『あたしがジュリアでいるうちは』   作:撫音

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第十三話 夢を照らす愛(1)

 

 掃除機をかけていると、晶也のポケットの中からスマートフォンが鳴り響いた。

 デフォルトで設定されているアップテンポな木琴の着信音。突然な音色にぎょっとした表情で手をポケットに差し込んだ。

 電話の着信というのは、どうしてこうも唐突なのだろう。様々な技術が進歩している現在。台風は衛星がとらえ、地震も速報が鳴り、地球に接近する隕石だっておそらく追跡されるが、こればかりは何の前触れもなく訪れるから、なんとなく心臓に悪い。

 どうせ千波からなのだ。

 脈絡のない着信はいつも彼からだ。一緒に学校を抜け出したあの日以来、彼からはよく通話の誘いが来る。期末考査に向けた勉強の誘いであったり、めっちゃイケてるインディーズバンドを発見したと熱っぽく語ってくれることもある。

 彼にジュリアとの同居はおろか、引っ越したことすら伝えていない晶也はその着信に都度気を揉まれているのだが、幸い今日はまだジュリアは帰ってきていない。掃除も済んだし、それまでは付き合おう。

 

 そう決めて画面を見つめると――着信は、そのカンガルーアイコンの彼女からのものだった。

 

 

『――うん、そう。いま訊いてるからちょっと待てって。あっ、もしもし晶也?』

 電話の向こうからの声が、静かな部屋に響き渡る。相手が一人ではないことを察した。

「もしもし。珍しいね、どうかした?」

『あのさ、えっと」

 いかにも言い淀んだ口調が晶也には意外だった。彼女が用件を告げるときに、回りくどい言い方をすることはあまりない。まどろっこしいことが苦手で、例えば一緒にクイズ番組を見ているときに「答えはCMのあとで」とでも言われれば即座にじれったいと膨らませるのがジュリアだ。

 はっきりとした性格の彼女が躊躇するのだから、きっと重大な何かが飛び出してくるに違いない。よって晶也はスマホを持つ手に力を込める。何を言われても驚かないぞ、というように。

『……今から、同期二人連れていきたいんだけど平気?』

「マジで!?」

 身構えていたのに、仰天してしまった。

『うわっ。びっくりした』

 びっくりしたのはこっちだよ。スマホを左手に持ち替えて、「うちに、だよな?」恐る恐る訊いてみる。

 電話越しに、そ、と短い返事があると体の内側に不思議な風が吹いた。それは春一番のような突風のようでもあるし、穏やかに稲穂を揺らす金風のようでもあった。本当に驚いたよ……。晶也の心は少しずつ膨らんでいく。しばし言葉を失ってスマートフォンを見つめていた。

 

 半地下ほどのライブハウスに足を運んでいることもあり、シアターの内外を問わず交流のあるという彼女だったが、誰かを招きたいと言い出すのは初めてのことだった。家に呼ぶほど親密な者はいないのか、いや、居候という立場上彼女に伏する遠慮なら知っていた。晶也が頑なに家賃を受け取ろうとしなかったためかもしれないが、普段はあれやこれやと先陣を切ってくれる彼女から散見される、どこか謙虚な振る舞いが散見されていた日々。

 一瞬、考える。だからこそ、そうした遠慮が薄れたと感じさせてくれる初めての申し出は、心から嬉しい。

『ゴメンな、なんか。言い出しっぺはあたしじゃないんだけど……』

 ――って、お前じゃないんかい。

 風船が針で突っつかれて、急激に萎んでゆくのを見ているような気分。察するに、ジュリアの家に行きたいと提案したアイドルがいるってことだ。それでも嬉しいよな。晶也は自分の胸に問いかける。そんな一見すれば打って変わって遠慮のないような誰かの存在は、なおも嬉しかった。

 だって、それだけジュリアに興味を持ち、親しくあろうとしてくれている――そういうことだろうから。

「なんか、安心した」

『安心? なんだよソレ』

「大歓迎ってことさ」

 晶也の声は朗らかだ。そんな少女に会うことができるというのも、また胸が躍る思いだった。

 

 ――ん……? あ、会う……?

