぬ返事が飛び込んできた。プロの世界以前の振る舞いに、ジュリアの胸の内では砂塵が激しく舞い上がった。「昨日言ったよな!? リハには絶対遅れるなって!」

 スマートフォンを片手に怒鳴ったジュリアの剣幕にステージ裏がしんとなる。いくつもの視線が注がれたが、構わなかった。だって、まさかリハに来ないだなんて思わない。そんな感情の嵐に息苦しさすら感じ始めるジュリアに、

「ジュリアさん、代わります」

 この日も瑞希はやわらかい声をかける。変わらない声色にジュリアもようやく息をつくことができた。

「こちらは任せて、準備してください」

 瑞希の視線がギタースタンドに向くと、黙って頷いた。

 二度目の調弦を済ませ、ストラップを肩に回す。自分の胸騒ぎが的中したのを悟っていた。ここのところ神経質になっている。ジュリアは、しばらく黙ったまま衛星機器のような形の照明を見つめていた。

 ――切り替えろ。

 

 曲目の順番の話をすると、今回の公演で『流星群』は四曲目に組み込まれることとなった。だが、他所(よそ)の会場を借りた公演とは異なり、常に使うことのできるステージがあるシアターに於いて、前日のリハーサルでも一部通しで行われないことはある。例えば恒例の一曲目である『Brand New Theater』は、スケジュールの都合上後回しになることがある等。

 それでも、先延ばしにしてもらうには限度がある。ジュリアは震える両手を握りしめ、額に当てた。瑞希が差し出してくる画面に表示された通話終了の文字。「伊吹さん、まだまだかかるようです」

「……分かった。ミズキ、二人だけでやろう」

 悔いを込める。瑞希が頷くと、ジュリアは舞台袖を向いて声を張った。

「――すみません! とりあえず翼抜きでお願いします!」

 歌い方には口うるさくしている手前、少しばかりは目を瞑るつもりでいた。シアターのどこかでのんびりしているのだろうと高をくくっていた。だけど……やっぱり、ダメじゃないか。モーニングコールが必要なほど、おこちゃまだってのか?

 ジュリアは唇を噛みしめ、からっぽのマイクスタンドを睨みつけた。怒りをぶつけるかのように歌う『流星群』は、きっと――。

 

「えーと、ジュリアーノ、ごめんなさい。昨日夜更かししたら起きれなくて……」

 遠慮がちに開かれた楽屋の扉。全ての進行確認が済んでのことだった。

 いかにも面目なさそうな声を出した翼に向かって、いち早く目を吊り上げたのは静香である。「あなたいい加減に遅刻癖直しなさい! ジュリアさんにも散々言われてたでしょう!」

 ――遅刻癖、ねえ。

 ここ数日のレッスンで身に染みたことだが、伊吹翼という少女はとにかく気分屋だった。しつこく刺した釘でも抜いてしまう。そんな態度にも現れる、曖昧な志。ジュリアは少し押し黙ってから、言った。

「まずは、リハ済ませて来い。スタッフにも謝れよ」

 話をするのはそれからだ。声のトーンを落とす。

「ほら、行くわよ」

 翼が静香に背を押されるように楽屋を後にすると、ジュリアは大きくうなだれた。残ったアイドルから、心配するような視線が注がれる。それもそのはずだ。冷静さを欠いている自覚があった。それでも本番は明日なのだ。これ以上ことを荒げたくなかったが、『流星群』の仕上がりに到底納得などできていない。……どうするのが正解なんだろうな。

 ジュリアの足元に影が現れた。顔を上げると深刻な顔をした瑞希だった。

「すみません。私の注意不足です。もっと早くに確認しておけば……」

 聞けば彼女はリハーサルの一時間前にはシアターに来ていたという。寝坊助なジュリアとは大違いだ。

「馬鹿言うなよ。ミズキのせいなワケがないだろ。そこまで面倒見てやる必要はない。アイツが時間を守らなかったことがいけないんだよ」

「ですが…………。いえ……伊吹さんとの話し合いなら私も同席しましょうか?」

 真壁瑞希は優しい。ジュリアはそれが分かっているからこそ、その澄んだ声に小さく頭を振った。

「翼のやつ、ミズキがいると甘えるからな」

 すると瑞希の形のよい眉根が寄った。心配しているのだと分かった。気持ちを汲んでジュリアは「分かってるさ」と口元を緩める。

「口調には気をつけるからさあ。あたしだって、別に意地悪がしたいワケじゃないんだし」

 ましてや喧嘩がしたいワケでもない。言いながら、ジュリアは少しうつむき加減になった。初日の言い争い以降、翼はより瑞希に懐いている。ひとえに彼女の優しさのお陰だ。瑞希が間に入ってくれることで、なんとか練習は前に進んでいたのだ。