「そっか……。うちに来るんだもんな、俺も、会えるんだよな……」

 ジュリアが友達を連れてくるということに驚くあまり、すっかり思い当たっていなかったのだ。

 晶也が落ち着きをなくてきたことを悟ったのか、

『ん? そりゃそうだろ?』ようやくいつもの屈託のない声が返ってくる。『さては、緊張してるな?』

 悪戯っ子のような声は聞きなれたアクセントだ。晶也は「してるよ」と正直に、ちょっぴりふてたような声を返す。

 だって、アイドルだぜ。たった一度客席からステージをやや見下ろすアングルで望見しただけの、文字通り遠く……違う世界の存在なのだから。

 

「だけど……大丈夫なの? 事情とかその辺」

 唾を飲み込んだ後、壁に背を寄せ掛けて晶也は尋ねた。

 家に招くとなると避けられない晶也の存在。『弟』の存在がどこまで行き渡っているのか分からない。いつだかのプリクラ事件は覚えているが、まだ全員に弁解できていないとジュリアは言っていた。

『ああ、そのことなら……』

 スピーカーからは幾分か潜めた声がしていた。『あんたの咄嗟力(アドリブ)に期待してるってコトで』

「あ、そ」

『できるだろ?』と、ジュリアのはにかむような声色。重ねて言う。『この前は問題なかったって聞いてるぜ』

 事務員の美咲のことを言っているのだとすぐに分かった。心の中に、反射的に浮かぶ姿があった。あのとき眠っていたジュリアは知らないはずだが、晶也は美咲のみならず、あの星井美希とも相対している。もっともそちらは全く冷静にとはいかず、終始鼓動はなり続けていたが。

 晶也は小さく息を吐き、ややあってから、

「まあね。任せな」

 あえて軽い調子で応えると、ジュリアは一瞬前までの涼しい調子に声を戻していた。とにかく、と話を先に進めたがるような言葉を使って、

『晶也にはいてもらわないと困るんだ』

 そんなことを言い出す。晶也ははあ、と首を傾げた。困るってことはないだろう。保護者でもあるまいに。

「重ねて悪いんだけど、あんたにお願いがあるんだよ」

「お願い?」

 えっとな、とスピーカーの向こうからノイズ交じりの咳ばらいが届く。その声に、晶也は観念する。それが再びとんでもないことを言い出す合図だと知っているから。

『晩御飯、追加で二人分お願いできる?』

「そりゃ……問題ないけど」

『なんだ、こっちは驚かないんだな』

「まさか。キリがないだけだよ。内心バクバクだぜ」

 あははっ、と調子のいい声が晶也の心をほぐす。

 あんたなら大丈夫。と、短い言葉に信頼を感じる。

『いつも通りでいいんだ』

 ジュリアは言った。晶也は頷く。

 いつも通り。いつも通りでいいのだ。

 彼女に珈琲を淹れるように。彼女の帰りを待つように。

 ジュリアの言葉は常に、晶也の心に立ち込めた不安を追い出してくれる。

 

 ――とはいっても。

「責任重大だな」と、少し乾いた口で返事をしながら冷蔵庫を開けてみた。主に週初めにまとめて商店街に繰り出す我が家の食糧事情。それらは有り合わせなら事足りるが、今を時めく若手アイドルに振舞うには忍びないラインナップになりそうだと訴えてきている。

「買い物行ってくるよ。あ、それとも、もう家の近く?」

『いや、まだかかるよ。今シアターの外だから』

「言われてみれば」

 微かに聞こえる波の音に、以前彼女がシアターの立地を褒めていたことを思い出していた。東京って場所は、ビルばっかりで人も大勢で、どこも音の洪水だと思っていたから、ああして海が奏でる穏やかなリズムは心地がいいよ――と。記憶によれば、彼女は周辺の飲食店にも興味を示していたはずだ。晶也はハンガーラックからコートを外すと、