「ミズキには感謝してるよ。正直、ミズキがいてくれなきゃ怪しい場面が何度あったことか」

「いえ……」

「だけど……今回ばかりは、ガツンと言ってやらなきゃいけないと思うんだ」

 うかうか見過ごすわけにはいかない理由(ワケ)があった。

 

 ――アイドルになってから、分かったことがある。

 

 アイドルっていったらあれだろ? ヒラヒラの服着ながら歌って踊る――。昔のあたし。揶揄していたわけじゃない。ただ、知らなかっただけで。

 あたしは音楽が好きだ。ロックが好きだ。歌が好きだ。

 芸術というのはみんなどこかしらに異質さを抱えている。その中でも音楽は『時間芸術』と呼ばれているものだ。誰もがどこかで、聞いたことがあると思う。

 一度発した音は、取り消すことはできないということ。止めることもできないということ。やり直しがきかないということ。そして、残らないということ。

 ()()()()()にとって音は、何より儚いものだ。音楽には、限られた時間の中でしか生きることの出来ない儚さがある。だからこそ、一音を、一瞬を、逃さないように心を込めながら刻み続ける。そんなブレることのない、ロックな魂。

 あの日の衝撃を、先輩たちのレッスンを始めて見せてもらった日のことをジュリアは忘れることができない。歌に、ダンスに、表現に真摯なその姿勢。そう、忘れもしない。()()()()にもそれがあったから、あたしはアイドルになろうと決めた。

 

 ジュリアはじっと自分の指を見た。知らないことが、山とあった。

 ――知らなかった。絶えぬ笑顔の裏にある、相応の苦労や悩みでさえ。

 あたしはここで、どんなに華々しく見える世界だって、現実は違うんだなって気が付く。それを生業とした人たちが皆その身を削って、華々しい世界を創っているんだって。表に出る人間だけじゃない。衣装を考える人、ステージ構成を決める人、照明やローディーをはじめとする裏方の人たちの努力があって初めて輝く舞台を再現を可能にしている。

「……全員が本気なんだよ」

 ――バンド時代もギラギラした連中で溢れかえってたけどな。

 でもここは、それまでとは似て非なる大人の世界。そこには強力な引力があるみたいで、知りたいことも海のようにあった。必ずしも日々の充実感には直結するとは限らない。確約された成功の物語でもない。それでもみんなは必死に頑張っている。

「みんなが真剣な世界で、中途半端な志でアイドルやってるような翼に腹が立ったっつーか」

 舞台は、そんな大勢の人が支えている。たった一人の遅刻なんかに踏みにじられていいはずがない。

 ジュリアが言い放つと同時に正午を知らせる鐘が鳴った。楽屋には意匠の凝った振り子時計がある。社長の趣味なのだろう。重厚感のあるゆるやかな音色に絆されたかのように、ジュリアはふっと息を吐きだした。

「とりあえず、飯にしようぜ」

「そうですね」

 努めて明るく言うと、瑞希も優しく微笑んだ。

 

 

        ☆☆

 

 

「……デビューしたばかりの頃、妙にピリピリしてた時期があったよな」

 休日にも関わらず早起きして作ってくれた晶也の弁当が半分減った頃、まるで雑談を持ちかけるような口調で、ジュリアは口を開いた。「ミズキも憶えてるだろ?」

 ()()()()()()()()

 それはミリオンスターズに存在する、有り体の区分のことだ。 誰が言い出したのかは分からないが、内実は文字通りスカウト組はプロデューサー、あるいは社長から直々に声をかけられ765プロに所属することになったメンバーを指し、一般組とはオーディションを勝ち抜いてデビューしたメンバーを指している。もちろんジュリアは前者だ。

 特別、何らかの優劣を付けたわけではなかった。けれどもお互いに意識しあっていた時期が、確かにあったということを。

「はい。憶えています」

「初めは焦ったよなあ。ずっとアイドルに憧れていた一般組の熱、見せられてさ。知識不足を感じるわ、意識の違いを思い知らされるわで」

 スカウト組と一般組。大きく異なるのはそんな肩書などではなく、心構えだと感じていた。すなわち「自ら望んだかどうか」という点にある。

 瑞希が頷くとジュリアは目を瞑った。劣等意識とでもいうべきか。高い倍率のオーディションを勝ち抜いた一般組。短時間の語らいですぐに分かってしまった。その背景に、一朝一夕では身に付くことのない努力や、焦がれてやまない憧れがあることを。

 だから気が付かなかったのだ。余裕がないのは彼女らも同じだったということに。

 かの『Fairy』公演後、打ち上げ時に志保が、こんな心情を打ち明けてくれた。

 ――ジュリアさんには歌があるじゃないですか。正直……羨ましかったです。

 その時、ジュリアの目は真ん丸になった。すると志保の表情が幾分か柔らかくなったように思えた。彼女はこう言った。スカウト組はいわば、すでに何らかを評価された存在。長く業界を知ったプロデューサーらの目にかなうだけの武器を、この世界で戦えるだけの能力を初めから持っている少女たちなのだと。

 ()()()()()()()()。自分のことをそう評価したことなどなかった。成程、そんな実力を裏付けされた者たちと比べられることから生じる、劣等感と焦燥感。

 ――あの頃、あたしたちは、お互いのことを知らなかった。だから……。

「やっぱりタイプ別公演はいい経験だった」

 立てかけられたレス・ポールを見つめながら、もう一度呟く。「本当に、いい経験だった」

 彼女ら一般組と心から認め合えたのは、そんな内なる感情さえも曝け出したことだとジュリアは信じている。境遇は違えど志を同じくする者同士、これまで幾度も共鳴し合ってきた。新鮮な感動を常に与えてくれる仲間兼ライバル。

「プロデューサーも言ってただろ? お互いを認め合うことが大切だって」

 それは第一のステップだったもの。彼の計らいにより、心から尊敬しあえる関係になったミリオンスターズ。

「あたしは翼ともそうありたい。本気になるってことを、アイツにも分かって欲しいんだ」

 

 力強く説くジュリアの熱を黙って受け止めてくれていた瑞希だが、そこでふと箸を止め、呟くように言った。

「伊吹さんは、果たして……本当に分かっていないのでしょうか」

「ん? だってそりゃあ、好き勝手歌って仕方なかったんだから……」

「もちろん、『流星群』はジュリアさんの曲ですので、ジュリアさんに合わせる必要はあると思います。ですが……」

 悩むような、ふと何かに気付いたような顔になった瑞希。やがて、ゆっくり瞬きをして続けた。

「ずっと考えていました。伊吹さんは、表現の仕方がジュリアさんとは全く異なるだけではないかと思うんです」

「…………」

「合わせること以上に大切なものが、伊吹さんにもあるのではないでしょうか」

 大切なものという言葉をジュリアは喉の奥で繰り返す。瑞希は声色を変えた。

「……先日。星井さん方のバックダンサーのオーディションがあったことを、憶えていますか?」

 黙って頷いた。忘れようがない。何しろ下の楽屋で憂鬱の種を膨らませていたのだ。最後の一口を頬張りながら、ジュリアはまだ頭の片隅で言葉を探していた。

 瑞希は力強く言葉を紡ぐ。「伊吹さんのダンスはそれは見事で、まるで空気が変わったようでした」

「……凄かったんだな」

「はい。凄かったんです」

 彼女がここまで誉めるのだから、相当のものだったのだろう。

 

 空気が変わる。そんな感覚をジュリアも客席で味わったことがある。眩しさ止まぬ舞台の上でアーティストの表情が変わった途端、空間がはさみで切り取られたようにピリッとするのだ。瞬間、全身の血が巡るような興奮が駆ける。

「あの翼が、ねえ」

 それと同類の佇まいをしただなんて。半信半疑でジュリアは返す。そこに瑞希は言葉を重ねた。

「それだけではありません」

 彼女を驚かせたことがもう一つ。それは待機中に他のメンバーのダンスを見つめる翼の瞳が、真剣そのものだったということだ。同期の雑談すら耳に入らないほどに集中して見入る彼女の姿は、それはそれは衝撃的だったという。

「……普段の伊吹さんからは、そうは見えないかもしれません。だけどとてもまっすぐでした」

 瑞希の声は、低かった。通常賛辞であれば興奮が伴いそうなものだが、その秘密を打ち明けるような厳かな声色の理由を、ジュリアも知っている。

「それでも……オーディションには落ちたんだな」

「……はい。私たちの誰から見ても、伊吹さんの当選は確実だったと思われていました。我那覇さんと四条さんも褒めていましたので」

「ん? でも先輩たちが決めたんだよな。プロデューサーに聞いてるぜ?」

 二つの一期生の名前に、反射的に尋ねると、瑞希はなぜか申し訳なさそうな顔をした。どうして、と言いかけてハッとした。もう一人いたことを思いだしたのだ。……いたじゃないか。響と貴音と、もう一人。