「せっかくだからみんなで食ってくればいいのに」

『そうしたいのは山々なんだけど……いや、事情は帰ってから説明する。とにかく時間がないんだ』

「時間がない?」

 確かに口調からどこか急いた気配は感じていたが、外食をする余裕すらないなんて一体どうしたのだろう。打ち上げなどの有事以外はちゃんと帰ってきて共に食卓に向き合ってくれるジュリアだからこそ同期との機会は貴重だろうに……。そんなことをつらつらと考えていると、「それに」と言い添える声がした。

『あたしの可愛い弟の手料理を、二人に振舞ってやりたいだけさ」

 今度はあたかも自分の周辺にいるという、同期らに向けたような声だ。すでに『弟』の存在は周知のはずだが、アリバイ作りかっつうの。その後に、「くぅ」という小さな呻き声がした。恥ずかしい時に出る、彼女特有のそれが。

 だったら言わなきゃいいのに……。

 スマホの向こうで顔赤くなってるんだろうなあ。などと考えながら晶也もつい、空いてる手でぱたぱたと顔を扇いでいるのだった。

 

 

 長話はできないとばかりに、早口で電話を切られると、晶也もクリスマスシーズンならではの装飾が煌めく商店街へと急いで繰り出した。店先には特別なセールやイベントの案内が掲げられている。シャッターの前で演奏しているパフォーマーの姿も目に入ったが、普段ならつい歩みを止めてしまうそれらの光景も今日の晶也には届かない。

 アイドルたちとの出会いが刻一刻と近づいていく中で、思考の大部分を占めるもの。それは――。

「同期を二人……」

 矢継ぎ早に買い物を済ませ、調理に移りながらもずっと、晶也は深く考えていた。

 ――同期を二人連れてくる。

 

 ジュリアは明日、シアターの定期公演に出演する。その概要を雑談交じりに聞かせてくれていた。今回も『流星群』を歌うこと。そして、コーラスを取り入れたステージにすること。これからやってくる二人というのは恐らく、そこでバックコーラスを担当してくれるアイドルなのだろう。次第に沸き立つ鍋の水を見つめる。――でも。

「あいつ……言ってたよな」

 そのレッスンが非常に難航している、と。

 ジュリアはここ数日間ずっとかりかりしていた。晶也を前に愚痴こそむやみにこぼさないものの、余裕のなさと相まった苛立ちと焦りは目に見えるほどだった。あのままではまた歌声に反映されてしまうだろう。エンターテインメント。怒りを伝えることも、たまにはいい。しかし、今回は合唱(コーラス)なのだ。

 そこが問題だよなあ。今度は心の中で呟いた。

 

 ――どこか完璧主義者だからな、あいつ。不器用なくらい、まっすぐで。

 晶也はキッチンタイマーのスイッチを押すと目を瞑り、腕組みをしてしばらく考えてみる。

 レッスンが円滑を欠く原因ははっきりしていると、ジュリアは言っていた。「翼がどうにも自分勝手でさ」というため息の通り、ジュリアの悩みの大部分を占めているのが、翼のレッスンに対する姿勢……とりわけ歌い方にあったのである。

 

 練習風景までも事細かに聞いたわけではないし、伊吹翼というアイドルについても詳しく知らない晶也だが、なんとなく想像はできる。自分のやりたいステージを滅茶苦茶にされようものならたまったもんじゃないし、ジュリアが「合わせてほしい」と口うるさく言うことには頷ける。事実としてコーラスに協調性は不可欠だからだ。

 しかし、だからこそジュリア自身にも問題があるのではないか。そう考えてしまう。彼女がどんなに優れていようと、合唱においては個の力のみで素晴らしい音色を生み出すことはできない。大切だとされるのはメンバーが気持ちを一つに揃えること。

 極端だが、仮にそれがライブ後の打ち上げに向いていてもいいと思う。他人の考え方に寄り添ってみて、同じ方向を向いてみること。同じものを見ていることが、他とは一味違う強い結びつきになって美しいハーモニーを奏でるからだ。

 あるいは、バンドもそうだな。バンドをもし仮に一人の人間だとしたら――――。

 

 静寂が壊されたのはそんな折。ゴムボールのように頭の中を跳ねまわっていた思考を中断させたのは、玄関の鍵がガチャリと回る音だった。自然と背筋が伸びる。次いでリビングと直列になった玄関の戸が開け放たれると、

「ただいまぁ」

「おじゃましま~す♪」

「……お邪魔します」

 文字通り髪色まで華やかな少女たちが姿を現した。それは予想通りの少女たち。

 玄関先まで迎えに行った晶也は、ジュリアと共にステージの上で音を紡いでくれる二人に向き合いながら、やはり一つのことを思い込む。

 バンドをもし仮に一人の人間だとしたら、手や足や口や、()()()が一緒に動かなければ、音は鳴らないだろう……?

 

 

「どうした、晶也。ぼーっとして」

「ああ、いや。おかえり」

 ジュリアからギターケースを預かると小脇に抱く。そうした晶也に向けられたのは、甘ったるい声だった。

「ジュリアーノの弟さんですか~?」

 ――じゅ、ジュリアーノ……?

「弟っていっても、オマエより年上だからな?」

「そうなんですね~。でもなんか、ジュリアーノの弟って感じ!」

 声の主は晶也の顔を覗き込んで、微笑む。

 金髪で、赤みがかった瞳を持った少女。彼女の名は――。

 

「初めまして! 伊吹翼、中学二年生で~す♪」

 

 流行の最前線をいくような少女だった。クラスの女子の私服……といっても、体育祭などの打ち上げくらいでしか目にする機会はないのだが、ここまではっきりとお洒落だと思える子はそうそういない。スタイルもさることながら、自身の魅力を引き立てる着こなしを理解していることが一目でわかった。そんな考えを抱きつつ、明るい声を放つ翼に向かって「初めまして」と微笑み返す。

「ジュリアから聞いてるよ。伊吹さん。それから――」

 その後ろ。整った顔立ちで、クールな佇まい。背筋がしゃんと伸びた立ち姿が見ていて気持ちがいい少女の、その紅碧(べにみどり)の髪色は見覚えがあった。彼女がジュリアと同じフェアリースターズの一員であるために。

「はい、真壁瑞希です。よろしくお願いします」

 彼女は名乗ると、ふんわりとした優雅さを持ちながらも、しっかりとした一礼を晶也に向けた。舞台上かと見間違いようなその動作は軽やかでありながら、どこか気品が感じられる。晶也も深々とお辞儀を返していた。

「志吹晶也です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 不思議な力に引っ張られたかのようだったが、気持ちのどこかがふっと緩む感覚が同時にあった。

 

 

「さ、二人とも上がって。それと悪かったな、晶也。晩飯までお願いして」

 座ってパンクブーツの紐を解きながら、ジュリアがおもむろにこちらへ顔を向ける。急なお願いを詫びる彼女は普段、横着して紐を解くのもほどほどにすぐさま足を引き抜くくせに、と思ったが黙っておく。代わり「いいって」と、軽く応える晶也。

「まだ時間かかるけど平気?」

「ああ。夕方にちょっと買い食いしたからな」

「へえ、またまた珍しいな。何食べたの?」

「クレープ食べたんですよね~」

 晶也の問いに、背後からの声が答えていた。振り向くと、翼が「屋台のやつ!」とピースをこちらに向けていた。彼女の口元は笑みがよく似合う。無邪気さと少しの甘さが同居した声を受けて。

「クレープかあ。いいねえ」

「あたしも久々に食べたよ。こっちに来てからは初めてだったかな」

「お前、もう少し寄り道増やしてもいいからな」

 晶也は微笑みながら、ドアノブに手をかける。

 

「ねえねえ晶也さん。わたしのこと聞いてるって、ジュリアーノなんて言ってるんですか~?」

 リビングルームへ通したときにそう声をかけてきた翼はやはり人見知りをしない性格のようだった。初対面である晶也にも、ぐいぐいと話しかけてきてくれる。その好奇心のような色をたたえた瞳には、すでに親しげな色さえも浮かんでいるような気がして、晶也は反射的に、

「なんて言ってるかって? そりゃあ最近はずっと生意気だって」

 と答えていた。それからすぐにハッとする。二人が言い争いの失念していたのだ。ただでさえ失礼な物言いだが、自分の発言が火に油を注ぎかねないものだったと自覚して、顔から血の気が引いていく。ごめん――今のナシ!