 瑞希は黙って頷く。それから告げられた言葉にジュリアは胸を衝かれ、何も返すことができなくなる。

 なぜなら――誰もが目を瞠った伊吹翼のパフォーマンスが、星井美希から、首を振られたというのだから。

 

 ――この前からあれはダメ、これはダメってそればっかり……。

 ぐわん、と脳が揺れた。翼の顔に落ちた翳を思い出した。そうか……あれは、そういうことだったのか。

 

「ジュリアさんは伊吹さんが本気ではないと言いました。ですが、私には伊吹さんも本物の熱意を持っているように思えました」

 口を引き結んだ。ダンスには向けられても、歌にはどうなんだろう。……と確信には至れていないジュリアの胸の裡を見透かすように、名前を呼ばれた。見えない何かに重大な決断を迫られた思いがする。

 ジュリアさん。瑞希はもう一度、今度はジュリアを見つめながら、言った。

 

 ――でしたら、どうか……もう一度素直な気持ちで、伊吹さんと向き合ってみてはどうでしょう。

 

 

        ☆☆

 

 

「えへ、ジュリアーノとお出かけするの初めてかも!」

 初めて、という言葉がちくりとした昼下がり。

 

 スタッフへの謝罪と最終確認を済ませて楽屋に戻って来た翼を、ジュリアは外に誘った。楽屋で座ったまま話すよりもこっちの方がいいと思ったからだ。翼は困り顔をしていた。怒鳴られる覚悟をしていたかのようだった。シアターの扉が閉まると同時に目をぎゅっと瞑る。

「待て待て! 違うっての! 気分転換でもどうか、って話。済ませて来たんだろ? リハーサル」

「気分転換……?」

 時間もないのに、どうして。彼女の表情が問いかけてくる。

「あー、その、なんだ。前日くらい交流を深めようというかだな……」

「え! いいんですか? えへ、ジュリアーノとお出かけするの――――」

 ジュリアもまた、戸惑っていた。必要なのは対話をすること。瑞希に言われたことが、頭の中で渦を巻いている。つまり、今の自分は翼と向き合ってないってことなのだろうか。

 二人の間にあるのはかつてない静けさ。気まずさを感じているのか、翼もどこか大人しい。かつてない……と考えると心が複雑に揺れた。認め合って、なんて言ったものの。

 ――確かに、あたし、翼としっかり接したことあったっけ……。

 瑞希の指摘が、初めて心の奥底に届いた瞬間だった。そんなジュリアの心情などちっとも知らない翼でさえ、「ジュリアと出かけるのは初めて」だと言ったのだ。認めざるを得ないだろう。

「……つーか、ジュリアだっつの」

 お馴染みの「ジュリアーノ」呼びは、いつしか翼が勝手に始めたもので、ジュリアは躱してばっかり。自分から歩み寄った経験は……どうだろう。ソリが合わないのではなく、合わせようとしていなかった……? 今回だって結局はコーラスメンバーに翼を指名したのはプロデューサーである。自分はそれに従ったに過ぎない。

 ひょっとしたら、あたしは翼のこと、なんにも分かっていないのかもしれない。そう感じた。この手にはかつてのあたしが「アイドル」に使っていたような、勝手な物差しがあるだけで。

 だってあたしはまだ、ミズキが言うような真剣な表情のできる伊吹翼を知らない。

 ――だとしたら。あたしに合わせろばっかりで、ちょっと失礼だったかもしれないな。

 

 ジュリアは、冷静に自分を分析した。翼にきつく当たっていた原因は、彼女が歌に真剣になってくれないから。

 人はそれぞれの価値観を持っている。多様なそれの共存を認めている上で、ただ、押しつけがましいのは如何なものだったろうか。瑞希の話を聞いて、あたしは確かな恥ずかしさを覚えたのだ。少なくともあたしは翼ほどダンスに真剣じゃなかったくせに……。

 知らず知らずのうちに力が込められていた拳を解く。

 ――ちょっとは翼にも合わせてみるか。

 そうすれば見えてくることもあるはずだ。伊吹翼という少女を知るところから、始めよう。コーラスのためにも、これからの関係のためにも。……あるいは、自分のためにも。

 沈鬱な顔つきで俯いていたジュリアは、やがて顔を上げると、努めて明るく尋ねてみた。

 

「えっと、翼はどこか行きたい場所……あるのか?」

 

 

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