「え~。ジュリアーノってば、ひっどーい!」

「わ、悪かった。悪かったから、くっつくなって!」

 しかし翼の声に、怒りの色はなかった。後からやってきたジュリアにずいと詰め寄ると、ただ小さく唇を尖らせる。皮肉とも本気ともつかない口振りだったのが功を奏したのか、それとも本当に気にしていないのかは判別できなかったが、とにかく澱みのない声色だった。

 

 それにしてもジュリアーノ、ねえ。

 何とも言えない安らぎを思い出すと、翼が繰り返す聞き馴染みのない単語が、頭から離れなくなる。

「あんたも馬鹿正直に答えてくれるなよ……」

 翼を引きはがすようにしながら、同様にむっと口元を突き出しながらのジュリアに投げてみた。

「それよりお前、シアターではジュリアーノって呼ばれてるんだな」

 いやぁ、知らなかったよ。口角を上げてみせると、ジュリアはまるで悲鳴を、とんでもないと言わんばかりの声を上げた。

「なっ……! そう呼ぶのはコイツだけだし、許可した覚えもないっつの!」

「でもなんか、お洒落じゃないですか? カッコイイ感じもするし!」

 ジュリアの物言いに動じる気配もなく、翼がにこやかに言うと、ジュリアはなおも「そうかぁ?」と大袈裟なリアクション。

「あたしには今一つそのセンスが分からないよ……って! そんなことより時間がないんだ、詰めるぞ二人とも」

「えーっ。わたし、もう少し晶也さんと話していたいでーす」

「いいから! こっちに来いっつうの!」

「先に手洗いとうがいですよぉ」

 

 ここでまたひとつ、ヘンだなと、晶也は思う。

 ――ものすごく揉めてたんだよな……?

 二人が放つ息の合ったコンビのような雰囲気に戸惑いを隠せなかった。

 

 ジュリアの言葉通りなら昨日まで、いや今朝まで一触即発だったはずの二人だ。何かが起きたのか。それとも争いの原因が解決したのか。はたまた自分の思い違いか。だが、ピリピリとした空気は一切感じられず、ジュリアも笑みを見せている。先の失言はそのためでもあった。

 晶也は考えが纏まらないまま、ジュリアの変化に眉を寄せ、静かに観察を続けた。彼女の笑顔が本物かどうか、まだ心の中で確かめたい。そんな思いがあった。

 だがその時、気づいてしまった。口元は結ばれたままだが、瑞希が寄り添うような、見守るような穏やかな瞳をしていることに。そこには微かな安堵が宿っているような気がして、だから晶也も、直感を信じることにした。

 

「あの……志吹さん」

 視線に気が付いた瑞希が、落ち着いた声音で名前を呼んだ。

「突然の訪問、ご迷惑ではありませんでしたか?」

「そんな気ぃ使わないでください。大したもてなしはできませんけど」

「ありがとうございます」

 瑞希はそこでも優等生然としたその顔を崩すことはなかったが、こちらへ向けられる彼女の瞳は、やはり優しく見えた。

 

 

 引っ張られるように部屋に消えゆく翼が、最後にもう一度、大きく手を振る。

「じゃあね晶也さん、あとでお話しましょ~?」

「……えっと、是非?」

 愛想がいい翼の振舞いに、晶也は苦笑を禁じ得なかった。自分勝手というか、マイペースというか……。なるほど、ジュリアが調子を崩されるってのがよく分かるよ……。

「わ~カンガルーのぬいぐるみ! ジュリアーノって」

「ぎゃああああああっ! や、やめてくれ~~~~!」

 ――嗚呼、本当に。

 

 しかし晶也はしばらくピリピリしていたジュリアの、楽しげな笑みに触れることができてほっとしていた。

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